第二十八話 西へ
西の大陸に存在する巨大な国家。沿岸部から大陸中央部までを領土し、ハルカ達のいる大陸の国家を三つほど含めた大きさほどもある。
巨大であるが故に内実は一枚岩ではなく、各地域事に領主が存在し、小国の王と同じような振る舞いをしているのが現状であった。
「西の者はよそ者を苦手としているんだ。」
船に乗り込んだハルカ一行は商人達から情報を集めるべく話を聞いていた。
彼らは一様に同じ事をいった。よそ者を苦手としている。毛嫌いしているわけでもない。ただ、苦手なのだという。そう言った商人の中には西出身者も含まれている。
出身者から言えば、自分はかなり社交的だから、街について面食らわないように。等とハルカ達は言われていた。それは半ば冗談のように言われているようにも思えるほど軽い一言添えだった。
そんな事を聞きつつも、西の大陸は魔を崇拝している。そういった情報を得ていた一行はその事についても聞いて回っていたが、それに関しては皆
「それについては喋る事ができない。残念だがこれだけはな。」
その事に関しては口を噤んだ。だが、ある壮年の商人だけは
「崇拝。信仰。これだけは東の大陸と大きく異なるのは確かだよ。」
自力で調べてくれ。そう勇者一行へ助言してくれていた。
調べる事が出来る確証が取れた事。それが一番の収穫なのかもしれない。ハルカは集団でザコ寝をする一室で皆と寝転んでいた。
この船は豪華客船でもなければ軍船でもない。ただの大きな船だ。兎に角、頑丈に作られている。商人の大事な荷物を運ぶためである。この船では人よりも荷物の方が待遇が良いといわれているほどだった。
既に日は落ちていたが、商人達は別室にある食堂の方へ行っており、この大きな空間に人は疎らであった。
「…は、ハルカ様。」
「ダメ。ハルカ。」
「ハ、ハルカ…。」
一行は勇者である事を隠している。それは商人達に言われた事であった。魔の存在を信仰の対象として見ている地域に行くので、勇者という魔を断つ存在は毛嫌いされる。という意見を聞き入れての事であった。
魔信仰の御伽噺にも勇者は出てくる。その物語は多様であった。東と同じように武勇伝であったり、魔王を倒し、世界を支配する存在だと記されていたり、魔王は勇者を選び、勇者は魔王に跪く事になる。云々。非常に多い。
ある種東の御伽噺よりもそそられるような興味深い話が多かった。商人達の話に差異があったのは子の為であった。地域、人種、個人の趣向。色々な要素によって、その差異は際立っていた。
だが、その中で、共通な事もあった。
それは、勇者を厄介者扱いする事。御伽噺では好意的に伝わっていない話も多い。それを信じる者も居る。
商人達からすれば、勇者一行に問題を起こされた場合に仕事が行えるかわからないのである。それほど東西の大陸は拮抗し緊張状態になっているのである。
ハルカ達が東から船に乗った都市は不干渉区域というどの国家にも属してはならない協定を各国が結んでいる所である。
即ち、あそこを統治するものは自治権を認められており、見方によっては小国の王と同等の環境で過ごしていることになるのであった。故にあそこは東西大陸の交易中心地として栄えたのである。
あの都市ならば、特定の国家に媚を売っているわけでもない。それに独占される心配もないのである。統治者が独占しようと画策すればそれは東の全ての国家を敵に回す事にもなるので、それが抑止力になっているのであった。
「うん。それで用件は?」
「はい。予想以上に空気が悪いので、対策を講じます。」
空気が悪い。空気中には魔力が宿っているとされており、その魔力の濃度が高くなることによって人体に影響を及ぼす事がある。
未だに研究され尽くされていないものであるが、西は東よりも空気中の魔力濃度が高いために魔力を持っているものには空気が悪く感じられるのである。それは個人差があるために商人の中にも判る人判らない人が存在している。
「でも、どうやって?」
「簡単な事です。対策といっても、慣れてしまえば良いのですよ。なので、港街に到着してから暫くは滞在しましょう。」
高地などに行った場合、息苦しくなり、めまいや吐き気を催す場合がある。それも何度も足を運んだり、その土地で生活を続けると身体が自然と環境に適応してくるために改善されていく。
それと同じ事で魔力濃度が高いのならその濃さに慣れれば良いのである。
イーナは今後、さらにこの空気。いや瘴気と呼べるまで濃くなった土地に向かうかもしれない事を念頭にいれていたのである。
そのために、拠点となる港町での慣らしを行う必要性を強く感じていた。時間は惜しい。だが、万が一床に伏せってしまった場合でも街ならば対処も迅速に出来る。
何より、急いでもまだ勇者は名称のついている魔族にすら勝てないかもしれない。経験を積ませなければ。イーナ自身もまた強くなりたいと願っていた。
ハルカだけでなく、あの時のエーファの事はイーナの心にも固い決意を抱かせていた。己の未熟さを悔いていたのである。
「そっか。確かにこれは慣れないと辛いよね。」
「カズヤ…さん。にも起きたら伝えるようにしましょう。」
「そうだね。」
ハルカとイーナはそういいながら、小さな寝息をたてるカズヤを眺めた。
起きているときは、典型的な腕白坊主で興味があるものには飛びつき、護衛の人やイーナに何故、どうして。を連呼しておぉ。そうなのか。と一人関心したり喜んでいたり、非常に旅を楽しんでいた。
こんなカズヤを護ってきた護衛の二人は本当に心身共に、屈強なのだろう。決してカズヤが弱いといっている訳ではないが、こうまで物事や人に対して無警戒なのは非常に困る存在だったはずだ。
イーナは自然と座りながら目を閉じている槍使いの男と騎士マルセンと会話をしている大男に軽い尊敬の眼差しを向けてしまっていた。