第12話 届かぬ手紙と抗えぬ運命
マントヴァの町は、午前の光を浴びて静かに目覚めようとしていた。
宿の一室で、ロミオはぼんやりと窓の外を眺めていた。
追放という名の鎖に繋がれながらも、彼の心はいつも、ヴェローナ町の少女のもとを彷徨っていた。
「夢を見たんだ」
そう呟くと、ロミオは微笑んだ。
「ジュリエットが僕のもとに来て、死んだ僕にキスをした。すると僕は生き返ったんだ」
あまりに儚く、あまりに幸福な夢だった。夢の余韻に目を細めていたそのとき、扉が荒々しく開いた。
「ロミオ様ッ!」
従者バルサザーが駆け込んでくる。息が乱れていた。
「どうした、そんな顔をして」
ロミオが身を乗り出すと、バルサザーは言いにくそうに目を伏せた。
「ジュリエット様が……お亡くなりになりました。急病で……霊廟に……」
一瞬、世界が停止した。
ロミオの目から色が消え、身体から力が抜けたように椅子に崩れ落ちる。
「……何を、言った……?」
「……ヴェローナの墓所に……もう、埋葬され……」
「嘘だ……そんなはずは……」
ロミオは叫んだ。椅子を倒し、机を叩き、何度も首を振った。
「星々よ、運命よ……お前たちは、どこまで僕たちを弄べば気が済むんだ!」
バルサザーが言葉を失って見守る中、ロミオは深く息を吸い、青白い顔で立ち上がった。
「彼女のもとへ行く。今すぐにだ。彼女の眠る霊廟へ」
「でも……追放の身では……」
「……ジュリエットのいない世界に、僕はもういられない」
ロミオは決然とそう言い残し、マントヴァの町を駆け出していった。
その日の午後。
ロミオは町外れの、廃れた一角に佇む薬屋を訪れた。店主は痩せこけ、頬はこけ、目だけがぎらついていた。
「毒が欲しい」
その言葉に、店主はぎょっと目を見開く。
「何の話かね、旦那。そんなもの、法で禁じられてる」
「だろうな。でも──」
ロミオは懐から金貨の袋を取り出して、カウンターに音を立てて置いた。
「……これだけあれば、お前の家族を飢えから救える」
薬屋は金貨に目を落とす。その顔が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
「──どんな毒だ?」
「即効性で、苦しまずに死ねるものを」
数分後、小さな銀の小瓶がロミオの手の中にあった。
「それは神への冒涜だぞ、坊や」
「神が運命をこのようにしたのなら、僕は神すら憎む」
一方、ヴェローナ。
ロレンス神父のもとに、修道僧ジョンが蒼白な顔で駆け込んできた。
「神父様、手紙が……ロミオ様に渡せませんでした!」
「なんだと?」
「疫病のため、マントヴァの町に封鎖令が出ていて……通れなかったのです!」
「なんという……なんという不運……!」
神父は立ち上がると、祭壇の奥にしまっていた旅支度を慌てて引っ張り出した。
「ロミオに手紙が届いていないということは……計画が、破綻した!」
「ジュリエット様は明朝には目覚めてしまいます!」
神父は唇を噛みしめた。
「間に合わなければ……彼女が、霊廟の中で一人……!」
その言葉に、修道僧は顔を青ざめさせる。
「急げ……墓所へ……!」
その夜。
闇に紛れてロミオはヴェローナの城壁を抜け、墓所へと足を踏み入れていた。
その目はどこまでも静かで、そして決して揺らがなかった。
「ジュリエット……君のそばへ、今すぐに」




