表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
二部 三章
34/55

第三十四話 導くもの

遺産をここまで強硬な手段をとってまで手に入れなければならない事態。それは、西にあるであろう魔界の王が動きを見せたのだという推察が出来た。


国家が勇者を擁立し、カインを監視したのも全てはその魔族を打倒するための行動であったからである。


カインはその事を頭に置きながら、行動している。既に村を離れ、単身で西へと渡るための準備を進めていた。


「ジル。夕食を持ってきました。」


窓は開け放たれており、そこからは滑らかな布の靡きと共にそよ風がベッドから上体を起こすジルと呼ばれた男を撫でた。短く切り揃えられた髪には白が目立ち、頬は痩せている。だが、その瞳に宿る生命の灯火だけは未だ衰えを知らず、食事を持ってきたカインを見据えて柔和な笑みへとその顔を変化させていた。


「何時も済まないね。ロイズ。」


「いえいえ。私の方こそ、浮浪者として徘徊していた身。短期であろうとこのような生活をさせていただき感謝しています。」


カインはロイズという名で生活していた。


「ロイズ。君が欲しがっていた渡航手形はきちんと作らせるようにしておいた。アンナが今、取りにいってくれているよ。」


「本当に、有難うございます。」


カインはベッドの上に作られたテーブルに食事を乗せると、自身はベッドの横に置いてあるイスへと腰を降ろした。


「何、君が来てくれてからアンナも私を気にせず仕事に打ち込めるようになった。何より、私の病もこの通りだ。君と普通に会話もできるようになった。此方こそ、感謝しきれないよ。」


事態が動いている事を判っていてもカインにとって、問題になっていた事があった。


東の大陸で唯一西の大陸への渡航が許されている都市。現在、カインが滞在している街である。ここはそう遠くない過去に勇者一行と戦った地であると共に、統治者の息子を殺しているという事実がある。


そういった経緯の為に、この都市の警備が厳しくなり、かつ勇者一行がカインの風体を統治者に知らせ、それが末端の兵士に降りてきている。警邏に眼を光らせていたのであった。


幸いな事に、この都市には矯正院と呼ばれる浮浪者収容教育施設が存在していないために、街に浮浪者が居ようが、警邏中の兵士に問答無用で捕縛されるという事はない。難癖をつけられる事や、退去させられる事はあっても、暴力を振るう事もなかった。


カインはその街のある種、幸運ともとれる衛兵の勤勉な行動から自らが浮浪者となり、この街の現状を把握するために動いていた。


一日の大半を一定時間ごとに区切り徘徊するという事を繰り返しながら、街の様々な場所での話しに耳を傾け、時には物乞いから発生した日雇い雇用などの機会を得て情報を溜め込んでいった。


本来ならば、早々に立ち去るのが普通ではあるが、この街からの船になんとかして乗らなければならない。


密航するにしても、ここの管理体制は統治者直轄な上に、賄賂などに対する厳しい規定が存在しているらしく組織としての完成度は高い。その事がさらに厳しい状況にしていた。


管理が徹底しているために近隣からの密航船が出る事もない。漁師が大陸を渡れるほどの船を持っているはずもないのでそういったところにも依頼する事ができないのである。


カインは浮浪者になりながら、情報を地道に収集を開始してから既に二週間。最初は当然の如く毛嫌いされ邪険にも扱われたのだが、衛兵にだけは捕縛されないように立ち回り、といっても移動するだけだったのだが。その行動のお陰か都市に溶け込むようになり、民衆も浮浪者が居るという事に違和感を覚えなくなった。未だに兵士達も毛嫌いしている節があるがそれも露骨な暴力や捕縛に至っては居ない。


それはカインが注意をすれば何処かへ行く。聞き分けは良いので、特に手を出してくる事もなかった。そうしながら民衆の噂話から兵士の会話をひっそりと聞いていたのである。


ギルドの方にも詳細が通達されていると推察していたカインにとってギルドで依頼を受ける事もできなかった。そこから、足がついて今度こそ、国家から本格的に追われる可能性も出てくるためである。


集めた情報から、単独での渡航手形の入手は不可能であるという辛い現実を突きつけられ、残る手段は荷物に紛れ込んでの密航という危険度の高いものしかないと考えていた。商人を買収するにもそれなりの金銭が必要になる上に、売られる危険も含む。


諸々を考えた上でその危険な密航を実行しようしていたのだが、カインにとって転機が訪れたのであった。


「おじちゃん。大丈夫?」


「あぁ…お嬢ちゃん。話掛けては。俺みたいな、人に声を掛けてはダメだよ。」


出会いは五日前になる。


ギルドの前で毎日のように依頼書を胸元に掲げて立ち尽くす少女が居たのである。見つけたのが五日前。少女の噂話は良く耳していた。


ギルドは明確な依頼申請における金額設定を明記していない。つまり、無料以外であれば何でも良いのである。家畜一頭でも、自分の身体でも。金である必要もない。


ギルドの裁量によって依頼申請は受理されるようなものである事が普通になっている。少女は依頼金は硬貨ではなく、人形。というのが民衆の噂話であった。


カインはギルド周辺で物乞いをしつつギルドに出入りする者からの情報を得ていた。つまり、非常に近い位置で少女を観察できていたのである。


依頼書は病気の父の為に、薬草の採取。報酬は自分の大好きな人形。ここまでならば、何処かの物好きなどが声を掛けているのが普通ではあったが、その病気が大病で有名なものである事から、薬草採取に沿岸都市から北にある山脈に行かなければならない。そういった事実から偽善的な人間達をも拒否させる要因になっていたようであった。


カインはこの少女に眼をつけて接触しようと考えていた。この街が唯一、西との行き来を管理しているという特異性からか、この街では住民登録が必須であったのである。ここで家を持つものや店を出す者は名前や住まう場所を明記し登録するのである。


登録している人間ならば、渡航手形を買った所で不審がられる心配も薄い。カインは厳戒態勢の中でさらに不審な一般人である。商人でもないのに渡航手形を買うのは注目される。万が一にも身元が割れる危険も発生する。それを防ぐために少女に買わせようとしたのである。名目としては病の父親を使えば渡航手形を買う理由は作れる。


カインは一先ず、少女と関わりを持って、依頼を受けるという名目から報酬の相談にこぎつけて、渡航手形を貰い受けようと考えた。


少女の性格や行動を考慮した上での判断であった。少女が報酬約束を守るかどうか。また、報酬を受け取るまでに口を割る可能性が低いか否か判断して、カインは少女との接触を考えた。


そして、カインが行動を起こし、少女の方から関わってきたのである。


その後は、どうして少女の父が病気になったのか。薬草の名前や量などを少しずつ聞き出していった。少女からすれば、今まで依頼の話を聞いてくれても受けてくれる人が居なかったためか、話をする分にはカインに何の期待もしていなかった。


あるとするならば、そこには明確な好奇心を宿した子供の瞳の存在だけである。警邏の兵士に棒で突き飛ばされた時、少女はカインの左腕の異物を見ていた。布から僅かに見えた黒い腕。その僅かな好奇心が日に日に増大していった。カインがギルドの近くで、少女の視界に入るように毎日、その場所に座り込み、物乞いをしていたからである。


そして、不自然な左腕を誇張するかのように、時折、少女の純真な視線の先に、自身の左腕を見せつけた。ほんの一瞬だけ。それだけで、少女の妄想と好奇心は膨れ上がり、遂には声を掛ける事になったのであった。


当初の目的通り、カインの思惑通り。


カインの目の前で食事をする男に出会うまでは。いや、正確に言えば全ては巧くいった。手形ももうじき手に入る。


予期せぬ事は、目の前の男との出会いだけであった。それだけが見当違い。


ジルベルトと名乗った男の第一印象はとてもよろしくは無かった。嫌な人間であるとカインには直感とも呼べる何かがまとわりついてきたのである。


「しかし、何故。」


カインの問いかけにジルは悲しげな笑みを浮かべながらも、置かれている食事に手をつけていた。


「君には不思議な力を感じる。私がそうであったように。」


カインは喋らなかった。目立つ左腕。普段は服で隠す事は簡単だ。手袋もつければ、ばれる心配はない。


「私はね。昔、旅に出ていたんだ。」


ジルと出会っても左腕の事は当初から隠し通せると思っていた。アンナにも口止めをさせていたし、アンナも今の貧困とした生活上、知ってはいけない事には口を挟まないという事を学んでいたのだろう。ジルに喋る事は無かった。しかし、ジルには隠し通せなかった。


「昔。ですか。」


カインの直感は当たっていた。ジルと呼ぶ事を好む男の病は大病ではなく、不治。とても薬草如きで治せるものではなかった。それはとても病と表現できる代物ではなく、カインはジルの裸体を見た時に悟る。


何かを失い、その代償としてとてつもない重荷を背負わされていると。この男は、何かを背負わされている。何かを失い、何を罰せられ、何かを背負わされた。


「あぁ。私は西へ渡ったんだ。」


何故、今頃になってこの話をするのか。カインにはそれが判っている。そして、その後の話の内容も大まかなりとも予測はできていた。それでも、カインは黙ってジルの昔話を聞き始める。


「君は今がそうなのだろう。」


訓示、忠告。


彼の瞳に揺れるナニかには、様々な想いと記憶の辛さを滲ませるものがあった。カインは、その揺らめきを安易に遮る事はできなかった。


「かつて、私はある使命を持って、西の大陸へ渡り、魔族と戦った。もう、40年も前になるだろうか。」


独白。


「がむしゃらに。国の為に。人の為に。愛する者達の為に。自分の為に。」


ただ、喋る。


「沢山。殺したんですよ。この両腕で。握った刃で、人も魔族も。沢山。―――沢山ね。」


頬を落ちる涙が全てを悼んでいた。


「それでも。ダメだった。うん……。ダメだったんだ。」


誰かに語りかけているように。だが、それは決してカインにではなく。


「皆、死んでしまった。仲間も。街も。私の、私の責任で。妻も、そう。妻も……死んだ。」


止めどなく。


「どうしようもなくなってしまってね。西の大陸でやるべき使命を放り出してしまった。だけど、護るべき街は、国家は。それを許さなかった。」


天を仰ぐ。その表情はただ、涙を流しながらも、全てを後悔し、どうする事もできないと尾諦めていた。


追い詰められた者は、最後には笑うしかできなかった。


祀り上げられる悲しみ。賛辞という言葉責めにして拷問。彼はその全てから逃げた。そして今の生活を戒めとして。


「君にはそうなって欲しくはないんだ。」


視線がぶつかる。


「何の。事でしょうか。」


カインは絞り出す。


「何故、戦うのかな?」


真っ直ぐに、だが何処か虚ろに。


唐突だったわけでもない。カインにとってむしろ聞かれるような気がしていた。だが、いざ聞かれるとどうだろうか。言葉が出てこなかった。


元々、カインには殺しを行う事が日常ではあった。殺す理由は至極当然。生きる事であり、金を得るためだった。だが、今の己はどうなのだろうか。


今の自分に、理由を付けられなかった。何故、殺し、何故進む。復讐だとしても、それが果たして理由になるのだろうか。いや、動機はなんだろうか。そもそも、自分は何故に、旅をするのか。


何故戦うのか。


―――そうだな。


そう呟いた。確かにそう。


結局の所。自分か。

今にして思えば、小難しいものなんて存在しなかった。あるのは勝手気ままな精神。


カインは言葉を紡ぐ。自分であれ。自分は自分であれ。


「自己満足の、ためですかね。」


自己満足?


ジルはそこで初めて面白そうに笑った。


「そうですか。」


ジルはかつて、勇者と呼ばれた存在だったという。


「はい。」


だからこそ、カインは話を聞いた。だからこそ、ジルに出会って何かを得られるかと思っていた。


「判りました。ご武運を祈っております。」


そして現在、ジルはその事を隠して生活している事を理解した。しかし、どんな事があったのかまでは具体的には判らなかった。


「感謝、します。」


カインは笑みを浮かべ、ジルは食事に舌鼓を打った。


西へ向かう勇者。そしてそれを阻む魔王と魔族。戦いの中で何かを得て、何かを失った。目の前の男は全てを経験し、愛する者を、娘を残して全てを失った。いや、もしかしたら。


変な詮索癖は前々からではあったが、思う所もある。それ故に、カインに似たモノを感じ取ったのかもしれない。その何かによって、彼は自然と口を開いたのかもしれない。


今のジルベルトの姿を見るカインには、彼が不鮮明で、何処と無く抜け殻のように見えてしまっていた。その印象と同じく、カインもまた彼から言われ無き何かを背負われたように、妙な肩の重さを感じてしまったのであった。


その変な気だるさを隠しつつも、扉を勢い良く開閉した木材の軋りがカインの耳に流れ込み、アンナと呼ばれる少女の元気な声が、少女が無事帰宅できた事を告げた。


カインの耳には既に、足音が聞こえており、その軽快で早足な音色がジルベルトの部屋の目前にまで迫ってきていたのであった。


その元気な行動に、カインは珍しく表情を変えて苦笑いを浮かべたのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
個人サイト 88の駄文
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ