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第十五話「姜維との絆、補い合う双璧」

第十五話「姜維との絆、補い合う双璧」

未来は白紙である――あるいは、自らの手で描き変えていくものなのかもしれない。隴西の厳しい戦いの中で、馬謖はかつて自らを縛り付けていた「予知」という名の鎖から、徐々に解き放たれようとしていた。不確かな幻影に怯えるのではなく、目の前にある確かな現実、集められた情報、そして何よりも、共に死線を潜る仲間たちとの絆。それらを信じ、自らの知略を尽くすことこそが、勝利への道なのだと。この内面的な覚醒は、彼の大将軍としての采配に、新たな、そして力強い光をもたらし始めていた。


彼は、以前にも増して情報分析に時間を費やし、部下たちとの軍議を密に行った。特に、彼は蜀軍が誇る若き獅子、姜維の類まれなる突破力を、いかにして最大限に活かすか、その一点に思考を集中させていた。単なる先鋒として突撃させるだけでは、その才能を浪費してしまう。彼の力を、より大きな戦略の中に組み込む必要があった。


ある日の軍議。馬謖は、最新の諜報と分析に基づき、一つの大胆な作戦案を提示した。

「…以上のことから、鄧艾の本隊は依然としてこの谷筋に主力を展開している。しかし、連日の我らの牽制と、羌族による後方への圧力により、その側面、特にこの丘陵地帯の防御網に若干の緩みが見られるようだ」

彼は地図上の一点を指し示した。

「そこで、私が本隊を率い、これまで以上に激しい陽動攻撃を正面から仕掛け、敵の意識を完全にこちらへ引きつける。その間に、姜維将軍には、選りすぐりの精鋭部隊を率いていただき、夜陰に乗じて密かにこの間道を迂回、敵の側面を強襲していただきたい。この奇襲が成功すれば、鄧艾の堅固な陣形も、必ずや大きく動揺するはずだ」

それは、完璧なタイミングと、寸分の狂いもない連携が求められる、極めて難易度の高い作戦であった。馬謖は、説明を終えると、姜維の目を真っ直ぐに見据えた。

「姜維将軍、どう思うか? この作戦の成否は、貴殿の双肩にかかっていると言っても過言ではない。危険も大きい。率直な意見を聞かせてほしい」

その言葉には、以前のような上官としての命令口調ではなく、同じ戦場に立つ者としての信頼と期待が込められていた。

姜維は、一瞬、驚きに目を見開いた。馬謖が、これほど重要な作戦の核となる部分を、全幅の信頼をもって自分に委ねようとしている。そして、自分の意見を真摯に求めている。その変化は、姜維の心を強く打った。彼は、地図と馬謖の顔を真剣に見比べ、作戦の細部を頭の中で組み立てた後、力強く頷いた。

「…大将軍。作戦、実に見事にございます。危険は百も承知。しかし、この姜維、必ずやご期待に応え、敵の側面を食い破ってみせましょう! ただ、迂回路の最終確認と、敵に悟られぬための陽動のタイミングが肝要かと…」

「うむ、その通りだ。斥候からの最終報告を待ち、万全を期して決行しよう」

二人の間には、もはやわだかまりはなかった。互いの能力を認め合い、共通の目標に向かって知恵を出し合う、まさしく「戦友」としての空気が、そこには流れていた。王平ら他の将軍たちも、その様子を頼もしげに見守っていた。


数日後、全ての準備が整い、作戦は開始された。馬謖率いる本隊が、鬨の声を上げ、怒涛のように魏軍の正面へと押し寄せた。その猛攻は、これまでの牽制とは明らかに異なり、魏軍に蜀軍の総攻撃を確信させた。鄧艾は即座に反応し、予備兵力をも投入して正面の防御を固める。全神経が、馬謖の本隊へと注がれていた。

その裏で、姜維は漆黒の闇の中、息を殺して精鋭部隊を率いていた。険しい山道を踏破し、敵の警戒網を巧みに潜り抜け、ついに目標地点である魏軍の側面丘陵地帯へと到達した。夜明け前の、最も深い闇の中であった。

「今だ! 全軍、続け!」

姜維の鋭い号令と共に、蜀兵たちは雄叫びを上げ、眠り込けていた魏軍の側面に、文字通り雪崩れ込んだ。不意を突かれた魏軍の陣営は、一瞬にして大混乱に陥った。どこから敵が現れたのか? 数はどれほどなのか? 恐慌状態が伝染していく。

「敵襲! 敵襲だ! 側面をやられたぞ!」

「落ち着け! 持ち場を離れるな!」

鄧艾は必死に立て直しを図ろうとするが、側面からの猛攻に加え、正面からの馬謖本隊の圧力も依然として強い。どちらに対応すべきか、判断が遅れる。


後方の本営で、馬謖は次々と舞い込む報告を冷静に分析し、的確な指示を矢継ぎ早に飛ばしていた。

「姜維将軍、奇襲成功! よし! 王平将軍!」

「はっ!」

「今こそ好機! 貴殿の部隊で中央突破を図れ! 敵の混乱に乗じ、一気に本陣へ迫るのだ! 他の部隊もこれに続け!」

「御意!」

馬謖の明晰な頭脳が、戦場全体の動きを把握し、最適なタイミングで各部隊を連動させていく。姜維が敵の側面を抉り、王平がその混乱に乗じて中央を突き崩し、他の部隊がそれに連なって敵を包囲殲滅していく。それは、まるで熟練の棋士が駒を動かすかのように、見事な連携であった。兵士たちも、指揮官たちの意図を理解し、勇猛果敢に戦った。


この日の戦いは、蜀軍の圧勝に終わった。鄧艾は、これまでにない大きな損害を被り、態勢を立て直すために大きく後退せざるを得なかった。隴西における戦局は、この一戦によって、明らかに蜀軍有利へと傾いた。陣営には、兵士たちの勝利の歓声が響き渡り、その士気は最高潮に達していた。


戦闘が終結した後、馬謖は労いの言葉をかけるため、姜維の陣を訪れた。泥と血にまみれながらも、その表情に満足げな笑みを浮かべた姜維が、彼を出迎えた。

「大将軍! やりましたな! 全ては大将軍の作戦通りにございました!」

「いや、姜維将軍。貴殿のあの神速の奇襲がなければ、この勝利はありえなかった。貴殿の武勇こそ、我が蜀軍の宝だ」馬謖もまた、心からの称賛を込めて応えた。

二人は互いの手を固く握り合った。言葉は少なくとも、互いの奮闘を認め合い、勝利の喜びを分かち合う、確かな信頼と絆が、そこには確かに存在していた。


この勝利は、蜀軍全体に大きな自信をもたらした。王平をはじめ、かつて馬謖に懐疑的だった将軍たちも、今や彼の指揮に全幅の信頼を寄せるようになっていた。

しかし、馬謖は一人、自らの幕舎で地図を広げ、静かに思考を巡らせていた。勝利の喜びに浸る余裕はなかった。鄧艾は必ず反撃してくる。そして、自分にはもはや、未来を垣間見る力はほとんど残っていない。

(だが…)彼の胸には、以前のような不安とは違う、新たな感情が湧き上がっていた。

(予知がなくとも、私にはこの戦いを分析する知恵がある。そして何より、姜維がいる。王平がいる。信頼できる仲間たちがいる。彼らと共に、知恵と勇気を尽くせば、道は必ず開けるはずだ)

予知という杖を失った今、彼は自らの足で、仲間と共に、未知なる未来へと踏み出す覚悟を固めていた。智将・馬謖の、真の戦いはこれからだった。

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