第五十四話 魔王
3部、章の管理は今のところ、適当です。悪しからず。
その日、魔界と人間に呼ばれ、恐怖の大王として君臨している魔王が住まう居城に、数千の魔族が集まっていた。
人型から獣型まで多岐に渡る姿が一同に会するかのようにその空間に所狭しと並ぶ。それは、己の存在を誇示しているようで居ながらも、全員が同一目的である事を感じさせる連帯感をも、周囲に振り撒いている。
空には黒々とした魔族が羽を羽ばたかせ飛び交っている。皆、人間の身長を優に超す大きさである。
既に、人であろうが、魔族であろうが、縄張り争いをしていた種族同士であろうが、そんなことは今の状況の前では足元を撫でる雑草よりも些細な存在となっている事だろう。
集った魔族らは種族で集まり、陣を形成している。獣型が先鋒ということだろう。四肢を大地に打ち付けているかのように不動を保つ獣の群れが横一列に伸び並んでいた。犬のような、猫のような存在。長い角を持つ者、鋭い爪を持つ者、毛を纏う者に、甲殻を纏う者。獣においてもこれほどまでに、様々な種類が居た事を人間は知らないだろう。
もしかするならば、魔族間でもそのような考えを持つ者も居るのかもしれない。
その第一陣の後ろには、第二陣という位置付けであろう巨大なゴリアテを筆頭にした獣という分類には入るが、どちらかといえば人間に近いような獣達が呻き声を挙げたり、まるで会話でもしているかのように、控えていた。
彼らは大きく、また鈍重であろう事が予想される体躯をしている。先陣が疾風の如く駆け抜けて、戦場を混乱させ、圧倒的な力を持つ、第二陣で押し潰す作戦なのかもしれない。勿論、魔族の中には魔法を使い、スキルを操る者が居る事は確かであるので、一概にそうとは言い切れない。
最後には、最も多い人型が綺麗に種族ごとに整列し、武器を持つ者も居れば、防具を着込む者も居る。各々が望んだ装備を持っていたのであった。
空を飛ぶは爬虫類型や鳥類型が混在していた。城の城壁にはまだ多くの羽を持つ魔族らが休んでいる。
その光景を先ほど、息の飲み呆然と見つめていた勇者一行も、今では慣れたもので自分達のするべき事に動いていた。
尤も、驚いたのはカズヤ一行だけではあった。カインからすれば、勿論驚きはしたが、顔に出すほどでもなかった。カイン自身、色々な経験から慣れたということだろう。
ハルカに至っては、至極普通に行動しているだけである。魔族の指示には従順。不満も愚痴も漏らさない。ある意味、この状況においてもっとも、適性を持っている状態の人間がハルカであった。
――気に入らんな。
カインは一人、その言葉を胸の内に吐き出した。どうにも、この騒動が茶番劇にしか思えなくなってきたからである。それも、これもメルカ族の話を聞いてから、考えの中で占める割合が圧倒的に増えたのは言うまでもない。
どうにも、気に喰わないのだ。今の状況、全員の状態。そして、魔王の行動にも。全てが嘘で塗りたくられているといわれて、カイン自身を罠に嵌めるための作戦だったと言われた方がまだ納得できる。そう思うほどに、今の状況を快く思っていないカインであった。
漠然としすぎているのは十二分に理解はしているのだが、如何せん、そこから考えが発展していかないのも判っていたことであった。
とにかく、誰もが、動いている。当然だと思いながら。その事が、酷く現実味が無い茶番に思えていた。
それでも、やる事に変わりは無いのだ。結局、疑問も茶番だという感情も、現状を打破する切欠に、なりはしない。
何度も、そう考えては気持ちを切り替えようとしているカインであった。
その時、魔王は勇者らの前に立つ。
勇者らは門の目の前に陣取っている。祭壇とも言えるような場所であった。階段を数段上がると四角形の壇上が見えてくる。石造りのようではあったが、砂一つ存在しないその床と呼ぶべき場所に最初、カズヤは戦々恐々していたほどに綺麗であった。
その床には目を凝らせば見えてくるくらい細かな術式が掘り込まれている。それも、勇者や魔族がその場に立つように仕向けるように、各々、別々の術式が刻まれているのだ。その立つ場所は円状に作られている。
立つ者一人一人の周りに円が、そしてさらにその者達、全員を囲む円がある。勇者らはそれらに立っていた。
「準備は出来ているようだな」
魔王が勇者らにそう言っていた。魔王の部下らしき魔族らも忙しなく動いている。軍勢は陣形を作り出し、門が開くのを待っている状態であった。
その中で、カズヤはどうにも居心地が悪そうであった。それもそうであろう。彼は勇者に与えられた小さな円の中にハルカと共に立っている。そこは一人用と思えるほどに小さい円の中である。カズヤとて、男であり、ここまで少女とはいえ異性と肌を触れ合わせるほど、吐息が掛かるほど近くにいる状態で、じっと待っていることは辛いだろう。
しかも、この状態において、カズヤは予備という扱いを受けねばならないのだから、恥ずかしがる気持ちも持っている事だろう。だが、状況は個人の感情などを考慮しようなどとは思わない。それこそ、些細すぎるものといえた。
カズヤは、ともかくハルカの意思を支える支柱である必要があると言われていた。もし、本命であるハルカが揺らいだその時、カズヤが代わりを務めるのである。
だから、多少なりともの緊張感は漂わせていた。
「――ッ!」
魔王と勇者らの会話を後ろ――祭壇の下には、護衛二人とカイン。そのほかには魔王の配下と思われる魔族が数人居たが、そのうち、護衛二人はカインから見て右手の祭壇側で門を見つめていた。カインからは丁度祭壇が目の前にあるので、門と被るような形で見ることが出来るが、門自体が大きいためにさして邪魔とも思えなかった。
魔族の配下は左手に居てカインを見る事が出来たであろうが、忙しなく動いているので、カインに注意が向く事は無かっただろう。思えば、カイン事態、どうしているのか微妙な存在になりつつある。
だが、それでも守護者という役割を強引に与えられているのだから、ここに居なくてはならないだろう。それが、魔王によって強制的に与えられたものであったとしても。
そして、まるでその事に不服だと言わんばかりに左腕が騒ぎ立てる。思わず、右手で押さえつけてしまうほどに。咄嗟に、カインは身体を左側に向ける。未だ、護衛二人を信頼もしていない上に、疑われているという考えと、要らぬ憶測を持たせたくはないという思いを持っていた。その為に、見えないように体をずらしたのである。
「いたむか。それも、暴れたいのか。殺したいのか」
突然の言葉に、思わずカインは後ろに飛び退いた。それほど、感情の欠片もないほどに冷たい言葉であったからだ。
視線の先には、魔王が立っていた。何時の間にか、勇者らの居る祭壇から降りてきていたのだ。勇者らはメルカ族に再度、説明を受けているようであった。
「そう、怖がるな。殺す事などしない。余はお前を好いているだけだからな」
背筋が凍った。全身に鳥肌が駆け巡る。カインは今、初めて目の前で笑みを浮かべる意味の判らない存在に恐怖したのである。不確かな存在であるという事と共に、絶対的な力を持つ強者と対峙したという事実から。
「怖い、顔になってるよ」
カインが思わず、逃げ出してしまいそうになった時、封術士のおどけた声が何処からか聞こえてきた。気が付くと、両者の間に割って入るかのような位置――カインから見て左斜め前に忽然と姿を現していたのである。
「心外だな。アンナ」
その事に、魔王はさして驚く様子も見せずに、そう返した。
「その様子では――」
と魔王が、言葉を続けようとするが封術士はその言葉を遮った。
「そうだよ。見つけられなかった。門を使って眩ましたか。寄生したんだろう」
面倒くさそうに顔を顰めながら、言葉を吐き出していた。
「ふむ、まぁ、仕方なかろう。そうなると追跡は難しいからな」
その言葉に、封術士は魔王をにらみつけた。
「こうなると判っていたんだろう? 悪い奴だよ。アンタは」
そう吐き捨てて、城の方へ向き直って歩き始めた。
「あぁ、結界の方はきちんとやるよ。仕事だし役割だからね」
「判っているさ」
魔王は笑みを浮かべながら、それを見送った。
「隠し事が多すぎるんじゃないか」
カインはそのやり取りをみて、思ったことを口に出していた。感情的になりすぎていると自覚してはいるが、聞いてみたかったのだ。また、この言葉に魔王はどんな言葉をカインの前に提示するか興味があったのだ。
「隠し事しない生物が存在すると思っているのか? だとしたら、お前は中々に夢想家だな」
そう言って、意地悪そうに、口の右端を釣り上げて笑った。
その言葉に、カインは盛大なため息をついた。期待していた回答ではなかったようだ。
「ふむ。ご期待に添えなかったようだ」
「当たり前だ」
「どれ、一つ。情報をくれてやろう」
唐突に言い出した魔王に、カインは視線を向けた。それはもう、胡散臭いとばかりに。現に魔王はその通りの存在ではあるのだが、カインはそれを知っていても尚、その視線を向けられずには入れられなかったのだろう。
魔王は、その視線に今度は口の両端を釣り上げて笑った。それはもう、子供がいたずらに成功した時のよう、口喧嘩で相手を散々に論破した時のように。
カインは、いっそこの世界は滅んで良いのかも知れないと思った。
その時である。カインの頭の中に矛盾が生まれる。その矛盾のひらめきが咄嗟すぎるために顔に浮き出てしまった。
「どうした?」
魔王は怪訝な顔をして、カインに問いかけた。今から、魔王自身がカインに情報を与えようというまさにその時、驚いたような顔をされては、流石の魔王も気になったのだろう。
「隠し事をしない生物は居ないんだろう? そういう事だ」
「これはこれは、中々どうして」
カインは、先ほど魔王が言った事を言い返した。この発言に、魔王は面白そうに言葉を吐き出した。
「そうだな。そうだ。ならば、余の話を続けても」
「あぁ、構わないさ」
カインの中では、矛盾のひらめき自体は不確定な空想そのものであった。だから、優先順位からすれば、低いものだという位置づけに落ち着く事になる。そのため、カインは話を促したのである。
――整理する必要があるな。
そう思わざるを得ない。カインの置かれている状況はそれほど、曖昧でいながらも実は膨大な情報を土台に出来ているものであったからである。
「何故、勇者らは門の前に居る必要があると思うか? そして、何故、勇者らの前に魔族を配置していないか。判るか?」
「どうでもいい」
カインは思わず、そう言葉を発したのであった。本当に、どうでもいい情報でしかない事がこの問いかけで既に判ったのだ。
――コイツは、本当に人を馬鹿にするのが好きなようだ。
心の中で、そう悪態を吐き出すカインであったが、当の魔王は楽しそうに高説を垂れ流し始めたのであった。
曰く、勇者らの力によって、門を開ける際、巨大な力によって味方をも消し去る事になる。そのために、勇者らを護るが、勇者らの前は開けたままにしている。門が完全に開門した場合に、魔族は勇者らの前に立ち、防戦するのだという。勇者の力とはそれほど強力なものだというのだ。
「余とて、あの力の前では消え去るのではないかと思っている」
カインはその説明を聞いて一言だけだった。「ふん」と鼻を鳴らしただけであった。
「なんだ。つまらなかったか? 勇者らの力は余すらも超える可能性があるというのに」
「この状況で、力を使えば確かに強いだろうが、それによって戦術と戦略の幅が限定される事に変わりはない」
「まぁ、そうであるな。事前にこれらが知られていれば、暗殺者が大量に来るだろう」
「この状況に、おいてそれがないということは、化け物もその力を欲している」
その言葉に、満足な顔をする魔王に、対してカインは酷くうんざりしていた。カイン自身、今まで、考えていた自身が馬鹿にしか思えなくなってきている節すらあった。
「やはり、お前は頭が良い」
煽てるように、言葉を続けた魔王であったが、カインはもう自嘲すら出なかった。
「馬鹿でも判る事だ。門を開門させることが化け物どもの目的だからな」
「そうだ。だが、真の目的はもう一つ」
その時、魔王は急に真剣な表情になった。顔を作り変えたと錯覚するほど凛々しい顔つきに、カインはますます胡散臭い視線を再度、向けるはめになった。
だが、このとき、カインは何処かで予想していた事がある。魔王はこの顔で、平気に嘘やくだらない事を喋る事を経験から知っているからではあるが。それでも、きちんと聞こうとしている辺り、可能性を信じているカインであると見るべきか。中々にカインは律儀な男と見るべきか。
魔王は、そんなカインを尻目に、言葉を紡ぎ出す。
「余は魔王などと呼んでいるが、余からすれば、化け物を束ねる者こそ、真なる魔王だと思っている」
そこには、聞きたくない事を聞いてしまったと後悔するカインの姿と、その姿を喜々とした表情で観察する魔王の視線があった。
「さて、そろそろ始めるとするか」
遊ばれた。そうカインが感じるほどに、魔王の顔は満ち足りたものとなり、カインは何度目かのため息を盛大に吐き出しつつも、来るべき未知との遭遇に備えるために、気持ちを落ち着けようという努力を始めていた。
先陣は主に、犬とか猫とかライオンとかチーターとかそんな感じ。
第二陣は、猿とか、像とか、カバとかそんな感じ。
空飛んでいるのはトカゲとか鷲っぽいやつ。ドラゴンとか竜ではない設定です。火は吐きますけど。出てくる予定はないです。
今後の戦闘描写どうしようかな。
誤字脱字あるかもしれません。悪しからずご了承ください