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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
二 うき世の民に おほふかな
7/54

けじめ 二 

2025.03.16 最後の文章を手直し

2025.04.17 タイトル修正

2025.04.19 さらにタイトル修正



「で、どうするのよ。このまま放っとく気?」

 手を振り(ほど)き、苦虫を()(つぶ)す永見が問い掛ける。

()れしか無かろう」

「なっ!」

 口を大きく開ける寸前、再び手で封じる。淡緑との狭間はおよそ五間(九メートル)。少々の大声でも目を引いてしまう。

「落ち着け」

 手の内で身体を()じり盾突く御河童頭に、忠告を送る。

「あ奴等が仕出(しで)かした愚行を思い出せ。制服のまま飛び込めば相手の思う壺」

 淡緑の狙いはひとつ、空中回廊の一件に対する意趣返し。大方(おおかた)、有り触れた面構えたる相手を覚え足りなかったか。天性の暴虐振りも相まり、同じ制服を(まと)う諸共を襲ったに違いない。

 此処(ここ)()()()()と前に出ればどうなるか。()えて語るまでもない。

「だけどっ!」

 それでも己の意思を優先する女子の言葉を途中で遮る。少しは学んだらどうか。

 あの晩の件といい、どうも永見は感ずるままに正義を振り(かざ)すきらいがある。例え相手に一方的な非があろうとも、情に任せて拳を上げるのは万川集海の言う『義理の勇』に(あら)ず。

 正しき(おこな)いとは情には()らぬ、天意に依りて下される、止むを得ぬ行いを指すもの。正しくも私情を挟めば(けが)れるのだ。

「永見は足が速いか?喋らなくても良い。首だけで答えてくれ」

 とは申せ、頑固な彼女が素直に意を()み取る筈もない。策と呼べたものではないが、再び腕の内に納まった彼女へ(ただ)す。

 不意の質問に毒気が抜けたか、素直に難色を示す顔を見せる。

 それで十分。余り期待は出来ぬと理解した。悩ましき頭を押さえたいものの、生憎と両手は空いてはおらず。

「ならば、今()ぐ来た道を戻れ。駅前に交番があったろう?其処なら無下(むげ)にせぬはず」

 幸いにして、まだ道は通じている。彼女の戒めを解き自由にすれば、()す事を見出した永見の瞳に光が帯びる。

「って、しぃ君はどうするのよ?」

 無論、一緒に付いていく。とは言えず。少々、()り取りに時間を掛け過ぎた。

 そっぼを向いていた刺青の目が光り、顔半分を占める洋彫りの化粧が振り向く。昏き怨情を目の奥に隠し、卑しい口の端を大きく歪めた。

「おやぁっ?」

 吹き替えを当てれば斯様(かよう)な心境か。まだ間合いは遠く耳には届かぬが、愉快そうに見下す様は見て取れた。

 刺青の変化に淡緑の一団も動き出す。居るだけで周囲を傷付ける横暴な(たたず)まいのまま、害獣の足が向いた。運悪く出くわした群衆は身を震るわして遠ざかる。

 道が生まれた。彼我を遮るものは何もない。

此処(ここ)で食い止める」

 御河童頭を背に庇いながら(はら)を決める。万川集海に二人で行くこそ大事とはあるが、相手を頭数に(かぞ)えられてこそ。腕に(おぼ)えのない、()してや忍びにも非ざる永見が共連れでは、足手(まとい)にしかならぬ。

 ならば、まず永見を逃がす。(いや)しき相手の数は多い。彼女の足で逃げて(もら)うには立ち塞がる壁、()しくは囮が必要。引き受ける者は一人しかない。

「ダメよっ!」

 が、けたたましい声量を持つ彼女が引き止めた。

「しぃ君が残るなら、ワタシも残るっ!」

 大きな瞳に力強い意志が宿り、握る手に力が(こも)る。なんて事。覚悟は立派だが、時と場合が悪過ぎる。

「頼む。言う通りにしてくれ」

 猶予はない。駄々を()ねる彼女の顔も見ず、腕を振り払う。乱暴な懇願でもあった。永見が先に逃げ(おお)せねば、何もかもが御破算となる。

 愚図ゞ(ぐずぐず)している暇はない。間合いは半分まで縮まった。淡緑が一歩進むたび、人払いの呪いを懸けたが如く人波が引く。

「頼む」

 もう一度、心の底から願う。

 祈りが通じたか、それとも勿体(もったい)振りながら歩みを止めぬ淡緑に気圧(けお)されたか。背に隠れた少女の気配は消え、急ぎ足で遠ざかる足音。不揃いで(つまず)きながらも、その音は雑踏に溶け込んだ。

「おぃっ!」

「てめっ!」

 安堵する(いとま)もない。淡緑の一団から二人、永見を追おうと飛び出した。その行手の前に身を寄せる。させじとばかりの通せんぼ。

「連れが何か?」

 (とぼ)ける言葉とは裏腹に、眼光鋭く睨みつける。左手は隠し物入れ(ポケット)の中、いつでも焙烙玉を取り出せるよう用心は怠らない。

 歯向かう者は今まで居なかったのか、少し(すご)めば淡緑の二人は鼻白んで後退(あとじ)った。権勢を笠に着たが、通じぬと見るや尻込みしたか。

「なぁに逃がしてんだよぉ」

 淡緑の二人を押し退け、刺青が前に出た。そのまま、拳が届く一歩手前まで詰める。

「まっ、いいかぁ。なぁ、一緒にぃ遊んでくれるんだろぉ!?」

 あの晩と同じ、何が可笑しいのか分からぬ含み笑い。ねっとりした気色悪さが背を駆ける。

「遊ぶ?冗談も休み休み言え」

 明確な拒絶。それでも汚い嘲笑は止まらない。

「ざぁんねぇんっ!それはぁ却下でぇっすっ⁉」

 刺青が顎を(しゃく)ると、連れ立った淡緑が左右に分かれ広がる。取り囲む様に、輪形(わなり)となって。

 あの晩と似ていた。奴等の常套手段なのだろう。数を頼りに取り囲み、死角から襲う。逃げ場もなく、待ち受けるのは袋叩きとなる運命だけ。

 取り囲む輩も情景を思い浮かべたか、誰も彼もが目を細め口から涎を垂らす。

 聴衆は蜘蛛の子を散らしていた。遠目で推移を見守る者も居らず。脇を連なる店々も、関わりを絶とうと扉を固く閉ざした。

 舞台に上がるのは淡緑と他一名。見物人の居ない愚かな芝居だ。

「有無を言わせず、か」

 手慣れた動きに口を挟む。一度や二度で出来る身の(こな)しではない。

其処(そこ)までして、晩の借りを返したいのか?」

「はぁ⁉何言ってんですかぁ?」

 一転、怪訝そうに片眉を跳ね上げる刺青。以外な返答に戸惑うしか無い。

「覚えてないのか?」

「何をぉ!?ビビってぇトチ狂ったかぁ!」

 眼前の刺青が肩を揺らして大きく(あざけ)る。胸を突き出し、己の威が上だと誇示しながら。

 それで理解出来た。思い違いをしていた、と。少しは責を感じていたが、その必要はなさそうだ。

 淡緑の行いは、お礼参りなどではなかった。

 単に小さな脳が命ずるがまま、目に付いた者へ暴力を振るい、酔い()れたいだけ。

 誰でも良いのだ。狂った悦びを味わえるのならば。制服はただ、体の良い目印に過ぎなかった。いや、運悪く偶々(たまたま)が重なっただけかも知れぬ。

成程(なるほど)

 呟きは口の中だけに収めた。で、あれば話は変わる。


  おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖

 

 少々、やりすぎた。我が(まま)を押し通し、無辜(むこ)の凌辱を繰り返す。禽獣の如く振舞う所業に放免する(いわ)れなし。この先も災いを撒き散らすならば、相応の報いを受けるべき。

「さぁってぇ!お楽しみタァイム始めますかぁっ!?」

 目を血走らせ、狂った(よろこ)びを噛み締める刺青。嘲罵(ちょうば)の度合いを増した口元が横に゙広がり、口内で白い唾が糸を引く。

 取り囲む淡緑の群れも応じて輪を狭めてきた。始まる。素人でも分かる饗宴の合図。

 悪いが、思惑通りに応じる積もりは無い。

「殺れぇえっ!?」

 刺青の掛け声は、しかし火薬の破裂音に()き消された。薄汚き口が動く寸前、焙烙玉をひとつ宙に放ったのだ。

 耳を強かに打つ発破音と、天から降り注ぐ白煙。出所を確かめるべく、顔を上げた隙を見逃す筈が無い。

 人の関心を天に導き、その(おり)に地を動く。忍法、天導地動の術。

「なにィ!」

 一気に間合いを詰め目を剥く刺青。その脇を(まか)り通る間際、鼻尖へ駄賃とばかりに掌底を打ち込む。

 急所を狙わぬ、仕留める気は無いが、意味を込めた一撃。避ける暇も与えず、(したた)かに顔面を殴打すれば、頭ごと()()る。

「ぐわっ!」

 効果覿面(てきめん)。淡緑の輪を抜け振り返れば、刺青は鼻を押さえ片膝をついていた。共に行動する緑の一団がざわつく。見込みを外し、慌てたようだ。

「おや、どうした。お仕舞いか?」

 先の相手に(なら)って手を叩く。安い挑発。だが、頭に血を(のぼ)らすには十分。

 案の定、淡緑の一団は歯を剥き出して怒りを示ず。

「ふっざけるなぁっ!」

 一際、深い増悪を見せたのは刺青。顔の下を押さえた指の隙間から赤い筋を(したた)らせ、睨む目から烈火と燃える怒りを隠そうともしない。

「おお怖い」

 お道化(どけ)(きびす)を返し、通りの端で(わび)しく口を開いた小道へと分け入る。

 案の定、我を忘れた緑の畜生が咆哮を上げて追ってきた。()れで良し。人気(ひとけ)が払われたとは言え、道の往来で暴れる訳にはいかぬ。

 鬼は手の鳴る方へと誘わねば。




 淡緑との追い駆けっこは続く。

 既に日は落ちた。商店街から道を外れ、灯りの(とぼ)しい寂れた細道を幾重に折れ曲がる。

 放置された自転車、突き出た雨樋。歩くことさえ儘ならぬ道なき道を飛び越え、()り抜け、時には壁を()上がって薄闇に覆われた奥へと誘う。

「待てやっ、このクソ野郎っ!」

 付かず離れず、両手の指で足りぬほど膨れ上がった緑の野良犬が後に続く。何時(いつ)手にしたのか、思い思いに物騒な獲物を振り回しながら。

 狂気で目を潤ませ、口元から溢れる(よだれ)を垂らして追い(すが)る様は、明らかに人である体裁を捨てていた。

「あのガキを捕まえろぉ!捕まえたヤツには好きなモンくれてやるぞぉっ!」

 顔の下を押さえたまま、刺青の怒声が飛ぶ。

 歓声で応じた淡緑の上着が速度を上げ迫った。伸ばした手が背に触れる。

 頃合いか。

 足を止めて振り返りつつ、飛び込む顔面へ横殴りの肘鉄を一閃。下昆(げこん)を強打された卑劣漢は首を(ひね)り、その場で膝から崩れる。

「テメェッ!」

 追いついた別の濁緑が拳を振り上げる。今度は二人。息を揃え左右から殴りかかる。狭い路地、横へと(のが)れる場所はない。

 ならば。頭上に()るされていた看板に手をかけ、逆上(さかあが)りの要領で上へと逃げる。見失った相手は勢い余って仲間と衝突した。

「クソッ!」

 慌てて天を(あお)いでも後の祭り。(さら)した顔面に飛び降りて体重を乗せ、そのまま後頭部を地面に叩きつける。

「バカ野郎っ!取り囲んでぇぶち殺せぇっ!」

 立て続けに三人が倒れ、足が止まりかけた負け犬に(げき)が飛ぶ。何を言うか。二人並ぶのも難しい狭い路地で出来る訳がないだろう。

 抑々(そもそも)、気付かぬのか?追い立てる相手が道を迷わず、行き止まりに鉢合わせもせず逃げ続けられる事に。

 怪しいと思わぬのか?入り組んだ道で見失うことなく追える事に。

 目に頼っては気付かぬだろう。音、匂い、舌に触れる温度の差や肌から感じる気配。五感を全て駆使して先に通じる道を探り、襲い掛かる悪逆の徒の動きを先読みする。

 そう、愚かな淡緑は見えぬ網に掛かったまま。数も、位置も、焦りを覚える心の内まで、掌の上にある。

「おっと」

 先の曲がり角で待ち伏せを企てた短慮の(あご)を掴み、壁に叩きつける。運悪く角に後頭部を打付けた不覚者は白目を()いて倒れた。

「ヤロウっ!」

 時には、(わざ)と追いつかせた愚者の奥襟を掴むと足を払い、近くの護美(ゴミ)箱へ投げ捨てた。汚物は宙で半回転、天地逆となり頭から綺麗に落ちて腐臭の一部となる。

「クソッタレェッ!」

 (やぶ)(かぶれ)に獲物を振り回す暴漢の腕を取り、片(かんぬき)を決める。一瞬で腱を断ち切り、獲物の立場が入れ替わった緑は痛い(痛い)と喚いて腕を()()()とぶら下げる。

 こうして一人、また一人。殴りかからせ、追いつかせ、淡緑上着の数を削っていく。その度に緑の単細胞のように増殖するが(かま)いはしない。

 お(あつ)え向きに闇は深まっていく。陰に紛れるのは(もっと)もな得手(えて)。深みを増した闇夜の中を走り回り、丁寧に緑の汚物を掃除していく。

 どれだけ片付けたであろうか。二十か三十、もう少し多いかも知れない。

 増える一方だった汚緑の害虫は、有る時を境に頭()ちとなり、数を減らす。四半刻(三十分)も過ぎれば、粗方(あらかた)が地に臥した。

 そして今、奪った背から手を回し、首に両の腕を絡める。

 落とし。頭と胴体を繋ぐ血脈を断つ絞め技のひとつ。血管、神経、その他の身体の大事な器官は骨の中で守られている。が、唯一首だけが外に晒されていた。

 ぞの無防備な急所を締め上げれば、容易に人の意識を失くす。

 爺様から教わった、禁断の業のひとつ。

 背後を取られた緑虫の手足から、(またた)く間に力が抜け落ちる。鼻につく(きつ)い匂いとともに股間が水浸しとなった。失禁したのだ。

「さて」

 首に絡めた腕を解き、軽く一息。

 残りは一人だけ。言わずもがな、顔の左半面に刺青を入れた長髪の男だ。

「なんでだよぉっ!可怪しくないかぁ⁉」

 先程までの威勢は何処へやら、脂汗を流して狼狽(うろた)えていた。手に刃渡りのある段平(だんびら)物を正眼に構えるが、切っ先は震えている。

 ()もあらん、何もかもが格下。

 長丁場となれば、絶えず動き続けても精彩を欠かぬよう二重息吹(ふたえいぶき)を心掛けるが常。もし出来なくとも、数を頼りに代わる(がわる)攻め立てれば良い。

 が、其方(そなた)らの誰が同じ息をした?誰が策を講じた?

 明らかな違いは其処(そこ)心得(こころえ)の差がありすぎた。


 勉学が(くだ)らぬ、と(おろそ)かにする輩を尻目に、学んだ事柄(ことがら)あり。

 ――森羅の(ことわり)に隠した秘を探り当てる(すべ)を、身を()って説き伏せられた。


 勝手気まま、他人の物を脅し取る輩を捨て置き、(おぼ)えた事柄あり。

 ――付け入る隙を探るべく、人の機敏を読み解く(わざ)を、身を以って叩き込まれた。


 詰まらぬ矜持(きょうじ)で暴力に明け暮れる輩など気を()めず、会得(えとく)した事柄あり。

 ――闇夜の中、活殺を自在に操る体術を、身を以って教え込まれた。


 ただ闇雲に(せい)(むさぼ)った有象無象(うぞうむぞう)とは、積み重ねたの技術が違う。知恵が違う。練度が違う。覚悟が違う。

「降参するか?」

 構えは無用。ゆるりと刺青に歩み寄る。相手は後退る。だが、それも数歩だけ。壁に退路を断たれた。

「こんなのぉ、あるかぁ!」

 獣の咆哮と共に獲物が振り下ろしてきた。動きは大きく、遅い。額に達する(はる)か前で手首を掴み、流れのまま横に゙逸らす。

 哀れ、(すか)された刺青は成す術も無く、無様に地面へ転がされた。

「諦めろ。其方に勝ち目は無い」

 勝負はついた。手から零れ落ちた段平を遠くに蹴飛ばす。これで刺青も徒手空拳。

「まだだぁ!」

 それでもなお、歯を食い縛り起き上がった。まだ目は死んでおらず、不敵な笑みを携える。

 いや、尋常でない狂った笑みだ。

「まだぁ、終わっちゃいねぇんだよぉっ!」

 懐から抜き出した手の中には、小さな瓶が握られていた。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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