第二十六話 始まりと終わりの希望
出さないと当分出る機会が無さそうだった。
魔王は久しぶりの笑いと呼べるほどの声を腹の底から出している事に満足していた。
遠い昔に味わった過去の思い出が蘇るかのように。魔王は、近年稀に見るほどの歓喜を纏いながら、余韻に浸っていた。
「久しいな…。あぁ、久しい。」
「楽しそうですね。王。」
「あぁ。楽しいさ。人形とはいえ、余の手に傷をつけたのだからな。それが事もあろうに…」
人間なのだ。ただの。勇者でもない。魔術師でもない。何処にでも居る人間風情が余を傷つけた!魔王はその事で歓喜していた。
今まで戦ってきた勇者達はいずれも強かった。
その事は紛れもない事実。その内部に宿す意志に違いはあろうとも、純粋な魔力は類稀なる才能によって昇華されている者達ばかりであった。
魔王はその事を知っているからこそ、今回、魔王の配下であった魔族の一人が殺された事に歓喜していたのだ。さして強いわけでもない魔族ではあったが、魔王の目的のために動かしていた駒の一つである。
「なんとか、ここへ着て欲しいものだ。」
魔王は他者を操る事ができる。人間程度を操るのは容易い。だが、それをしてしまっては楽しくはなかったのである。己の欲望のままに動く中にもきちんとした規則を設けて達成してこそ喜びと達成感が沸き起こってくるのであった。
「しかし、人間は愚かな事を今の今までずっと続けてきているようですな。」
「何、奴らが余を討とうと行動し生贄を差し出すのはお前達が人間を襲うのと同じくらい形骸化した風習だ。」
期待は高まる。ここ数百年、魔族の行動が活発化せずに停滞期を長く続けてきていた。故に勇者が出てきていても一人。だが、ここに来て6人の勇者の擁立。魔王からすれば実に充実した生活を送れる。そんな喜びを噛み締めていた。
「王よ。我らも人間を美味として食す者は未だにおります。」
「だが、食わなくとも生きていけるのもまた真という事だ。」
「それは、王と同じ道楽好き。という事になりましょう。」
「む。中々言うではないか。」
「恐れ入ります。」
加えて、吟味も忘れない。既に6人全員に手ごたえを味見させてもらっていた魔王であるが、特に、二人の勇者を気に入っていた。
一組の勇者に至っては、仲間に面白い男が居るのだ。魔王はそれが予想外でほとほと楽しい時間になるだろう。そう考えていた。
「だが、人間でなければ成らぬ。というのも難儀な事だ。形骸化しても余はそれに縋らねばならぬ。」
「今回は期待できると思いますが。」
「それは余も同じだ。今度こそは。」
その顔には明らかな縋るような心細さを滲ませていた。しかし、その顔は一瞬にして変わる。期待はあるが、それは同時に猶予が無いという事にも置き換えられる事を魔王は理解していた。
来るべき時が迫っている。そう感じるかのように魔王は顔を顰めると立ち上がった。
「これは…。」
臣下も慌て始める。
「直ぐに向かうぞ。今宵は…。」
魔王はそう言い残すと足元に術式が出現すると共に、周辺に白球が飛び交う。一際眩しくなった後、そこには魔王が座っていた椅子が残されているだけであった。
魔王様は暇が嫌いなのです。
ゆったり更新になります。暑いし集中力も思考も構想も鈍る。