表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/16

第14話 最後の選択と短剣

霊廟の扉が、静かに軋んだ。


ロレンス神父は、手にした松明で足元を照らしながら、薄暗い墓所の奥へと足を進めた。


「……どうか、間に合ってくれ……」


神に祈るような声が、彼の喉から漏れる。


奥の石棺のそばで、二つの人影が横たわっていた。


一人は、若き伯爵パリス。もう一人は──ロミオ。


神父の足が止まり、手から松明が滑り落ちそうになる。


「そんな……ロミオ……」


言葉を失ったその瞬間、ふいにもう一つの音が闇を破った。


「……あれ……私は……?」


その声はかすかで、しかし確かに、神父の耳に届いた。


ロレンス神父は目を見開き、転げるように駆け寄った。


「ジュリエット! 目が覚めたのか! しっかりしなさい、ジュリエット!」


ジュリエットはゆっくりとまぶたを開け、辺りを見回す。


まだ覚束ない視線の先に、倒れているロミオの姿が映った。


「……ロミオ? ……どうして……どうして寝てるの?」


神父が止める間もなく、彼女はふらふらとロミオのもとへ近づいた。


その顔に触れた瞬間、指先に伝わったのは、言葉を奪うほどの冷たさだった。


「……うそ……ロミオ、ねえ……目を開けてよ……」


だが、ロミオの瞳が再び開くことはなかった。


「……ロミオ……」


霊廟にて、ジュリエットのつぶやきが、かすかに響いた。


「ジュリエット、お願いだ、早くここから逃げるんだ!」


神父が肩を掴んで揺さぶる。


「衛兵が近づいている! ここにいれば君まで──!」


けれど彼女は、動こうとしなかった。


「行かない……私はロミオの傍にいるの……」


涙で濡れた瞳が、しっかりとロレンス神父を見据えていた。


その瞬間、外で誰かの声がした。


「誰かいるか!?」「光が見えたぞ!」


「……すまない、ジュリエット……私は寺に戻る。神のご加護を……」


神父は顔を歪めながら、松明を拾い、霊廟を後にした。


ジュリエットは、ただ静かに、ロミオの傍に膝をついた。


「どうして……どうして私を置いていくの……」


指先で、彼の頬に触れる。


彼の腰のあたりに、割れた小瓶が転がっていた。


「……毒薬……全部飲んだのね。私の分まで……」


彼女はロミオの顔を両手で包み、ゆっくりと唇を重ねた。


「少しでも残っていれば……一緒に逝けるかもしれないのに……」


けれど、ロミオの体は何も答えなかった。


ジュリエットの瞳が、短剣の柄を捉えた。


「……これしか、残ってないのね」


彼女はそれをゆっくりと抜き、手の中で確かめるように見つめた。


「ロミオ、すぐに行くわ。今度は、私があなたのところへ──」


震える唇から、最後の言葉がこぼれた。


「愛してる……ロミオ……」


刃が、静かに彼女の胸元へと沈んでいく。


「──ッ……!」


ジュリエットの体が、崩れ落ちるようにロミオの上に倒れた。


血が、二人の衣を染める。けれどその顔は、どこか安らかな微笑みに包まれていた。


もう誰も、二人を引き裂くことはできなかった。


石棺の奥、闇の中。


ロミオとジュリエットは、静かに寄り添いながら、永遠の眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ