特等席で見る、極上の破滅劇
最上級生たちの門出を祝う、卒業パーティーの喧騒。
在校生として参加している私は、壁際で色鮮やかなビュッフェを楽しんでいた。
「さて、そろそろ始まるかしら……」
その時、会場の華やいだ空気を切り裂くような声が響いた。
「ユーリ・フランソワ!」
その場にいた全員の動きが止まり、すべての視線が一箇所に集まった。
「あなたは私の愛しいシエルへ、嫉妬という醜い感情で嫌がらせを繰り返した。それは断じて許されることではない。よって、あなたとの婚約を破棄させてもらいます!」
来たわね。まさに”テンプレ”。
卒業パーティーで愛しい人を侍らせて行う、婚約者への断罪劇。側近たちも、鬼の首を取ったかのように嫌がらせの証拠とやらを騒ぎ立てている。
さて、これからどうなる?
このまま主役たちが望むハッピーエンド? それとも、華麗な”ざまぁ返し”が待っているのかしら?
周囲が息を呑む中、私だけが料理の皿を持ったまま特等席でそれを眺めていた。
(卒業生でもないのにわざわざ大衆の面前で婚約破棄なんて、リスク管理がなってないわね。でも、この無駄なドラマチックさこそが物語の醍醐味よね)
ホールに響き渡る糾弾の声。その喧騒を遠くに聞きながら、私の視線は主役たちの中心に佇む「桃色の髪」に吸い寄せられる。
その鮮やかな色は、この退屈な学園に投げ込まれた一滴の毒のようだった。
――思えば、この物語が始まったのは、あの転校生が中途半端な時期にやってきた時からかしら。
誰もが目を奪われるような愛くるしい容姿と、どこか放っておけない危うげな雰囲気。感情を素直に表すその仕草に、身分や性別を問わず、多くの者が虜になった。
そして、転校生は次々と学園の頂点に君臨する面々を籠絡していったわ。
図書館での偶然の出会い、落ちたハンカチ、夜の庭園での密会……。
非の打ち所がないが故に「学園の至宝」などと謳われ、その傲慢さが鼻についていたあの方たちが、一人、また一人と骨抜きにされていく様は最高の娯楽だったわ。
私はそれらを、よくある“イベント"として大いに楽しませてもらった。
転校生の正体については、魅了のスキルか、天性の魔性か、はたまた前世の記憶持ちか……など、興味は尽きなかったけれど、あくまで私は「傍観者」。物語の登場人物ではないのだ。
だが一度だけ、転校生が私に声をかけてきたことがある。
ある日、中庭で本を読んでいた私の前に、転校生がふらりと現れた。
「あなたはいつも一人でいらっしゃいますね。寂しくはないのですか?」
その声は鈴を転がすように甘く、向けられた微笑みは花のように美しかった。
並の人間ならここで頬を染めるのだろう。けれど、「読者」はそんな反応はしない。
私は本から視線を上げ、転校生を真っ直ぐに見つめ返した。
「いいえ。私は今、とても面白い一冊を耽読しているところなの。だから寂しくなんてないわ」
そう言って私がページをめくると、転校生は少しだけ意外そうに目を見開く。その瞳の奥に一瞬だけ獲物を定めるような冷徹な光が宿ったのを、私は見逃さなかった。
「……そうですか。それは、お邪魔をしてしまいましたね」
そう言って転校生はエレガントに一礼して去っていった。その所作は見惚れるほど美しく、演技はどこまでも徹底している。
(相手の懐に潜り込み、潤んだ瞳で見つめ、守ってあげたいと思わせる絶妙な距離感。……攻略法としては満点だわ。なんて見事なのかしら)
一切の無駄がない立ち回りに感心し、思わずうっとりしてしまう。その悠然と去り行く後ろ姿を見送りながら、私は確信した。
あれは、愛を振りまく天使なんかじゃない。
あれが本気の愛なのか、あるいはもっと質の悪い何かなのかは分からないが、いずれにせよ舞台は整いつつある。
これまで観察し続けてきた数々の伏線がようやく繋がり――そして今、その”攻略”は見事に完遂されようとしていた。
甲高い糾弾の声が再び耳に届き、私は意識を現在のホールへと引き戻した。
あの完璧な攻略に、あの方たちは見事なまでに嵌まりきってしまったようだ。愛しい人を庇い、陶酔しきった表情で言葉を重ねている姿は滑稽ですらある。
私は手元のフォークで一口、冷製パスタを口に運んだ。よく冷えたソースの酸味が、熱を帯びた会場の空気とは対照的に心地いい。
糾問の的にされていたユーリ・フランソワが、一つ溜息を吐いて懐から分厚い書類を取り出した。
「……それが、あなたの出した結論ですか。生憎ですが、こちらも提示すべき事実が山積みなんですよ」
低く冷徹な声が響くと同時に、ホールの扉が重々しく開く。そこへ現れたのは、近衛騎士団と監査官たちだった。
次々と読み上げられる、”真実の愛”に狂ったことによる公費の私的流用、そして取り巻きたちの汚職の数々。
愛しい人へ貢ぐために積み上げられた罪の記録は、あまりにもお粗末だった。
自身の勝利を確信し、優越感に浸っていたはずの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「そんな、ありえない……。これは、何かの間違いよ!」
地面にへたり込み、喚き散らすかつての学園の至宝たち。その姿を、私は食後のデザートを楽しみながら優雅に眺めていた。
あれほど高嶺の花と持て囃され、誰の手も届かなかった者たちが無様に連行されていく。その中で、ふと気づけば、騒動の中心にいたはずの「桃色の髪」の姿はどこにもない。
あんなに鮮やかだった色彩が、まるで最初から幻だったかのように会場から抜け落ちている。
騒動が終わり、静まり返った会場で私はデザートを味わいながら、ふう、と満足げに息をつく。
「いやぁ、いいもの見せてもらったわ。現実でこんな”完璧なテンプレ”を拝めるなんて。
……登場人物たちの、性別は逆だったけど」
そう、この物語の”ヒロイン”は――少年だった。
本来なら王子たちが奪い合うはずの「可憐な少女」の座に、少年が。そして、彼を奪い合い、愛ゆえに破滅する「攻略対象」の座に、王女たちが座っていたのだ。
か弱き”ヒロイン”を演じ、この国の高貴な女性たちをことごとく狂わせた、あの桃色の髪の少年。彼が本当に愛に溺れた王女たちを愛していたのか、あるいは単に”全ヒロイン攻略”というトロフィーが欲しかっただけなのか。はたまた、何か別の計画があったのか?
今となっては確かめる術もない。
ただ、二十年ほど前、現国王がこの学園の生徒だった頃に、ある令嬢を執拗に追い回していたらしいという噂を思い出す。
王家の権力を盾にした不躾な求愛。それに嫉妬した現王妃が、被害者であるはずの令嬢を「不徳な女」として苛烈に断罪し、表舞台から消し去ったのだとか。
その哀れな令嬢は、彼によく似た美しい桃色の髪をしていたそうだ。
「親の因果が子に巡る、ということかしら。まぁ、真実なんて誰にもわからないけどね」
もしこれが復讐だったなら、彼は最高に皮肉な”ハッピーエンド”を書き上げたことになる。
小説ならここで種明かしがあるのだろうけど、ここは現実だ。読者のために答え合わせなんて誰もしてくれない。
「……ああ、このスイーツ、甘酸っぱくて美味しい。まるで、ありもしない恋に溺れて破滅した彼女たちの涙みたい」
デザートの余韻を楽しむ私の隣に、ふと影が並んだ。
「今日の物語は楽しめた?」
耳元で囁かれた、鈴を転がすような甘い声。
驚いて隣を見たときには、そこにはシャンデリアに照らされた無人の空間があるだけで、微かに甘い花の香りが残っているだけだった。
中庭で見せたあの冷徹な光。彼には最初から私の視線もすべてお見通しだったというわけね。
完璧な攻略、完璧な断罪、極上のエンディングを用意して、最後には観客へのファンサービスまで欠かさないなんて。
(なんて素晴らしいの。これほど見事な物語を見せてもらったのだもの、感謝しなくてはね)
私は空になった皿を置き、静かになった会場を去る。
「なんにせよ、完結おめでとう。さて、次の物語は何かしら」




