けじめ 一
2025.03.08 次話につながる、文末を修正
2025.04.17 タイトル修正
2025.04.19 さらにタイトル修正
淡緑の不成者が沸き始めてから、今日で丁度一週間が経つ。
前触れ無き襲来に誰もが戦々恐々。枕を高くしては眠れぬ日々が続いたものの、週を跨ぐ寸前ともなれば上辺だけは落ち着きを取り戻した。
淡緑の目撃談は全生徒へ配られた端末に共有され、名も無き有志が地図に印を付けてゆく。危険と思しき場所は次第に絞り込まれ、日を追う毎に目撃例も減った。
学校も警察へ相談したこともあり、目に見えた危険は薄れつつある。
となると、当面の危機からは脱したと勘違いし、教師の警告より己の我儘を優先する者が現れる。
そう、色取り取りの小物が棚の上に並ぶ雑貨屋の店内、子供の様に目を輝かせながら燥ぐ永見のような者が。
「ねぇ、しぃ君っ。コレなんてどう?」
大きな瞳を輝かせ、手にした狸の小物を見せてくる。顔の隈取りが特徴的な、どこか愛嬌のある縫い包み。確かに可愛いが、素直に感想を漏らすことは出来ぬ。
「のう、永見。やはり落ち着いてからにしよう」
手にしていた商品を取り上げると元の場所へと置き、手を引いて店を出た。日も傾きかけた繁華街、通りに面する店々から出入りする数多の人々。雑踏を作り出す人波に混ざる。
「ちょっ、ちょっと待ってっ」
駅へと舞い戻る足を止めようと、必死に腕を引っ張り返す永見。だが、花の茎かと見紛うまでに細い腕では、忍の修練を重ねた男を止められようか。
「ねぇ、止まってよっ。なんで帰ろうとするのっ、まだ早いってばっ!」
遂にはどうにもままならず、喚き散らかして駄々を捏ね始めた。少なくとも、分別を学んだ女子が取る立ち振る舞いではない。ほら見ろ、途上ですれ違う通行人も奇妙な目を向けて来る。気恥ずかしさが勝り、つい足を止めてしまった。
「もうっ!なんで勝手に帰ろうとするのよっ!」
頬を膨らませ不満の意を示す女子。謂れなき抗議を前に、悩ましき頭を押さえるしかない。
「永見、今は時世が悪いと申したばかり」
「大丈夫だってばっ!」
何が大丈夫なのか。根拠のない主張を振りかざれても困るだけ。
「あの地図の話なら同意できん。いくら安全と示されようが、結局は後追い。どこまで信じて良いか分からん」
「でもっ!」
「それに、だ」
相手の反論を遮り話を続ける。
「途中の駅で降りた理由を思い出せ。文房具が壊れたから買いに行こう、などと急に言い出したのは誰だ?」
態とらしく片眉を上げ、言い出した相手の顔を見る。不味いと思ったのか、御河童頭の少女は不自然に目を逸らした。
「なのに目的も果たさず、ふらふら彼方此方へと動き回る。これでは用心の意味が無いではないか」
「そんなに怒るコトないじゃん」
視線を合わさぬまま、唇を窄めて不貞腐れる。
「怒ってはおらん」
些細な話で機嫌を損ねるとは。寧ろ、怒った方が良いのかも知れぬ。悩ましき頭を抱えつつ、ひとつ吐息を漏らした。
「お互い、騒ぎの一端を担いでいるのだ。少しは大人しく――」
普段と違う、永見の細やかな違いに次の言葉を捨てた。
怪しい。己の意のままにならぬ時は文句を重ねるのが彼女の定石。なのに、最初だけ言い返して途中で口を閉ざしたまま。
「何を企んでおる?」
鎌をかけるてみれば、彼女の肩が直ぐに強張った。
「バレた?」
瞳に少し怯えた色を蓄え、動き悪く顔を向ける。油の切れた歯車が軋むかの様に。
「様子が違ったからの」
相手の白状に、軽くなった頭から手を離す。そのまま首を左右に動かし、固まった首の筋を伸ばした。
「思い返せば、途中にあった文具店も素通り。其処で気付けば良かった」
出入りした店は全て同じ。手当たり次第に入っては探す素振りもせず、次の場所へと駆け回る。商店街の奥へと誘うかの様に。
「で、本命は何だ。其方の事だ、どうしても叶えたかったのだろう?此処まで露見したのだ、洗い浚い吐いたらどうだ」
「お、怒らない?」
上目遣いで顔色を窺う永見。何を今更。怒ったとて、この自己本位な姫君が引くなど無いだろう。
余程の事なら断るだけ。小さく首肯すると、永見は肩に下げた小さな学生鞄から紙切れを二枚取り出す。
「この先に人気の脱出ゲームがあってさ、どうも期間限定のイベントをやってるみたいなの。で、一緒に行きたいんだけど、今のままじゃ何時になるか分らないから」
紙切れは遊戯の切符であろう。その紙を盾にするかの如く顔の前に翳してきた。斯様に薄い物では身など守れはせんのに。
「ね、ダメかな?」
首を傾げ猫撫で声を出す永見。どうなるか容易に想像できたはず。額に手を当て、大きく項垂れる。
余程の事だった。
人が集まる場所では紛れも多い。淡緑と鉢合わせでもすれば、運悪く居合わせた客を巻き込んでのひと悶着となるに違いない。
いや、それで済めば儲けもの。言いつけを守らず放遊した、と学父の耳に入ったら。考え過ぎかもしれぬが、あり得ぬ話ではない。
手で支えながらも、下へ向いた首を左右に振る。
ここは先の通りに断るべき。心を定め、顔を上げる。目先の情景に決断が鈍ってしまった。
理由はある。永見の顔だ。
期待と不安が入り混じった、憂う水を瞳に湛えた表情。祈りを捧げる姿にも似ていた。
単なる遊戯で此処まで必死になるのは尋常に非ず。抑々、普段の永見なら有無を言わさず連れ回したであろう。迂闊。何かを隠している時点で奇妙だと思うべきだったのだ。
となれば、間宮か。脳裏に奴の顔が浮かぶ。
体育での一件以来、暇を見つけては永見を見守る為に顔を出し、頻繁に会話も交わした。甲斐もあったか、その後に泣き崩れた姿は見ていない。
だが所詮は一服の痛み止め。今の彼女には間宮は毒でしかない。知らぬ間に蝕んでいたとて宜なるかな。
ならば荒療法も用いるべきなのか。天を仰いだ後、額に置いた掌を勢いよく引き剥がし前言を翻す。
「何かあったら直ぐに帰るぞ」
永見も覚悟していたのだろう。残念そうに目を伏せ、暫しの間を置いてから急に顔を上げる。驚きで開かれた目は徐々に光を蓄え、燦燦と輝き出す。
「やったぁーっ!」
爆発した。諸手を振って飛び上がり、その勢いで抱き付いてきた。引き剥がしたくもあるが、実際にやってしまえば野暮。ただ、仄かに甘く香る永見を受け止めるしかない。
判断を誤った、と咎められても致し方なし。意見を曲げねば良かった、と後悔もある。然れども、永見の暗い顔を見たくない。その一心が勝った。
「しぃ君っ、決定だからねっ!気が変わらない内に早く行こっ!」
喜色満面、全身で喜びを表す永見が掌を掴んだ。そのまま跳ねるように駆け出す。平日の夕方、日も落ちかけているとはいえ人通りは多い。
「ま、待て。急に引っ張るな」
浮かれたままでは甚だ危うい。捕まれた手を引いて有頂天な彼女から主導権を奪うと、人通りの緩やかな端へと導く。
「しぃ君ノリ悪いなぁ。ここは一緒に走るトコロじゃないっ」
口を尖らせ明確な不満を伝えてくる御河童頭。笑っていたと思ったら、もう拗ね出すとは。くるくると変える表情に振り回されはするものの、飽きることはない。
「危ないからの。下手に走り回れば怪我をしかねん」
「むぅ!」
細い肩を怒らせながらも押し黙る。正論を前には歯が立たぬ、と思ったのだろう。
「しぃ君ってさ、そういうウルサイ所あるよね?決めた事は絶対に曲げないぞ、って言うか」
「なんだそれは?初めて言われたぞ」
真。その通りながら、並んで道草を食おうなど思わぬ。
「そうじゃん。大体さ、個人のMix-Sceneアカ、持ってないでしょ?」
再び目の前に紙の切符を見せる永見。成程、文句の矛先を変えてきたか。
Mix-Scene。近年、生活の隅々に根を下ろした通信媒体。何をするにしてもお世話になるが故、否応なしに使っている。
外では授業で黒板や教科書の代わりを務める他、学友との連絡や電話、通学の切符にもなる。
内では娯楽や報道を纏めたり、家事全般の手助け。ありとあらゆる雑務を時に肩代わりしてくれる。
正に生命線。この助力なくば日々の生活が困ると、数日で理解できた。
「だからさ、わざわざ紙のチケットを用意したんだからね。手数料高かったんだから」
溜息と共に手にした切符を手渡される。紙にしたのは思い出を形に残したい、という思いから発しておらぬ、と言う訳か。
「一応は持って入るが、の」
「学校から配布された授業用のでしょ。先生にメッセを見られるなんて嫌っ」
永見は思い切り顔を顰め小さい舌を出す。中々に手厳しい。指南する先達達が思慮無しに仕出かすとは到底思えぬ。が、本気で嫌がる様を見るに信用できぬようだ。
「なんで個人アカ作らないのかな?みんな持っているのに」
細い眉の両方を寄せる女子。必要と感じない、と返す言葉を寸前で飲み込んだ。
誰しも胸に秘めたるものをひとつやふたつは抱えておるが、大抵は重い。
故に、抱えきれぬ程に膨らむ手前で工夫を施す。誰の目にも触れぬ日記に認めたり、口の固い誰かと内緒にしたり。形は違えど、胸中を軽くする行為には変わらない。
そんな秘密の片棒に、彼女は引き入れようとしたのだ。
妙に懐かれたな。そう思わずにはいられない。初めての邂逅から躊躇も無く好かれた。悪い気はせぬが、生来からの禁忌で身構えてしまう。
「そのうちな」
「ホントぉ?前にも同じセリフ聞いた気がするんだけど?」
瞼を半分閉じた瞳が真意を探る。残念、その程度では潜めた性根のしっぽすら踏めぬ。
「気のせいだろう」
嘘。前々から言われているが、のらりくらりと躱している。それも不満の元らしい。
「むぅ。なら、せめてスマホくらいは持ってよね。バイバイしたらお喋りできないなんてイヤっ」
「まだ話し足りぬ、と言うのか?」
会う度に言葉を交わしている。なのにまだ話したいとは。
「当たり前でしょ?もう少しカノジョのキモチを分かってよ。この阿呆」
「待て、阿呆はなかろう?」
「え?言ってないよ」
何を馬鹿な、と顔を覗いてみたものの、出迎えたのは少し心配気味の不思議がる顔。では、先程の声は何だったのか。
虫の報せ。
脳裏に浮かんだ言葉は身を構えさせるに充分であった。
人の六感は侮れぬ。況してや五感を鍛えた忍びの勘、早々と外す筈は無い。
ならば――。浅く薄く、鼻から息を吸い、口から吐く。時間を掛けて行う息長で丹田の気を練り、触覚の網を広げる。
掛かった。
五間ほど先、全てを汚す汚泥の如き影が七人。一塊となって道の真ん中を陣取って往来を妨げる。感ずる先に目を凝らせば、矢張り 厭わしい淡緑の一団。
毒々しい色の身形が示すまま、通り縋りを無暗に嚇しては、震えながら退散する後姿を愉快そうに嘲笑う。中でも一際楽しそうに手を叩き、囃し立てる長髪の男。顔の左半分に刺青を入れた、あの晩に居た三人組の一人。
見たくもない卑劣な姿に、疼き上がる頭を片手で諌める。
「どうしたの?」
足を止めた為、数歩進んだ永見が振り返り傍に寄った。覗き込んだ顔が余程酷かったのだろう、彼女も視線を揃え、大きな瞳が険しくなる。
「あの人たちっ!」
御河童頭の声は殊の外大きく、素早くその口を手で塞ぐしかなかった。急な出来事に目を白黒させ、。
「お楽しみはお預け、の様だな」
腕の中で藻掻く姿に、大きく肩を落とすしかなかった。
この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。




