第十二話 予見と焦り
男は、この村に疑問を持っている。
男としては、ここは故郷とも呼べる場所ではあったが、彼らが何故、異人に人権を認める国家に亡命しないのか。疑問に思っていたのである。
何度か長老にそれを話したが、真実かどうかも判らない話を延々と聞かされるはめになってしまったのを覚えていた。だが、エーファとハルカ達が森を抜けた先にある街までギルドの依頼報告のために行っている為に暇だったのである。
何故、男は一行が居ないと暇だと感じられるようになったかは彼女達には人を惹き付ける何かを持っているという事だろう。男自身はその事にまったく気付いていない。煩い奴らが居なくなってゆっくりできるという発想でもって、長老達と会話をしていた。
長老は言う。この場所は我らの祖先が切り開いた土地の始まり。故に誰かがこの土地を護らねばならないと。遥か昔の事だというが、文献も何も残っていないようなので、伝承としても胡散臭いものであったのだが、村人達は誰一人としてそれを疑ってはいない。
「エーファを見ませんでしたか?」
昼過ぎになり、ハルカ達が村に入り、男に開口一番に言った事だった。男は見ていないという言うと道具の手入れのために部屋へ戻ろうとする。
最近、頻度の高い狩猟で刃物を小まめに手入れしなければ使い物にならなくなってしまうからである。毒物も保存状態の良いものに取り替える必要もあった。武器は己を護る大事な物であるので、男は手入れを特に重視し、使い慣れたものを重用しながらも、どんな武器でもある程度使えるように自身で訓練もしていた。
ハルカは男のその態度に顔を顰めるが直ぐに、探しに行きましょうと男を誘った。
「何故?」
「な、何故って。」
男にとってエーファの行動に一々関与する必要性が感じられなかったからである。そこには素直なまでにどうしてそんな事をするの?という疑問符が口から出ただけであった。
「し、心配じゃないんですか?」
「…何故…。そう考える?」
「え……?」
男からすれば、個々の行動に制限をつけるのが好きではない。まして集団行動している面子でもなければ仕事仲間でもない。男にとってエーファは好きな人間であっても気にする人間ですらないという思いがあったのだ。
そこには好きなのに、気にかける必要もない存在という変な思考である事にまったく気付かない男がいた。
男の発言に唖然としてしまうハルカであったが、イーナの言葉によって、自分達だけで探しに行くと村を出て行った。
それを見送るわけでもなく、男は武器の手入れを始める。だが、そこには作業に集中するよりも別の事を考えている男が居た。面白い。男は呟いた。
ハルカに言われるまでエーファが居なくなった事に何ら興味を持たなかったのにも関わらず、その居なくなった事実を他者から教えられると途端に自分の感情と思考。それとは別の感じた事のあるようなナニかを身体の内部に感じていたのである。だが、だからといって男は動かなかった。優先順位の問題で武器が勝っていたのである。
「―――カイン。」
部屋に入ってきたのは長老と呼ばれる老人であった。
「長老。」
「―――予感がするのだ。」
その言葉を聞くや否やカインと呼ばれた男は手入れを中断して部屋を飛び出していった。
予感。長老は予感といった。その重みは男には嫌というほどわかっている。否、村人全員がわかっている事であった。
何故、彼が長老なのか。彼の血筋は代々ここを収める長老という役職を担ってきていたという。その要因の大部分を占めるもの。それは、レアスキル。血統によって他者に絶対に受け継がれないスキル。
故に長老の血筋は他の血を混ぜない。混ぜてもレアスキルは発現しない。それを知っているからこそ、彼らは近親での交配を行う。そして、どんな者であろうとも、村はその存在を肯定するのであった。
そのレアスキルは遠見。スキルを発動しなくとも、予感や勘として近い先に起き得る悪い事を無作為に感じ取れる。男は、このレアスキル持ちを長老以外に知らない。
男は情報屋などとつながりを持っている。彼らの情報網にさえ掛かった事がないのである。この先、悪い事が起きる事は確定だろう。男は覚悟を決めていた。感じられても、未然に防ぐ事は難しい。
遠見はそこまで鮮明に見えるスキルではない。詳細な未来を見るのならば使用者は何を代償にするのか検討もつかない。男は、森を駆けていた。
長老は外部の事に対する予感を感じる事はない。だからこそその長老の言葉は男を突き動かす一因にもなっていた。長老は、エーファという少女を好いていた。外部の人間でありながらも、男が連れてきた女という訳でもなく。純粋に、一人の人間として。男もその事を何処かで感じ取ったのかもしれない。
それほど、長老の言葉は重かったのである。
何故。頭の中は自身の声で何故を連呼していた。本当に何故だろう。男はそう思いながらも笑みを浮かべた。今までにない体験をここ、最近連続的に経験できている。
この事が何より楽しいと感じられていたのである。依頼を受けて、時間をかけて人を殺すのは確かに楽しかった。困難な依頼ほど達成した時の喜びは格別だった。それを知っていながらも、今の自分を取り巻く環境が楽しくて仕方なかった。
男は、今初めて、人を殺す事以外で、純粋に生きて生活していく事を楽しいと感じられていた。だからだろうか。それを脅かす災いを告げられた事に焦り、恐怖し、今は走っている。
自分はこんな人間だったのか。そんな事も頭の隅で沸いては消えていき、自嘲を生み出していた。
設定は適当です。
若干シリアス系統なのだが、元々はグルグル的なギャグ物を書こうと思っていたんです。本当です。何がどうしてこうなったか。