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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
六 花さそふ 嵐の庭の
46/54

引き換えに、罪を重ねる 三

 大黒(だいこく)が奈落へ消えたとて、目下(もっか)の脅威が去った事にはならず。


 グゥ……ギャァッ!


 主を失った『おたまじゃくし』の咆哮(ほうこう)が虚空を震わす。怪異を乗せた自立機(ドローン)が、切れ味鋭い断続音を上げ肉薄する。

 数は二機。我先にと狭い足場へ特攻を仕掛ける。

  ――(くど)いっ!

 傷を痛がる暇は無い。身を伏せ、迫る一機をやり過ごす。

 凶暴な風圧が(うなじ)の上を通り過ぎ、背後で圧壊する鉄と肉の断末魔。遅れて灼熱と火の粉が舞い戻る。

 どうやら、勢い余って壁に衝突したようだ。

 だが、終わりではない。


 クシャ……ァッ!

 

 最後の自立機が顔の横を通り過ぎ、帽子を(あお)った。後ろ髪が回転翼に巻き込まれ、黒い束が削られる。

「くっ!」

 素早く立ち上がり、階段の手摺(てす)りを足場に宙へと踊り出る。重力に逆らいつつ、手甲の裏から棒手裏剣を引き抜いた。

 狙いは空中の鉄騎。空中で身体を(ひるがえ)し、遠心力を乗せた一投。

 夜気を裂き、ぎゅん、と鳴る細き鋼が『おたまじゃくし』目玉を貫く。手裏剣の重みに鉄騎が揺れた。怪異の死骸を捨て、ひっくり返る。

「ふんっ!」

 闇夜に(こら)える自立機を踏みつけた。最後の足掻(あが)きを足場に使い、再び螺旋階段へと足を着ける。

 振り返れば、哀れな足場は推力を失い、高度を下げた。黒煙を吹き(なが)ら横殴りで鉄管に激突し、爆炎を上げて四散する。

「ふう……」

 耳鳴りを残し、騒々しさが消えた。遠くで(わめ)き立つ警報音(サイレン)の音。探照灯の光源が遠くの壁に軌跡を描く。

「……っ!」

 胸を撫で下ろすと共に、指に走る激しき痛み。眉根に(しわ)が刻まれた。脈打つ(うず)きを食い縛り、改めて左手の状態を見る。

 中指が()らぬ方向へ曲がり、どす黒く(うっ)血していた。先端だけでなく、全体から熱を発し、爪も割れて剥がれかける。

 顔を歪める中、少しの安堵が胸中を巡った。

 丸々と太った大黒に、革靴で踏み(にじ)られたのだ。骨が折れただけなら儲けもの。砕かれ、二度と戻らないよりかは、ずっと()()、だ。

 とは言え、放って置いては後々、大事。物入れ(ポケット)から三尺手拭いを抜き取る。口と片手で引き裂き、小さい方の布を滑り止めとして痛む指に巻く。

 残りは口元に(くわ)え、きつく噛んだ。

「……うぐっ!」

 痛む指を健手で固く握り、強く引っ張る。口に布の味で満たされた。

 だが、我慢。酷使で歪んだ骨を、無理矢理(むりやり)に誤った噛み合わせから引き剥がす。

「……かはっ!」

 最後に元の位置へ()めた。別の指を添え木にし、残した切れ端できつく巻く。

 此処(ここ)でようやっと、口から切れ端を離せた。肺の底から熱い呼気を吐き出す。

 気休めの応急処置なのは分かっている。試しに動かしてみても力は入らず、動きも(わず)か。代償として高いのか、安いのか。判断するのは難しい。

『無様だな』

 耳の裏で異相の声が響いた。何時(いつ)も聞く、自分と同じ声。

『震えているではないか。小鹿の様に』

「黙れっ」

 声を荒げてしまった。眉間の皺が別の意味を持つ。

『邪険にするのも如何(いかが)なもの。死なば諸共(もろとも)の仲ではないか』

 だが寄生する声は愉快そうに、苛立ちを甘露(かんろ)の如く(すす)る。

「黙れと言っておる!」

 一(かつ)。だが、内から響く声は止まらぬ。

『おお、怖いゞ。――だが』

 語尾の温度が下がった。(あざけ)る調子が鳴りを潜め、声音を冷たく引き絞る。

『どの面を下げ、彼女と会う気だ?罪に(まみ)れた外道であろう?』

「別に。(なん)でも構わぬ」

 (まこと)。要は永見を無事に救えれば良い。()の他は、全て些事(さじ)

『……佐様(さよう)か』

 少しの間を置き、乾いた声が脳裏に響く。

()れも(よろ)しかろう。罪人同士、相性も良いだろうて』

「何っ!」

 だが、呼びかけても異相の声は応じず。一方通行な遮断。自分勝手な逃げ口上に、憎々しく踵を鉄床に蹴りつける。

「全く」

 応じぬ相手に愚痴を言っても始まらぬ。左手を(かば)いつつ、階段を上がる。

 三周ほどしたであろうか。眼下で気の抜けた、何かが弾ける異音が響く。

「?」

 視線を落とせば、走り抜けた鉄管から炎の舌が漏れ出した。

 接合部から緩み、自重で()じ切れる。大きな破砕音が続き、螺旋階段までも共振して軋んだ。突き上げる熱風に、帽子を強く押さえる。

  ――不味(まず)い。

 嫌な気配。急ぎ螺旋階段を駆け上がる。

 階下で大きな火球が咲いたのは、少し後であった。




 足元が揺れる中、螺旋階段を一段飛ばしで急ぐ。頭上を(ふさ)ぐ蓋が不意に途切れ、無骨な鉄扉が顔を出した。非常口を示す緑色の(あか)りが、煤けた取っ手を頼りな()に照らす。

 汚れた鉄扉から突き出た握り板を押し下げてみる。が、中の(つか)えが邪魔をする。

「くっ!」

 下がり切らぬ取ってを前に、隠し物入れに忍ばせた(からくり)鍵を取る。片手とて難しさは変わらず。時を置かず、手応えが返ってきた。

 かちり。

 指先に伝わる小さな手応え。重い金属音が(かんぬき)の外れる音を奏でた。隙間から気配を(うかが)い、そっと開く。

 襲ったのは、煮詰めた果実の匂い。人工めいた不健全な芳香に、面当て(マスク)で護った鼻を(つま)む。でなければ、嗅覚が死んでしまう。

 だが。突っ込んだ顔を引き戻すと、下から肌を焼く熱波が吹き上がる。同時に、背後で響く鉄階段の(ひしゃ)げる重い轟音。

 振り向かず、舌打ちする。

 先の爆発は、思ってたよりも深刻であった模様。退路を断たれたのが、何よりの証拠。

 最早(もはや)、道は前だけ。意を決し、扉の隙間から滑り込む。

 寒々しい(ほど)に広い部屋。いや、研究室か工場であろう。

 高い天井は、大樹の如き鉄柱に支えられた。陽の光とは違う人工の暖色が照り、()の下で円筒形の機械が群れて並ぶ。

 内側の壁にも、鋼管の束が這い回った。床は汚い緑の灯火の(おり)で濁る。

 ごうん、と天井から鈍い音が降り注ぐ。どこか、四人の怨嗟にも似ていた。

「誰も居ない、か」

 目を細めた顔を(しか)め、ぼつり。口から独り言が()いて出る。

 視界には人気(ひとけ)はおろか、(ねずみ)の影すら見当たらぬ。単純な動作音と相まり、巨大な鉄の墓場に迷い込んだ錯覚を覚える。

 果たして、斯様(かよう)な場所に永見は居るのだろうか?

 不安から携帯へと視線を送った。地図を開き、永見の居場所を確認する。

 ()り難い事に、地図は建屋の内部も示してくれた。近い。同じ階に居る模様。

「良し」

 矢印を頼りに奥へ。警戒を解かず、物言わぬ墓標の狭間(はざま)を進む。

 規則正しい作動音と、液体が循環する水音に取り囲まれた。何かを訴えかける、悲痛な心音。

 横目で機械のひとつを眺める。大きな窓が、墓誌の代わりに刻まれていた。緑液の中で視線が(まじ)わる。

 ()ぐに目を離した。胃袋から不快が込み上げる。

 淡い緑の体液に浮かぶのは、肥大化した目玉。半ば溶けた『おたまじゃくし』の出来損ないが、力無く揺蕩(たゆた)う。

 いや、他にもある。

 骨が白く透けた人の腕。四肢と臓腑を失った胴体。(かつ)ては人間であっただろう、頭部の片割れ。

「……外道が」

 喉から溢れる酸味を飲み込んだ。肩が震えるのは、吐き気だけではあるまい。

 何が目的なのかは知らぬ。知りたくも無かった。

 だが。一歩でも間違えれば、道徳から外れた営みに巻き込まれたに違いない。

  ――そして、永見も同じく狙われたのならば。

 最悪の想定に、足が自然と先を急ぐ。気付けば、駆け出していた。

 遺骸を飾る円筒の(ひつぎ)を、次々と通り過ぎる。(いく)つ数えたであろうか。部屋の終端まで近付くと、重厚な鉄扉が飛び込んだ。

 把手(とって)も鍵穴も無い、一枚板の扉。隙間から漏れる甘い腐臭が密度を増した。

  ――誘っている。

 ()ぐに理解した。だが、何の為に命を懸けて死線を(くぐ)り抜けたのか。

  ――待っていろ。今、助け出す。

 息を殺し、扉に触れる。()れだけで重い鉄扉は(なめ)らかに開いた。

 一瞬、白い光が網膜を焼く。

「…………っ!」

 鼻を()じ曲げる異臭が霧散した。代わりに満ちるのは、()んだ朝の匂い。登校する生徒たちの喧騒が、遠くから聞こえる。

 飛び込んできたのは、怪しき工場の最深部などでは無く、見慣れた学び舎の教室。

 窓の外からは朝陽(あさひ)が差し込み、白く輝く光の粒子が(きら)めく。黒板は綺麗に掃除され、今日という一日の始まりを告げていた。




「……朝?」

 思考が空転し、呼吸を忘れる。

 違う。今は深夜。裏門で隙を作り、鉄管の上を走り、死地を抜けてきた。

 真逆(まさか)、あれが夢だと言うのか。ならば、何処(どこ)から?

「もぅ!しぃ君たら、おっそいよぉ!ちーこーくーっ!」

 疑念を(はさ)む前に、無邪気な声が飛び込んだ。教室の窓際、特等席から呼ぶ声。

 出処(でどころ)を見定めれば、其処(そこ)に彼女は居た。

「どうして遅れるのっ!せぇっかくっ、カノジョが早起きして登校したのにっ!」

 頬を大きく膨らませ、上目(づか)いで睨む永見椿(ながみつばき)

 愛らしい仕草に、思わず苦笑が漏れた。傷ひとつ無く、恐怖に怯えてもいない。いつもの、明るく快活な彼女の姿。

「……()まぬ。出掛け、姉上に呼び止められて、の」

 戸惑う前に、口が勝手に動いた。(よど)みなく、自然と言い訳が滑り出す。

  ――違う。永見とは同じ(クラス)では無い。

 脳裏の隅で、警鐘が鳴る。だが、安らかな空気に、心地よい温もりに流される。

 記憶が、泡沫(うたかた)(まやかし)(ほだ)される。

「ホント?ウソじゃないよね?」

 胡散(うさん)臭そうに、疑いの眼差しを向ける御河童(おかっぱ)頭。疑問を(ぬぐ)えぬ剣幕に、つい目で助けを求めた。隣で爽やかな笑みを浮かべる、間宮透(まみやとおる)に。

「諦めろ、赤目。お姫様はワガママだって、キミも知っているだろう?」

 悪戯っぽく目を細め、肩を(すく)めて見せる。気障(きざ)な軽口に、敵意は微塵も感じられない。ただ面白そうに、(からか)う好青年が笑っていた。

  ――違う。間宮とは、殺し合いをしていた(はず)

「そう育てたのは其方(そなた)であろう?責任を取らぬのか?」

「いやいや。今のカレシは赤目、キミだよ」

 意味深に、優男の手が肩に触れた。

「こういうのは、赤目が適役だと思うけど?」

  ――何を言う。永見は間宮を選んだではないか。

 雨の公園での、悲痛な叫びが蘇える。『トオルがっ、スキだからっ!』という、彼女の叫び。

 あの言葉は、幻聴だったのか?

  ――痛い。

 混濁する意識の残影に、内から頭が痛んだ。耐え(がた)い違和感が蟀谷(こめかみ)を貫く。

「えっ?しぃ君っ、どうしたの!」

 永見の顔色が変わる。吐息が触れる距離まで顔を寄せ、覗き込む。

「具合が悪い?保健室に行く?」

「……いや。大丈夫」

 心配する永見から離れ、片手を持ち上げた。いつもの癖で、頭を()こうとして。

 何気なく朝陽に透かされた、(けが)れた包み布が時間を凍りつかせる。

()れは……」

 薄汚れた切れ端で乱雑に巻かれた左手の指。先端が赤黒く変色し、醜く腫れ上がる。爪は割れて血が滲んだ。

 鮮烈な、死闘の痕跡。

「……うっ!」

 まじ(まじ)と傷と向き合った途端、忘れていた激痛が蘇る。

 指先から手首、肘、そして肩へ。神経を焼き切る鋭い痛み。骨から這い上がり、脳を穿(うが)つ激痛に、視界が色()せる。

 上書かれた記憶が、元に戻る。

 炎に溺れた鉄管。奈落へ落ちた大黒。夜闇(よやみ)に響く『おたまじゃくし』の絶叫。

  ――()れは、悪夢。

 ようやっと、目が覚めた。

 今は朝では無く、学び舎にも居ない。間宮は頭を(うしな)い、永見の行方も知れず。

 (ゆえ)に、地獄へ足を踏み入れた。血と泥に溺れ、己の正心を失い(なが)ら、足を止めず捜し求めた。

「しぃ君?」

 不思議そうに首を傾げる永見から距離を離す。()(まま)蹌踉(よろ)めきつつも壁(ぎわ)へと移動した。目の前の光景が、ぐらりと揺らぐ。

「――しぃ君」

 空気が変わる中、永見が名を呼んだ。胸元に手を当て、上から(ボタン)を外し始める。

 口元には何時(いつ)もと違う、(いや)しき夜鷹の媚笑。

  ――永見が、斯様な真似をする筈が無い!

 躊躇は無かった。

 (あや)しく光る御河童頭の眼差(まなざ)しを無視し、左手を高く振り上げる。

 狙うは、目の前にある壁。否。幻覚の皮を被った、現実の()()

 (ほど)無く、硬質な衝撃音。布切れが破れ、骨が悲鳴を上げた。




「…………っ、ぐっ……!」

 歯を食い縛り、奥底から込み上がる悲鳴を抑え込む。嫌な汗が噴き出し、()の場で(うずくま)る。視界は明滅(めいめつ)を繰り返し、使い物にならない。

 だが、必要な事。

 脳天を突き抜ける激痛。()れこそ、直視するべき真実。虚飾の世界で信じられる、現実への(いかり)

 (ゆえ)に、耐える。容赦を知らぬ荒波を。

  ――今が、踏ん張り(どころ)ぞっ!

 奥歯が砕けるかと錯覚する、長い煉獄の時間。若干(じゃっかん)、波が引く頃合いを見計らい、固く閉じた目を開ける。

 元の場所へと戻っていた。

 (まばゆ)い朝陽は、冷たい工場の非常灯へ。黒板や壁は、無骨な鉄柱へ。爽やかな空気は、鼻を突く腐臭と湿気へ。

 そして、ふたりは()き消えた。

「……っ、はぁ、はぁ……っ!」

 荒い息で肩が上がった。冷や汗を手で拭い、顔を上げる。

 両足で立つ場所は、通り過ぎた部屋の続き。

 灰色の墓標と天井を支える鉄柱が規則正しく並んだ。大気は人工的な腐臭に満たされ、不快を誘う緑の光が、床から毒々しく滲み出す。

 違うのは、中央を貫く通路。水提灯(ちょうちん)が、緑と濁った金の縦縞が走る紳士服に袖を通し、城主であるがの(よう)に、(うやうや)しく(たたず)む。

 ()の姿を他人と間違うものか。間宮の身体を奪った怪異――野狗子(やくし)である。

「…………目ヲ覚マスナンテ。ヤハリ赤目ハ、野暮ダネ」

 液状の頭部を揺らめかせ、心底、残念そうに肩を落とす。

 振舞う仕草は、(かつ)ての持ち主に似ていた。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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