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魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
一部 二章
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第二十三話 晴天

「くそっ。やっぱ硬いな。」


男は無数に空いた穴にナイフを滑り込ませ、皮を剥ごうと奮闘している。日が上がり、男達の顔には汗が滴る。


「速く終わらせないと行かんな。」


血の匂いを嗅ぎつけて、動物達が様子を見ているのを男達は感じ取っていた。ただでさえ、死臭が酷くなってきているのだから尚の事。それでも動物が男達を襲わないのは、彼らが戦士である事共に、暴君の亡骸を解体しているからであった。


彼らには生前のゴリアテが臭わせた体臭が戦闘によってついている。その事も幸いし、動物達は襲ってくる事はなかった。魔物もまた同じ理由であった。死肉を良く食べるのは魔物である。動物も食べる事はあるが、それでも肉食を主食する動物達は、自ら狩った獲物を食べるもので、他が殺した物を好き好んで食べるものではなかった。


「あぁ、適当に取り終えたら後は嬢ちゃんに頼んで埋めてもらうしかないな。」


「かぁ…もったいねぇ。」


「無茶言うな。どうやって運ぶんだよ。この肉の塊を」


戦士達はそう言いながら、その肉の塊を見上げる。横たわっていようとも、その塊は大きかった。


彼らは一時的に村で滞在している。村の生存者の一人であった伝達屋によって直ちに最寄りのギルド支部から応援隊が駆けつけてくれる。それまでの間、商人と護衛達はここに滞在し、証拠の確保や簡易な検分を行っていた。


その中で、戦士と商人はゴリアテの毛皮などの剥ぎ取りに精を出していたのである。イーナはその行為を素直に凄い。という一言で表現した。


彼らの頭目が殺され、仲間も死んだ。そんな出来事があっても彼らは今、自らの利益になる事を見つけて行動を起こしているのである。今までのイーナならば、その行為に守銭奴。といったような貶す感情を抱いていたかもしれない。しかし、イーナは彼らの哀しむ所見ている。


ゴリアテの子供が村に死体となって発見されていた。その事で、今回の事態が見えてきたのである。その事に彼らは憤り、仲間の死を悼み、悲しんだ。泣きながら、仲間を土に埋めた。そして、次の日にはゴリアテの解体作業をしているのである。


イーナはその一連の姿を見ていたからこそ、凄い。という事ができたのだ。はたして自分にまったく同じ事ができるのか自信がないからである。目の前で作業する戦士達はやはりどこか、カインに似ているものをイーナは感じていた。


商人には嬉しい収入だろう。ゴリアテの毛皮や部位は大変貴重だ。いくら無数の穴が空いて居ようも、買い手は数多にいる。鎧などの裏地にも使え、衣服にも応用が利く。難しいのは加工方法であったが、現在では技術の進歩も相まって手間は掛かるが一級品として扱われるほどまで昇華する事が出来ていた。戦士達は売る用と自作用に質は決して良くはないが、それでも十二分な耐久性能を持つゴリアテの遺物は彼らにとってまさしく臨時報酬だった。


イーナ達にも話が来ていたが、それを断っている。むしろ譲ったと言えるだろう。商人も戦士達も特にその事には触れなかった。


イーナはハルカの事を考えはじめていた。


イーナは照りつける日の光を眩しそうに手で遮りながらも、真っ青に広がる天空を眺めながら笑みを浮かべていた。


ハルカは気絶したその日の夜には眼を覚ましていたのである。イーナとマルセンは当初心配していた。イーナはエーファの時のようになってしまうのではないか。マルセンはあの強大な魔力に取り込まれてしまっていないか。


「ごめん。心配させて。うん、大丈夫。」


そう言って、ハルカは笑った。その笑みにイーナは衝撃を受けた。


―――一体、何が。


マルセンも変化に気づいた。それほど、ハルカは成熟していた。そんな考えを起こさせるほど身に纏う空気は優しく、穏やかにその場を包み込んでいたのだった。イーナは一瞬、問い詰めようとも考えたが、言葉を飲んだ。


ハルカはイーナを真っすぐに見つめて言ったのだ。


「私は、大丈夫だよ。きちんと話せる時がきたら話すから。心配しないで。」


そう言われてしまっては、イーナにはもうどうする事もできなかった。信ずる他には。


その後のハルカは献身的に働いた。何故。何が、彼女をそう動かしているのか誰にも理解できなかった。それでも、誰もがその事をハルカ本人に聞く事はしなかった。彼女はきっと話してくれる。そう思ったからである。


その中には、護衛で一緒になっただけであった商人や戦士達も含まれている。彼らには既にハルカは特別な存在になっていた。その心情の変化は僥倖ではあった。本来ならば、あれほど強大な力を前にしてしまうと竦み上がるのが当然であり、その後の接し方は畏怖なものになっていてもおかしくはない。


そうさせなかったのが、何よりもハルカの纏う空気であった。儚げな少女だったハルカが一晩で成熟しきった大人の女性になってしまったかのような錯覚させ覚えてしまうほどの変化。


ハルカは内部の力との関係を築いたのかもしれない。


イーナはそう考えていた。勇者となりうる者には召喚の儀によって力を授けられるという話が通説であり、現にそれは合っていると考えている。だが、いきなりそれほどの強大な力を制御できるものだろうか。


今回はハルカの精神状態の不安定によってハルカの中に眠る力その物が身体を勝手に使って行動してしまったのかもしれない。


あの気絶している期間。中でやり取りがあったのではないだろうか。そんな事をイーナは思ってしまった。それほど、あの時のハルカは別人だった。


今はハルカである。まさしく。人間として成長したと素直に思えるのだ。大きい変化ではあるが、許容はできた。だが、イーナはあの時、ゴリアテを殺した時のハルカの変化はおかしいと感じていた。だからこそ、力との決着や折り合いをつけたのではないかと考えたのであった。


意志を持つ魔道具が現存しているのだ。古来より力にはそういったものが宿る。強ち間違っては居ないかもしれない。


イーナはほほ笑む。ハルカの成長を肌で感じその事が嬉しいのだ。そこには仲間として。いや、それ以上の親愛が見えていた。



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