第六話
アリアさんは馬車の中から動けない。
それを考えると僕がやれることはガラガスさんを殺すこと。
「何を悠長に考えているっ!」
そう言って荒々しく振り抜くガラガス。
柔の剣とは何だったのか、力のままに振り抜かれるそれは受けきれない。
体を転がしその場から避ける。
その流れてすぐさま馬車の影に隠れた。
「『|無力で素晴らしき影武者』」
次に現れるのはもう一人の僕。
正面から立ち向かう影武者に、本物の僕はガラガスさんの背後から襲いかかる。
「無駄だよ」
振り返りざまの一閃。
影武者は霧散し、剣は空を切る。
――速い。
背後を取ったはずなのに、剣はすでに僕を捉えていた。
咄嗟に刃を合わせるが、重い。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
本物の騎士の剣技をもろに受けた両腕は、一時的に力が入らなくなる。
「どうした? さっきの啖呵は」
ガラガスさんは嗤い、さらに踏み込んでくる。
思い通りに動かぬ腕で、防いで、流して、かわす。
それでも、一歩ずつ押されていく。
「柔の剣は、どうしたんですか」
せめて気を逸らそうと苦し紛れに言った一言だった。
だが、それを聞いたガラガスはその手元が鈍る。
「才能が無いものが、磨く技じゃなかったんですか」
より、剣戟が荒くなる。
まるで柔の剣から遠ざかろうとするように、荒々しい。
不意に、それは止み、飛び退くように距離をとる。
「……使えなかったからだ」
低い声。
吐き捨てるような言葉。
「才能がなかった」
言葉を吐き出すたび、怒りが滲む。
「弱者のための剣術ですら、俺を見捨てた」
その言葉に、胸が軋む。
そして、再び飛びかかってくるガラガス。
「だから捨てた!身につかぬ理想など、何の意味もない!」
重い一撃を受け止める。
「それならっ!なぜ僕にそれを教えたっ!」
「ただの気まぐれだぁぁぁっ!」
ガラガスが踏み込み、斬撃。
紙一重でかわし、反撃に転じる。
それは、地面と自重だと言っていた。
流れを使い節々の力を一点に集める。
地面を踏みしめる力が、膝を伝い、腰を伝い、肩を伝い、腕を伝い、手首を伝い。
─―鋒から放たれる。
それは、鎧を切り裂くに充分な威力となりガラガスへと傷をつけた。
「は、はは。貴様にはやはり才能がある」
嬉しそうに、笑うガラガス。
「だが、足りない」
その言葉の通りに、つけた傷は皮膚を軽く裂いた程度。直接生身に当たれば違ったのかもしれないが、その殆どは鎧に阻まれていた。
次いで来るのは重い横薙ぎ。
「経験が、知識が、技術が!」
三度の振り下ろし。
「だから、浅い傷しかつけられない。だから、ここで死ぬ」
段々と受けられなくなってきている。
当たり前だ、元より技術は相手の方が上、今までも何とか凌いでいたに過ぎない。
更には何度も来る衝撃による手のしびれ、疲労。
それを補える攻撃である柔の剣も先程まぐれで出たきりだ。
「最後に問おう、小僧。こちら側に来る気はあるか?」
攻撃を止めるガラガス。
だが、その姿勢に隙はない。
「死んでも、嫌だね!」
─―ここで乗っては、英雄になれない。
今の身体を突き動かすのはこの想いだけ。
「ならば死ねぇぇ!」
叫びとともに大きく上段に構えるガラガス。
体重と、力と何もかもを乗せた大振りの一撃。
「ああ、間に合った」
それは、僕のことから零れた言葉。
その両の手は上にあがっており、止められない。
膝を着いた僕に、勢いのついたガラガス。
そのガラ空きの背後に、魔物の弾丸が突き刺さる。
「がぁっ!?」
大きく背中を穿たれ、僕を飛び越えて吹き飛ぶ。
つい先程までガラガスがいた場所には消えかかる僕の幻影と、金属の鎧に当たり目眩を起こしたバレッドボアの姿。
すぐさまバレッドボアの首筋に剣を刺し込む。
背後でガラガスの呻き声。
「き、貴様……初めから……」
「ああ、そうだよ。ずっとこれを狙ってたんだ」
はなから剣戟で勝てるとは思っていなかった。
だから、わざと『無力で素晴らしき影武者』を最初に使った。
使えない物語だと、ガラガスに思い込ませるために。
「ただの……小僧だと、……思って、いたのだがな」
背骨が折れているのだろう、背中が変な方向に曲がっている。
このまま放置していても恐らくガラガスは死ぬ。
「……聞け、……小僧」
段々と浅くなる呼吸の中必死に言葉を紡ぐガラガスにそっと近づいた。
「お前は、……間違うんじゃ……ない、ぞ」
目がだんだん虚ろになっていく。
どこを見ているのかも分からない程に。
「わた、しは……ああ」
そして何も言わなくなる。
ほんの少しとはいえ師事した男。
そっと、開いたその目を閉じる。
「ああ、僕は間違わないよ」
──貴方の分も。
痛む身体を引きずり、馬車へと戻る。
馬は馬車とまだ繋がっている。呑気に草をはんでいるのを見るところ、この馬は大物かもしれない。
馬車の中で、震えるアリアさんにそっと声をかける。
「ぜんぶ、終わりましたよ」
緊張の糸が切れたのかもしれない。
彼女からの返答が来る前に、僕は意識を失った。
◇
王家直属錬金術師マチルダの知らせによって、怪しげな騎士を名乗る男によってアリアは領都に向かっているとの知らせがあった。
そこからすぐさま馬を走らせた騎士達は、森の奥、戦の痕跡が色濃く残る一角に、ようやく辿り着いた。
横倒しになった馬車。
散乱する血痕。
そして――地に伏す、一人の騎士。
「……ガラガス、副隊長……」
思わず膝をつきかける者すらいた。
歴戦の副隊長、その身体は背中を大きく穿たれ変形しており、もはや息はない。
だが、異常はそれだけでは終わらなかった。
馬車の中から、か細い声が聞こえたのだ。
「……冒険者様……ライトさん……」
騎士が視線を向ける。
馬車の中、座席に腰掛けた少女が、ひとりの少年を膝に乗せていた。
意識を失った少年の頭を抱き、必死に名を呼び続けている。
その少女の顔を見た瞬間、騎士の一人が息を呑んだ。
「……アリア様?」
間違えようがない。
侯爵家の令嬢、その人だった。
「アリア様! ご無事で――」
駆け寄ろうとした騎士を、別の者が手で制した。
視線は、馬車の外と中を往復している。
副隊長ガラガスの死体。
魔物の骸。
そして、剣を握ったまま倒れている少年。
「……この少年が、副隊長を?」
誰かが、信じられないものを見るように呟いた。
あり得ない。
そう思う一方で、否定できる材料がどこにもない。
アリアは騎士たちに気づき、震える声で告げる。
「この方が……私を、守ってくださいました……」
それだけで十分だった。
騎士たちは状況を理解し、即座に行動に移る。
「アリア様と、その冒険者を侯爵家へお連れする」
「治療を最優先だ」
担架が用意され、少年――ライトは慎重に運ばれる。
その手が剣を離さないのを見て、騎士の一人は小さく息を吐いた。
――副隊長を倒し、なお剣を離さぬ少年。
胸騒ぎがする。
だが同時に、確信もあった。
この出来事は、決して偶然ではない。
そして、この少年の名は、やがて侯爵家のみならず、この国の物語に刻まれる。
今はまだ、眠れる英雄の、始まりに過ぎない。




