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魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
二部 四章
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第四十七話 剣戟

 女が悲鳴を挙げる必要がなくなったのは、どれほどの化け物を殺した頃だっただろうか。山積みされた生き物だった物らが足の踏み場もあるか怪しいほどに散らばっている。歩むたび、血溜まりに足をとられそうになるほどだ。壁の女はどこか、安寧とした顔をしながら事切れている。眉間からは血が滴り落ち、綺麗に切り開かれた傷からは脳漿が見えていた。


 佇むのは一人の勇者だけで、その勇者はブツブツと何かを呟いては俯いていた。


「ハル……ちゃん?」


 その言葉にハルカは反応しなかった。カズヤは怯えながらも、ハルカの元へ歩み寄りたかった。だが、辺りに散乱する物を把握すると引き攣った顔を見せて、足が動かなくなる。それは、護衛の二人も同じようなものであった。一緒に旅を続けてきた仲間意識を持っていたのだろうか。今のハルカはあまりにも衝撃的に見えていたのだ。


 その中で、一人。カインだけは異常性の他に危険性を察知する事が出来ていた。もう何度目だろうかと思える左腕の疼きが激しさを増す。半ば慣れたといってもまるで、急かす様な左腕に改めて生き物である事を認識させられていた。


「ぐっ」


 呻き声が思わず零れ落ちるが、この空間の中でその呻きを心配する者は誰一人居なかった。そんな事はお構いなしに、左腕が自由気ままだ。勝手に左腕は形を変えていくと射撃状態へと移行した。何が起こっているのかを理解する前に、カインはその左腕の意志を尊重させたのは何よりも、自分の中の経験が従うべきだという決定を下しているからであった。気味が悪いなどという感情は度外視し、この目の前の光景で起こりうる可能性を考えた場合にこの行動が最良であると判断した。


 その判断が最良であると考えたのは何故か。素直なまでに、カインの中では「判らない」と一言で片付けられている。それでも、いま目の前にいるハルカ以上の脅威がこの空間で息を潜めていると感じたのは確かなようだ。その直感とも、違和感とも違う。今まで感じたことの無い得体の知れない何かを知らせた左腕と、カインを襲う衝動が反応させた。


「カ、カインさん!」


 カズヤがようやく気付いたようで驚きの声を挙げる。既に、射撃体勢に入っていたカインを止める事はできない。カインもその言葉に耳を傾ける事すらしなかった。


 一閃。赤黒い光線が翔けた。


 ハルカは依然として俯いていたがカインの左腕の攻撃に反応したかのように、身体を振るわせた。だが、カイン――左腕が狙い撃ったのはハルカではなかった。ハルカの横を通り過ぎると化け物どもの肉塊を貫いた。カインの攻撃が命中するとそこから化け物の叫び声が轟いた。どうやら、ハルカが背中から刺し殺した化け物は生きていたようだ。しかし、今の攻撃で完全に絶命したらしい。攻撃を受けた所から、何かが浮遊してくるのを確認できた。霧散していくその何かはやがて綺麗に解けて無くなり、何事もなかったかのようにカインが攻撃する前と変わらぬ光景に戻る。


「生き残りが居たようです」


 カインは落ち着いた口調で、場が混乱しないように努めて喋った。


「問題は、あの人ですね。ハルカといいましたか。確か、護衛の者も居たはずですが姿が見えません」


 カインには既に、二人が死んでいるだろうことは予想がついていた。この惨状だ。生きていると考える方が難しいだろうと思っている節がカインにはあった。その考えは何も、カインだけではない。カズヤもそれを理解しながらも、目を背けたかったはずだ。今までのカズヤならばそうだったのかもしれない。だが、今は行動する。ハルカを何とかしたかったからという気持ちが強かったのだろう。


 何よりも、行動せざるを得ないと理解する前に、カズヤの口からは言葉が呟かれていたのだ。不快ではなく、むしろ不思議とその通りだとカズヤは思えていた。


「――風よ」


 逡巡する暇も与えない。ハルカの剣戟が空間を貫き、肉薄する。それに呼応するかのように、カズヤが呟いたのだ。


 護衛の二人はなにが起こったのか理解するのに僅かな時を有した。帝国で少なからず腕利きと有名な二人であったとしても、今の状況に対応するのに瞬きするほどの隙が生まれてしまった。だが、その中でハルカ目掛けてカインが突き進み、カズヤは風の防壁を張り巡らせた。


 刹那に魔力の剣が壁の防壁を貫かんと殺到していく。


 カインはその雨の中を駆け抜けた。迫まっていく先のハルカは笑顔でもあり、苦しんでもいるかのように表情は落ち着かない。それでも、身体から水平に12本の剣が出現し、カインへと群がっていく。左腕を前に出すと即座に形状を篭手型に変化させ、胴体を護るように左腕を位置づけながらも身体を捻りこみ、地を蹴った。剣と剣の僅かな隙間を強引に身体をねじ込ませる形を取って突破する。


 目の前にはハルカの握る剣が――


 まるで鋼鉄の盾がぶつかり合ったかのような甲高い音が轟くと、散乱していた物が二人の中心から吹き飛ばされていく。


「お前はそれで良いのか」


 カインの囁きがハルカの耳に吸い込まれていく。


「牢獄」


 カズヤの呟きによって、カインは即座に離れる。すると、ハルカの周りには轟音を掻き鳴らす風の壁が完成した。即席にして脱獄不可能な牢獄は化け物ですら逃げ出す事は不可能であろうかと思わせるほど、濃い魔力を含んでいる。


「……っ!」


 想像以上に、負担が襲い掛かってきているようであった。苦痛に顔を顰めるカズヤは構わずに力を行使する。やがて壁の一部は姿を変えて、細長くなっていく。


「このまま――」


 拘束する。そんな意図が見えた。巻き付かれるハルカは身じろぎ一つしなかった。それでも、魔力の枷は脆くも崩れ去る。


 何をしたかといえば、明確には何もしていない。ハルカ自身は指先すら動かしてはいないのだ。


「くっそ!」


 ただ、純粋で膨大な魔力だけでハルカを風を打ち破ってしまったのだ。


「目に見えるってぇのは相変わらず気味が悪いな」


 槍使いの男がそう吐き捨てた。何かが見えるのだ。ハルカの周りに、後ろの光景が歪みを見せている。ハルカの身体が揺らいでいる。ハルカの表面には何かを纏っている。それは、魔力の鎧とでも言えばいいのだろうか。


「カズの力が負けたとなると、厳しいな。俺も魔力を斬れるかは自信ないぞ」


 大男の顔から汗が一筋流れ出た。少なからず、護衛の二人は化け物との戦闘経験豊富であったから勇者の護衛につけられた存在だ。だからこそ、カズヤの力を知っている。そのカズヤの力が通じないのだから自分達に何が出来るかわからないと言った方が正しいのかもしれない。


 純粋に恐怖しつつも、自分達の力量を知り、相手の力量を把握しているからこそ、こぼれる言葉だった。


 この時、二人は援護か囮かを模索すると目配せを互いに交わした。魔力消費の分散化によって、カズヤの力による拘束を実現させようという意図を含むものであった。苦肉の策といえばそうであろう。


 完璧な想定外。


 勇者と戦う事になるなど、想定外すぎる事態であるのだが、その中でただ一人。想定外でも、経験している人間がこの場にはいる。


 カインからすれば今すぐ逃げても良いのだが、そうなると勇者二人を失い兼ねない。そのような危険性を含む行動を起こすのは流石に拙いと思っていた。カイン自身に科せられた理不尽を知り、勇者の役割を知ったからこそ、そのような考えを起こす事も無かっただろう。


 そもそも、カインは未だやるべきことを果たしていなかった。その思いが今、一番強いのかもしれない。


 しかし、いくらカインが長年培ってきた戦闘技術があったとしても歴然とした魔力と応用力の差。加えて、戦闘経験ですら今のハルカを前にして、果たして当てにして良いのかすら怪しいものだ。というのが素直なカインの思いだった。


 何にせよ。優先すべきことは分担して事を運ばせる必要があるのは確かであった。


「遺跡破壊が最優先だったはずだ。ヴィルフとケルマンは転送門を見つけて破壊してくれ」


 カインが珍しく声を張り上げ護衛の二人に言った。


「カズヤ。俺とここで足止めだ」


 視線を向ける事無く、カズヤにそう言い放つと一人気を吐くかのようにハルカへと攻撃を開始する。その攻撃はハルカの意識をカインに向ける事によって護衛二人に攻撃の意識が向けられることを防ぐためであった。


「……判った。二人とも、頼む!」


カズヤも意図を理解すると声を挙げ、加勢に入った。


「それしかないな。任せるぜ」


「必ず破壊するさ」


 護衛の二人は即座に大きく頷くと奥へと走っていく。状況把握が非常に素早く出来ている証拠でもある。今、護衛二人が囮以上の活躍は出来そうも無い。ましてカズヤは広域殲滅型の攻撃が可能となる中で、果たして複数人の味方が、それも近接戦闘の者だけが居る場合、力を発揮できるか。そんなことも考慮に入れていたのかもしれない。


 闇へ消えた二人。それを見送る余裕はカズヤにはない。


 カインはナイフを投擲する。頭部を狙った一撃はわずかに首を横に倒すだけで避けられてしまうと共に、カインはハルカと眼が合った。


「――!」


 その時、カインは何を思ったのだろう。ハルカの瞳の奥に何が見えたのだろうか。行動は変わらないのに、カインは酷く感情的になるのを必死に抑え付けた。


 剣を握るハルカが動くがその動きは先ほど、化け物と対峙した時とは比べ物にならないほどに散漫な動きだった。左腕で上段からの斬り付けを防ぎながら、左方向へ力を流す。空いたハルカの左わき腹へ右手拳を振り上げた。


「っ!」


 殴ったのは剣身。そしてそのままカインのわき腹へ刃が滑り込む。


「カインさん!」


 カズヤの叫びよりも速く、カインは身を引いて致命傷を避ける事に成功する。わき腹を軽く貫かれ血が滴り落ちるが膝を付く暇などありはしない。迫るは剣戟の嵐。視界を覆いつくすほどの刃が目の前には広がっていた。


 カインの有視界範囲全ては剣戟の壁が覆い隠した。辺りを見回すと空間全てが支配されているかのように、刃のみが見えてくる。


 ――無理だろ。これは


 カインは思わず、笑ってしまう。この状況をどうにかしろなんて無茶な注文を受け取れるほどカインはお人よしでも自殺志願者でもなかった。


 散漫な意識であったにも関わらず、この攻撃には明確な殺意が刷り込まれていると錯覚するほどにおぞましくもどこか、勇壮な光景。


「貫き、全てを消し去れ!」


 ハルカが叫んだ。苦痛に顔を染め上げながらも剣戟は、その声に忠実であった。剣戟は主の命令どおりに二人へと殺到していく。逃げ場ない。


 迫り来る凶刃の暴雨を目の当たりにする中で、カインは必死に生き残ろうと行動し、カズヤは言い知れぬ違和感に襲われていた。


 徐々に遅く、世界が動いていく。


 カインがゆっくりと左腕を前面に押し出しながら、形状を変化させていく。ハルカの顔が悲痛に歪み、醜いと思えるほど散々な顔になっていた。喜ぶようにしながらも今の自分をなんとかしたいと必死だという事が理解できる。


 カズヤはその光景をただ見つめていた。だが、その世界は遅い。そう、遅いのだ。


 ――なんで?


 そんな疑問と共に、にじみ出てくるものは一体なんだ。カズヤの内部に蠢く世界を震わす力はなんだ。


「纏え」


 その言葉がカインの耳に入った時には剣戟がカインに、カズヤに襲い掛かった。爆発でも起こしたのかと思えるほどの騒音を引っ提げて、剣戟が地面へと突き刺さって行く。砂塵が舞い上がり、視界を著しく低下させると共に、万物の存在を消し去りたいのだろうかと思えるほど執拗に二人のいた場所に殺到していく。


「……これは」


 カインは驚きの声を挙げた。その驚きは、ただ単にその場が綺麗だったからだ。あ然とするほどに、カインの身の回りだけが綺麗すぎたのだ。それはカズヤの周りも同じ事。本人を中心にして数十㎝範囲がまったくの無傷。そして、カインは驚きの声を挙げた後に、ようやくこの意味を理解した。カズヤの荒い息遣いが後ろで聞こえてくる。


「殺させない……。ハルちゃんに。そんな」


 辛いことをさせたくはない。そんな思いがカズヤの表面を過ぎると共に、自分自身がそんな光景を見たくは無いという思いも介在していた。


 芳しくは無い状況に疲弊していくだけのカズヤ。力も体力も申し分は無いはずだ。圧倒的に不足していたのは紛れもなく、カズヤの精神状態そのものであった。カズヤの顔はハルカと同じように醜い顔をしている。


 どうしたい。どうしよう。そんな自問自答が埋め尽くしていくカズヤを尻目に、カインはなんとかハルカの意識を失わせようと考えていた。


 嫌な思い出が蘇ってくるのは確かな事である。最悪は殺さねばならないことを理解しているカインにはかつて、悲痛に声を張り上げたハルカの顔が思い出されていた。また、自分は厄介なことに手を下す必要があるのだろうか。そんな事をカインは考えてしまうと途端にやる気が失せるような感覚に襲われる。


 ――馬鹿らしい


「ハルカ。どうして、殺したいんだ?」


 静寂を破るカインの問いかけ。ハルカは答えない。それでも、虚ろな瞳が光り輝く。剣戟が再度、形成されカインを襲うがカズヤの力がそれを阻む。


「カインさん! 無茶しないで下さい! 俺の力も無敵じゃないんですよ!」


 思わず、声を挙げたカズヤ。


「どうしてだ。お前は、何故殺したい」


だが、カインの問いかけは思わぬ効果が発生させる。


「何故?」


 突如。本当に突然、ハルカの表情が疑問を必死に考えるように顔を顰めることで安定した。その仕草が、今までの行いと現場の惨状から酷く場違いすぎた。カズヤは思わず惚けた顔をしてしまう。それも、仕方の無い事だろう。その表情はカズヤの良く知るハルカの物であったのだから。最も、声は相変わらず、女性にしては低い声であったのだが。


「そうだ。何故、殺す。俺達は仲間だったはずだ。同じ境遇を共有し、共に生き残ろうとしたはずだ」


 カインは言葉を続ける。カインからすれば、東の大陸で別れてから出会っていないのだから、ここまででどんな事を経験してきたのかは知る由も無い。それでもカインはあの時、エーファの死から立ち直り、旅を続ける事を決めたハルカを知っている。それは、自分に科せられた理不尽に向かい合う覚悟をしたものではないかと咄嗟に思いついた。加えて、カズヤという勇者とともに行動しているのだから、同じ境遇なのだろうと推察して言葉を発したのだ。


 異人の村での言葉のやり取りから、カインはずっとハルカという存在に興味を持っていたことが今、役に立った。カインはあざとく、会話を記憶していたのだ。


 ともあれ、今の問いかけは完全にカインの自暴自棄に近かった。適当に言ってみたら相手が反応してきたようなものだ。だが、カインは特に気にするわけでもない。ふとしたことから打開策を得ることは良くあることだと割り切っている節があった。恐らく、過去においても、思いつきで何度か危機を脱した事があったのだろう。


「わたしは、生きたいから殺す。わたしの命を脅かすものは誰であろうと殺す。それだけ。お前達はわたしを殺したいのではないのか」


 先ほどのように攻撃的ではなくなっていた。この僥倖にカインは即座に対応する。


「誤解があったようだ。恐らくは俺の責任。すまなかった。素直に謝罪しよう」


 間髪入れずに謝ったのだ。


「ッ!」


 その謝罪の言葉に過剰な反応を示すハルカは頭を抱え、膝をついた。カズヤがカインの横に並びながら、状況を心配そうに見ていた。迂闊に近寄ってまた攻撃してこられても困るのだから仕方の無い事だろう。


「どうして、いきなり会話に応じたんだろう」


 カズヤは率直な疑問を呟いた。それでも、視線はハルカの苦しむ姿を逃さぬようにずっと見つめている。


「操作系スキルで操られた人間でも強靭な精神力で抵抗できるんだ。本人が今、頑張っているんだろう」


 カズヤの問いに、カインはそんな言葉を返した。


 その時、ハルカの場を切り裂く叫び声と共に、強烈な魔力が衝撃となって二人を襲った。あまりに唐突すぎた予備動作もない一撃になす術もなく吹き飛んだのだが、なんとかカインは受身を取ったが、カズヤは思い切り吹き飛ばされ、闇に消えた。恐らく、相当飛ばされたのだろう。


「……くっ!」


 カインは膝を折る。深くは無いにしても出血する傷を負っているのだ。さらに、剣戟を避ける際にも皮などを多少切っている。


「……気絶したのか?」


 カインはハルカを見つめると横たわっている事が遠目に確認できた。その事で安堵するとさらに身体が重くなってきていた。ここに来る前の戦闘でも手傷を負っていたのだから相当な負荷が身体に掛かっていたのだろう。即座に、初期治療にかかる。生憎と、持ち合わせは少ないが出血を抑える事くらいはできるだろうとまずは止血を始めていた。


「カインさん! 大丈夫ですか」


 後ろからカズヤの声が響き渡り、後ろを向くと人影が見えてはそれが次第にカズヤであることがはっきりと確認できるようになっていった。


「大丈夫。致命傷ではないよ」


 カインは戦闘中とは違って、丁寧な言葉使いに戻っていた。この状況でも、カインは身元が判ってしまう事を恐れたのだろうが、カズヤは言葉遣いの差異に気付くほど気配り上手ではなかった。まして、特異な戦闘状態だったのだ。細かいことに頭を回す余裕がなかったのだから当たり前かもしれない。


「ハルちゃんは……気絶している?」


 とにかく、カインの無駄な努力が功を奏したのかは判らないが、会話は進行する。


「恐らくは。とにかく、ハルカは私が地上まで運びましょう。ここに居ても意味がありません」


「目が覚めて、またあんなことになったり?」


「可能性としてはありますが、恐らくは大丈夫ではないでしょうか」


カズヤはその言葉を聞き、カインを見つめた。多少、気圧されてしまうカインであったが不審に思われるのもどうかと思い、そのまま見つめ返しながら、言葉を続ける。


「カズヤは遺跡の破壊をお願いできませんか?」


 カインの中では、もう脅威はないだろうと思っていた。それもそうであろう。ここが、この遺跡に存在する化け物を生み出していた所であることは容易に理解できる。その生産元を破壊したのだから、後は既存の化け物だけであろうが、それもここに散らばった化け物の数からして大した脅威にはならないと判断した。さらに地上へ向かう通路は勇者やカイン自身が駆除して回ったのだ。


「そうですね。判りました! ハルちゃんをお願いします!」


 カズヤの歯切り良い返事が響いた。その返事を聞いて、コイツはもう少し他者を疑う事をしたほうがいいのだろうな。などと思ってしまうカインであった。


「さて……」


 カインはハルカのところまで寄るとハルカの顔を眺めてみる。綺麗な寝顔だと素直に思えたのだが、如何せん血みどろに寝転がっているので血に染まっている。だが、逆に言えばそれが綺麗に見える要因なのかもしれないとカインは思ってしまった。


 ここまで来たはいいが、果たして本当に今は安全なのか。逡巡するカインであったが、ここで敵意や、戸惑いを持ったとしても意味が無いだろうと考え直す。ハルカはこちらに敵意がないことを告げると意識を手放している。カインはこの事実を考慮に加えて、暫く思案する。


「話を聞いていたかは判らないが、ハルカ。君を地上へ送ろう。危害は決して加えない。安心してくれ」


 とりあえず、危害を加えない事を公言することから始めた。その発言の後、暫く待ったが動きも見えないので、カインはハルカへさらに近寄った。


 膝をつき、背負って行こうとハルカに触ろうとした時であった。


 剣戟がハルカの周りに出現する。カインは多少驚くも疲労感からか知らないが、どうでもいいように言葉を投げ掛ける。


「先ほどの言葉の通りだ。案ずるな」


 そういって、うんざりしながらハルカを背負った。すると、剣戟も追随する。カインの周りには、ハルカに傷がつかないようにカインの下半身や正面をいつでも貫けるように剣戟が舞っている。


 ――蚊のようだ


 などと、考えながら苦笑いを浮かべたが――


「大丈夫」


 そう小さく、だが確実にカインは呟きハルカを背負いながら地上を目指すために歩を前に進めていった。




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