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魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
二部 四章
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第四十六話 静観

 重苦しい。空気が重さを持ち、場の全ての者らを鈍重により跪くように仕向けるかのように。その場に佇み、椅子に腰を降ろし顰めた顔を肘掛から伸びる右腕で支えながら魔王は報告を聞いていた。


「動けぬか」


「門の力が弱まっているのを見透かされています。各地で人、魔族構わずに襲われている模様で手の打ち様がありません」


 各地にいる魔族の有力者を集め、門の封印を行う必要が急務の中で、化け物らは門の封印が解かれつつあることを察知していた。故に、妨害工作の一環として、魔族の集落や人間の街を襲う事が頻発している悪い流れが出来ていた。


 今まで起こった門の封印を巡る戦いは魔王を筆頭にして勝利を続けてきている。だが、多くの犠牲を払ってきたのは魔王側であったのは確かな事である。数千年の闘争で、絶滅した種族は少なからず存在しているのだ。


 加えて言おう。不定期に門が開かれる原因が未だに解明されていない。魔王は門を封印する手立てを知っているが、永久に封印する術を知らない。


 この流れに便乗する形で、東の国家が西に侵攻を開始し、西沿岸都市は陥落。これは、封術士が事前に化け物からの襲撃を受けて撤退していた事も陥落に大きく関わってきていたが、魔王にとってそれは些細なことである。


 本質的に問題なのは東の国家を扇動しているのは恐らく、化け物らに違いないという事であった。


「可能な数は」


「凡そ半数かと」


 その言葉に魔王は頭を抱える。今までも何度かの襲撃を経験しており、各種族間でも対策を練っていたはずであった。それが、今の状況である。何がどうなっているのか魔王自身にも判らなかった。


「急がせろ」


「既に、動かしております」


 半数では、10種族集まるかどうかという微妙なところであった。本来、種族は多くなくとも問題はない。だが、門を一時的にでも開放しなければ封印する事ができないという問題から、魔王は軍勢を用意する必要があったのだ。


 魔王の私兵部隊が1000。精鋭部隊としても、1000では抑え切れないのが過去の教訓である。だからこそ、多種族に実力者だけなく、軍としての応援を頼んでいる形になる。この中で、人間の制御の力を引き出させる役割を担う種族や、人間が制御して安定的に供給する力を留め、維持する力を持っている種族が必須になるのだが、頭の痛い話。前者の力を持つメルカ族の有力者が行方不明となっていた。


「封術士を行かせれば良かったのだがな」


 思わず、愚痴が零れる。消息を絶ったのは西に東の人間が侵攻してきてからであった。恐らくは、避難途中に何かあったのだろうと魔王は予想を立てているが、仮にも勇者程度の力を持つ存在であるそのメルカ族の有力者がたかが、人間に遅れを取るとは考えにくかった。


「それでしたら、何故。あの人形を放置なさっていたのですか?」


「遺跡に潜伏している事は知っていた。所詮、余が操っていたのは人形だったのだよ。まったく、あのような輩が門から這い出ていたとはな。いつ逃げ延びたのやら」


 化け物との争いは門を閉じる事が最優先とされている。かつて、それは魔王の独断ではなく、動物で言うのならば本能がそう告げているだけにすぎない。魔王の住むこの土地こそ、化け物どもを抑制する空間。だからこそ、ここを抜けられれば化け物どもは本来の力を発揮してしまう。万を超える化け物にここを突破されれば、容易く世界は滅ぶことを。


 何よりも、未だ魔王は化け物どもを統率する者の顔しか見た事がない。その事が何よりも恐ろしいと思えていたのだ。まるで影で覆われているかのような黒い姿、門に手を掛けた腕はあまりにも大きく、業火で出来た手枷と鎖を千切り去ったほどの豪腕。突き出た口には白い牙が悠然と居並び、赤い瞳はぎらぎらと燃え、頭に生える二本の巨木の如き白い角が神々しく思えた。


 その姿を閉じる門の隙間から見えたときに、初めて魔王は恐怖というものを覚えたのであった。


だからこそ、この人間達に恐れられ魔界などと呼ばれる空間で化け物どもを押さえつけ、門を封印せねばならない。


「大丈夫なのでしょうか?」


 配下であり、魔王の人形が心配そうに呟いた。


「勇者の目覚め次第だが、大丈夫だろう」


 魔王は知っている。勇者の力とは授けられたもうひとつの自我を打ち消し、己自身のものとすることが必要であるという事を。力に飲み込まれれば、本来あるべき身体にあった自我が食い殺されてまったく新しい人間と変貌を遂げる。それだけならば問題はない。


 自我は赤子から徐々に成長していくわけではなく、食い殺した瞬間から突発的に自我が形成されてしまう。その事が問題であった。


 どんな人格を持った人間が生まれるか判らない。加えて、記憶を継承しているかどうかも。正当に継承できているのならば、何も問題は無く、力は格段に上がるだろう。魔王自身、二人の勇者には密かに期待している。


 ハルカとカズヤ。似たような力でありながらも性質はまったく別であるからではあるが、独創的な力の解放と具現化が心を躍らせていた。ハルカは無色である魔力を空気中に漂わせて、任意の場所に剣などの武器を具現化できる。それもただの剣ではなく、人間には切り裂く事が不可能である魔力の塊で構築された剣を舞い躍らせる事が出来る。


 一方カズヤは魔力に染色する事が出来、風という世界の何処にでも吹く自然物へと変化させる事が出来る。それも意志を持っているかのように動きまわせる事が可能な上に、変幻自在。刃から壁まで構築できる汎用性がある。それもハルカと同じく、魔力で構築され、人間では破る事は叶わない。


 これに付け加えるべきことは、力の解放が未だ不十分だということであった。ここまで順応してみせた勇者を魔王は数えるほどしかしらない上に、どちらかというカズヤのような自然物に近いものに力を変化させる人間が多かった傾向があることを魔王は知っている。だからこそだろうか。勇者には僅かに期待していたのだ。


 最もその勇者らを差し置いて――


「死んだところでカインが生き残れば良い。あやつは恐らく適性がある」


 一番のお気に入りはカインであった。手持ちの魔族を打ち倒す力量とスキルの希少性。加えて、古代人の武具との適性を感じさせる左腕の馴染み具合。守護者が最後に選定されたのは何百年前だっただろうか。


 魔王はそんな事を考えるほど、守護者が現れる事が稀であった。適性のあるものは過去それなりに輩出してきていたのは事実であったが、魔王の試験と称する娯楽に合格したのものは圧倒的に少なかった。


 娯楽といっても必要なものであり、力のないものが守護者となったところで荷物にしかならない。


「では尚更、何故ですか?」


 勇者と守護者を会わせるならば、何も遺跡という敵の拠点にする必要性はなかった。


「勇者には力を。守護者には馴染ませる必要があったのだ。あのままでは死ぬだけだからな。死ぬ寸前まで行ってくれれば力も生存本能の赴くままに表へ浮かび上がってくるだろう。だが、相手も活発になってきた。ここにも攻めてくるようになった。それで十分だ」


「処理はできていますが、日に日に数は増加しています」


「遺跡を破壊できれば、少しは減るだろう」


 鬱陶しいと思いながらも、焦る気持ちを抑える必要があった。誰にも言う事の出来ない懸念事項が魔王の頭の中にあったのだ。


「……今更ながら余も、あの人形を過小評価していたようだ」


 ――勇者と守護者もか


「はっ?」


「嫌。何、独り言よ」


 魔王はそういうと目を細め笑うだけであった。



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