第7話:親友の死と悲しみの追放
白い陽光が石畳を焼きつける、灼熱のヴェローナ町。
湿った風が吹き抜け、空気はどこか刺々しい。
広場の片隅、親友のベリオが額の汗を拭いながら呟いた。
「こういう日は……喧嘩が起きやすい。どうも嫌な予感がする」
その傍らで、扇子代わりに帽子を振るマーキューシオが笑った。
「ならいっそ家で寝てろって言いたいところだが、そうもいかない。俺たち、モンタギューの顔ってもんだしな」
だがその軽口も束の間、瓦礫の影から現れた一団に二人は息を呑む。
キャピュレット邸の若き狼──ティボルト。
「探したぞ、モンタギューの犬ども。あのロミオはどこだ」
挑発的な声に、ベリオが身構える。親友のマーキューシオシオもすぐに前に出た。
「ロミオのことは知らないが、俺が相手なら不満はあるまい?」
「貴様では物足りんが、血の一滴には変わりあるまい」
剣が抜かれ、火花を散らすように舌戦が続く。だが、そこへ現れた一人の男が場を鎮めた。
「やめてくれ、ティボルト!」
ロミオだった。
日焼けした顔に微笑みを湛え、だがその目は沈んでいた。
マーキューシオシオとティボルトが目を見開く。
「貴様……やっと出てきたか。俺の名誉をどう償うつもりだ?」
だがロミオは首を振り、静かに言う。
「争う理由がない。おまえを憎むどころか、むしろ……愛している」
「……ふざけるな」
ティボルトの目が血走る。マーキューシオシオも信じられないようにロミオを見つめた。
「何を言ってる。こいつはキャピュレットだぞ!」
「分かってる。でも、理由は言えない。俺には……戦えない理由があるんだ」
「くだらねぇ!」
マーキューシオシオが剣を抜いた。
「なら俺がやる。お前の代わりにな!」
「やめろ、マーキューシオ!」
叫ぶロミオを振り払い、マーキューシオシオがティボルトに斬りかかった。
剣戟の音が鳴り響き、広場が緊張に包まれる。
ティボルトは俊敏だったが、マーキューシオシオも一歩も退かない。
互いに罵倒を交わしながら、火花のように刃が交差する。
「やめろ、二人とも……!」
ロミオが二人の間に飛び込んだ。
その一瞬──
ティボルトの剣がマーキューシオシオの脇腹を穿った。
「──!」
時間が止まった。
マーキューシオシオが一歩後退し、目を見開く。
血が滲み、地面に赤く広がった。
「ただの……かすり傷さ……」
そう言いながらも、足元が覚束ない。
ベリオが駆け寄ろうとするも、彼はロミオの腕に掴まり、言葉を絞り出した。
「聞け……ロミオ……ベリオ……両家に、疫病あれ……!」
笑おうとしたその顔に、苦悶が走る。
「……冗談の……通じねえ……相手だったな」
そのまま、力尽きて倒れた。
ロミオの瞳が見開かれる。
「……マーキューシオ……?」
呼びかけても、返事はない。
「……なんてことを……」
胸の奥に、冷たいものが流れ込んだ。
ロミオの表情が、変わった。
「理性のたがが、外れた」
そう呟くと、彼はティボルトに向き直る。
剣を抜いた。
「ティボルト……お前を許さない」
「ほう、やっとその気になったか」
静寂が走り、次の瞬間、二人の刃が火を噴くように激突する。
ティボルトの剣筋は鋭く、確実だった。だがロミオの剣は、怒りと悲しみに満ち、容赦がなかった。
マーキューシオシオの無念を背負い、ロミオは攻め続ける。
最後の一閃、ロミオの剣がティボルトの胸を貫いた。
「……!」
ティボルトは目を見開き、そのまま崩れ落ちた。
息を呑むベリオ。そして、遠くから足音が迫る。
「ロミオ、早く逃げろ! 大公の兵が来る!」
だがロミオはその場に立ち尽くしたままだった。
血に濡れた剣を握り、マーキューシオシオとティボルトの亡骸を見下ろす。
そこへ、大公エスカラスが衛兵を伴い現れる。キャピュレット家とモンタギュー家の人々も集まり、騒然となる。
「何事だ! 誰がこの惨事を引き起こした!」
ベリオが進み出る。
「マーキューシオシオは、ティボルトに殺されました。ロミオは、それを……見過ごせなかったのです」
キャピュレット夫人が叫ぶ。
「ならばロミオを処刑なさい! わたくしの甥の仇です!」
モンタギューが応じる。
「いいえ、彼は友を守っただけです!」
大公は両者を鋭く睨みつけた。
「黙れ!」
静まり返る広場。
大公はロミオに目を向け、低く宣言する。
「ロミオ・モンタギュー。お前はヴェローナの秩序を乱し、二人の命を奪った。
だが、マーキューシオシオの死が先であったこともまた事実だ。──よって、直ちにヴェローナを追放とする」
その言葉に、ロミオの表情が凍る。
「追放……ジュリエットと……」
誰の目にも、彼の心が崩れていくのが分かった。
ベリオがそっと肩を掴み、言う。
「行こう、ロミオ。今は……生き延びることが大事だ」
ロミオは一度だけ振り返り、血に濡れた広場を見つめた。
そして、悲しみと混乱のまま、足を引きずるようにその場を去った。