第十六話 なくした大きさ
ハルカは驚愕していた。
それはイーナも同じであるが今更どうこうなるわけでもない。今だけはカインのあの切り替えの速さと無表情の作り方に嫉妬してしまっていた。
王と謁見をし、手はず通りに報告していたハルカとイーナであったが、エーファの死が思わぬ事態を引き起こす。
彼女は帝国の第3皇女であったという事実。死んだという報告を受け、名前を聞き、容姿をしつこく聞かれたハルカは狼狽しながらも正確に応えた。そして、王は顔から血の気が引いていき、この事は誰にも口外してはならいと厳しく言われてしまったのだ。
帝国の姫が死んだ事は由々しき事態ではあるが、それは魔族のせいであって王の責任はないのではないか。ハルカはそう考えていたのだが、イーナにとっては酷く深刻な問題であった。
第3皇女は社交の場に殆ど出た事がなく、その顔を見た事があるのはただ一度であったとされ、その時出席していた者たちは王族関係者のみというまさに秘蔵っ子的な扱いを受けていた。
イーナは、何故そのようなお方がカインと呼ばれる犯罪者と行動を共にしていたのか理解できていなかった。しかし、自分も公爵令嬢という非常に高い位にありながら、こうして放浪する事ができている。
皇帝の考えは世間を見せたいという親心があったとイーナは推察している。だが、それでも単独などはありえなかった。恐らくは護衛が数名。
アレンのように腕の立つ護衛が居たはずである。それがカインだとは考えられないし、彼は夜盗と間違われて知り合ったといってた。
アレンからはカインは悪であっても信用できる悪だ。という言葉を遺している。それを信じているイーナとしては、カインは悪。犯罪を犯す人間でありながらもある一定の規律と理性を持って行動できる人間だと考えていた。
イーナはエーファ一行が何者かに襲われて逸れてしまい、一人になって彷徨っていた所でカインに出会った。そう結論付けた。現状の情報ではそれが最も有力だと思えたからである。
二人は、謁見を終えた後に西へ行く事を命じられた。報酬も報奨も与えられていたが、王には勇者を休ませるという考えは持っていないようだった。イーナにはそこに、国家としての面子を掛けている事を理解した。
他国の勇者に先んじられてはならない。表立てそう言われる事は絶対にない。だが、環境がそれを自発に思いこませるように仕向けられているのである。これが、国家のやり方。イーナは長年醜い権力闘争を見てきている。
それは自身の地位から避けられない事であった。イーナの父親も早くからあえて、そういった濁流にイーナを放り込んできたのである。それは、来るべき変革の時の為であった。だが、その変革の時は一人の男の死によって先送りになっていた。
西には古くから悪魔信仰のある国家があるという噂が存在する。イーナはその事を知っていたために、言われるだろうと思っていた。歴史書を紐解いてみても、大昔からその国家は魔界に通じる道を開いたという記述が出てくる。どういった経緯でそういた噂や文献が残っているのか判らないが、少なくとも火のない所に煙は立たないものである。
悪魔信仰とは魔信仰とも言われ、魔の人ならざるものを崇拝するものである。東でも土地神や風土信仰が根強い所があり、森の主と呼ばれる獣や魔物を崇拝している所も少なからず存在してはいる。しかし、大陸全土で盛んというのはそれだけ、西が東とは相成れない未開の地であるということだった。
イーナは貴族権限を利用して王立図書館を利用して、それらを読み漁っていた。良くない噂を数多に聞く国家であるが、海の向こう側である事と、交易の利益から物の流通では有名な国家でもある。この大陸のどの国家も必要悪であると思っているのかもしれない。
可能な限り調べたイーナは東のどの国家も表向き攻め入った様子はないという事に気がつく。自国に至っては確実に無い。それは、単に海を隔てているだけというわけでもない。そんな気がするのであった。
兎に角、二人はこの事をカインに報告するために、街に戻る事になった。
カインの居た街は元々、交通の要所になっている街であるためと北西と西よりなのが幸いし、変に怪しまれる事も無く、旅立つ事ができた。その際、新たな護衛を強引に付けられてしまい、ハルカはどうしようか悩んでいたのだが、イーナ曰く、信頼の置ける。公爵の息のかかっている騎士だと聞き、安堵していた。
カインと対面していざこざが起こり、カインが感知魔法をかけた相手だと王国に報告されてしまえばハルカ達にも危険が及ぶのだ。
3人は今後の事を話し合う。まずは、海を渡り、西の大陸へ行く事を最優先にする事。行く道中、街で宿泊する際は、情報収集する期限を設ける事。
できるだけ急ぎで行く事は望ましかったが、情報もなしに3人とも行った事のない土地に行くのは危険だという判断からであった。
ハルカとしては、カインに着て欲しいという思いがあったが、イーナは逆に腕を認めても、彼が犯罪者であろうと事。
本人の口から直接聞いては居ないが、人を殺す事に慣れている事から、殺人者である可能性が高い事に嫌悪を覚えていた。
人間としてはそれなりに評価できてしまう。その事が余計に腹立たしく思えていたのだ。
イーナはそれを感じながらも街へと足を進めていた。