第14話 最後の選択と短剣
霊廟の扉が、静かに軋んだ。
ロレンス神父は、手にした松明で足元を照らしながら、薄暗い墓所の奥へと足を進めた。
「……どうか、間に合ってくれ……」
神に祈るような声が、彼の喉から漏れる。
奥の石棺のそばで、二つの人影が横たわっていた。
一人は、若き伯爵パリス。もう一人は──ロミオ。
神父の足が止まり、手から松明が滑り落ちそうになる。
「そんな……ロミオ……」
言葉を失ったその瞬間、ふいにもう一つの音が闇を破った。
「……あれ……私は……?」
その声はかすかで、しかし確かに、神父の耳に届いた。
ロレンス神父は目を見開き、転げるように駆け寄った。
「ジュリエット! 目が覚めたのか! しっかりしなさい、ジュリエット!」
ジュリエットはゆっくりとまぶたを開け、辺りを見回す。
まだ覚束ない視線の先に、倒れているロミオの姿が映った。
「……ロミオ? ……どうして……どうして寝てるの?」
神父が止める間もなく、彼女はふらふらとロミオのもとへ近づいた。
その顔に触れた瞬間、指先に伝わったのは、言葉を奪うほどの冷たさだった。
「……うそ……ロミオ、ねえ……目を開けてよ……」
だが、ロミオの瞳が再び開くことはなかった。
「……ロミオ……」
霊廟にて、ジュリエットのつぶやきが、かすかに響いた。
「ジュリエット、お願いだ、早くここから逃げるんだ!」
神父が肩を掴んで揺さぶる。
「衛兵が近づいている! ここにいれば君まで──!」
けれど彼女は、動こうとしなかった。
「行かない……私はロミオの傍にいるの……」
涙で濡れた瞳が、しっかりとロレンス神父を見据えていた。
その瞬間、外で誰かの声がした。
「誰かいるか!?」「光が見えたぞ!」
「……すまない、ジュリエット……私は寺に戻る。神のご加護を……」
神父は顔を歪めながら、松明を拾い、霊廟を後にした。
ジュリエットは、ただ静かに、ロミオの傍に膝をついた。
「どうして……どうして私を置いていくの……」
指先で、彼の頬に触れる。
彼の腰のあたりに、割れた小瓶が転がっていた。
「……毒薬……全部飲んだのね。私の分まで……」
彼女はロミオの顔を両手で包み、ゆっくりと唇を重ねた。
「少しでも残っていれば……一緒に逝けるかもしれないのに……」
けれど、ロミオの体は何も答えなかった。
ジュリエットの瞳が、短剣の柄を捉えた。
「……これしか、残ってないのね」
彼女はそれをゆっくりと抜き、手の中で確かめるように見つめた。
「ロミオ、すぐに行くわ。今度は、私があなたのところへ──」
震える唇から、最後の言葉がこぼれた。
「愛してる……ロミオ……」
刃が、静かに彼女の胸元へと沈んでいく。
「──ッ……!」
ジュリエットの体が、崩れ落ちるようにロミオの上に倒れた。
血が、二人の衣を染める。けれどその顔は、どこか安らかな微笑みに包まれていた。
もう誰も、二人を引き裂くことはできなかった。
石棺の奥、闇の中。
ロミオとジュリエットは、静かに寄り添いながら、永遠の眠りについた。




