幼馴染 二
2025.04.17 タイトル修正
2025.04.19 さらにタイトル修正
『河岸を変える』の意味が通じず難儀したものの、大方の意味を理解した永見に適した場所を案内される。
そこは校舎裏の倉庫と部活塔に隔たれた四角い窪地でった。四、五人は優に収まるであろう広さ。にも関わらず、奥まった土地柄から目が届きにくく、立ち並ぶ木々が目隠しする。
確かに此処であれば、おいそれと邪魔者は入れぬであろう。が、この場所は別の記憶が蘇る。
「告白された場所か」
「あ、覚えてくれてたんだ」
「ほんのひと月前の話、忘れるものか」
はにかむように喜ぶ永見にくぎを刺す。
あの日、下駄箱に収まった派手な手紙に誘われるがまま、今正に立つこの場へと足を運んだ。其処には見知らぬ御河童頭の子女がひとり。何事かと身構えてみれば、まさか告白だとは思わなんだ。
「もうひと月だよ」
あっ、という間に永見の唇がへの字を結ぶ。
「大体さ、しぃ君は無頓着すぎるのよ。一緒にお祝いデートしたいのに」
気を良くする切っ掛けを失言で不意にした。明らかに旋毛を曲げている。
「祝うとて時勢が悪い。落ち着いてからで良かろう」
「もうっ!」
頬を膨らませ拗ねるものの、物の分別は残っていたようだ。言葉を飲み込むように口を結ぶと、その大きな目を細める。
「で、何の話?あ、トオルの事なら大丈夫だから」
その視線は冷たいまま、話を切り上げたい魂胆が透けて見えた。話す前からこれでは、と傾げた首が折れぬように手で支えるしかない。
「ならば今頃、間宮が居ようが授業を受けているはず。違うか?」
とは申せ、踏み込む手以外は持たず。まずは正面から切り込む。予想通り、縄張りを守る狼の如く眉間険しく牙を剝いた。
「もう、何よっ!説教するつもり?」
「そんな気は無い。ただ心配なだけだ」
短い腰履きの腰帯を強く握り、甲高い声を上げる永見。余りにも意固地になり過ぎている。
兎にも角にも、凝り固まった思いから解さなくては。怒りを示す様に突き上げた彼女の肩に手を置く。
「間宮を許せ、とは言わん。だがの、肩肘を張ったままでは疲れるであろう?」
「何?トオルの肩を持つの?」
永見は下唇を嚙み、鼻根に深い縦皺を作る。何を言っても暖簾に腕押し。力攻めは時間の無駄だったか。
「間宮と何があった?」
ならば手を代えねば。耳を貸して貰えぬならば、相手に話させるしかない。
「あ奴はかつての思い人。それを顔も見たくないと遠ざけるのは余程の事。何もない、という言葉を信じろと言われても中々に難しい」
そもそもが繊細な問題。言葉が強くならぬよう角を削ぐ。
然れど本人はぷい、と顔を横に逸らした。
「別に。しぃ君には関係ないでしょ」
「無関係?」
永見の態度に、小さい溜息と共に首を横に振る。
「友が此処まで塞ぎ込んでおるのに、無関係と申すか。見くびられたものよ」
「えっ?」
「友が悩んでも歯牙にかけぬ冷血漢。永見が斯様な目で見ていたとはな。それとも、胸の内を吐き出す相手には役不足か」
「そっ、そんなコト思ってないっ!」
嘆息と一緒に吐き捨てた言葉に、御河童頭の少女が慌てて否定する。ようやっと、まともに顔を向けてくれた。
「ならば聞かせてくれ」
酷い尋ね方なのは承知の上。永見から話す以外の選択肢を奪った。卑劣とは申せ、彼女の胸の内にある蟠りを除くのが第一。引き換えに小言を零されたとて、安い買い物だと言えよう。
「斯様な事が続けば気の病を患いかねん。仔細を全て話さなくても良い。言える事を少しだけ話してくれまいか」
圧を感じさせぬように優しく、然れどはっきりと、彼女の濁った瞳を両の眼で捕える。
永見は何も言わなかった。深く顔を伏したまま壁に身を預ける。その顔は簾の様に垂れた前髪に隠れ見えずにいた。
果たして届いたのであろうか?額に当てた掌で脳裏に残る不安を掻き出し、鬱屈する少女に並ぶ。
静かだった。校内は授業中、教師の教えや鉛筆が走る音が届く様子はない。視界の外から軌道上を走る電車の硬い金属音が聞こえ、消える。
重苦しくはなかった。
先週より少しだけ穏やかとなった陽気が心地良い気怠さを運ぶ。もうすぐ訪れる春の足音にでも当てられたか、時も怠け出したようだ。二人、秒針の進みが狂った流れに身を任せる。
「トオルはね、ズルいんだよ」
どのくらい過ぎたのであろうか、永見がぽつりと呟いた。顔を下げたまま、静かに。
「顔が良いだけでチヤホヤされてさ。他に何の取柄も無いのに」
在りし日の思い出を振り返ったのか、口元が薄く緩む。寂し気だが何処か楽しそうな、そんな薄い笑み。
「なのに無理しちゃって、みんなにカッコいいトコロ見せようって。危なっかしくて見てられなかった」
「その頃から付き合うていたのか?」
言葉にせず、静かに永見の首が沈んだ。
「止められるのは、ワタシしか居ないと思ってたから」
感想がない訳ではない。以外とは感じた。が、震えた声で絞り出す述懐には口を挟まず、ただ聞き入る役に徹する。
「だけどさ、どんどん人が集まってきて。その度にトオルから離れちゃって」
口から溢れる言の葉が、次第に熱を帯びる。
「アイツも調子に乗っちゃって。気が付いたら、もう手の届かない所にいてっ!」
永見の膝から徐々に力が抜け落ちた。壁を這う蛞蝓を真似たか、その小さい背が壁を擦る。
「それでもさっ、諦める気なんて無かっ、たっ。でもっ、それなのにっ!」
為す術もなく下がり続けた腰は地面へと達した。両の膝を立てたままへたり込み、震える手が綺麗に整えた前髪を掻き毟る。
「なのにっ!なんでっ!あんなコト言うのよっ!」
最早、止まらない。涙声は慟哭へと変わった。目元から沸き上がる涙が堰を切って頬を伝う。
掛ける言葉は見つからなかった。見つけられなかった。
ほんの一か月。永見の見る世界を窺い知れる程、付き合いは長くない。今、彼女が涙する理由すら、充足たる答えを持ち合わせておらん。
そんな男が出来る事など高が知れている。何度もしゃくり上げる彼女の背中をそっと撫でてやった。
三尺手拭いは忍び道具のひとつにして万能。顔を隠す頭巾や傷口の止血、拾った石を包めば即席の武器にもなる。
然れど乙女の涙を拭うのに用いるとは思わず。知っておれば粋な染物を仕込だというのに。
「ありがと」
一頻り泣き腫らした御河童頭の少女に渡す。と、その手拭いで鼻を擤んだ。まぁ使い方は間違ってはおらぬ。
「気が済んだか」
小さく首肯するその瞼は少し腫れぼったかった。頬にも流した涙の跡が消しきれていない。それでも嵐が過ぎ去った後に似た安らかさがあった。意地を張り固くなった顔よりかは遥かに良い。
「まいったなぁ。しぃ君にヘンなトコロ見せちゃった」
照れ隠しか、永見は少し赤みの残る鼻の頭を掻き、舌を出した。変な所で遠慮をする。
気を楽にする息をひとつ吐き、目の前の相手にも促す積もりで肩の力を抜く。
「別に構いはせん。誰にも泣きたい時はある」
「誰にも、って、しぃ君も?」
「ああ」
嘘とも真とも取れぬ返事。あの時、何故に泣けなかったのか。真相には自身でも辿り着けぬまま。
「なんか想像できないなぁ」
唇に指を当て何かを思案する永見。だが、直に何かに思い至ったのか表情を曇らせる。
「ああ、しまったぁ」
「どうした?」
酷く顔ざめ、肩を落とす様に気を揉んでしまう。思わず問うと、深い後悔を滲ませた悲しい目を向けた。
「何でトオルの話したんだろう?しぃ君の話をすれば良かったよ」
表情とは裏腹の、余りにも下らない話に眼前にあった色が飛ぶ。目頭を押さえたとて仕方なし。全く、この世の終わりでも見通したかの顔でいう話ではない。
「別に、どんな話でも良かろう?」
呆れが深い溜息に変わって口から漏れると、
「良くないよっ!」
少女は肩を怒らせ憤慨した。
「だって、未練があるように聞こえるじゃんっ。そんなつもり無いのにぃ」
「無いのか?」
「決まってるでしょ!」
小動物を思わせる小さい口の端を曲げ、腰に手を当てる。
「もうね、しぃ君をカレシにする、って決めたしっ。これは決定事項なのっ」
前から、この場所で初めて出会った時から言われ続ける永見からの告白。疎ましく、どこか気恥ずかしい。
「なのにさ、あんだけ誘ってるのに、全然カレシになってくれないんだもんっ」
お道化ながら顔を此方に向ける。冗談めく笑う瞳のその奥、真摯な思いを隠さずに。その視線を遮りたかったのか、手が自然と顔の半分を隠した。
永見の思いを測りかねている。
ころころと変わる表情や仕草、その元となる言動には偽りはない。だが、何時も何かが頭の隅に引っ掛かる。それが気のせいなのか、それとも忍びとしての勘か。
「何処が良いのやら」
問いかけた積もりなどない、他愛な独り言はしかし、耳聡く永見が聞き取った。ん?と永見が不思議そうに振り返る。
「どうしたの?しぃ君」
このまま黙り込むのは流石に難しい。顔の半分を掌で隠しつつ、仕方なく口を開く。
「好いてくれるのは有り難いが、其処まで言われる筋合いが分からん」
常日頃から感じる素朴な疑問。赤目忍と名乗りし者を何処で知り、何を持って好ましいと感じたか。その経緯は何ひとつ分からずじまい。
故に、言葉という形で問い質すしかない。
永見はどう出る?癇に障って怒り出すか、それとも眉を顰めて悪態をつくか。頭を巡らせる御河童頭は、しかし予め見通した絵図面とは違う行動に出た。
「しぃ君さ、一目惚れって知ってる?」
少し自信ありげに微笑み、身体を前に傾ける。預かり知らぬ核心を抱く、その表情は誇らし気だ。
「ほらっ、目が合った瞬間にビビッとくる時があるでしょ?それを感じたの。付き合うならカレがイイって」
そのまま覗き込むように顔を寄せる。何とも根拠の乏しい話と、目と鼻の先まで迫った瞳に頭を引くしかない。
「もう少し具体的に教えてくれぬか。さっぱり分からん」
身体の位置を入れ替えつつ、さらに頼み込む。何とも曖昧で感覚的な言葉では謎が増えてしまうばかり。何の解決にもなっていない。
なのに永見は、なんでかなぁ、と不満げに漏らしつつ言葉を継ぐ。
「そうねぇ、しぃ君は特別かな?」
「特別?」
思いがけない言葉。つい口を衝いた鸚鵡返しに、永見は大きく頷く。
「そ。正真正銘の特別な人」
さっきまで泣いていた姿は何処へ行ったのか、まだ赤みが残る顔で微笑む。
一瞬だけ、息を吞んだ。
今まで見た中で最も優しい、日向そのものと言うべき笑顔。彼女が本来持つ表情は、陰りのない此方の方なのだろう。そう確信が持てる程に輝く優しい笑顔。
が、それも瞬きする間の刹那の夢。
「あれっ?しぃ君ぅん、どうしちゃったぁ⁉」
永見はこういう勘だけは鋭いようだ。見る見る内に口の端を上げ、二人の間にある隙間を埋める。
「もしかしてワタシに惚れちゃった?」
「馬鹿を申せっ」
彼女の揶揄いに反応してしまったのが運の尽き。悪戯を思いついた童の顔で細い手が利き腕に絡みつく。
「もうっ、照れちゃって♪どう?このままカレシになっちゃう?」
絶え間無く身を寄せて来る永見を振り払おうにも、少々、引っ付き過ぎた。お互い張り付いた形、身を退かすには腕力や体術に頼るしかない。
然れど、それは明らかに行き過ぎた行為。手荒な手段をか弱き女子に用いる手ではない。
「頼むから離れてくれ。後生ぞ」
振り返れば途轍もなく情けない声を出していたのだろう。実際、殆殆に困っていた。武を封じられれば此処まで弱いのか、と今度は此方が泣きたくなる程。
「カレシになってくれたら、イイよ♪」
相手は完全に調子付いていた。腕から腰へ、抱き付くように手を回してくる。その掌が背に触れる寸前、拡声器が鳴らす電子音が彼女の動きを止めた。終業の鐘。
「あーあっ、もう終わりかぁ」
少し、否かなり残念そうな声と共に手が離れる。助かった。胸に手を合わせ、本気で安堵の息を吐き出す。
「残念っ。もう少し話したかったのに」
背を向けた永見が頭の上で手を組み、空を見上げた。その先は校舎の影で小さく切り取られた薄い青空。囲われた狭く高い天井は、何処までも空虚であった。
どうにかせねば、と思う。
ふたつの級をひとつに組み替える授業は体育のみ。終わってしまえば再び離れる。それは永見と間宮が顔を揃える、というのと同意。異を唱えようとも変えることは出来ない。
また、彼女の笑顔が陰る。
「あのさ」
ありもしない手を愚考しようとした矢先、彼女の声が大きく広がった。
「このまま一緒に逃げない?誰からも見つからない遠い場所までさっ」
何を馬鹿な、という言葉を呑み込んだ。少しだけ逡巡した後、改めて口を開く。
「次の始業までなら。それで良いか?」
友に対する詫び。出来る事はこの程度。これで少しは重荷を肩代わり出来るであろうか。
「もうっ!しぃ君ってばホント、デリカシーないっ!」
永見は振り返り、憎たらしい顔で舌を出した。
この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。




