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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

満腹丸

掲載日:2026/05/31

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こうしてスーパーをめぐってみると、野菜ジュースて種類がたくさんあるよね。栄養をスムーズに確保となると選択肢はたくさんあれど、僕の中でなじみのあるのは、やはりこのジュース類だなあ。

 効果の是非はおいといて、迅速な栄養摂取の試みは歴史的にも重要視されている。

 平時にせよ戦時にせよ、食事の時間を削ることができれば、他の仕事へあてる時間が増えるし、きっちりと栄養がとれるならパフォーマンスの低下を防ぐことにつながる。

 もちろん、食事以外にももろもろの条件がコンディションにかかわることはいうまでもない。けれども、日々求められるものとして上位に来るものなのも、まず間違いない。

 つい先日、友達から珍しい食事法について話を聞く機会があってね。良かったら、耳に入れてみないか?


 友達いわく、どのような食事であっても、ほんのわずかな間だけ万能栄養食となる瞬間が生まれるとのことだ。

 立派なメニューでなくとも構わない。野菜、果物、肉、果てには人工的な加工が施されたお菓子に至るまで、口に入れられるあらゆるものに関してだ。

 偏った食事を長年続けているにもかかわらず、健康を保ち続けている人の話、ときどき聞くことがないか? あれは個人の遺伝子や新陳代謝の機能以外に、その万能栄養食となる瞬間を無意識におさえていることも大きいのだとか。

 とはいえ、このタイミングを意識しないで何度もおさえるには天賦の才、野生じみた勘の持ち主でなくては難しく、再現性にとぼしい。本人たちも理屈で他人に教えられる代物でもないのだとか。

 それでも昔からこの万能栄養を得る時機の存在は、一部の人にはよく知られており、どうにかモノにしようと試みが重ねられてきた。

 その友達が語ってくれたものは、その実験作のひとつだ。

 本当の名前はやぶへびになるかもしれないからね。ここは「満腹丸まんぷくがん」と仮称しておこうか。


 満腹丸のベースは、こねたお米だ。

 餅と同じようにしてこしらえるが、その大きさは指でつまみ上げ、噛まずとも喉に引っかからずに飲み込める、ごく小さいものになっている。

 それに塩とひしおを決められた分量練りこみ、季節に応じて春か秋の七草からとれる汁をしみ込ませて完成する。

 はた目には、小型の草だんごといった格好。しかし、これを特定の時機に食べることによって、完全無欠の満腹丸に変貌させることができるんだ。


 草汁がすっかり乾いた直後より、二刻とゆっくり十六拍。

 その直後で食したときのみ、満腹丸は真の効力を発揮する。ひとつ口にしただけで、その日はもう腹が減らなくなり、疲れは逆にたぎりとなって体をめぐり、眠気さえも打ち払う。


 ――ん? もはやエナドリかそこらの代物なんじゃないかって?


 ああ。純粋に効力だけに目をつけたら似たようなものだと思うよ。

 エナドリに含まれている多めのカフェインが疲労を感じさせる部分をマヒさせ、興奮させ続けるがために、ガンガンと活動できる。けれども効果が切れると、溜まった疲れがどっと押し寄せる虚脱感に襲われる……といった感じだ。

 しかし、満腹丸にはそれがない。

 万能栄養食は伊達ではなく、身体を動かすのに必要な気力体力を、すべて満腹丸が用意してくれる。後遺症も残さない。

 個々人の身体能力を底上げすることはないが、普段発揮できる程度のものならば、継続時間いっぱいまでふるい続けることが可能だったのだとか。


 だが二刻とゆっくり十六拍の直後、というのをきっちり守ることは困難だった。

 時計のたぐいなく、きっちりと測るのだけでも難しいのに、草汁がすっかり乾いた直後というのがあまりに曖昧すぎて、正確に判断するのが至難の業。先に話したような天賦の才や野性的な勘に依るしかなかったんだ。

 そのぶん、この奇跡的な瞬間を達成できたときの快さは、何物にもかえがたい。特に体の衰えを実感し始める大人たちにとっては印象強く、若い時の力そのものには及ばなくとも、疲れなく持続できる体力はありがたいものだった。

 製作と試行に難しい手間がいらないことも手伝って、長くこの満腹丸の服用は続けられていたという。


 しかし、とある老人が亡くなったのを境に、満腹丸は急激に姿を消していくことになる。

 その老人は当時の平均的な寿命が40か50程度だったころに、100歳を数えるほどまで生きていた。老人は日々、満腹丸を作っては食べることを続けており、それ以外のものを摂取することなく過ごしていたとか。

 それこそ、老人が正確に満腹丸を服用できていた何よりの証だったものの、ある日、いつものように満腹丸を取り出し、口へ放り込んだときに一回で飲み下すことができなかったのだとか。

 二度目でなんとか胃へ落ち込ませたものの、老人はがっくりと肩を落とす。


「時機がずれてしまった。オレももう終わりだな」


 言葉の通り、老人はその日の晩に息を引き取ってしまった……とされる。

 老人には家族がおらず、寝ている彼の様子を知るのが誰もいなかったこと。そして朝になってみると、老人の家はすっかりなくなり、かわりにそこには赤黒い大樹が立っていたのだそうだ。

 けれども、一見して普通の樹ではないことが分かる。

 老人の小屋の屋根があったところまでの高さしかなく、そこものこぎりで斬られたかのように一直線に整っている。

 幹そのものも、たけのこのように三角形の皮がいくつにも重なっていたが、それらはいずれも人肌を思わせる色をしている。そこに取り巻いて赤黒さを放っているのも、細かい管が無数に寄り合ったものだったとか。


 いやでも、人であったものを連想させる姿。それらは十年後には枯れるようにして崩れ去ったものの、老人の身体はその一部たりとも出てこずじまいだったらしいよ。

 その気味悪さから満腹丸を服用することは、どんどんなくなっていったと。

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