第二十七話 二人の勇者
「そんな事があったんですか。」
「あぁ、だからハルちゃんも気をつけたほうがいい。奴らは確実に人間社会で動いてきている。」
ハルカ達は、カインの情報を得てから一週間後に沿岸の都市に到着していた。着いてから情報収集を行っていくうちに目の前にいるカズヤという帝国の勇者に出会う事になったのだ。
当初お互いの情報収集を目的とした意見交換の機会を何度か得ていたが、その中でこの都市を統治している男の息子が殺された事を教えられていた。
勇者カズヤが撃退したようだが、カズヤ自身も疲労から寝込んでしまっていたために未だこの都市に滞在している。
「相手はどんな使い手だったんですか。」
今、ハルカとカズヤは二人きりで話している。公園の噴水前のベンチに座っているが、少し離れた席には護衛がきちんと二人を見ていた。二人きりで話したいと切り出したのはハルカだった。
カズヤという名前からハルカは同じ境遇であると考えて話しをしようとしていたのである。結果的にカズヤも同じように召喚で呼び出されてしまったハルカと同じ世界の人間であった。違う所はカズヤが異世界から来た事を隠そうともしていなかった事である。
ハルカは王室には異世界人だと伝えてあるが、他には記憶喪失で押し通している。その事があって今回は二人きりになったようなものだった。
「正直、判らない。見えなかったし、あまり覚えていないんだ。」
カズヤの顔が曇る。カズヤの落ち込みを訝しがったが、その顔と瞳には心当たりがハルカにはあったのだ。ハルカ自身もそんな顔をしてみせた事があった。
「ごめんなさい。辛い事を聞いちゃった。」
「…いや、俺の方こそごめん。」
つらそうな愛想笑いを浮かべたカズヤの顔を見て、ハルカは何か胸に詰まるものを感じていた。
「フード被った男だった。顔は良く見えなかった。だけど、恐ろしく強かったイメージしか残っていない。」
嫌な予感がした。これ以上追求してもカズヤに負担が掛かるだろうし、事実であったとしても理由があったのだと思えるので、ハルカは何も言わなかった。
カインからの連絡も途切れたままであったので、可能性が高すぎたのだ。それに魔族の可能性もある。カズヤ自身がそう思っている節があるので、今は深く必要もないだろうと考えていた。
「そろそろ皆と話し合い始めよう。」
「あ、あぁ。そうだな。今後の事は皆で決めるか。」
カズヤはおし。と言うと先ほどまでの暗い顔は消えて、無邪気な腕白坊主のような元気な顔に戻っていた。その事に多少安堵を覚えていたハルカは別の事を考えている。
カインは恐らく死んでは居ないだろうが、暫くは動けないだろうと。ならば、自分たちで情報を集めて西に渡りなんとかしないと。暫くはカズヤ一行と同行するのが得策かもしれない。現地につけば分かれて情報を収集する事も可能になるはずである。
「そういえばさ。ハルちゃんは北西の街側から来たんだよね。」
「はい。」
「俺さ、人探しているんだよ。女の子なんだけど」
「え?」
「エーファって言うんだ。こう髪の毛が―――」
あの時の光景が目の前には広がっている。
あの時、本当に殺す事しか出来なかったのだろうか。何か手があったのではないか。それでも、それでも。アレンが死んだ事に変わりはなく、エーファが死んだのも変わりはなく、カインがエーファを殺した事に変わりはない。
世界がゆったりと歩む空間が広がる。その空間では、エーファが斬りかかり、アレンの背中が視野を塞ぎ、その隙間から血飛沫を見る。アレンが崩れ落ちた先には、笑みを浮かべたエーファが血塗れた姿で剣を握りなおし、ハルカに狙いを定めていた。
強烈に覚えていたのは自分が死ぬと思った瞬間だけであった。
「ハルちゃん?どうした?ハルちゃん!」
「え、あ…。」
「どうしたのですか。勇者様。」
「勇者様。お加減が…?」
「勇者二人いるからなんかややこしいな。」
「俺から見ればカズよりその女の方が勇者っぽいから構わないが」
「おい、酷くないそれ?」
「ご、ごめんなさい。なんでもないです。カズヤさんはその人を何故、探しているんですか?」
「ん?あぁ、一緒に旅をしていたんだ。」
「エーファの事か?」
「そそ。」
「あいつ、本当どこ行ったんだろうな。勝手に着いて来て足引っ張ってさらに消えるとは。」
「まぁまぁ。エーファにも色々あるんだよ。」
イーナは驚いていた。
恐らく、ハルカが狼狽したのはエーファという名前が出たからである。イーナ自身、万が一を考慮して考えの一つに入っていた事が当たってしまっていた。だが、勇者カズヤ達の言動からするとエーファが皇女だという事を知らないように思えてくる。
もしかしたら、本当にエーファは家出して帝国を出たのではないだろうか。その事を考えても、イーナにはあの時の光景が和らぐ事も薄らぐ事もない。そして、一同に会する中で、カズヤ一行は襲撃者についての説明を始めていた。
カズヤよりも護衛の二人が良く観察していた事が幸いしていたのである。説明と状況を知っていく中で、十中八九カインが青年を殺したのは事実だろうとイーナは考えていた。だが、そこにはハルカと同じく理由ある殺人である。という事が付随していた。
カインは金にならない殺しをする場合は必ず身の危険を感じた場合や何かしらの理由をもって行うだろう。という考え方。だが、ここでその人は理由があって青年を殺したのです。などとは言えないし言うほど愚かでもなかった。
理由ある殺しでも本人が居なければハルカ達は目撃すらしていない。このことは魔族のした事だというカズヤ達の言葉を信じている事にしておく事にした。
イーナはそこで気付く。
いつの間にか、自分はカインの殺しを容認している。何故、そうまでしてあの男をかばうのか。
本当に、強盗目的で襲ったのかもしれない。彼は犯罪者だ。その可能性のほうが極めて高い。そんな事を考えながら、自身の感情の変化に一人戸惑うイーナであった。
「では、今後のことについて話し合いましょう。」
イーナが一人でそわそわしていることを訝しがった一同だが騎士が声をかけて、今後の方針を決める話し合いに突入していった。