第二十二話 不釣合いな善意
深く考えずに
カインは見知った顔ぶれを見つけていた。
ハルカ達と別れた時に街にいた別の勇者一行である。彼らが既にここにいるのだから、ハルカ達も面倒事に巻き込まれていようが、もう直ぐここに来るのだろう。
―――暫く、動く事が出来ません。
カインはイーナより、そのような伝達を受けていた。彼女らに何があったかは知らされていない。しかし、合流できるのならしたいとも添えられていた事から、何かしらの面倒事に巻き込まれたのは必至だった。
カインはこの都市に着いて直ぐに受けた伝達の事を考えながらも、今の問題に頭を掻いた。合流するよりもこの都市での違和感を感じたカインは合流はしない旨を伝えている。
船が出せないと言われてから5日経っていた。理由は魔物が商船を襲ったためだと聞くが実際は怪しいものだと感じていたカインは滞在中に色々探りを入れていた。結果としては、どうやら本当にきな臭い事になっている。
可能性は十分考えられていたが、勇者一行が来て濃厚になった。勇者一行の日程次第ではあるが、行動を起こすだろう。
勇者が西の大陸に行くのに困る組織が存在する可能性。魔族が嗅ぎ付けてきたという可能性。反帝国主義者の可能性。ほかにもあるが、似たり寄ったりだと思い大きく括りをつくるのなら、人間の仕業か魔族の仕業か。の二つになると思い立つ。
前者の中で可能性が高いのは反帝国主義者か他国の勇者妨害を目論む者たち。
他国勇者の情報を調べた限り、既に二カ国の勇者が西に渡ったという。その事を考慮に入れるのならば、帝国の擁立した勇者を西へ渡らせたくない。または既に渡航した二カ国が他勇者を西へ行かせまいと妨害工作をしているか。
どちらにせよ、そういった連中は同業者を使う者だとカインは知っている。組織で動く者の中に実力者も居るだろうが、その者は当然、顔や名前などが割れている者が殆どである。その理由としては国家の情報網は決して侮ってはいけないという事だった。国家には情報収集を目的とした部隊が存在する。国家の闇とも言えるような部隊もその内に含まれている。そう考えるのならば同業者同士の戦いになる可能性があるとカインの考える。
そうなれば、返ってカインには助かるが、その時の問題として、国家お抱えの暗殺専門部隊の人間などの国家の汚れ役を引き受けている軍人だった場合。又は、西からの同業者だった場合。
この場合、戦闘は必至。説得も商談も不可能だろうとカインは思っている。軍人は国家に忠を尽くすものが殆どであり、それが汚れ。国家の闇を担っているのなら尚更だろう。下手をすれば、洗脳を受けている可能性も考えられる。西の同業者に関しても、協定自体を結んでいないのだから、完全に敵扱いに対処してくるのが自然だった。末端同士で商談した所で上同士が何も話し合っていないのだから、蹴られて知らぬ存ぜぬで終わるだろう。
加えて問題は後者であった場合だった。
万が一にも国家の狗や、西の同業者でもそれは人間だ。カインは対処できる自信とそれに裏づけされる技術と経験を身につけている。
カインはため息をついた。どうにも後者の方が臭うのだった。
もし、本当に後者であった場合には、もれなく、魔族が人間社会に溶け込み、それなりの地位を確立した所で生活しているという事実が現実にカインの目の前に突き出される格好になる。
都市を統治している者が魔族に属する人間なのかもしれない。もしくは魔族そのもの。つまりは此方が行動を起こせば、地位的に圧力ないし、攻勢に打って出る事も容易。安易に踏み込めば、社会的に抹殺される可能性もある。
賞金首にする事など簡単な事だろう。そうなった場合、カインにいくら今までの経験があったとしても、情報屋や同業者からの助力も結託もなく、むしろ彼らから狙われるようにもなる事への危険性。そして、その事に対する恐ろしさを理解しているのであった。
この都市は西の大陸に近い事から、魔力の質が違うという事は調べた情報から得ていたのだが、そうなって来ると、この空気の悪さも関わってくるのかもしれない。と考えていたからである。
最悪を考慮するのならば、勇者一行は殺害されて、この統治者が罪人として刑に処される。その混乱に乗じ、他勇者の西渡航の足どめ。またはこの混乱による魔族の反攻進撃。考えればいくらでも出て来る。
いずれにせよ、勇者一行に死なれて困るのでカインは行動を開始しなければならないと考えた。彼らには利用価値がある。
既に、勇者一行の仲間という認識を魔族に持たれているカインからすれば、他勇者が複数居る事は僥倖。敵戦力の分散が望める上に、カインに降りかかる火の粉は勇者にくっ付けばそちらに向く。
戦力分散も出来れば、逆にこちらが結託する事によって味方戦力の集中も場合によって可能になるだろう。考えれば、いくらでも利用価値は出てくる。
そう考えると同時に、どちらにせよ西に行くにはカインが得ている不穏な情報の根本を解決しなければならない事に変わりはないのだ。
伝達屋には既にイーナ宛に沿岸都市の危険性を教えてあるので暫くは様子見してもらえるだろう。
決して、来るなとも連絡するまで待てとも伝えていない事から、着たらきたで戦力になると思っているカインであった。それは、ハルカとイーナに対する評価が確実に上がっている証拠でもあった。どう行動するのかをカインは考える。
勇者に事情を説明しても信じてもらえる可能性は低い。ならば自分で行動を起こすしかないが、それに対しての危険性も大きく絡んでくる。カインは移動を開始していたが、未だ結論に至っては居ない。
自分の情報に信用しているのだが、果たして自分自身が動いてもいいのか。金の掛からない仕事になる事は判りきっている。
それでもやるのか。そう思うと、急にやる気がしぼんでいくのを感じ取っていた。
「まぁ、良いか。別に」
カインはそう呟くと、引き返しながら食事をするために適当な食堂で入っていく。
よく考えればどうでもよかった。という結論に達したのである。勇者が死のうが一つの手札が消えるようなものであるが、ここに新たな勇者が来る事は必至。ならば相手の手の内を観察するのが得策。
あの勇者一行には悪いが、生贄になってもらおう。カインはそう考えつつ、注文をする。カイン自身が助けに入る必要もないほど強い可能性もある。
強さというだけなら護衛の二人は十分強い。もしかしたら、策などに対する対応策も持っているかもしない。
前者は兎に角、後者は完全なる当てずっぽうではあったが、カインは特に気にせずに料理が出来るのを待つ。
―――この所、自分らしくない。
何度となく、感じた違和感であるが、今回は抵抗する事が出来た。逆にその事が不思議になってきているが、判らない上に調べる方法も思いつかないのではどちらにせよ、手詰まりであったカインは考えるのを辞めて、素直に料理を食べてこの都市での情報収集について行動する事にした。
他者のためにかなり危険な事に首を突っ込む所だった己に、若干の恐怖を覚えてしまったカインであった。
元々、カインは生存率が低いと自身で感じた仕事には極力参加していなかったのである。それは、彼の生きてきた中で何度なく生と死を彷徨った経験からであった。
そんな事を考えているとふと、店内の意識が出入り口に向くのを感じ取ったカインは視線を僅かに向ける。出入り口に丁度、勇者一行が入ってきていた。
偶然は怖いものだとカインは感じつつも店内を観察するとなるほどと一人納得してしまった。ここは宿屋にもなっている食堂のようで情報屋も常駐している所であった。恐らく、ここに泊まるか情報を得るためだろうと感じつつ、動向を見るために、視線を僅かに向け、聞き耳も立てる。しかし、遠い位置に座ってしまい、話しているが聞こえてはこない。
一瞬だけこちらに視線を感じられたが、それは全体を見回しての事だろう。今の所、見られても損をするような事態には陥ってはいないのでカインはさして気にもしていなかった。
どうやら、護衛の二人は移動するようである。この事から、勇者はこの食堂が営む宿屋に泊まっているのは確実だろうとカインは感じた。
ギルドにでも言ったのだろうか。
何にしても、接触するべきか改めて逡巡するカインであったが―――
「おじさん。注文したものどうぞ。」
「ありがとう。ちょっと話いいかな?」
「何?一緒にお食事は遠慮しておくけど。」
「この街は何時も、こんなに空気が変なのか?」
「え?あぁ…。これは西の大陸から吹く風の影響だっていわれているよ。何時もこの時期はこんなものだよ。おじさんこっちは初めてなんだ。西へいくんでしょ?」
「あぁ。少々面食らってしまってね。」
「誰しも皆そんなもんよ。でもね」
「ん?」
「今年は少し違うの。多分、皆も気付いている。でも昔から何度もあったらしいから。周期的に空気が濃くなる事があるらしいわよ。」
「ほぅ。ありがとう。気が楽になったよ。」
「いえいえ、お安い御用よ。」
恐らくは、魔族が居る関係ではないか。と推察するカインは、舌鼓を打ちながらも、今後の行動予定を立て始める。
まず、勇者一行に同行していたはずの男が居ない事から、統治者の息子が怪しい。もしくは、本当に護衛依頼だけの関係だったか。いずれにせよ。息子の屋敷には彼の趣味が読書という事もあり、書物が豊富だという情報を得ていた。
五日前に統治者邸宅の周辺情報から内部情報収集に奔走していたために、息子邸宅情報も多く持っている。これも一重に魔物が商船を襲っているという話に疑問を抱いたお陰であった。
まずは、書物を漁り、魔界について記されていそうな物を見つける事。そして、勇者一行の情報と息子の情報を確保する事。最悪、息子か父親の統治者。周辺人物に魔族らしき影があるかどうかの手がかりにも繋がるだろう今回の潜入。
カインは久しぶりに、大した準備もせずに貴族の邸宅に侵入する事への緊張と興奮を身に纏っていた。
その感情は、今までのカインには不要なものであった。危険性の高いものにはなるべく関わらない。カインはそうやって今まで生きてきたのだった。
何故、そのような感情の変化に至ったのか。カイン自身は考える所か、認識すら出来ていなかった。
ただ、一つ。カインは無意識のうちに、その事を許容し、何処かでその変化を望み、欲している事は確かであった。
さて、どうなる事やら。