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魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
二部 三章
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第三十六話 見えざる目

ジルベルトの住まう家は城壁の近くに位置する比較的貧しい人々が暮らす地区であった。


家は大きくは無かった。申し訳ない程度の庭。人一人が丁度横になる程度の庭があった。それは家の真後ろにあり、四方を石造りの壁で覆われている。決して外部から覗き見る事が出来ないように。入るには家の中に真っ直ぐ通る廊下を突き進み、隠し扉となっている突き当りの壁の向こう。


今はもう海を挟んだ遠く東の地。ジルベルトの眠る墓石にカインは結局手を合わせる事もせずに、彼とアンナであった土の塊と一本の肋骨を予め作られていた二人のための墓に埋葬した。


あの時、光に包まれてカインはジルベルトの声を聞いた。


「ここは……。」


「ロイズ。いや、カイン。」


「ジル。これは一体。」


「すまないね。あいつは私を狙っていた。ずっと。だが、私にとって念願たる君という存在が確認されたことによって最優先は君に移ったんだ。」


「……俺の左腕。」


「そうだね。」


「守護者……だからなのか。」


「うん。」


「奴は魔族なのか。」


「それは、判らない。」


「判らない?」


「君に渡したいものがあるんだ。」


「……。」


「この光が消えた後。私は死ぬ。書状を用意してある。それを持って西に渡り、ある人に渡して欲しい。」


「……厄介ごとはお断りだったんだがな。」


「申し訳ない。押しつけてしまうようで、その通りだが。それでも、君は守護者としての適合を見せてしまった。それが偶然か必然かなんてどうでもいいんだ。君がそうである確証がとれた以上。君にはやるべきことが出来てしまい、私にも、またやるべき事があった。」


「そのやるべきことは一体なんだ?」


「勇者と共に。魔王と対峙するんだ。」


「……。」


「君にしかできない。君にしか頼めない。君しか居ない。」


「はぁ……。」


「それと、もう一つ。」


「まだあるのか。」


「私の亡骸を家の後ろ。庭があるんだ。そこに埋めて欲しい。アンナと共に。」


「―――どういう。」


「頼んだよ。」


それが最後であった。


光が消えた時、カインは倒れていた。状況を把握するとジルベルトは全身から血を噴出して絶命しており、アンナは土くれになっていた。


カインは今、西の沿岸都市に居る。ジルに託されたものを遂げるため。そして、何よりこのような理不尽極まりない道を辿る事になってしまった。自身を知りたくなかった。自身の進むべき道を。


ジルベルトの考えながらも、腹が減って立ち寄った店はどうやら当たりだったようだ。


悼む事もした。遺言も聞いてやった。残すは一つだけ。だが、その最後の一つにはカインも手間取ってはいた。


ふと、カインは目の前で料理を作るこの店の主を眺める。


立派な耳を頭上に乗せて、機敏に動く鼻先に鋭い目付き。しなやかそうに動き回る柔軟な腕に、飄々と立ち靡く小麦のように伸びる体躯と肌色。決して、無愛想ではないが特に客に媚を売る事もなく、溢される愚痴に相槌打って、料理と酒を出す小さな店の主。


人間からは獣人と呼ばれ、魔族はメルカ族と呼ぶ雄か雌か外見では判断が難しいその魔族は一人で店を切り盛りしていた。


「旨かった。また食べにくるよ。」


「ご贔屓に。」


カインはその言葉とともに、飲食屋を出て行く。カインがこの街にきて、色々と見て回る中でこの店が一番旨かったのである。品揃えは良くは無い。だが、決して客入りは悪くも無く、それなりに繁盛しているようではあった。


店を出て、おもむろに空を眺めて、ため息を漏らす。状況が進展せずに資金だけが溜まっていく。ギルドの雑務依頼の多さに驚きながらも、そこから生まれる臨時の雇用が、魔族と人間を支えている事だけは良く判っていた。目立つ偏見もなく、魔と人は共に住む。


そんな空間で一人。いやもう一つの存在が何処か浮いている。


カインは取り巻く状況を考えつつも、この街の不思議な空気を全身で浴びている。空気の悪さには未だに慣れない。これほど、相性が悪かった事だけは予想外ではあった。そのためかどうかは判らないがどうにもカインには街も雲も空も人も化物も皆、何処か草臥れている印象を受けていた。


活気はある。勿論、人も物も流動はあり、量も多い。だが、それでも何処か。


そんな違和感を抱いたカインではあったが、当初の計画通りに、泊まる宿を拠点として活動を始めていた。言論や情報に規制がかけられている事は知っていたカインではあったが、ここまで機密かつ膨大である事に敬服の念を抱いてしまったほどに完璧かつ精巧であった。


この規制を解除するにはやはり治癒者の存在は不可欠ではあったが、西の大陸に居るであろう治癒者も同じく似たようなスキルがかけられていると見ていい。そう判断したカインはむしろ本来の仕事ではなく、こちらから情報を公開して広く募る事にしたのであった。


ジルから書状を預かっているのである。これを利用したのであった。まず、ジルベルトという男を知っている人を探す事から始めた。当然、西のギルドには新規登録をしてはあったが、地道に聞き込みから始めていた。


ギルド依頼するにしても西に到着した時点では資金は危うい状況であった。安宿に五日ほどは泊まれる額ではあるが、無駄使いができるほどではない。依頼を受けつつ、聞き込みをするのが無難であったので、カインは一先ず、雑務依頼をこなしながら依頼主や同業から話を聞いていったのである。


その中で、勇者一行の話題も挙がっていった。勇者一行の存在が既に知られている事にため息を漏らしそうにもなったが、それ以上に話を聞いた人々、化物。皆、悪く言う存在は居なかった。


魔信仰の土地であるはずの場所で、魔を断つ存在である勇者の存在を知っても、それほどの動揺を見せない民衆に関心したが、思えば今まで何十回と勇者を派遣されてきているのだから、慣れているという事だろう。と一端は考えたがどうにも、違和感を覚える。


分別が出来ている人と出来ていない人。


年齢層に思想間での差異が感じられていたのであった。勇者は悪。勇者は善。そのどちらかに偏る傾向はあるのだが、その中間に何かを見出している層が存在しているようにカインには感じられていた。


確証は無い。それは制限による言論の規制が全容の解明を拒んでいるからであった。そして、このようなカインにとっては露骨とも思えてならない事に対しても、ここの人々はそれを許容していた。


その事も、カインには大きく引っ掛かるものになっていた。


兎に角、勇者一行は暫くこの街に滞在し、その後ギルドの大手依頼を受けてから内陸へ移動していったという話で終わっていた。


現在、何処に居るかはあくまで予想ではあったが、ここから西に一直線か、北西の山脈へ向かった。その二通りであるようだ。何より、ギルド依頼を受けてその方角へ動き、そのままだという話も聞く。カインは地理の把握を大まかに理解しつつ、その話通りであるのならば、勇者達は魔族の生活圏へと旅立っている事になると同時に、その話の信憑性は高いと判断した。


この都市を見たのならばあの勇者の事だ。魔族に興味を持つだろうし、魔族の生活圏であるが故に往くのだろう。カインにとってハルカはそんな正義感を持って突き進む存在であった。


カインにとってその行動は嫌いではないが、苦手ではあった。


勇者達が受けたギルドの大手依頼は侵略行為を働いたオークの殲滅だったようで、無事に達成したと聞いていた。あの女勇者もそれなりに強くなったんだろうな。


そんな事を考えながらも、カインはもう一つの問題を抱えている。


この問題によって、色々と苦心しつつも行動し続けているカインではあったが、どうにもやりにくい状況を作り出してしまっていた。


ジルベルトを知っている人が存外に多かった事。だが、有益な情報は何一つ無かった事であった。話から過去の勇者である、という事しか得られていない。彼がここで何をしたかも知らない者が多く、知っている者もギルドの依頼をこなしつつ、内陸部へ旅立っていったとしか知らなかったのである。有力な情報を得られないながらも、カインは聞き込んでいく。


積荷の手伝いを行い、店の手伝いに奔走し、街の清掃活動に従事してみたりと精力的に行動していく。そして、聞き込みを続けていった。


狙いとしては、ジルベルトを調べている人間がいると噂になってもらい、書状を渡す側に察知してもらおうという事であった。


カインはこの行動の成果をある日得る事になった。


何処と無く、曖昧で奇異の眼の中に曝される事になったのであった。望んでいたものであるかはまだ確証は得られていない。相手も接触してくるのか判らない上に、危険を冒して呼び込みはしたが、想定内の敵が釣れた可能性も否定は出来ない。


現に、複数であるかもしれないという可能性を感じさせるものであった。


カインは人ごみが苦手で人の視線に敏感である。その過敏が、捉えた。何者かの視線を。決して、群集の中の一人ではなく、カインという男だけに注がれる注意。だが、何処から見ているかは判らない。


素人でもない。その視線が泳いだのは一瞬でカインがその気配に気付いた事にも反応している。今では、隠す事もしていない。露骨なまでの熱視線であった。カインが存在に気付いた事に隠す必要もないかのように送る視線ではあるが、これだけするのならば、接触してきても良いだろうとカインは考えていた。


気分は宜しくない。気分は宜しくないが、どうにも支障を来すほどでも無い上に、監視者が行動には出てこない。夜になれば視線は消えるし、カインが街を歩けばゆったりとまとわり着いてくる。


ここまで露骨にされながら特定できないのは何故だ?


そんな疑問を抱くカイン。誰かに見られているという感覚は己ずとそうだろうという方向が判るものである。勘という代物ではあるが、それすらも感じさせず視線を泳がせて気配を散らす。


厄介な相手を釣ってしまった。それでも、動かねば進む事も出来ない。そう思いながら宿の固いベッドで横になった。


その翌日、事態は動く。


「カイン、様。ですね。」


早朝。日が上がり、人々が謳歌する一日が始まりを告げたと同時に、カインは飛び起きた。その動作と同時に声が扉を挟んで聞こえてきたのであった。


似たような。半ば思い出したくも無いが、扉越しで相手の気配を察知した瞬間に、嫌な事が最近起こっているカインからすれば、冷や汗ものであった。


同じ失敗はしない。だが、今回はそれも杞憂に終わりそうであった。口上があったのである。


「ジルベルト様について調べていると。私の主が是非とも貴方様にお会いし、ジルベルト様の件でお話したいそうです。」


抑制。感情が抜け落ちている声であったが、脅威にはならなかった。扉を開け放つとそこには、黒い服装に身を包み、カインを見据える男が3人。カインには、彼らが一体何者なのか服装からは検討がつかなかったが、身のこなしから護衛任務の従事経験豊富であるという認識を強めた。


腕も立ちそうである。というのが初対面での評価であった。


「理解した。向かおう。」


「それでは、表に馬車がおりますので。」


軽く頭を垂らし、男達はカインを誘った。


罠であるかどうかなど関係はないとカインは考えていた。恐らくは監視居ていた内のどれか。という認識を持って、カインは馬車に乗り込む。


敵対するつもりはないという初対面での判断はどうやら正しいようであった。あくまでも中立的な。今後はどちらにでも転ぶ可能性がある。


だが、それでもまずは良いだろうとカインは思っていた。


だが、外を見れば。何処かで視線が動き。何処かで気配が動く。


「ご迷惑をお掛け致しました。処理は私どもで。」


その言葉が静かに漂い余韻を残す中で、静かに視線は消えていった。


―――どうやら、当たりを引いたようだ。


カインはそんな事を胸の内で呟いた。



次回あたりから急展開。になればいいですけど。




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