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第3話 仮面舞踏会の夜、運命の出会い

キャピュレット邸の大広間には、無数の燭台が輝きを放ち、弦楽の音が夜空に溶けていた。


広々とした石床には、絹や金糸のドレスがひるがえり、仮面をつけた男女が優雅に踊る。


今宵のヴェローナには、笑いと酒と音楽が満ちていた。


ジュリエットは、乳母の手を借りて舞踏会の中に現れた。


真珠を編み込んだ髪、白と金を基調としたドレス、仮面越しでも透けて見えるその瞳には、初めての社交の場に立つ不安とときめきが微かに揺れていた。


「まあ、お嬢様……まるで天から舞い降りた天使みたいですよ」


乳母がため息まじりに囁いた。


ジュリエットは照れたように小さく笑みを浮かべたが、すぐに視線を遠くへ向けた。


耳に響く音楽も、他人の声も、自分の身体をほんの少し宙に浮かせるような不思議な気持ちだった。


一方その頃──


ロミオは、ベンヴォーリオとマーキューシオに囲まれながら、大広間の隅から会場を眺めていた。


仮面の下に隠した顔には、緊張と興味が入り混じっている。


「なあロミオ、目当てのロザラインは来てるのか?」


ベンヴォーリオが笑いながら言う。


「いや……彼女ではない。何かが違う」


ロミオは言葉を濁した。


その瞬間──彼の目が、ただ一人の少女をとらえた。


白いドレスに身を包み、仮面の奥から透き通るような瞳を宿すその姿は、まるで夢の中に現れた幻のようだった。


「……誰だ、あの娘は」


「どうしたロミオ、また始まったか?」


マーキューシオが肩を揺すったが、ロミオは耳を貸さなかった。


吸い寄せられるように歩み寄り、ジュリエットの前に立つ。


「お嬢さん、この手に触れても……許されるでしょうか」


突然の言葉にジュリエットは驚きつつも、目を見開いて答える。


「……あなたが、私を聖なる者と思ってくださるのなら。巡礼者ならば、祈りで触れるべきでは?」


「では、祈りのかわりに、この唇で誓いましょう」


そう言って、ロミオは彼女の手に口づけを落とした。


音楽が遠のき、空気がふわりと揺らぐ。


ジュリエットの頬がゆっくりと赤く染まる。


「まるで……本に書いてある通りですね」


ジュリエットは小さく笑った。


二人の視線が重なり、その距離は──自然と、唇が触れるほど近づいていった。


静かに、そして熱く。


ふたりはこの夜、壁に隠れて、誰にも知られぬ秘密の口づけを交わした。


しかし──


「ジュリエット様!」


乳母の声が空気を裂くように響いた。


ふたりは、思わず身を離した。


「お父様がお探しです。すぐにこちらへ」


ジュリエットは驚いたように振り返り、名残惜しそうにロミオを見つめた。


「また……お会いできるかしら?」


それだけ言い残し、彼女は乳母に連れられて人混みの中へと消えていく。


ロミオはその背中を呆然と見つめていた。


「……あの娘は、どなたですか」


近くにいた召使いに問うと、軽い口調で返された。


「ああ、あの子ですか。キャピュレット家のお嬢様ですよ。ジュリエット様という」


その一言で、ロミオの心は深い谷底へと沈み込んだ。


キャピュレット。


宿敵の家の名だった。



一方、ジュリエットも乳母に問いかけていた。


「今の方……お名前を知りたいの」


「ええと、確かあれは……モンタギュー家のご子息だったはずですわ。お若いロミオ様」


その名を聞いた瞬間、ジュリエットはまるで胸を貫かれたように顔色を失った。


「モンタギュー……? そんな……」


彼女は唇にそっと指を添えた。


さっき交わしたばかりの、甘くて温かな感触が、まだそこに残っている。


「初めての恋の相手が……父の敵だったなんて……」


その呟きは、音楽の喧騒の中にかき消されるように落ちていった。



舞踏会の一角。


ティボルトは、仮面の下に隠れてロミオを睨みつけていた。


「この面を被った愚か者……あの顔は間違いない。モンタギューの小僧が我が家に」


剣の柄に手をかけかけたそのとき、キャピュレット卿が現れる。


「ティボルト。やめておけ」


「ですが伯父上、あやつは敵でございます!」


「敵であろうと、今日の客人だ。騒ぎを起こすな。

あの若者は礼儀正しく振舞っていた。無益な争いは我が家の恥となる」


歯噛みしながらも、ティボルトは頭を下げる。


「承知しました。……だが、我慢には限度がございます」


その目には、冷たい復讐の火が静かに燃えていた。



舞踏会の夜は、まだ終わらない。


だが──ふたりの心は、もうそれぞれの闇の中にいた。


ベランダに出たジュリエットは、月を見上げながら一人つぶやいた。


「会ってはいけない人に、心を奪われてしまった……」


仮面を外したロミオもまた、夜の静けさの中に立ち尽くす。


「愛してはならぬ者を……どうして、あんなにも美しいと思ってしまったのか……」


ふたりは、まだ名を呼び合うことすら知らぬまま。


ただ、たった一つの出会いだけが、永遠を決めていた。

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