第四十四話 共同
「おい。落ち着け」
護衛の槍使いが言葉をかける。
「でもさ。おかしいだろ」
「確かにな。だが、だからと言って急ぐ必要はない」
「味方だとは限らない。だろ?」
カズヤはそう言いつつも走る足を止める気配はない。
入る部屋、通る通路に散らばる化け物の死体。加えるならば、施設と思わしき装置が破壊されていた事も、カズヤが急ぐ原因でもあった。
何より、先ほどの爆発音で拍車をかけた。
「判っているんだよ。それでもさ。もしって考えると」
その言葉に、護衛の二人はカズヤの意志を尊重させる事を決めた。今まで、カズヤの心を考えて行動する事の多かった二人である。今回もまた、それを実行したまでであった。
「判ったよ。急ごう」
だが、その心情の中でも変化は確実に起こっていた。カズヤ自身への放任を許容する動きである。
護衛の二人はカズヤの感情の爆発を経験している。それは、力の暴走であったこともあれば、己の中で護っていた何かが壊れること恐れての凶行もあった。その経験があるからこそ、二人はほっとけないある種の保護欲に駆り立てられていた。
それも、オーク討伐を経てカズヤは格段に精神の成長が起こった。訝しがったのは始めだけで、後はカズヤ自身の内面性に任せるという事になったのであった。
「サンキュ」
「ん。あぁ、気にするな」
「まぁ、俺らは護衛だからよ」
その感謝の言葉に何処かむず痒さと共に、若干の寂しさを感じてしまった二人であった。
兎に角、護衛の二人の中でも確かに「もし」という思いがあったのは事実だった。
それでも、言葉にしたように味方かどうかは未だ判らない。中立の立場や敵内部での内紛という可能性もあった。
死体の化け物が多岐に、数種類の種族が共生していると考えていた護衛らはこの事から、何らかの内紛が起こったのではないか。という考えを持っていた。
少なくとも、中立であり、決して勇者の味方ではないだろう。そう前提を踏まえて行動する事にしていたのである。
カズヤからすれば、味方かもしれないという漠然とした安心感と共に、もしかしたら危ない立場に立たされているのかもしれないという先入観から今の行動を決定づけている。
護衛二人もこの事には気付いていたのだが、それでもカズヤに従った。
だが、護衛二人の思惑は外れた。地下へと続く装置がある室内に侵入するとそこは広い空間であった。暫く、散策すると奥では戦闘が行われていたようであった。
「人間か?」
大男が呟く。
そこには、頭が消し飛んだ状態で倒れている腕の妙に長い化け物と、うす暗い室内でありながらも銀色の髪が主張をし続ける男が一人、佇んでいた。
カズヤが前に進み出ようとするが、大男がそれを制止する。未だ、敵か味方を判断できるものはない。ここは姿を確認できただけでも良しとするべきではないか。という考えを持っていたからである。
だが、その時、倒れていたはずの化け物が起き上がる。
「なんだ、あれは」
槍使いの男はそう呟きをこぼした。それと、同時に男は化け物に襲いかかる。
その時、三人は初めて男の左腕が異質なのを見つけた。人間の腕ではないことは即座に理解するが、化け物ならば何故争っているのか。を考えて、やはり護衛の二人は内紛か何かではないかという考えが浮かんでいた。
カズヤも困惑している。今、出て行って二人に襲いかかられては困る状況ではあった。と、同時に長い腕を持つ化け物の強さに護衛の二人は気を引き締めていた。この先に、もっと強い化け物が居るかもしれないのだ。再生能力と共に、頭部が無くとも自律して行動できる身体を持っていることは非常に脅威であった。
化け物が完全に復活すると、その化け物は男との間合いを一瞬の内に縮めて尚且つ男を吹き飛ばしてしまう。これを見た瞬間、カズヤは大男の制止を振り切り、駆け出していた。
何故、走ったのか。
それを考えながらもどうしてわからないカズヤの心の内とは関係なく、カズヤは剣を抜き去った。
「風となれ。我が刃達よ」
その時、カズヤの全身を駆け巡ったのは紛れも無い高揚であった。右手に握る刃の周りには無色であるはずの風が轟々と音を立てて集結している。
敵の無力化。カズヤはその事を願った。何故だか、この力をそのままの状態で放つ事の危うさを何処かで感じ取ったのかもしれない。
刃に纏わりついた風は綺麗に霧散し、カインの髪を戦がせながら、化け物に纏わりつく。カズヤにはそれが視認できるほど濃密な白さを持っていた。けれども、この場にいたカズヤ以外の視線はその白さを確認する事は出来なかった。
カインはこのとき、風が吹いた事を感じながらも自分の死をどうやれば回避できるか必死に考えている最中でもあった。だが、戦いだ瞬間に風の中に含まれる尋常ではない魔力を体感してしまってもいた。
風が薄暗い室内を優雅に泳ぎ、狂気の笑みを浮かべていた化け物を切り裂いていく。四肢は飛び散り、化物は驚く事もせずに先ほどのような笑みを浮かべていた。
「勇者か。風を魔力で刃物化したとでもいうのか」
心底、楽しそうに笑みを浮かべた化物はやがて、塵になり姿を維持する事無く崩れ去った。
「大丈夫か!」
カインはなんとか首を回すと見知った顔を視界に納める事に成功する。
「……助かったよ」
心配そうに、肩に手を回し抱えてくれる仕草を見せるカズヤへ、行動によるやんわりとした拒否を盛り込みながらも、カズヤたちの方へと身体を向ける。
「君らもこの遺跡の破壊か?」
その言葉に、カズヤは多少の驚きを見せつつも、「そうだ」と肯定した。 護衛の二人が直ぐにカズヤヘと駆け寄ってくる。
「私も同じなんです」
声の性質を弱弱しいものへと変えてカインは言葉を発した。護衛二人は未だ警戒を解いていない上に、カズヤ自身も不安がっている。カズヤからすればギルドから直接依頼されたことである上に、隠密性の高い依頼であったことは重々に承知している事であったからだ。これは、護衛の二人もそういう思いがあって未だ警戒していないというのもあるが、一番はやはり左腕の存在であった。
「誰に依頼された」
大男が重い声を投げ掛ける。
カインはこのとき、身体が完全に回復していなかった。防いだとはいえ、勢い良く吹き飛ばされた衝撃は生半可なものではなかったからである。加えて、今は3対1という状況。今、肩を持っていてくれた勇者に戦闘の意志がなくとも、護衛の二人がどう動くか検討もつかない。そういう考えに至ると、カインは素直に言葉を吐き出していく。
「封術士からの依頼です」
その言葉が出てくると、カズヤは疑問符を浮かべて護衛の二人は顔を強張らせる。
「封術士?」
「えぇ、この世界を管理する力を持つといわれる存在から、勇者を補佐する事とともに、この遺跡の破壊を託されました」
嫌な汗がカインの背中を流れていく。素性が判るような状況になってしまうと、今度こそカインの命はないだろう。その事を理解しているからこそ、カインは物腰を柔らかく、口調を丁寧にしながらも丁寧すぎず、慎重に喋るようになっていた。
「証明は……できそうもないな。その腕はなんだ」
今の所、素性については大丈夫のようであった。
「これは、遺跡で発掘された武具の一種です。私は異人の村で育ち、迫害を受ける中で腕を失いました。その時、村長が……」
カインは適当に真実と嘘を織り交ぜながら話を進めていく。
この話に、カズヤは苦々しい顔になってしまっていた。ギルドから話を聞いていたからではあるが、何より迫害という言葉に過剰な反応を示してしまっていた。
護衛二人も思案顔をする。真実かどうかという点でいうならば非常に難しいが本当の歴史を知っている可能性が高い上に、当事者とも取れる存在と共に生活していたという話も興味深い。
「俺は、勇者やっているカズヤって言います。良かったら一緒に行動しませんか?」
カズヤは暫く真剣に、眉間へと皺を寄せながら考えた後、優しく微笑みながらそうカインに告げる。これに、護衛の二人はとやかくいう事はしなかった。だが、警戒を怠るような事はないだろう。
「やはり、勇者様でしたか。魔力を風に変化させるような芸当は勇者様しか居ないと思っていました。」
「カズヤでいいよ。身体はもう……大丈夫そうだね」
「助かりました」
そう言葉を発しながらもカズヤに笑みを向ける。応えるようにカズヤも笑みを返し、四人となった勇者一行は地下へ行くために行動を開始した。
一先ずは、殺される危機を回避したカインではあったが、未だ予断を許せない状況になっている事に緊張感を残しつつも暫くはフードを被らずに行動しなければならない事が憂鬱で仕方なかった。
「おっと、何でお前さんはそんな依頼を受けたんだ?」
槍使いの男が声を出した。
「守護者という任を背負わされてしまったのですよ。勇者を守護する役割を世界から与えられたと。封術士は言っていました」
思わず、本心が混じる。理不尽なまでに好き勝手、人生を弄ばれている気分にカインはなった事すらあったのだから当然かもしれない。
「守護者……」
その言葉はカズヤの中に染みこんで行く。と同じように、目の前に佇む男に妙な親近感を持ち始めていた。理不尽だと思える事を共有できているかもしれないという淡い期待と共に。
「そうだ。貴方の名前は?」
カズヤは先ほどよりも、明るい空気を持ち始めていた。
「……カイン」
「カインさん! よろしく!」
元気良く言ったカズヤであったが、子供っぽい事を自覚できたのか恥ずかしそうには笑みを浮かべた。
「よろしく」
思わず、ため息を吐き出しそうになってしまったカインであった。