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第5話 密かな結婚計画と決闘の影

朝焼けがヴェローナの町をやさしく包み込み、石畳の路地に柔らかな光が差し込んでいた。


ロレンス神父の教会は、町外れの静かな丘の上にあった。


薬草の香りが満ちた庭で、神父は膝をつきながら草花を摘み取っていた。


その手つきは慎重で、まるで一本一本に話しかけるようだった。


「この花は命を癒やし……だが、扱いを誤れば命を奪う。善と悪は紙一重、まさしく人間のようだ」


独り言のように呟いたとき、庭の門が大きく開いた。


「神父さま!」


息を弾ませて現れたのはロミオだった。


「おお、なんと朝早くから……君か。いや、よく見ると瞳が燃えている。どうやら眠れなかったようだな」


「眠れるはずがありません。お願いがあります、どうか時間をください」


神父は顔を上げ、目を細めた。


「さては、またロザラインか? 昨日はあれほど打ちひしがれていたのに」


ロミオは首を振った。


「違います。私は昨夜……ジュリエットに出会い、彼女を愛しています。いや、もう誓い合いました。今日、結婚したいのです」


ロレンス神父の手が止まった。


「……ジュリエット? キャピュレット家の?」


「はい」


「おやおや……モンタギューとキャピュレットの子が、恋に落ち、そして結婚とな」


神父はしばし沈黙し、それから立ち上がってロミオを見つめた。


「若さの炎は、燃えるのも早ければ、冷めるのも早い。だが──この結婚が両家の和解につながるのなら、私は祝福しよう」


ロミオの顔がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます! 午後には彼女と参ります」


神父はうなずき、庭の奥へと歩き出した。


「ならば、急ぎ準備を。結婚は愛だけでなく、覚悟が要ることを忘れるなよ、ロミオ」



その頃、ヴェローナの通りでは、マーキューシオとベンヴォーリオがいつもの広場で顔を突き合わせていた。


「なあ、聞いたか? ティボルトがロミオに決闘状を送ったって話だ」


ベンヴォーリオが低い声で言うと、マーキューシオは肩をすくめて答える。


「あの猫か。九つの命を持つと言われるキャッツの親玉さ。剣の腕だけは確かだ」


「ロミオが乗るとは思えないが……まさか」


「まさかだが、あいつ、最近妙に浮かれてるからな」


そのとき、ロミオが陽気な笑顔で姿を現した。


「おはよう、友よ!」


二人は一瞬、目を見合わせる。


「おや、ロミオ殿。昨夜の涙はもう乾いたようだな!」


「まさか、水たまりに顔を突っ込んでいたような奴が、こんなに晴れやかになるとは」


ロミオは冗談に笑って応じた。


「恋の雨も、朝日には敵わなかったというわけさ」


「どうせ、女の元にいたんだろう?」


マーキューシオが目を細めてからかうと、ロミオはわざとらしく咳払いをしてはぐらかす。


その軽口が飛び交う空気を、年配の女性の声が破った。


「……ロミオ様」


振り返ると、乳母が立っていた。


「おやまあ、この街のご婦人がこんな朝早くに!」


マーキューシオが茶化すように口を開くと、乳母はむっとした表情で彼を睨んだ。


「あなたと遊んでる暇はありません。ロミオ様に、ジュリエット様の……大事な用件がございます」


「なんと、これはこれは。恋の使者が来たぞ。まさに白鳩しろはとのおでましだ」


「鳩でも鷹でもいいから、黙ってなさい!」


乳母はぷんと顔を背ける。


ロミオが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「マーキューシオ、今は黙ってくれ。乳母殿、ここでは目立ちます。裏手で話しましょう」


二人は小路へと移動し、そこでロミオが声を潜めて告げた。


「どうか、ジュリエットにお伝えください。今日の午後、ロレンス神父の教会で結婚式を挙げます」


乳母の目が丸くなる。


「結婚式……本気で?」


「本気です。命を懸けても守る覚悟があります」


乳母はしばらくロミオの目を見つめ、それから微笑んだ。


「あなたの目は……嘘をついていませんね。ええ、お伝えします。ジュリエット様はきっと有頂天になりますよ」


「それから──夜には、彼女の部屋に忍び込むための縄ばしごを用意しておきます。乳母殿にもご協力いただきたい」


「まあまあ……若いってのは、まったく!」


そう言いながらも、乳母の頬はどこか嬉しげに緩んでいた。


やがて、乳母が去っていき、ロミオはその背を見送った。


顔を上げると、空はさらに明るさを増していた。


「早く午後が来ればいいのに」


彼はつぶやいた。


愛する人と、ようやく結ばれるそのときを、待ちきれないように。


だが──その背後では、まだ誰も知らぬ不穏な影が、静かにその輪郭を現し始めていた。

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