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第6話 秘密の結婚式と束の間の幸せ

朝の光がヴェローナの街に差し込み、キャピュレット邸の窓を淡く照らしていた。


ジュリエットは部屋の中を行ったり来たりしながら、窓の外を何度も覗いた。


「まだ戻らないのかしら……」


乳母は、夜明けとともにロミオの元へ向かった。


彼の返事──彼の愛──そして今日という日のすべてが、彼女の胸を満たすはずだった。


やがて玄関から軋むような音がし、厚い靴音が廊下に響いた。


「おばさま!」


ジュリエットは階段を駆け下り、乳母に飛びついた。


「はあ、はあ……。もう少しで、息が絶えそうでしたよ……」


乳母は額の汗を拭いながら腰をさすった。


「そんなことより、ロミオは何と? 私に……私に何と?」


「ま、まあ、あわてなさんな。わたしのこの足、雷に追われてでもいたら、きっと昨日より十年は老けてたに違いありませんよ」


「お願い、早く……!」


ジュリエットが身をよじるようにせがむと、乳母はようやく口を開いた。


「お嬢様──今日の午後、ロレンス神父の教会で、式を挙げなさいます」


一瞬、時が止まったようだった。

次の瞬間、ジュリエットの瞳にぱっと光が差し、両手で顔を覆って小さな歓声をあげた。


「……ほんとうに? あの方が? 今日?」


乳母は微笑んで頷き、ジュリエットの手を取りそっと握った。


「本当ですよ。さあ、お支度をなさいな。遅れたら、せっかくの花婿が待ちくたびれてしまいますよ」



午後。ロレンス神父の教会は、ひっそりと静けさに包まれていた。


小さな礼拝堂の前には、ロミオが一人、胸を高鳴らせて立っていた。


神父は祭壇に準備を整え、静かに祈りを捧げていた。


その背後には、年月の重みを感じさせる木の十字架が、穏やかな光に包まれている。


扉がそっと開く。


控えめなドレスに身を包み、わずかに紅を差したジュリエットが、乳母に手を引かれて姿を現した。


ロミオはその姿に息を呑み、自然と歩み寄った。


「君は……まるで、天使だ」


「あなたも、今日が初めてなの?」


「ええ。だけど、こんなに幸せな気持ちになるなんて、思ってもいなかった」


ふたりは手を取り合い、祭壇の前に立った。


ロレンス神父がゆっくりと語り始める。


「お前たちの愛は──家を越え、憎しみを越え、今ここに実を結ぼうとしておる。

されど、激しい喜びは、時に激しい結末を招く。慎み深き者に、天は微笑む。

……この誓い、神とこの証人の前にて、真実の愛とするか?」


「はい」


ロミオが真っすぐに頷いた。


「はい」


ジュリエットの声は小さく震えながらも、芯の強さを帯びていた。


二人はそれぞれ、指輪の代わりに、細い白い糸を互いの指に結び合った。


それは誓いの証──誰にも知られぬ、ただふたりの秘密の印。


「では、天の加護のもとに、この契りを祝福しよう。

ロミオとジュリエット、汝らは今より夫婦である」


沈黙が流れた。


その静寂の中で、ふたりはゆっくりと見つめ合い、微笑んだ。


涙ぐんだ乳母がそっと顔を拭く。

「まったく、うちの小さなお嬢様が、こんなにも立派になられて……」


ジュリエットがロミオの肩にそっともたれかかり、囁くように言った。


「夢みたい……でも、本当に夢じゃないのね」


「夢じゃないよ、ジュリエット。君は僕の妻だ。僕は君の夫だ。

もう何があっても、心は離れない」


ふたりの間には、やさしい沈黙が流れた。


ロレンス神父は祈るように言った。


「願わくば、この結びが──ふたつの家に平和をもたらさんことを」


そして、夕暮れがゆっくりと街を包み始めた。


ふたりの幸福は、まるで短く咲いた花のように、しんとした光に照らされていた。


だがその幸福が、どれほど儚いものであるかは、まだ誰も知らなかった──。

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