斯くて忍びは棄たれたり 一
何時の間にか、火の勢いも落ちてきた。
冷え切らぬ熱が燻る瓦礫の影に取り残され、ひとり膝を折る。時折、爆ぜる残光の中で、視線は獏が消えた背の先を追った儘。
足元には、根本から刃を失った段平の柄が転がる。
不思議と、怒りや悔しさは沸かなかった。
積み上げた矜持も、胸に秘めた覚悟も。全て、異相で塗り固められた怪異に吹き飛ばされる。何も残らぬ、真っ白な灰の景色。
――倒し方が、思い浮かばぬ。
胸中に広がる敗北感が、内側から侵食していく。
「ふぐぅっ……」
力無く、血の混じった息を吐いた。呼吸をするだけで胸に痛みが走る。耐え切れず蹲ると、全身に受けた傷が拍動に合わせ、裂けた肉の熱を思い出す。
だが、生きていた。
毒で弱ったが、臓腑は正しく動いている。肺が命を繋ぐ為の空気を貪り、心臓は惨めな鼓動を刻み続ける。
「……あんな顔、させておいて」
正心の四人も、さぞ無様に蔑んでいるだろう。自分という存在が酷く不純な物に思え、背が汚れるのも構わず寝転がる。
達成感は皆無。
永見を救えたという安堵感が、せめてもの救い。
「……終わった」
今度こそ、確実に。
間宮から怪異へ供物とされた、御河童頭の少女。
彼女をようやっと、人の手に取り戻した。怯え悲しむ瞳も、きっと凪ぐだろう。
――多く望むのは欲深い、か。
起き上がる気力も底を突き、虚無へと沈み込む。仰向けに倒れた顔の上、湿った夜の終わりが降り始める。
次第に夜の闇が薄まった。次第に白む東の空に目を細める。
遠くに浮かぶ高櫓の向こうから音も無く、慈しむ様な朝の階が差し込む。世界が、瞼を開く一瞬。
綺麗だと思った。
差し込んだ朝日が地平と暗雲を割る。淡い紅が空を蒼く染めた。鮮やかな二色が世界を彩る。
清々しい朝の匂いが、緑の瘴気を浄化した。日が昇るに連れ、街の陰影が浮かび上がる。俯瞰する景色の広がりから、高い位置に身を置いていたと、今更ながら気が付いた。
一日の始まりを伝える、朝の息吹。夜に憑かれた悪夢が、霧散するように溶けてゆく。
『往生際の悪い奴よ』
耳元で、己の声に似た声が混じった。何処か口惜し気な独白。
『夢の終わりまで、見届けねば気が済まぬのか』
――そうさ、な。
真。身に降りかかる呪いを受け入れれば、異相の声は舌打ちした。
『ぼざけ。身の程知らずが』
肯定するとは思ってなかったのだろう。
『何れ、己の傲慢に命を焼き尽くされるだろうよ』
憎々し気な声が遠ざかった。脳の奥底を掻き毟る残響が、別の声に置き換わる。
『赤目忍。嘗ての忍びの者』
『救いなき者。心せよ』
『其方と、我々は一心同体』
『常に目を光らせる事、努々忘れるな』
代わるゞ。四人の正心が口々に警告を与え、虚空へと消える。荒ぶる波が引いた後の、水面が如き静謐。
――あゝ、分かった。心する。
瞳を閉じ、答える。
正心が満足したかは分からぬ。だが、意識の深淵は只、驚く程に穏やかだった。
――いったか。
陽光が傷を撫で、心地よい冷気が肺の中を浄化した。燃え残った工場跡に独り。静かに呼吸を繰り返す。
「立ち入りは許可できん!封鎖中だと言っているだろう!」
俄に、無粋な怒声が沸き立った。風に乗って届くのは、複数人が争う言葉の応酬。
「どけっ!連絡では、まだ中に人が居るっ!」
「本部の許可がまだだ!勝手な真似は謹んで――」
「人命最優先だっ!もういいっ、突入しろっ!」
制止を振り切り、野太い決意が雪崩込んだ。時を置かず、微塵の迷いもない足音が瓦礫を踏み締める。
「ダレかぁっ、いないのかぁっ!」
「生きているならっ、声を上げてくれぇっ!」
宛ら、義憤の行進。隠蔽を謀る誰かの企みを、信念の熱量で踏み越えたか。
――悪くない。
口元だけで笑う。臭い物に蓋をさせぬ、名も無き正義の代行者。
ならば、此方も応えねばなるまい。声を出すのが最善なれど、喉が枯れて音にならず。瓦礫を掻き、手近にあった礫を外へ放る。
一度目は気付かれなかった。二度目も、怒号に掻き消される。
三度目。瓦礫の隙間から放った小石が、男の兜に当たった。ほんの小さな乾いた音が、捜索者達に希望の波紋を広げる。
「おいっ!いたぞぉっ!生存者ありっ!」
白銀に身を包んだ鎧武者が、血相を変えて駆け寄ってくる。
「キミィっ! 聞こえるかぁっ!」
汚れ切った高校生の姿に、一瞬だけ顔を顰める。だが直ぐ様、鎧武者は務を思い出した。必死な呼び掛けが廃墟に木霊する。
「これはっ……、スグに搬送する!担架をよこせっ!」
分厚い手袋に抱き上げられた。乱暴だが温かい、血の通った人間の手。
揺り籠に収められたかの心地に、どんゞと、思考が遠くなる。目に映る色彩が、緩やかに白く褪せていく。
「しっかりしろっ! 寝るなっ! 名前は言えるかっ、オイッ!」
遠のく呼びかけを聞き流し、深い微睡みへと落ちていった。
中指の粉砕骨折と肋骨骨折。広範囲の熱傷、刺創。正体不明の薬物による、急性の薬物中毒。外傷性の肺……何とか、というのもあった。
締めて、全治三ヶ月。此れが饅頭に似た医者の見立て。
「このぉっ!スカポンタンっ!」
姉、赤目璃の振り下ろした杖先が、頭の天辺を叩く。頭蓋骨の陥没骨折が加わり、今度こそ六文銭が必要になりかける。
「なかなか目を覚まさないから、すっごく心配したのよっ!もしかしたら、母さんのトコロへ行っちゃうのかとっ!」
「や、止めてくれ。姉上」
喚く度に、手にした杖が襲い掛かった。躱そうも、今は寝台の上。しかも全身が包帯や石膏の固定具で固められ、動きが鈍い。
「せっかく普通の病室に移れたのだ。殺風景な部屋へ戻るのは勘弁ぞ」
真。先日まで見慣れぬ機械で犇めく、白い部屋に閉じ込められていたのだ。
両手両足は寝床に固定され、動くことも儘ならぬ地獄。舞い戻るのは御免被りたい。
「アンタの身体、そんな殊勝なタマじゃないでしょ!」
不肖なる弟の意見など意に介さず、姉の散打は止まらない。
「あの丸いお医者さん、ビックリしてたわよっ。人間じゃないっ、とか」
両手が腰に添えられ、ようやっと暴力が止まった。
「本当ならアンタ、寝返りうつたびに悲鳴を上げる時期、ですって」
天井を見上げ、昨日の顔を思い出す。饅頭顔についた目と口を大きく広げ、中身を飛び出さん許りに驚いていた。
以降、やけに検査が多くなったが。
「……そうか」
嘆息と共に瞳を閉じる。耳に届くのは、病室に備え付けられた受像機から流れる世間話のみ。
ともあれ。潜り抜けた死線の苛烈さを考えれば、負った怪我は軽いと言えよう。頑丈な身体に生んでくれた母上に感謝するしか無い。
「ち、ちょっと、忍っ!聞いて――」
小言を再開しようとした矢先、姉の携帯端末が不意に鳴り出した。やけに消魂しい、無粋な着信音に気勢が削がれる。
「もうっ!」
引っ手繰る様に端末を掴み取り、病室の隅で背を丸めた。
「はい……その件については…………はい」
次第に事務的な声へと変わる姉。
大方、仕事の話だろう。前に、仕事に穴を空けた、と漏らしていた。
もしかしたら、と思えば中々に心苦しい。
だが、今の身に何か出来る筈も無し。起こした上半身を、寝床に埋める。
蜂谷は大会前にも関わらず、お見舞いに来てくれた。開催者が内輪で揉め始めた結果、延期となったらしい。
災難だな、と白い顔を慰めれば、赤目ほどでは無い、と返された。
一方、永見は病院に顔を出さぬ儘。
御河童頭は病院に姿を現す事はおろか、連絡すら繋がらなかった。学校から渡された端末には、永見へ音信を求めた残骸が残される。
姉の話では、集中治療室で気を失っていた間も、彼女からの連絡は無かった、という。
――本当に、助かったのだろうか?
得体の知れぬ不安が胸の奥を抉る。獏の嘘に、再び謀られたのだろうか?
「のんきで良いわね」
悩ましき頭を抱えると、姉上が見下ろした。少し疲れた顔。其の目がきらり、と野蛮な光を宿す。
「じゃあ、少しは顔色がマシになったんだし。そろそろ教えて貰いましょうか?」
「ん?何をだ?」
「永見さんと会いに行ったのに、廃工場で発見されたワケ」
ふたりの会話が途切れた。緊張が走ると同時に、受像機から流れる音も空々しい街の喧騒を伝え始める。
「……行くのを許してくれたであろう?」
「そんな大怪我するなら、許さなかったけど?」
腕を前に組み、片眉を跳ね上げる姉。心做しか、病室の温度が冷え出した。
「どうして、そうなっちゃうかなぁ?まだ、お姉ちゃんに隠しているコト、あるんじゃない?」
蟀谷を痙攣させ、唇を戦慄かせる。禍々しき視線が笑ってないのを教えてくれた。腰まで垂らした髪先が、不穏な風でゆらり、と巻き上がる。
荒ぶる夜叉が、目覚める前兆。
「……すまん」
こんな時は、頭を下げるに限る。深々と身体を折り曲げ、寝床に額を付ける。
「だが、どうしても救いたかった。でなければ、自身を許せなかった故」
平伏する弟の格好に、深い溜息が重く伸し掛かる。
「……少し気持ちは分かるケドね」
姉には思いは届かず。
「でも、忍らしくないじゃない。深入りする前に逃げ出すのが、アンタの十八番でしょう?」
確かに。痛いところを突かれ、奥歯を噛み締める。
「さっさと白状しなさい。永見さんと、あそこで何があったの?」
困った。冷や汗が顎から垂れ落ちる。果たして、真を伝えても信じてくれるだろうか。
――否。
命どころではなく、身体を狙われた。此の身を誘き寄せる為、永見を出しに使われた。
さらに姉を巻き込むのは得策に非ず。
「黙ってないで、さっさと白状――」
姉の言葉を、不意に飛び込んだ敲門が遮る。今度は閉じた戸を叩く、遠慮がちな叩打音。
「もうっ!」
二度の中断で、姉の不満は最高潮に達した模様。反対に、安堵で胸を撫で下ろす。
「どぉっぞぉ!」
扉が開いた瞬間、不機嫌そうに応じた姉の顔が変わる。現れたのは白い髭を満面に蓄えた大男。
間違い無い。警察署で出会った、姉の友人である大男。白髭である。
白髭は警察の制服ではなく普段着。気取らない格好ではあるが、全身が白かった。清潔な麻の衣が、雪男を思わせる独特の威容を形作る。
「太田さんから話を伺いましたよ。弟さんが入院なさった、と」
大きな体が病室に足を踏み入れると、途端に狭くなる。太い手が持ち込んだ小包を姉に渡した。
「これは……。どうもすみません。お仕事が忙しいのに」
恐縮して応じる姉の顔は真っ赤。恥じる様に縮こまる姿は、生まれて初めて見たかもしれぬ。
「ほっほ、構いませんよ」
大男は楽しそうに髭を揺らした。
「勝利の女神が居ないと、スタジアムが盛り上がらないですから。姐さんが居ないと、応援してもイマイチ締まらない」
「もうっ!そんなに持ち上げないで下さいっ!」
耳の裏まで深紅に染め上げた姉、璃。想定外の変貌に、口を閉じるのを忘れてしまう。
「ほっほ」
白髭は、恥ずかしがる姉の姿すら慈しむ様に喉を鳴らした。
「この分でしたら、応援に復帰するのも近そうですね」
嬉しそうに白眉の奥に隠れた目を細めると、寝床に座る弟へ視線を変える。
「重症だと聞いておりましたが、元気そうで。ホッとしました」
僅かに覗かせる唇が、優しい言葉を紡いだ。上手く返す言葉が見つからず、喉を詰まらせる。
「お気使い、ありがとうございます」
代わりに姉が深々と頭を下げた。
「でも、ウチの愚弟は頑丈ですので。このくらいなら、ツバつけておけばスグ治ります」
かと思えば、今度は頭を叩かれた。良い音が室内に響いた。
「姉上。其れは言い過ぎぞ」
口を尖らし、粗暴な姉に抗議する。流石に我慢も限界。雑な扱いに、少し機嫌を損ねても罰は当たるまい。
「ふぅん、だっ!アタシを心配させたバツでぇすっ!」
負けじと姉も眉を逆立て、顔をぷいと背ける。童の様に拗ね始めた、みっともない姿。
「まぁまぁ。ふたり共、熱くならずに」
何処か嬉しそうに嗜める白髭。広げた肘が、不幸にも受像機に当たってしまう。
『見て下さいっ!この惨状をっ!』
一際大きな声が病室に割って入った。
此処に居る人物ではなかった。受像機に映った女性記者が、盛大に唾を飛ばす。
『原因不明の火災を起こしました化学工場ですが、立入禁止となって一週間前っ!今、ものすごい異臭を放ったまま、放置されています!』
悲鳴に近い調子で早口に捲し立てる。背後に映し出るのは、黒く焼け焦げ半壊した建物の一部。
「あっ、すいませんっ!ヒノスケっ、テレビを止めて……」
「いえいえ、お構いなく」
慌てて受像機の電源を落とそうとする姉を白鬚が止める。
「お見舞いもですが……、少し事件について話そうかと」
「えっ?」
青天の霹靂。思いもしなかった発言に、姉が素頓狂な声を上げる。
「そんな……話して良いモノなんですか?」
当惑を隠せぬ姉の言葉に、白髭は躊躇い無く首肯する。身内の事情を漏らすのだというのに。
「他言無用。この約束を守れると、お二人の良心を信じてお話ししますが……弟くんも、よろしいかな?」
穏やかな口調に隠れた、固い決意。断れば、二度と聞けぬだろう。
願ってもない事に、素直に頷く。
「では。まず、化学工場で起こった件ですが」
尻が収まらない小さな椅子に腰掛け、一度だけ真剣な面持ちで居住まいを正す。
「結論から言えば、火災は単なる事故、として処理されました」
真逆。平静を装う顔の裏で、掌に嫌な汗が滲む。
いくら灰燼に帰したとは言え、野狗子の残した腐臭が簡単に片付くとは思えず。
「不満のようですね。弟くんだけじゃなく、松平警部も納得いかないようで。上司に噛みついてましたよ」
白鬚の放った溜息には苦渋が混じった。彼も同じ気持ちなのか、所在なげに髭を撫でる。
「警部は『GB』の製造拠点だと息巻いてましたが……、全て灰になった今、紐づけるのも難しいですね」
「真か?」
信じ難い物言いに、思わず身を乗り出す。と、間髪入れず姉の拳が降ってきた。
「コラッ、忍っ!目上の人になんて口きくのっ!」
「ほっほ、お構いなく」
白髭は笑って見逃してくれた。姉と共に恐縮する。
「それでですね。『GB』の捜査も規模が縮小。本庁の方々も帰られました」
所轄を散々、荒らしてね。署長の述懐は、自嘲気味な笑いで終わった。
「ま、こんな所です」
軽く締めた言葉と裏腹に、重厚な静寂が病室を覆う。噛みしめる程に苦く感じる沈黙の中、白髭の優し気な顔が此方を向く。
「あんまり、お姉さんに心配かけさせてはいけませんよ」
柔和な眼差しが、一瞬だけ鋭く変貌した。姉の友人という私的な立場では無く、老練な法の番人として。一切の妥協を排した、冷徹な意志。
直ぐに悟った。ああ、此れは警告だ。
あの夜の出来事を深追いをしない様に。踏み越えるなら、手助けは出来ぬ、と。
「肝に銘じます」
唾を飲み込み、答える。
元より、永見を救った事で目的は果たした。己を狙う脅威も去った今、闇に飛び込む酔狂など、する筈も無し。
だが、どうして。記号じみた獏の顔が脳裏にちらつく。
何の特徴も無い、捉え辛い顔立ちだと言うのに。目を閉じれば、今でも奴の姿を鮮明に思い出せる。
「ところで……永見さんは?」
出し抜けに。姉の口から出た予想外の名前。思考の歯車が軋む。
「……彼女はまだ。別の病院で入院しています」
一転、白髭の声音が沈んだ。
「少々、記憶に混乱を生じているようでして。専門の病院で治療を受けている、と聞きました。ご両親の強い希望もあって、と」
「そう、ですか……」
互いに歯切れの悪い、言葉の投げ合い。即興で示し合わせたかの様な、ぎこちない会話。其れも長く続かず、時計の針に押し流され途切れる。
語られなかった言葉の群れが、病室の隅に埃となって積もる。
胸の奥から、冷たい息が零れた。
どうやら、彼女も似た境遇の模様。だが、どうもきな臭い。少なくとも、永見が見舞いに来れる状況ではないらしい。
「さて。思いのほか、長居してしまいましたね」
白髭は膝を叩いて立ち上がると、麻の衣を軽く整えた。
「仕事もありますし、この辺で失礼します」
「わざわざ、弟のためにスイマセン」
姉も席を立ち、友人を見送る。二、三、戸口で言葉を交わした後、白髭は病室を後にする。
潮が引く様に広がった病室の空気がやけに寒々しい。
「姉上。永見は――」
「忍は気にしなくてイイのよ」
空虚を埋める様に口を開けば、姉が言葉を被せてきた。
「だが――」
「署長さんにも、今さっき言われたでしょ?心配かけるな、って」
振り返る姉の目に冷徹な一線が宿る。明白な会話の拒否。有無を言わせぬ眼光に喉を潰され、言葉が続けられぬ。
「焦らなくても。身体を治せば、学校で会えるでしょ?」
一転して、明るく優しい言葉。いつもの調子で姉の細い指先が額を弾く。
「真か?」
「ん?」
「怪我を治せば、再び永見に会えると?」
額を押さえつつ、真意を探る瞳で姉を見据える。
「お姉ちゃんがウソついたこと、あったっけ?」
だが、相手の方が一枚上手。鈍い痛みと共に、己の不明を恥じる熱が広がる。
「まずは、忍は退院することに専念しなさい。お姉ちゃんも一緒に手伝うから。さ、ガンバりましょ」
続く姉の言葉に、返す言葉も無い。
永見を救った積もりでいた。が、其の実、自分も誰かの手の中で生かされている。
姉と白髭、大田女史との関係もそう。社会という輪廻の中で、足らぬものを埋め合い、一握の真心を分け合う。
持ちつ持たれつ。こうして、互いに誰かの命を支えている。
此の地に来て思い知らされた。
神忍の業を受け継いだ孫の肩書など、全く通用しない。腕っ節だけでは、天意を遂げるのも叶わぬ。
単なる、世間知らずの餓鬼なのだ、と。
「姉上」
ならば、餓鬼らしく。
見栄も外聞も捨て、教えを請うとしよう。此の街で生きる、凡人としての術を。
「頼みたい事があるのだが、良かろうか?」
この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。




