第十七話 勇者は歩く
カインは珍しい光景が出来ていくのを横目に屋台で鳥串を買っていた。ここの鳥串が美味しく、少々宿から遠かったが毎日散策がてら買いに来ていた。
本来ならば同じ行動をする事は、暗殺される危険性が飛躍的に上昇してしまう。行動が読まれ、待ち伏せ、奇襲と考えられる手が増えるからである。
カイン自身それは自覚していたが、追っ手が掛かる可能性が限りなく低い事と、この鳥串の旨さに負けてしまっていた。勿論襲撃されそうな間合いや場所は全て把握している。
懸念は店の亭主に風体を覚えられてしまう事。服装は毎日変えて、厚底靴なども使用してはいるが、それだけは不安であった。
露店のある通りは比較的大きい、交通量も豊富である。馬車は商人か貴族でしか利用できない道ではあったが広いとカインは感じていた。
その通りにいる人が割れていく。そこには異様な空気を待とう3人組みが見えていた。
先頭を歩く男はそれなりに腕が立ちそうだという印象を受けるが、問題は後ろ二人であった。一人はカインよりも10cm以上背が高い。190cmはあろうかという身長と周囲に気を配る、丁寧かつ無駄のない視野範囲。気取られない慎重さを持つ動きであった。
得物は恐らく二本は持っているだろう剣だとカインは予想する。凝視できるほど相手は馬鹿ではない事は理解している。それに加えて、通行人が野次馬になっているのであまり見えない。
もう一人の男はカインほどの身長で、長い槍を持っている事が良く判る。槍を常備しているという事は、相当の自信家か目立ちたがり屋か。前者であろう。いや両方かもしれないな。
カインはそんな事を考えていた。どちらにせよ、雑多な喧騒の中で長い得物は邪魔になるし、建物に入ってしまえば利点も消えやすい。それを知りながらも携帯のするのだから、腕に自信があるのだろうし、目立つ事が好きなのだろう。
あの3人は勇者一行だろう。勇者がこの街に来るという事は何らかの情報を求めてきたと考えられる。それ以外に、移動の途中で立ち寄ったか。接触するべきか逡巡するが、利益がない事は判りきっていた。半ば冗談半分で考えていた。
何にせよ、あの勇者について多少調べた方が有益なものになるだろうと結論付ける。まさか、追っ手ではないだろうが、カインは群集に塗れてその場を後にする。
魔族に関する情報は圧倒的に不足していた。情報屋が知っている情報は魔物であって魔族ではなかった。魔物も魔族と分類されているが、カインとしては族といっているのだから、社会性を持った集団であるという考え方を持っている。魔物の生態と対処法を多少得た程度であったし、カインが知っているものが殆どであった。
魔界は恐らく、その魔族たちの国家が人間社会のように乱立して争っているのではないかという予想をしていた。もしそうなれば、魔王は複数いる事になってしまうのだが、可能性の一つとしては十分にある話だ。
今まで勇者が数多派遣され戦ってきた魔王が本当は、別の国家の魔王だった。なんて話がありそうでもある。
可能性の話ではあるがそうなってしまった場合は困難なものである。もしかしたら各国家はそれを知っているから各国からの擁立を行ったのではないだろうか。
カインには魔族の事も調べる必要があったのだが、勇者についてもまた調べていた。
何故、調べる事になったかというと、カインの知的好奇心からである。ハルカの一言をカインは覚えていたのだ。だが、調べてみても勇者に関しては同じような情報ばかりである。
巷の噂話から、情報屋まで。ここには書物を保管しているような所が民に開放されているわけでもないので、限定的なものしか入ってこなかった。
魔族においても勇者においても、殆どが徒労と言われても差し支えないものである事は、カインが一番理解していた。
ハルカに直接聞けば良いのだろうが、果たして時期をどうするか。そんな事を考えていた。
先ほどの三人組みも街の野次馬からの情報で勇者だという事が確定していた。それも、帝国からわざわざここまで来たという。帝国はここから山脈を越えて来る険しく辛いが最短の道。そして山脈を迂回してくる安全な道かの二つに絞られる。
他には小さな道は存在するが、そのような道を騎士達が護衛巡回するはずもない。勇者一行ならば、武者修行も兼ねて厳しい道を来たのかもしれない。カインはその方が好都合だと思っていた。そこまでしてこの街にくるのだから、先ほど考えていた通行するだけとは考えにくい。
山道はそのまま街道沿いに行けば最西端の都市に行ける。そこは西の大陸に最も近い場所で、西から来る噂の発信源にもなっている。カインには色々な話が耳に入ってきているために、勇者一行は西に向かうのだろうと予想している。
民衆には伝わっていない噂。それは商人に伝えられる噂。
そこには統一された情報しか出てこなかった。西へ渡った商人に見られる、それは症状といっても良いほどだとカインは思っている。それは、どういうことか。
そうしなければならない何かが西にはあるのである。それを考えるにはまず西に渡る必要がある。恐らく、時期に来るであろうハルカ達から要請がありそうだとも思いながら、カインは先にあの勇者一行について調べる事を始めていた。
彼らは四人で行動している。男四人。張り付いて調べた結果。一人は最西端都市の統治者の息子という事が判明している。出会った経緯は不明であったが、その息子からの情報を得てその都市に向かうようであった。
決して、近づく事はできないが、護衛連中も四六時中警戒しているわけではない。加えて、カインは間合いを知っている。どんなに猛者であったとしても、例え自分であっても50mは離れ、群衆に紛れて監視されると気づくのは至難の業だ。素人ならば可能性はまだあるが、経験者ならばお手上げである。それこそ、感知スキルというレア持ちではなければ到底不可能な事だった。行動監視については申し分はない。だが、危険を負って、盗み聞きするのは困難であった。外部からの情報に頼るしか彼らを知ることは難しい。
それにしても、あの勇者一行は自らが勇者である事を平然と公言して生活している事にカインは驚いていた。ハルカは身分を隠しているわけではないが、表立って私は勇者です。などと言わなければ、勇者一行様などと担がれてもいなかった。イーナが勇者様と言うくらいである。
男だから、民衆にも判りやすいのだろうか。そんなどうでもいい事を考えながらも、カインはひとまず、監視を終了し、本来の魔界に関して徒労であろう情報収集活動に戻るのであった。