10.廃屋での戦い
深夜。
町外れの廃倉庫。
五十嵐コウジは病院を抜け出し、1人でここにやってきた。
誰にもここに来る事を告げてはいない。
誰かに話してはいけないと、直感が告げていたからだ。
錆び付いて開きにくくなっている扉を、コウジは渾身の力で開いた。
ギギギーーッとの、生理的に不快感を覚える音。
コウジは慎重に中に足を踏み入れた。
真っ暗で何も見えない。
「アオ……ねえ?」
五十嵐コウジは、中の闇に向かって呼びかけた。
何の返事も無い。
――と。
ぼうっと、前方が明るくなった。
人影が浮かび上がる。
今まで、奇怪な事件が起きるたびに、コウジを影から観察していた鋭い目の主だ。
「あ……、阿久津先生……?」
鋭い目の主の正体は、コウジの通う中学校の教師、阿久津だった。
「先生、どうしてここに? まさか、手紙の差出人って、阿久津先生なんですか?」
「五十嵐コウジ。指示の通り、きちんと1人でやって来たようだな。感心だぞ」
「指示の通りだって……。じゃ、やっぱり、あなたが……。姉は……。僕の姉さんは、どこだ? 答えろ!」
「威勢がいいな……。心配するな。お前の姉は、ここにいる」
阿久津は指をパチンと鳴らした。
倉庫内の一角が明るくなった。
明るくなった光の中に、縄で体を縛られた五十嵐アオイが倒れていた。
「アオ姉!?」
気を失っているのだろう。
コウジが呼びかけても、アオイは反応しなかった。
「昼間の部室の火事も……、あんたの仕業なのか? 阿久津先生!」
「くっくっく……、そうだよ。火事だけじゃない。図書室で本棚をひっくり返したのも、家の前でお前を襲おうとしたのも、みな私さ……」
「なんだって……。なんでそんな事を……」
「――ふむ」
「?」
「どうやら、本当にまだ覚醒していないとみえる」
「何の話だ」
「貴様、この我輩の顔を覚えていないのか?」
阿久津の体が、どす黒いオーラに包まれた。
背広を着て教師然としていた阿久津は、黒いマントを羽織った姿に変貌した。
そして、先程まで無かった、尖った長いあごひげをたくわえていた。
その姿は、マジックショーに出てくる奇術師のようであった。
「あんた……、一体?」
「このアクギャクの姿を見ても、まだ思い出さないか。本当にただの人間になってしまったようだな? マイティブラスター」
「まいてぃ……、何だって?」
「ふん、まあいい。いささか拍子抜けで物足りないが、余計な芽は摘んでおくに限る。お前も姉も、今この場で死んで貰う事にしよう」
「死んでって……、あんた、一体何言ってん――」
言いかけた言葉をコウジは最後まで言う事ができなかった。
アクギャク――阿久津――が、右手人差し指をコウジに向けると、何かを指先から放ってきたのだ。
コウジは、咄嗟に横に跳び退いてそれをかわした。
アクギャクが指先から放ったのは、熱湯水流だった。
アクギャクの指先から放たれたものが命中した場所からはもうもうと水蒸気が上がり、熱気が伝わってくる。
ただ、その勢いは凄まじい高圧だった事が分かる。
熱湯水流の当たったのは様々なガラクタが積み上げられた場所だったが、それらガラクタは弾き飛ばされ、金属缶はべこんとへこんでいたからだ。
(コイツ本気だ! 本気で俺を殺そうとしている……)
コウジは身の危険を感じた。
しかし、どうする事もできない。
このまま、人の姿をしたこの怪物――アクギャク――に、命を奪われてしまうのだろうか……。
そのコウジの様子を、物陰から見つめる別の者がいた。
赤いフルフェイスのヘルメットに、真っ赤なライダースーツ。
先日、五十嵐コウジと光明寺ミドリがアクギャクに襲われた時、助けに現れた真っ赤なライダーだ。
ライダーは、物陰から出ようと動きかけた。
「待て」
そのライダーの肩に手を置き、動きを止めた男がいた。
真っ黒なフルフェイスのヘルメットをかぶり、真っ黒なライダースーツで全身を覆っている。
言うなればこちらは、「黒いライダー」。
185cmはあろうかという長身で、筋骨隆々のたくましい体つきであることが、ライダースーツの上からでも察せられた。
「しかし、このままでは……」
赤いライダーが黒いライダーに顔を向ける。
「ぎりぎりまで様子を見るんだ。戦いがきっかけで……、能力が覚醒するかもしれない」
五十嵐コウジは逃げ回っていた。
アクギャクは、次々と熱湯水流を放ってくる。
コウジは物陰にかくれながら、それらを巧みにかわした。
かわして駆けながらコウジは思った。
何だか体が軽い。
もともと自分は、こんなにすばしっこく動き回る事ができただろうか……?
アクギャクは水流の連続攻撃を止めた。
「通常の人間より動きが速くなってきているな……。やはり、遊んでいる場合ではないようだ。直ぐにとどめをささなくては」
アクギャクは、コウジの頭上の天井を水流で射った。
アクギャクが狙ったのは天井灯だ。
「うわあああああっ!!」
コウジは悲鳴を上げた。
破壊された天井灯が、コウジの頭上に、金属とガラスの破片群と化して落下してきたのだ。