雲の下、すべての仲間が集う
空を見上げると雲が集まっている。
さっきまで青かった空はいつの間にか鈍い灰色に染まりはじめていた。風はまだ弱い。けれど空気の匂いだけは明らかに変わっている。乾いた土の匂いに、湿った冷たさが混じっていた。
遠くの山の稜線にかかった雲がゆっくりとこちらへ流れてくる。
その雲を見て俺は胸の奥で何かが動くのを感じた。
「もうこの時期か」
俺はつぶやく。
声に出したつもりはなかった。けれど隣に立っていたライバルには聞こえていたらしい。
ライバルはいつものように腕を組み空をにらみ上げていた。顔つきだけなら最終決戦前の戦士だ。実際こいつは何をやらせても無駄に気合だけは入っている。
「ああ、オレたちはこれまでこの為に準備してきたんだ。こんどこそ負けられねえ」
拳を握る音が聞こえそうなくらい力が入っている。
その横でヒロインが深く息を吐いた。呆れと諦めが半分ずつ混じったようなため息だった。
「あんたたちね、そう簡単にできると思ってるの?」
ヒロインの視線は冷静だった。俺たちよりも状況をわかっている顔だ。こういうとき彼女はだいたい正しい。だが正しいことを言われたからといって気合がしぼむわけでもない。
そこへ一緒にいた王女様がやわらかく微笑む。
王女様は空を見上げてから俺たちを見た。王族らしい落ち着きはあるのにどこか楽しそうでもあった。
「いいじゃないですか。意気込みは大事ですよ」
その言い方は穏やかだったが目は少しだけ期待に輝いていた。たぶん王女様もこの日を待っていたのだろう。
だがすぐそばに立っていた護衛女騎士は眉を寄せた。鎧の金具が小さく鳴る。背筋はまっすぐで剣の柄に添えた手も隙がない。
「姫様、あまりはしゃぐのははしたないですよ」
王女様は口元を押さえてほんの少し肩をすくめた。
そんなやり取りをしていると後ろから年季の入った笑い声が聞こえた。
「ふぉっふぉっふぉ、このおいぼれ最後の活躍の場、しかと目に焼き付けていくがよい」
ぼけ老人…いや、大魔導士が髭をなでながら言う。
腰は少し曲がっている。杖をつく手も震えている。だがその目だけはやけに鋭い。普段は道を間違えたり、昼飯を二回食べようとしたりしているくせに、こういう場面になると妙な威厳を出してくる。
その隣に立った薬屋のオババが鼻で笑った。
「まったく、この年になってまた一緒にやることになるなんて腐れ縁なんてのは嫌だねぇ」
口は悪い。だが薬袋を詰めた鞄はしっかり肩にかけている。何だかんだで来てくれるあたり、この人も昔から変わらないのだろう。
そこへまだ装備の革が新しい新人冒険者が飛び出すように前へ出た。
「ジジババは無理すんなよ!これからは俺たちの時代だ!」
声だけは大きい。自信も十分。経験は足りない。だけどこういう真っすぐな勢いが場を温めることもある。
大魔導士は片眉を上げ、薬屋のオババは「誰がジジババだい」とでも言いたげに目を細めた。
そのとき広場の端に影が差した。
「ふふふ、今だけおまえらに協力してやろう」
いつも謎のアドバイスをくれる怪しい男が影から現れた。
いつからいたのかはわからない。むしろ本当に影から出てきたように見えた。黒い外套に身を包み、意味ありげな笑みを浮かべている。こいつは毎回、役に立つのか立たないのかわからないことを言うが、なぜか最後には少しだけ助けになる。
そのすぐ近くで低い声がした。
「お兄ちゃんのためなら…頑張る…」
近所に住むダウナー系オカルト娘がいつの間にかいた。
相変わらず足音がない。長い前髪の隙間からこちらを見ている。手には変な人形を抱えている。何の役に立つのかはわからないが、彼女が本気を出すと妙なことが起こるのは知っている。
さらに人混みをかき分けて鍛冶屋の三男がやってきた。
「兄貴、これで借りは返したぞ」
いつも武器の整備をしてくれる鍛冶屋の三男だ。
彼は背中に工具箱を背負っていた。俺の剣もライバルの武器もこいつが何度も直してくれた。借りがあるのはこちらのはずだが、本人は妙に義理堅い。
そこへ整然とした足音が広場に響いた。
「姫様、王国軍全軍到着しました。」
国王近衛隊近衛隊長だ。そばにいるのは国王様。
王国軍の兵たちが列を作り旗が風に揺れている。鎧の列は広場の端まで続いていた。これほどの数が一度に集まるところを俺は初めて見た。
国王様は馬から降りると王女様の前まで歩いてきた。厳かな顔をしていたが息は少しだけ上がっている。
「準備に手間取った、ゆるせ。」
王女様は静かにうなずいた。護衛女騎士は姿勢を正し、近衛隊長は一歩下がる。
そこだけ見れば歴史に残る場面のようだった。
すぐ横から聞こえた声がその空気を一瞬で変えた。
「さあさあ、出発前にお弁当だよ!ほら王様も!」
定食屋のおばちゃんが弁当を配っている。一緒に配っているのは酒屋の看板娘。
大きな籠にはぎっしりと包みが詰まっていた。おばちゃんは王様にも容赦なく弁当を押しつける。王様は一瞬だけ威厳を保とうとしたが、結局受け取った。
「は~い、順番順番。全員分あるからあわてないでね~」
酒屋の看板娘は慣れた手つきで人をさばいていた。兵士も冒険者も魔導士も関係ない。彼女の前では全員がただの客だった。
少し離れたところでは宿屋のおやじが娘さんと並んで立っている。二人ともなぜかほうきを担いでいた。
「こいつで掃除するのが大切なのさ」
宿屋のおやじは真面目な顔で言った。長年、宿の玄関を磨き続けた男の顔だった。
「お父さんもいい年なんだから無理しないでよね」
娘さんはそう言いながらも同じようにほうきを握っている。止める気があるのかないのかはわからない。
劇場の踊り子たちが集まってきた人たちを誘導して並ばせている。
「はいはい!そこ!列からはみ出ない!」
「いい子にしないと出禁にしちゃうぞ」
「わー、私たちのために集まってくれてありがとー」
「ちがうちがう、そういう集まりじゃないから」
声があちこちから飛ぶ。踊り子たちは目立つ服装のまま見事な手際で列を整えていた。普段から客を相手にしているだけあって人を動かすのがうまい。兵士より手際がいいのではないかと思うほどだった。
広場はもうただの集合場所ではなくなっていた。
冒険者、商人、兵士、老人、子ども、王族、職人、謎の男、近所の変な人。普段なら絶対に同じ列に並ばない者たちが、同じ空の下に集まっている。
そのとき俺の体に大きな影が差した。
雲の影ではない。もっと重く、もっと濃い影だった。
「まさかこんなことになろうとはな」
魔王だ。初めて顔を見た。
もっと禍々しい存在を想像していた。空を割って現れ、見るだけで人を絶望させるような相手だと思っていた。実際、姿には威圧感がある。角もある。黒い外套も似合いすぎている。だが、声には意外なほど疲れがにじんでいた。
魔王の後ろには異形の者たちがずらりと並んでいる。
「魔王様、魔王群も準備できております」
多分側近ポジの人が報告した。
表情は読みにくいが仕事ができそうな雰囲気だけはある。魔王の横に立つ姿も自然だった。
その後ろからやたら楽しそうな声が響く。
「へっへっへ、魔王様、今回は本気で暴れていいんですね?」
いかにも血の気が多そうなやつだった。牙を見せて笑い、今にも飛び出しそうに体を揺らしている。
別の声が冷たく刺さる。
「お前が本気で暴れても大した戦力にならんだろ」
「辛辣~、またケンカになっちゃうよ~」
話し方は子供っぽいが多分俺より年上。その隣では美女がため息をつく。
「はぁ…こういう時くらい仲良く出来ないものか…」
これは四天王的な人達。
見た目だけならそれぞれが一国を滅ぼせそうな雰囲気を出している。会話だけ聞いているとただの面倒な同僚たちにも見える。魔王は額に手を当て、深いため息をついた。
人間側と魔王側が同じ広場に立っている。
普通なら戦いが始まっていてもおかしくない光景だ。けれど誰も剣を抜かない。誰も魔法を構えない。今日だけは敵も味方もその枠を越えていた。
「兄ちゃん兄ちゃん、絶対勝とうな」
足元から声がした。俺の財布をすったガキだ。
あのときは必死で追いかけ回した。最後には財布を返してもらったが中身の銅貨が一枚減っていた気がする。本人はいまだに悪びれていない。今は妙に真剣な顔で俺を見上げていた。
その後ろでは隣村の元気な爺さんが胸を張っていた。
「まさか古の英雄と肩を並べる日が来るとは」
古の英雄とはおそらくあのジジババだ。話には聞いたことあるが信じる気になれない。
さらに反対側から重い足音が近づいてくる。
「お、おら…がんばる…」
反対隣の村で魔物に育てられた巨漢の男。
体は大きい。腕も丸太のように太い。けれど声は小さく、目つきはおびえている。魔物に育てられたという話を聞いたときは身構えたが、実際に会うとただの気の優しい男だった。
人々のざわめきの中で今度は妙に高らかな声が響いた。
「神様は見ています、皆様祈りましょう」
神官服を着ているが電波受信しているヤバいオヤジ。
両手を空に掲げ誰に向けているのかわからない言葉を唱えている。周囲の何人かは少し距離を取った。本人はまったく気にしていない。ある意味、一番ぶれていない。
「ワンワン!」
「ニャー!」
その辺の犬猫もいた。
犬はしっぽを振り、猫は何もかも面倒くさそうな顔で座っている。誰が連れてきたのかはわからない。なぜかそこにいることが自然に思えた。
「ヒヒーン!」
移動の時いつも乗せてくれる馬もいた。
馬は誇らしげに鼻を鳴らした。いつもより毛並みが整っている。誰かが手入れしてくれたのだろう。こいつには何度も助けられた。逃げるときも、急ぐときも、迷ったときも。
その横で犬にしか見えないやつがふんぞり返った。
「我を忘れるな。いつもお前のそばにいると伝えただろ。」
犬に見えるがフェンリルらしい。ほぼ駄犬。
本人は威厳を出しているつもりなのだろうが、さっきまで普通の犬と並んで尻尾を振っていたのを俺は見ている。黙っていれば少しは伝説感があるのに、だいたい行動で台無しにする。
そして聞き覚えのある甲高い声が背後から飛んできた。
「ダーリン!置いてくなんてひどいよ~!あ、それともそういうプレイ?も~、もの好きなんだから!」
これは…まあ無視していいやつ。
振り返ると厄介なので俺は聞こえなかったことにした。ライバルも同じ判断をしたのか、空を見上げたまま微動だにしない。ヒロインだけがこめかみを押さえていた。
俺は周囲を見渡す。広場は人で埋まっていた。
語り切れない仲間が今ここに集結している。
敵だった者もいる。面倒な者もいる。信用していいのかわからない者もいる。たぶん役に立たない者もいる。けれど、誰も帰ろうとはしていなかった。
空の雲はさらに厚くなっている。
風が広場を吹き抜けた。
旗が鳴る。鎧が鳴る。弁当の包みが揺れる。ほうきの先がかすかに震える。犬が吠え、馬が鼻を鳴らし、どこかで誰かが笑った。
俺は息を吸った。
胸の中にあった緊張が熱に変わっていく。
ここまで来たら、もうやるしかない。
俺は一歩前へ出る。みんなの視線がこちらに集まった。
ライバルが笑う。ヒロインは呆れた顔のまま、けれど逃げる気はなさそうだった。王女様は静かにうなずき、護衛女騎士は剣の柄に手を添える。大魔導士は髭をなで、薬屋のオババは肩を鳴らす。新人冒険者は拳を掲げた。
王国軍の旗が高く上がる。魔王も黙ってこちらを見ていた。
俺は声を張り上げる。
「行くぞみんな!オレたちの冒険はこれからだ!!」
何も考えずに書くとこうなる(いましめ)




