カミの恩返し
なんでもあり。
最初に始めたのは、なんとなくだった。
暇で暇で退屈していたのと、これって抜いたらどうなるのかしらという幼き好奇心。
あと、母に全く似ていないうねうねの髪が、好きじゃなかった。
だから、自分の小さい手で、一本プチリと抜いてみた。
私の髪は、日に当たるときんきらきんで、その瞬間だけは綺麗だった。
だから暇を持て余すたびに、自分の髪を抜いて、窓辺に持っていって掲げて眺めていた。
食事と家庭教師の授業以外は部屋から出られなかったし、おもちゃや絵本もなかったから、髪の毛一本一本が遊び相手みたいなものだった。
人形に見立てて、区別のつかない髪で、おままごとをした時もあった。
そうしているうちに、突然私の手から、抜いたはずの髪の毛がキラキラと消えていったの。
不思議な現象だった。
まるで、妖精の粉がヒラヒラと舞い降りたようにキラキラさせながら、端から消えていった。
「……だあれ?」
幼かった私は誰かのイタズラだと思った。それが本当に当たっていたのは、大きくなってから知る。
「女なんか産みよって…」
これが年に数回会う父がよく言う言葉だった。
「まったく、私に似ていないなんて気味の悪い…」
これは、父のご機嫌を伺いながら暮らしている母の口癖だった。
どうも、我が家は跡継ぎになれる男児をご所望のようで、私は期待されない子どもだったらしい。
両親からほぼ放置されて育ち、見かねた乳母と若いメイドたちによって世話をされていた。
そんな中で、気を紛らわすのにしていたのが、髪を一本ずつ抜くことだった。
それをした時に、少しだけスッキリすることを覚えてからは、乳母たちの目を盗んでしていた。
見つかると、「将来禿げてしまいよ…!」と怒られるから、放っておかれている時だけのボーナスタイムだけ。
いつから、髪がキラキラと消えて、代わりに花が届けられるようになったんだったかしら。
髪を抜くと手元から消えてなくなって、そのあとすぐに窓際に一輪だけ花が現れる。
見たことのない花ばかりで、毎回種類も違う。
庭師のおじさんに一度聞けるチャンスがあったのだけれど、「知らねえ花ですなあ…、長年この仕事をやっているのにお答えできなくてすまねえです」と謝られてしまった。
自分で図鑑を確認したかったけれど、必要な勉強以外の本は知らなかったから調べられなかった。
乳母もメイドたちも、「こんなに光っている植物、この世のものなんですかね…?」と首を傾げていた。
「ねえねえ、そちらさま。私の髪を持っていって、何かお役に立っているのかしら」
そう訊いてみても、返事はない。
今日も、真っ赤でありながら、光沢のように花びらが光っている花がポスリと、いつの間にか窓際に置かれていた。
お母様が好きなそうな花ね、見つからないようにしておきましょう。
そろそろ嫁入りしてもおかしくない年頃になってきて、私のやることなすこと、すべてが気に入らないようなのだ。
「男ではなかったくせに、よその嫁になって幸せになろうなんて虫がいい」と言うのだが、変えられない性別のことでごちゃごちゃ言われても困る。
それこそ、私が人間をやめて、花あたりになってそっと揺れていたいと思うのと同じくらい無理である。
「人じゃなかったら、何に生まれたかったかしら。…髪の毛、とか?」
自分で言いながら、ふふふっ、と笑ってしまう。
「髪の毛になるなら、プチプチ抜かれない髪になりたいわね」
そう言いながら、一本いつものように抜いた。
くるくると回しながら、毛先が動いているのを見る。
こんなふうに誰かの指先で動かされないと、どこへも行けない。
この部屋から出られないのなら、花瓶の中の花になりたかった。
それぐらい、ここは退屈だ。
「花の方がまだ日光を浴びるという働きをしている気がするわね」
私の独り言に応えるように、抜いた髪の端がキラキラしてくる。
「あら、今日は早いんですね。今回の髪は何に使うのですか?」
訊いても、返ってこない。
そもそも相手がいるのかすら、わからない。
わからない相手だからこそ、気安く喋られる面もあって。
つい、ポロッと零れてしまっていた。
「私の髪、全部あげますから、どうか私ごと連れていってくださいな…」
すると、私の指先がキラキラし始めたではないか。
「えっ…」
そう声を発した時にはもう眩しくて、目を開けられなくなっていた。
次に目を開けた時には、森の中にいた。
今までもらった花たちに負けないほど、キラキラした森だった。
葉も草も幹も枝も、もちろん花も実も、まばゆい光沢で包まれている。
どこかしら、ここ…?
首を傾げた時、目の前をす〜っと妖精が通っていった。
「え、妖精さん?」
そう訊くと、何人もの妖精がどこからか現れてきて、私を囲った。
妖精がいるという知識はあったけど、本当に実在しているなんて…!
どこか遠くの世界の話だと思っていたのに、夢かしら。
何人もの妖精が、私の人差し指を掴んでグイグイ引っ張ってくる。
大人数に引っ張られているというのに、全然力を感じない。
これだけ小さき生き物に囲まれるのは、人生はじめてだ。
「はい、はい、お待ちください。行きますよ」
そう答えながら、妖精たちが向かわせたい場所へと足を進めていく。
森の中はどこを見ても同じように見えるが、目的地は決まっているようで、引っ張る先に迷いがない。
のろのろとずっと進んでいくと、とある木の前で止まった。
「ここが、どうかしたのですか?」
言葉は通じるが、お話はできないみたいで、妖精はくるくる回るだけ。
木を見上げるよ、枝の間に鳥の巣を見つけた。
「あっ」
よく見ると、私の髪に似たものがたくさん絡まっていた。
「もしかして、私の髪って、クッション材にされてたりします?」
私の問いは合っていたようで、妖精たちが頭上を輪になって回り出した。
なるほど、私の髪の毛は思いの外役に立っていたのですね。
使い道があったのなら、よかったです。
「髪を使ってくださりありがとうございます。それから、いつも綺麗なお花をありがとうございました。それで、えーっと、私はどうしたらよいのでしょうか?」
戸惑いながら礼を伝えると、また指を引っ張られた。
その先には、人間サイズの小屋があった。
妖精の一人に、口の中に木の実を入れられて、思わず食べてしまった。
「おいしい…」
どうやら寝床と食べ物はあると、言いたいらしい。
「ここはきっと妖精の森ですよね…?私も滞在してよろしいのですか?」
妖精は私の背中を押して、小屋の中に私を入れた。
そのまま、家よりもふかふかのベッドに寝転ばされた。干し草のいい匂い…。
「まあ、許可をいただけた気がします。長年の付き合いですからね、なんとなくわかりますよ?なんですかね、髪の毛の分にしては、すごくおもてなしが充実してますね、花だっていただいてきたのに…」
そう言いながらも、悪気はしない。
しばらくお世話になるのも、気が紛れていいかもしれない。
少なくとも、あの部屋で髪の毛をプチプチ抜いているよりは、いい気がする。
「では、お世話になります」
そう言うと、何人もの妖精の手によって、いつものキラキラが天井を舞った。
妖精の粉みたいと思っていたのは、本当に妖精の粉だったらしい。
はじめて交流があったあの日に、「だあれ?」と訊いたのは、正解だったようだ。
1人だった私は、1人ではなかったんだ。
妖精の森は澄んだ空気で、今までいたところの空気って美味しくなかったんだと知った。
今日からここが、暫定の私の居場所。私の住む場所。
妖精さん、不束者ですがどうぞよろしくお願いします。
了
お読みくださりありがとうございました!!
243日目。




