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魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
二部 三章
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第二十九話 伝説

その大地を覆う空は何処か機嫌が悪く殆どの日が薄い鉛色の雲に包まれていた。その空の眼下では、数多の生物が犇めき動き、今を食いつぶし、過去を捻り出し、未来を夢見ていた。どんなに暗い未来だろうと、そこに一筋の光が、点であったとしたらそれだけで生きていける。


イーナはハルカに黙っている事がある。カズヤ一行の護衛もマルセンも気付いている事であったが、勇者二人には隠していた。商人達には言論規制が敷かれている。


封術士の存在がそこに見え隠れていた。最初は制限や規制という限定的なものだという認識であったが、どうにも範囲、規模というべき人数も膨大である事に皆が気付き始めた。勇者二人にも規制や言いたくない事。隠し事。といった曖昧な表現で感じ取っている事だろうし、イーナや護衛達も、二人から相談を受けていた。


彼らには言葉を規制したり制限するスキルが存在する事を告げるだけにとどまっている。その事だけで、彼らは納得してくれていた。その事が幸いではあったが、イーナにとっては気分の良いものではなかった。隠し事という事もあるが、その隠す必要のある事象の規模が大きすぎるからであった。


封術士。厳密に言えばスキル名ではなく、封印というスキルを使った伝説上の人物の渾名であった。数百年、そして数千年前、魔王を封印したとも言われる御伽噺になるほど、有名ではあるが、それがスキル名になぞられている事を知る人は少ない。


話の中では勇者が剣や魔法。道具を使って最終的に封印したという事になっているためである。あまりに強大な性能なために、レアスキルの中でも最上位に位置するであろう半ば伝説化しているスキル。御伽噺を信じるほどイーナは子供でもなかったのだが、状況を見る限り鼻で笑う事もできないでいた。


もしかしたら制限するだけのスキルかもしれない。そういったスキルが存在するのも確かである。だが、それでもイーナは最悪を意識して行動するように心がけた。スキルが掛かっている人数が多すぎる。いや、この街全体がスキルに掛かっていると考えてよいとイーナ含め全員が考えていた事であった。


勇者二人に黙るのは、もし封術士が居た場合。勇者の存在を封印される可能性があるためだった。ここは西の大陸。魔信仰の地。仇敵の存在になり得る対象を果たして生かしておくのだろうか。


そして、それを知りながらも勇者二人はこの先旅を続けることができるのか。続けてくれるだろう。という気持ちは勿論全員にはあったが、心の何処かに保険を欲していたのが紛れもない本心である。


勇者二人に隠し事をしつつも、一行は情報収集のために宿は同じにして別々の地区や近郊を歩き回る事から始めていた。やるべき事は情報の収集。確証を得るにも目的を達するにも情報が不可欠である事に変わりは無い。


この大陸にもギルドは存在している。だが、東とは別機関であった。


西のみでの新規登録が必要だったのだ。全員はまずそこから始める事にする。そして、この街に存在する雑務依頼をこなしながら聞き込みなどを行う事を決定し、行動に移していた。


その中で、全員が驚く光景が日々繰り広げられていた。ゴブリンやオークといった魔族が普通に跋扈しているのである。街中で見たとき、一同は狼狽したが、すぐに攻撃する愚かな人間ではなかった。


事前情報として異人の人権を認めているという事を知っていたのである。分類的には彼らゴブリンも異人という存在に該当するのだろう。


現に、多くはないが確実に彼らはこの街で行動し、生活していた。彼らにも社会が存在している。ゴブリンにはゴブリンの社会形態が存在し、オークにはオークの。彼らも人間と変わらぬ生活を送っていたのである。


カズヤは直ぐに彼らと仲良くなった。きっかけはオークから積荷運搬の仕事を請け負ってからである。共に働く中で互いに衝突し、喧嘩になったがそれが返って、親交を深める形になったようだ。オークは言う。


「俺達にも、生活はある。人間のように住処があり、従うべき主が居る。そして家族も。」


オークは幾つかの部族に分かれて生活していた。人間型と区分されている彼らには多用な部族が存在し、中には人間を襲う部族も少なくない。


こうして、人間と関わりを持つオークなどは、人間との接点を良い機会だと捉えて接触してきた者たちであった。


彼らは言う。


「オークだって生きている。生きる権利は生きている限り生きている存在に与えられて然るべきなんだ。」


カズヤはその言葉を聴いた時、心が揺らいだ。


その言葉は今のカズヤにはあまりに大きく、重すぎる言葉だった。受け止める事など、出来はしなかった。人間が死ぬ事によって、哀しむのは当然のことだ。同じ種族。まして顔なじみであるのなら。


だが、オークやゴブリン。魔族を殺した時はどうだろうか。


俺は、俺は哀しむ事など微塵も思わない。まして…死ね。死んで当然。いや、相手の命を摘み取っているという事にさえ気づいていなかった。


その事にカズヤは頭を抱える。今まで考えた事もなかった。その考えた事もなかった物事が実は旅をしていく上で、とても重要な事である事を理解したからである。


宿に戻ったハルカ達は、カズヤの空気が変わっている事に気がついていたが、誰一人理由を聞く事をしなかった。


カズヤが無理して笑うのを見るのが辛かったからである。一同は、一言だけ。話したくなったら話してほしい。いつでも聞く。そういった事をカズヤに声を掛けて距離を置いた。


ハルカもイーナも似た顔をしていた時期がある事を自覚している。だからこそ、逆に声をかけて一緒に居てあげたかったが護衛の二人がそれを拒んだ。


「アイツは、あれでも男なんだぜ?判っていても女はダメなんだよ。」


「どういうことですか?」


「男の子にはな。無駄な意地があったりするんだよ。それはもう馬鹿としか言いようがない意地がな。」


そういって、護衛の二人は笑った。マルセンもその二人の意見に賛成していた事に、イーナとハルカは戸惑ったが、男にしか判らない事を無理して理解する必要もない。と思い、彼らの言葉に従った。


護衛の二人からすれば弟のような存在であったために、必要以上に世話をしてしまっている事を自覚していた。その弟がこの大地に降り立ち、魔族と呼ばれるオーク達と過ごしていく中で、徐々に自分の考え方や東の考え方に疑問を抱き、悩み始めた事を悟っていた。別段それをどうこうしようとする気も起きていなかった二人はそっとしておく事を選択したのであった。


今は考えられる事が多い。封術士という伝説の存在すら見え隠れするこの土地で、勇者には必要以上の負担を掛けさせたくは無かったのであった。それは弟という存在位置づけと同時に、何か、カズヤに触れさせたくは無い。そういった一種の潔癖を窺わせるものを二人は持っていたのであった。


とにかく、封術士の事はハルカも居る事で避けつつ、今後の事を話し合う。結果としては、そろそろ街の外での活動を行うという方針で決まっていた。護衛の二人はカズヤがオークから依頼を受けていた事をハルカ達にも打ち明け、ハルカ達はその依頼を受ける事を了承した。カズヤにも一言伝えてはあったが、未だに整理が出来ていない表情を作り直しており、2,3日は雑務に勤しむ事にする事になっていた。


正直ぶっ飛んだ。色々と。

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