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第一話 何もない俺が出会ったもの

「四谷ってさ、本当に何もないよな」


 いつだったか忘れたが、俺にそう言ってきた男友達がいた。

 俺、「四谷 慧人(よつや えひと)」には何もないのだ。

 何もないといっても、家族もいるし家もある。

 友達だっている。

 ただ夢中になれることとか、才能とかがないってだけ。


 珍しくやってみたいと思ったことも、大体三日もたたずに辞めてしまう。

 だから、趣味もこれと言ってない。

 定期テストとかもパッとしない成績で、中の中から上の下ぐらいの順位で、いじられることも、ほめられることも特にない。


『何が好きなのは?』とか、『嫌いな食べ物は?』と聞かれても、いつも答えは決まって『特にない』で終わる。

 だから俺には『何もない』のだ。


 そんな俺は、学校やら、青春やらは嫌いだ。

 俺から見るとまぶしすぎる世界だからだ。

 やりたいことに夢中になって、打ち込んで、そんな彼らを見ていると羨ましくなる。

 やりたいこともなくて、何もない俺とは住む世界が違う。


 だから、まさか出会うと思ってもみなかった。

 夢中になれることに。

 やりたいと心から思えることに。

 こんな俺でも、好きだと胸を張って言えることに。


 それに出会ったのは、高校二年の春、桜の花びらが舞う四月の中旬。

 放課後の茜色の夕日に照らされている時間だった。

 帰りの前のホールルームが終わり、教室で雑談するもの。

 部活に行く準備をするもの。

 その中、俺は部活にも入っていないし、雑談をする相手などはいないので、わざわざ教室に残る必要もない。


 だから家へ帰ろうと教室を出ようと思ったとき、微かにピアノの音が聞こえた。

『今日の部活無くなった~!』と吹奏楽部の友達が喜んで報告しに来た気がするんだが。

 じゃあ、いったい誰がピアノを弾いているのだろうと不思議に思った。


 気が付いたら俺は、音楽室の前に立っていた。

 ピアノを弾いている人が誰かが、どうやら気になってしまったようで、無意識のうちにピアノの音が鳴る方へと向かっていたらしい。


 ドア越しとはいえ、まじかで聞くと綺麗な音だった。

 優しくて儚げな音。

 でもしっかりとした芯が通っている、誰かに届けたいという明確な意思があるような音。

 そんな音が聞こえてきて、思わずもっと近くで聞いてみたいと思ってしまった。


 すると、俺の手は扉にかけていて、音楽室の扉を開けてしまっていた。

 開けてしまったらしょうがないので、音楽室に入ることにした。

 ピアノを弾いている人に迷惑をかけないよう、細心の注意を払って入った。

 もちろん足音も、扉を閉めるときの音さえならないようにして、慎重に入った。


 心を落ち着かせてから、音楽室においてあるピアノの方を見ると、そこにいたのは女子生徒だった。

 彼女は、絹のようにきれいな黒色のセミロングの髪と長いまつげ、小柄な体系といったいかにも『美少女』という表現が合う子だった。


 音楽室の窓が開いているせいか、太陽を遮るようにして閉めてあるカーテンと彼女の髪がなびいていた。

 そんな彼女の口元は、僅かに微笑んでいた。

 彼女は、目を閉じて楽しそうに、のびのびと演奏している。

 俺が入ってきたことも気づいていないかのように。

 いや、彼女だけ別世界にいるかのように、俺の目には映っている、の方が正しい気がする。


 俺は彼女を知っている。

 去年からずっと同じクラスの「椎名 瑚都音(しいな ことね)」さんだ。

 クラスの中では、特別目立つわけでもなく、ただただ優しい、ふわふわとしたような存在といったような感じだ。


 それから、あまり自分のことを話さない。

 周りの子の話を聞いて、しっかりと受け止めるといったような子でもある。

 だから、自分の話をするタイミングがないのだろう。

 それとも、単に自分のことを話すのが嫌だというだけか。

 だから、ピアノを弾けるということも知らなかったし、まさか椎名さんが弾いているとも思わなかった。

 そんなことを考えながら、俺は椎名さんの演奏をただ聞いているだけだった。


 気が付いたら、太陽の温かい日差しは消えていて、茜色の夕日に空も音楽室も染まっていた。

 外からは、野球部やテニス部が「今日の部活は、終わり~!みんな片付けして」といった声が飛び交っていた。


 どうやら、一時間から二時間程度ここにいたようだ。

 もう五時を回っている。

 いつもだったら、すでに家で宿題を済ませ、なんとなく読書をしたり、アニメを見たり、ゲームをしたりしている頃だ。


 でも、いつも身に入らなくて、すぐにやめてしまうことがほとんどだが。

 だけど今日は違った。

 今日は、椎名さんの演奏を聴くのに夢中になっていた。

 こんなのは生れてはじめて、いや幼少期ぶりだ。


 椎名さんも外の声に気が付いて演奏をやめた。

 椎名さんは、ピアノを閉じて、カーテンを開ける。

 それから、外の景色を少し見た後、窓を閉めた。


 夕日に照らされた椎名さんは、神秘的で、どこか遠くを見ているような気がした。

 そんな椎名さんは、ゆっくりとこちらを見た。

 俺と椎名さんの視線が交わる。

 先に声を出したのは椎名さんだった。


「あ、あの、演奏、どうでしたか?」


 椎名さんの優しい声音が音楽室に響く。


「えっと、とてもよかったと思います」

「本当ですか! ありがとうございます。実は、ピアノの演奏を聞かれること自体が久しぶりで、四谷君が入ってきたときはびっくりしてどうしようかと思いました」


 椎名さんは、喜んだかのように顔を明るくすると、胸に手を当て、ほっとしたような顔になった。


「そうだったんだ。邪魔したんだったらごめん。」

「いや良いんですよ。ただ、誰かに聞かれるということがとても怖かったので」

「......? それはどういうこと?」

「あっ、なんでもないです。こっちの話なので」


 慌てて、誤魔化す椎名さん。

 だから、これ以上は詮索しないことにした。


「そっか。そういえばさ、ここでいつも演奏してるかな?」

「いえ、吹奏楽部がない日だけ、です」

「そうなんだ。じゃあさ、もし椎名さんが良ければ、なんだけど。また聞きに来てもいい?」

「はい! もちろんいいですよ!」


 これが、俺と彼女もとい椎名さんとの出会いだった。

 初めまして。あるいは、こんにちは。那雲 零と申します。

 今回で二作品目ですが、まだまだ未熟者なので、温かい目で見守ってもらえるとありがたいです。

 一作品目もまだまだ話の途中ですが、読んでいただけると幸いです。

 それから、面白かった、また続きが読みたいという方は、ブックマーク、いいね、評価など宜しくお願いします。

 最後に、この作品を読んでくださりありがとうございます。これからも、この作品を投稿していくので、是非、続きも読んでいってください。

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