第三話 繋がれた犬
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成功報酬は要人相場の10倍。それがどんなに無意味な数字か。男の頭の中は、死に対する相応の対価の脆さに酔っていた。依頼主はよほど金を出したくはないという意志が良く見えていた。
男の肩が明らかに下がる。無理に肩肘張るのも嫌になったのだ。
その原因は今の状況であった。
男の周りには剣を抜刀状態で握る兵士が4人。ひし形の陣形で男を取り囲み、さらにその4人の前後に槍を持った兵士が4人一組で4人。
兵士達から綺麗に取り囲まれながら、磨き上げられた床と、清々しいほど晴れた陽気が大きな窓より降り注いでいる広く、長い廊下をキビキビと歩かされていた。
やがて、廊下を抜けると男は見下ろす形になり城壁に囲まれた調練場らしき場所が見えていた。城壁に囲まれたその箱庭の中には有象無象の男女が集まっている。
男は目立ちたくなかった。今さらであったのだが、それでもその考えに従いたかった。だが、兵士が全てを台無しにしていた。有象無象どもは奇異の目で男を見つめている。
「おい、なんだあの野郎は」
「しらねぇ顔だぁな?」
「勇者って感じでもねぇしよう」
「だが、見ろよ。あの兵士の鎧」
「あぁ、ファンベルンの王立騎士だぜ」
「1騎10兵の実力といわれる野郎が4人に衛兵4人だぜ?」
「本当に、何者だ……アイツ」
逃げ出したかった。男はこういう視線が酷く嫌いだった。そして、人ごみが苦手だった。誰かに見られて人ごみに入るのは気分が悪くなる。誰かに話しかけられながら、人ごみを移動するのは苦痛でしかない。男の嫌いな場面がこの空間に散りばめられている。
男にしたらここは拷問の場でしかなかった。もう、男がどこに紛れこもうと大衆の記憶に刷り込まれている。これは今日一日で記憶の闇に葬り去られるのは不可能だ。まだ、兵士が居ない状態で入るのなら出来た事だったのだが。男はもう真っすぐ有象無象の顔を見る事すらできなかった。
兵士は男に降りろといい、有象無象に混じらせた。
男はよろよろと壁にもたれ掛った。既に不特定多数の嫌な視線を全身に浴びているために気分が優れないためだ。それを眺めながらも多くの有象無象は男自体を警戒する事を辞めなかった。それだけ、ここに集まったのは腕の立つ傭兵や戦士、ギルドやハンターなのだろう。
やがて、静まれ。という大声の中、一人の甲冑を纏う男が城壁に登場してくる。すると、有象無象がにわかにざわめいた。男もまた、嫌な顔を隠そうともせずに、その男を眺めた。
「貴様らに、依頼を受けてもらう。拒否権は無い。既に貴様らがここに居る時点で権限を持たない!」
誰かが、喉を鳴らした。
「貴様らに要求する事はただ一つ。魔族の打倒!! それのみである!」
「手段も限定させてもらう。民草を傷つける行為が露見したものは、見つけ次第殺す。経済などに打撃を与えた場合も同上。犯罪行為を行うのも同上」
今さら何を。誰かがそうつぶやいた。皆がそれを承知。せざるをえない状況でここに集められてきた者が大多数であったのだ。この口上自体が無意味。これはまるで、有象無象を眼下に見つめ、優越に浸るためだけの茶番。
「魔王討伐の成功報酬はスターク金貨100枚。名の知れた者を打倒したものにはギルドから正式な報酬も支給される」
貨幣はもはや意味がなかった。恐らく、払う気もあるかどうか疑うべきであり、自分を含めた全員に探知、感知型の位置認証アイテムによる束縛を行うつもりだろう。生き残る事を考えると非常に危うい立場に居る。
勿論、魔王などという御伽噺の存在を倒したのに金貨が僅か100枚程度である。スターク金貨100枚であれば、生活はしていける。だが、遊んで暮らせるほどではない。働かなければ死ぬまで生活する事は不可能な程度の重さ。
国家からすれば、犯罪者達に、これほどの大金を提示するだけでも有り難いとでも思っているのではないだろうか。等と男はそんな事を考えていた。
憂鬱な気分が吐き気と共に、男は全身を駆けるのを感じた。
「期日は一年。明日より開始とする。尚、逃走しようとしたものは殺す。既に貴様らには探知の永続アイテムをとり付けさせてもらっている」
男は右腕に光る腕輪を見る。嫌な予想ほど当たるものである。
探知スキルというものがある。このアイテムを所持している者が近くにいると母体となる探知スキル所持者、あるいは母体となる装置が反応するという代物であった。
「さらにここより出ていくまでに、感知魔法をかけさせてもらう」
その言葉とともにローブを着込んだ集団が現れる。フードを被り、さらには顔面を覆い隠す仮面をつけていた。
感知魔法は使える者が非常に少ない魔法の一つであった。探知とは違い、調べたいときに術者が発動させると魔法をかけた相手が何処にいるかをたちまち知らせてくれるのだ。このとき、地図を媒介する事が圧倒的に多く、この際行われる魔法という力を精密に制御する技術がとても難しいそうだ。
男にとって、魔法は才能がないためにあまり詳しくは知りえていない。それでも、仕事の関係上、多くの魔法を勉強し知識として持ってはいた。だからこそ、感知魔法ときいてさらに憂鬱になったのであった。
男は魔術師の人数に驚きながらも、人間の権力者もとうとう手を繋いで、部外者の打倒に乗り出したか。とため息をついた。今まで大規模な戦争こそなかったが、国境での小競り合いなどが頻発する不安定な状況がどこの国でも起こっていた。
この王国も大国と名を馳せていようが、同じ事であった。
人間達が長く争ってきた中で、ある意味、初めて全国家による不可侵条約の締結。男は、そんな事を町を歩く中で耳にはさんでいた。手を繋ぎ、魔王を倒しましょう。ということであった。
男からすれば国家が魔王という居たかどうかも判らない存在のために本気で戦争をやめて手を取り合うはずはないと考えているが、そんなことは酷く――どうでも良かった。
まずは自分がどうやって生き残るかを考える事にした。魔族といっても社会を形成している者もいれば本能に忠実で人間も動物も好き嫌いせずに食べる輩も居る。
漠然と魔族の打倒などといっても無尽蔵に湧くようにしか想像できない奴ら相手に数百名程度の有象無象でどうやって打倒のするのか。
頭の痛い話であった。
連携行動をとる仕事仲間を巻き込むわけにもいかない。組織の存続のために自分は生贄にされたのだから。男は思案する。あそこに集まった者は皆そうだろう。
非合法なギルドから犯罪者。中には凄腕ハンターもいたようだが。彼らには別途依頼があるのだろう。
誰が好き好んで、王国や帝国の王を殺すよりも難易度の高い依頼を金貨100枚で受けねばならないのか。本当ならバッカス純金貨500枚はもらいたい所だ。男はそう思いながらその場を後にする他なかった。