第十五話 これからの始まり
魔族は、何故勇者を狙うのだろうか。カインは椅子に座りながら薄暗くなっていく街の様相を窓から眺めていた。
そもそも、勇者と言っても、魔族から見たら餌としての認識しかしないのではないだろうか。勇者という単語の意味を知っているのか。人間の言語を喋る魔族もいると聞くが、実際の所は何も判っていない。勿論、カインは出会ったことさえなかった。王立図書館や国家の管理する書物には勇者の発言などの文献が残っているだろうが、それを擁立した国家が公表していないためにカインには調べようがなかった。
カイン自身も魔族について殆どの知識を有してはいないのだから、判るはずもない。一般的に知られている魔族は魔界に住む住人で、人間界と呼ばれる今カイン達が生活している世界とは別の所に居るという事。そして、魔族は人間界を襲い続けているという事。
魔族に関して、カインが知る情報も歴史書に記されている程度でしかない上に、重要な物は制限がかけられ閲覧者も限られている。それも紆余曲折を経て加筆修正が行われたものだろうと考えられている。だが、事実なのは魔族が人間を襲い、殺し、捕食しているという事。
人間はその恐怖の対象を消し去るために勇者を擁立しては魔界に送っている。
詳しい記述は王国所有の書物にしか記載されていないだろうが、数年から数十年単位で最低一人の勇者が擁立され、魔界に行き、ある者は死に、ある者は生き延びているという。
「何故、俺も……。」
カインは外の光景を眺めつつも、自分の陥った状況に嫌気が差してきていた。
「え?」
「……何でもない。」
あれから、勇者ハルカは立ち直るのに二週間ほどの期間を要した。どうやって踏ん切りをつけたかはカインには判らなかった。しかし、立ち直るのを待っていたために多少の安堵を感じているのが素直な気持ちだった。
カインにとって自分の今後に必要な駒であったからである。それまでハルカやイーナに会う事を極力避けていた。
カインからすれば、変に食って掛かられては溜まったものでないと思っていたのもあったのだが、何より、面倒だという思いが大部分を占めていた。自分の塞ぎこんでいる時に声を掛けてあげられるほどカインは出来た男でもなかったのである。
結果として、ハルカは自問自答の迷宮に入り込んでいまい、二週間彷徨い続けていたのだが、村の長老達が一つふたつの助言や、イーナの献身的な介護にも近い触れ合いを通じて回復していったのだ。
それを把握していたカインはただ、時が過ぎカインにハルカ達から話しかけてくる事を願っていた。その期間が二週間でもある。
ハルカはカインに謝罪をすることから始まり、イーナは前よりは辛くカインに当たる事がなくなった。
「それよりも、良いのですか。カイン。いくら変装をしているからといってもこのような街に滞在しても。」
「その時はその時。向こうは大きく表立って動く事もない。暗殺くらしか手を出してこないのなら逆に動きやすい。」
「そういうものなんですか…。」
「他国の街で動くには危険を向こうも背負う。君達が気にする事ではない。俺からすれば依頼をきちんと遂行してほしい。」
カインは今後の予定をハルカ達に話した。まず、王の所に村の出来事を報告する事を依頼していた。そして村に滞在したが村人は好意的に接してくれた事を前面に押し出す事。
カインの事に関しては、アレンと滞在していたエーファという剣士の死を持って村を支配していた魔族と思われる男。という位置付けにして無事討伐したと報告する事。
この二つを依頼としてハルカ達に受けてもらっていた。王もハルカ達にカインについて話していなかった。ただ魔族を倒せという命だ。
ならば、目的は一応達成した訳で、探知、感知が消えてしまっても、それはハルカ達が殺したと取れる。さらに、村は言われていた所もずっと良い所だったという報告によって、異人に対する偏見の無さを呼びかける事も出来る。
勇者が異人は決して恐ろしいだけではないという事を言えば、それは大きな影響力を持つだろう。それに加えて魔族と思われる男を討ち取り、感謝されたとでも言えば、村が支配されているだけで住人は普通だった。と思わせる事も可能であり、長期滞在していた難癖への回避も行いやすい。
カインは勇者という看板を最大限に利用する手を使い、自分に人間から狙われる危険性の排除を目指していた。既に、カインは討伐対象に入ってしまっていたのだ。
どういう経緯でそうなってしまったかは判らない。操作系スキル保持者によって報告されたというのが目下濃厚な漏洩元である。
兎に角、あれから村を出て、最寄の街に到着するまでに魔物による襲撃を二度受けていた。
その襲撃は殺しに来るものであっても、恐らくはこちらの情報収集のために襲わせたのだろうとカインは考えていた。
そして、相手に軽く殺せる相手だと印象付ける事ができたという思いも持っている。ハルカは立ち直ったといってもまだ、魔物であったとしても殺す事への抵抗感を感じているように思えた。
それは立ち回りへの影響を考えれば容易に想像がついたがカインはその事で注意する事をしていない。
元々、ハルカ自身の問題であるためということもあるが、カイン自身が面倒だという思いが強いからである。
ハルカ達は直にこの街を去る。カインは逆に暫く滞在する事になっている。それはハルカ達からの連絡を待つという事と魔族に関しての情報を集める事を目的としていたからである。これはハルカ達からの依頼であった。
本来ならば殺し以外の依頼は受けたくはなかったのだが、今では組織の後ろ盾のない状況であったので、カインは新規顧客の第一号として勇者達を選んだのだ。
彼女達の後ろには国家があるということで、収益は十二分に見込める事が魅力的であったのと、相互利益もあったからである。
カインはもう勇者一行という枠組みに入ってしまったのだという自覚を持っていた。それ自体は、今更どうこう騒ぐ程度ではないし、カイン自身が予想していた事である。
元々乗り気ではなかった今回の魔族討伐であったが、巻き込まれてしまったのは覆せない事実である。ならば、降りかかる火の粉を振り払う事はしなければならなかった。
兎に角、勇者を魔界とやらに送り込めば後はなんとかなりそうな気もしているカインであるが、肝心な事である魔界へ行く方法がわかっていない。それを今後は個人であるいは勇者と行動を共にして探していかなければならないと考えていた。
後者の考えは追加依頼のあった場合のみであるが、出来る事なら引き受けたくはないと思っているカインであった。
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区切りの良い所まではきちんと書きたいと思います。
私は、お気に入り登録のやり方を最近、理解しました。