表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と勇者と暗殺者  作者: 泰然自若
一部 二章
20/55

第二十話 中途半端な決意

そこは小さな空間だった。


小川が2筋北から流れ、儚げなせせらぎを耳に届けて来る。北を向けば木々が生い茂る林が深緑の彩を添えている。村は決して広くはない切り開かれた土地に作られていた。


かつて、この村から北の山脈の街道や山道を作るために、また、鉱石採掘のために多くの人間がここで休み、またはここを通り西へ北へ東へ歩を進めていった。決して、広くはない村ながら、そうした時代の名残を見せ、大きな建築物が二つ双肩の如く立ち並ぶ。この村にささやかながらも栄華を誇った時期を感じさせた。


今はもう赤々と燃え、黒煙を噴き上げているその姿に、かつての雄姿を知る者は膝をついただろう。悲しめる猶予があるのならば。


村から喧騒が轟くのを感じ取ったのは先頭に居た戦士の二人であった。すぐさま、隊を止め、斥候係の男が村へ駆けた。男が見た光景は、村が蹂躙される様。すぐさま、舞い戻った男は隊全体に村の様子を報告した。


盗賊団。


盗賊の作った組織形態で数は差異があるが10人以上で構成される場合を盗賊団とギルドは呼称している。勇者たちはすぐに助けに行こうと皆に促すが男達の頭目はそれを拒む。


「俺達の仕事は護衛だ。自ら危険に飛び込む必要はない。」


理不尽でもない。それが当然だった。ハルカもそれは判っている。しかし、それでもハルカは納得できなかった。


私が人を殺すのは人を助けたいから。


矛盾しているのかもしれない。ハルカはそんな事を考えた事も少なくない。悪人だから殺していいのか。犯罪者は殺していいのか。


人を殺せば、誰かが助かる。だが、その影で誰かが悲しみ、誰かに恨まれ、誰かまた誰かを殺す。何度となく考えた事だった。答えなど未だに出てはこない。


ハルカはそれでも、だからこそ、自分に力があるのならば私の正しいと思う事に使いたいと願っていた。人を護る事。たとえ、恨まれても。誰かに感謝されなくても。自分の目の前で誰かが死ぬのを見たくはなかった。今は敵だと思った人間でさえ、そう思ってしまう弱い自分。


ハルカは駆けていた。


それでも。それでも。それでも―――


「あっ…。」


声が漏れていた。


目の前でハルカよりも幼い顔立ちの女の子だろう頭部が転がっていた。虚ろな瞳と眼が合う。見られている錯覚を覚えていた。


悲鳴が挙がる。敵は見えない。


既に金品と人間を攫って逃げたのかもしれない。ハルカは動けなかった。視線を動かす先には死体と破壊された物品、建築物がただ、朽ちているだけである。


子供を抱いたまま、母親と思しき女性が子供とともに水月の付近を赤黒く染め上げて膝を折り、泣き崩れているかのように死んでいた。叫び声が聞こえる。まだ生きている人が居る。


女の悲鳴。


視線は泳ぐ。左肩から大きく切り裂かれている男の身体を見つける。その周りには、盗賊であろう男が下半身を露出させ、首に鎌が刺さったまま死んでいた。その死体の斜め手前には女が上半身を見せて、左の乳房には刃が見えないほど深く刺しこまれた短剣が顔を覗かせていた。


助けを求める声が燃え盛る木々の演奏に混じり、聞こえてくる。


ハルカは動けなかった。


何かを考えているわけでもない。むしろ、何を考えればいいのか判らなかった。真っ白。頭の中が考える事を辞めていた。だから、背後の気配に気づかなかった。


ハルカはいきなり背後から取り押さえられる。ぐっ。うめき声を漏らしながら、地面に組み伏せられる。荒い息遣いが耳元で断続的に聞こえてきていた。判らない。何が、どうなってしまっているのか。


「良いねぇ。お譲ちゃん。良い子供が生まれそうだ。」


ヒヒッ。そんな喉に引っかかるような笑い声を洩らしたのは間違いなく男だった。何を言っているのだろうか。ハルカの思考が巡っていく。身体を触られている。


どうして?そう疑問に思った時。拘束が解かれた。


何かの崩れ落ちる音がする。そして、ハルカの視界には騎士が居た。同時にハルカの視線はぶれた。左頬から発生した激しい痛みが駆け廻る。初めて、そこでハルカは状況を理解した。


「わた、私は……。」


「後にしましょう。」


「は、はい!」


騎士は動きだしていた。まだ生きている者も居る。その事は残存勢力も居るという事を指していた。今はハルカの精神状態よりも事態収拾を最優先にしていた。生存者を助けて、隊に戻る事。目的はそれだけだった。


本来ならばすぐにでも戻るべきだった。しかし、それではハルカにシコリを残してしまう恐れがあった。今後の旅を考慮すると危険を負ってでも行動する必要があると騎士は考えていたのであった。


すぐに二人は悲鳴のした方へ駆ける。次第に敵と思しき男を二人見つける事に成功。相手は建物の中に入っていく。ハルカ達は後を追うとその入り口の前に立った。汗臭い、血の匂い。そしてハルカの嗅いだ事のない匂いが強烈な異臭として場を淀ませていた。


相手は五人。未だ、ハルカ達に気づいていなかった。騎士の視野には死体となった女を二人捉えていた。


騎士は気づかれる前に先制を行う。敵を排除する前に今、女を組み敷き、凌辱している男の首を自らの持つ刃で斬り飛ばした。生きている者を人質にとられる可能性を摘み取ると共に、意識を自分に向けるための行動。周りにいた男達は唖然としている。今まで居なかった鎧と剣を握る男が背後から一番最初に襲った男の首を刎ねたのだから当然かもしれない。


騎士の行動にハルカは理解を示した。彼らの意識が完全に騎士へと流れた。今、この時に短剣などを抜こうとしている者はこの場に4人居るうちの1人だけだった。即座にハルカは一番に近くに居た男の首に刃を滑らせる。


だが、踏み込みが甘く中途半端に喉仏付近が残り、繋がったままの状態で血が噴き出す。それが例え、立ち尽くす人間に対して行った行為だとしても、今のハルカの心情では、十二分な動きだった。殺せた事に変わりはないからだ。それでも、雑な動きである事は明白だった。ハルカはそれに眼をそらすわけでもなく、次の標的への攻撃のために視線と身体を移動させる。


「はぁぁぁ!!」


何かを振り払うように轟かせる覇気の声と共に、斬りかかった攻撃は相手の左腕を切り裂く。男は咄嗟に避けたが、腕を斬り落とされ、男は激痛のあまりに膝を折った。


致命的な行動。騎士はそれを見て、この盗賊はまだ盗賊になって間もない。または集団そのものが素人の集まりか。この場の攻防を見る限り、両方とももしかしたら当てはまっているのかもしれない。だが、そんな楽観を許せるほど騎士の思考と経験は甘くはない。


「あ、アァァ!」


騎士は既に短剣を抜いていた男を殺していた。そして、ハルカが今、片腕を失った男に何をするのかを注意深く観察していた。今、ここでこの男を殺せるのか。戦意が無くなったようにもみえる。このまま放置しても失血の量からして死ぬだろう。


騎士は、自分なら片腕を失ったのを確認する前に第二撃を放ち、確実に殺していただろうと考えていた。うめき声を挙げる男をハルカは見つめていた。


殺すのか。殺さないのか。このままいけばどうあってもこの男は死ぬ。どうするのか。何をするのか。ハルカの頭を巡る考えは一向にまとまる事はない。


ハルカはじっとその男の魂が消えていくのを眺めていた。騎士はその行為に何も言うことはなかった。動こうにも動けないハルカを怒るわけでもなく、男に憐れみをかけて楽にさせる事もしなかった。


騎士は襲われていた中の生き残りの女を見下ろす。気を失っている。それは、男達が襲った恐怖からではなく、騎士が気絶させたのであった。騒がれては敵が寄ってくる可能性があった。救助者を護りながら戦うには危険性が高く、隊との合流も遅れてしまう。これ以上、騎士とハルカの独断で隊を放置するわけにはいかなかった。


男が死ぬのを最後まで見る事もなく、騎士が女を担ぎあげた。その行動を察知するとハルカの足は自然と外へと向けられていた。二人は無言で隊へと戻り始める。戻る間のハルカは今までのように醜い顔をしていなかった。


ただ―――


感情が消えていた。そう思えるほど無表情で硬い顔を作りなしていた。ハルカのその顔を一瞥しながらも騎士は、ある声を聞いてしまった。聞き間違えかもしれない。そう思った時には鳴き声がはっきりと聞こえていた。ハルカはその声が耳に届かない。そんな事は判っている。だが、この声を聞いた後では、騎士マルセンは冷静ではいられなかった。


気づいた所でもうどうする事もできない。出来る事は、一刻も早く、この場を去らなければならないという事のみ。


既に終わったはずの喧騒が、ハルカ達の帰るべき所より聞こえてくるのに気づいたのは村を脱出し、隊を遠目に確認した頃だった。


その時、騎士は顔を顰め、ハルカは風の如く地を駆けた。







後先考えずに次回、何かが起こる的な終わり方させているが、自分の首を締めているとしか思えない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
個人サイト 88の駄文
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ