第十八話 後ろを振り返ってみると
「そうか」
初めてカインの顔に感傷が現れた気がする。ハルカは、何時もと変わらないカインの顔に、エーファの事を言った時の、ほんの僅かな変化に気づいた。それはハルカの気のせいかもしれないが、本人は感情を読み取れたものだと思い込む事にした。その方が嬉しいからである。
カインも感情がないわけでもない。苦笑いを浮かべたり、気だるそうな表情を浮かべた事もある。それに、彼はあまりに多くの物事を見つめてきた。だからこそ、今の姿があるのだろう。ハルカがそう感じ、考える中でカインという人物を自分なりの解釈ではあるが、彼も悲しむ事を放棄したわけではない事に安心していた。ハルカからすれば、カインは喜怒哀楽の表現が希薄で冷たい印象が強かったので、尚の事、思いは強かった。
カインとハルカ、そしてイーナは軽食屋のテーブルについていた。そこには勇者のお供にきていた騎士は居ない。ハルカが買い物を頼んだのである。万が一を考慮しての事であった。
「断る。」
「そうですか。」
「最初から断るとは思っていましたが、貴方はもう少し考えるそぶりを見せても良いのではないでしょうか?」
イーナは呆れながらも断る事を了承している。カインの性格を理解してきている証拠であった。
「……。俺は、個別に行動して情報を集める。追加依頼の情報収集の継続は引き受けよう。」
「はい。お願いします。」
「一つ宜しいでしょうか?」
「情報交換方法か。」
「はい。」
「護衛に騎士がついたために俺は集団行動を自粛しようという考えに傾いたが、情報交流の観点からいえば差ほど問題ではない。」
「どういうことですか?」
「君達が赤の他人を演じてもらえれば、俺は堂々と君達と同じ道筋を歩める。」
「そういうことですか。勇者様はどうなされますか?」
「うん。私もそれで賛成だよ。」
「行き先は西か。ならばいずれにせよ沿岸の大都市か。道筋は?」
「勇者様の修行と連携訓練のためにギルドからの依頼などを受けながらが良いかと思いますので。」
「このまま北西の道筋にか。少々危険だが。」
「はい。ですが」
カインの言葉に肯定しながらも、その危険こそが目的だという視線をカインに向ける。
「そうか。」
「えっと。」
「北西の道から船の出る都市までは山岳地帯の近くを通ります。登山道などがあり、行商人などが北へ行く際に良く使われる道です。」
「そっか。盗賊なんかがよくでるんだね?」
「はい。」
「…うん。大丈夫だよ。」
もう、今までの自分で居るわけにはいかない。ハルカにはその思いが詰まっていた。戒めを受けて尚、前を向く事を拒む。そんな事が出来るほどハルカは強くなかったのである。縋るべき物事を自分で見極めて、背負うものを取捨選択できるのなら、ハルカは今以上に強く、そして気高い存在に昇華するだろう。今はまだ、彼女が漠然としながらも歩む意志を纏め上げて、小さな一歩を踏み出したに過ぎない。
「はい。勇者様の動きは私がしっかりと見させていただき、指導させていただきます。」
「ありがとう。イーナ。」
「え、あ、い、いえ。」
カインは訳もなくあくびをしていた。
北西の道は大きな都市もないために、衛兵や街道巡回を行うガードと呼ばれる騎士達もきまった時間と日時を通る程度のために、日程を知っている盗賊などに襲われる商人などが多い道である。そのために、ギルドは常時護衛任務を提供している地域でもある。
沿岸の都市までは村規模の集落が数箇所ある程度で主な主要道路は北行きの分かれ道までだった。イーナは一瞬だけカインに視線を送り、カインもその意図を理解している。
勇者自身は情報収集させるよりはまず、剣術の型作りに集中してほしいという事だろう。騎士が新参で入った事により、イーナのみが遠距離行動手段を持っているだけであるために勇者への負担と援護の遅延が発生しやすい。その事を考慮して、ハルカ自身の能力上昇を狙っているのだ。
カインは道中一緒だといいながらも、このことから南西の道を進む事に決めた。二個ほど街を通ることになる。有力な情報を得ても教えるのは沿岸都市になってしまうのだが、その際は情報屋の伝達番を使う事を考えていた。
言葉を伝達させるスキル持ちは以外と多くその人々によって情報の早急な伝達が可能になっている。早馬を出すよりも断然速いのだ。戦場は救命兵と同じくらい重宝されている。
ギルドや情報屋はそういったスキル持ちを各所に配置していたりする。その間を言葉が飛び交うのだ。
「ギルド支部には小まめに入る事だな。依頼が日替わりすることも珍しくない。新しい情報がすぐに依頼へと結びつく。」
「はい。判りました。」
「心得ております。行き先の情報は事前に調べているのですよ。」
恐らく、街で情報を得る事が出来る。若干の遅延は仕方ないとしてもあちらの行動把握はイーナの文章力ならば問題は無いだろう。カインはそう結論づけた。
「イーナ。ごめんね。」
「何も謝る必要はありません。私にはそういう事をする必要がありますから。」
後は、イーナから来た進路と到着予定を考慮にいれて、自身も行動もしくは情報の提供を行う。面倒ではあるが、こうなってしまったからには動かねばならない。それに加えて他国の勇者の動向も探りを入れたいと思っているカインである。既に何組かが西に向けて行動を開始している話を伝手から得ている。
ハルカ達、もしくは自分が出会った場合。どう動くを考える必要があった。ハルカ達と出会ったのなら、行動を共にすれば非常に有利だろう。だが、勇者複数擁立は言ってみれば、国家間の対立を個々にあてはめてみる事も場合によっては出来てしまう事が危惧される。
ある国が擁立した勇者を別国が殺す事も可能性として無いとは言い切れない。彼らにも名誉と国家の威信。面子が掛かっている。はたして、ハルカのように真剣に旅をして魔王を討とうとしている勇者が他に居るかどうか。まずはそこから疑い調べる必要もあった。
―――カインは口元を歪める。
二人はその事に気づかなかった。窓の外を眺めた時には既に何時もの何の特徴もない表情を作りなしていた。
また自分の知らないものを見つけてしまった。自分を一番知っているのは自分だけだ。そう思っていたのが浅ましい。その事に対する一瞬の笑みだった。勇者のためにそこまで自分が動く必要もないのだ。自分には自分の思うべき、行動すべき事柄が存在する。決して必要な要素ではないにも拘らずに、カインの思考は巡る。今まで想像しなかったほど、他者のために。
空を見上げる。日の光を浴びながらも、白雲を眼で追いかける。その光景の先に何かが見えているかのように。
その景色全てを悼むかのように眼を細めているカインの視線がそこにはあった。