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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
六 花さそふ 嵐の庭の
45/54

引き換えに、罪を重ねる 二

 鉄管の上に降りるや否や、闇の奥処(おくか)まで届く重低音。亡者の(なげ)きを思わせる慟哭(どうこく)が壁や鉄管に反響する。

 臓腑を掻き回す不協和音が正心の声と重なった。外と内、双方からの挟撃。逃げ場無き責め苦に、軽い目眩(めまい)を覚えてしまう。

「くっ!」

 歯を食い縛る。強く頭を振り、幻覚を追い出した。震える膝を無理に奮い立たせ、足を進める。

 過ぎ去った足跡を光の束が通り過ぎた。

 不意に谷底を襲う閃光。白濁とした柱が次々と生まれ、鉄骨や配管の表面を舐め回した。一本、また(一本)。探索の明網が行き()い、怪しき人影を(あぶ)り出す。

  ――早過ぎる。

 ついさっき、不審な音を立てた。とは言え、動きが早い。如何(いか)に警備が厳重とはいえ、尋常の域を超えている。

 悪態を吐く余裕も無い。光の追跡に見付からぬ(よう)、慎重に。九十九(つづら)に折れ、時に真上へと伸びる鉄の道を走る。地図が指し示す矢印を頼りに天守へ。甲高い足音は警報音が()き消した。

 何度、影に身を(ひそ)めただろうか。時に鉄管の裏にしがみ付いて逃れ、時に濃い闇の(よど)みへ同化する。頭上を警報音と探照灯の爪先が闇夜を()ぐ中、やがて本丸の影が夜の靄に浮かび上がる。

 後もう少し。(はや)る気持ちが足を急がせる。

 矢先、意識の死角から羽音が飛び込んだ。細く、高く、耳の奥を煩わせる金属音。(うなじ)に焦げる警鐘が走り、音の出処(でどころ)を目で追う。

 頭上を飛ぶ視線と絡み合った。鋭角的な金属の箱が、回転翼の力を借りて夜空を舞う。

 自立機(ドローン)。南蛮の(いくさ)で猛威を振るう、鉄の死神。

「なっ!」

 風を()む回転翼の隙間に居座る物体を認め、息を呑んだ。空を飛ぶ鉄騎の背に、乗り込んだ怪異の影。巨大なひとつ目を細め、と大きな口が横に広がる。


 ギャ……アァッ……!


 『おたまじゃくし』が口を開け、吠えたのが合図。怪異を乗せた奇怪な自立機が、見定めた獲物を目掛け急降下する。

 前日に見た報せ(ニュース)と重なった。

 遠い異国で長く続く、戦場のひと幕。逃げ(まど)う兵士に無機質の殺意が襲い掛かる。最後は決まって、ぶつかる寸前に映像が止まった。

「くっ!」

 手甲の裏から棒手裏剣を引き抜き、素早く投げつけた。白刃は回転翼ではなく、その中心――駆動部を正確に射抜く。

 火花が散り、制御を失う空飛ぶ悪意。『おたまじゃくし』共々、眼下(がんか)に広がる闇へ吸い込まれる。

 聞いた事の無い断末魔が尾を引いた。やがて、遥か下で潰れる音が木霊する。

「……画面の向こう側と同じ、か」

 他人事として見ていた映像が、眼の前で顕現(けんげん)する。気付けば、長く息を止めていた。

 だが、感傷に(ひた)る暇も与えてくれぬ。

「っ!」

 別の飛音を鼓膜が拾い上げ、思わず舌打ちする。一難去って、(また)一難。無慈悲な殺意が続け(ざま)に押し寄せる。

  ――しつこいっ!

 警報音と、探照灯。そして『おたまじゃくし』を載せた自立機。死地に飛び込んだのだと痛感する。

 だとしたら、好都合ではないか。

 脈が早くなるのを感じる。不覚にも、自然と熱い血潮(ちしお)が全身を巡った。

 足取り軽く、鉄から鉄へ。左右の壁が途切れ、本丸の壁がぬらり、と眼前に現れた。手が届くまで五間(十メートル)も無い。この一本道を駆け抜け、最後に飛翔すれば良い。

 足を止めざるを得なかった。

 天守の壁から鋭利な殺意が、(うな)りを上げ飛翔する。体重を()らし、()()(よう)に身を(ひるがえ)す。風を切る音が頬を掠めた。

「相変わらず、気に入らねぇガキだっ」

 気に入らなそうに鼻を鳴らす音。何度か聞いた声に、目線を前に向ける。

 正面。本丸に伸びる鋼管の脇に()えられた、鉄製の螺旋階段。踊り場から忌々(いまいま)()に睨み付ける、腹の突き出た人影。

 大黒(だいこく)だ。




 点検用だろうか。螺旋階段の踊り場で大黒が不敵に(わら)う。全裸では無く、濃緑の背広を(まと)っていた。手には大きな木と樹脂の複合体。形からして連弩(ボウガン)か。

「当てて良いのか?」

 いきなりの挨拶に、わざとらしく溜息を()く。

「狙っておったのだろう?()の身体を」

「今だって狙ってるさ」

 獰猛(どうもう)に口端を広げ、舌()めずりをひとつ。重そうな凶器を構え直し、標的に狙いを合わせる。相手の手元から小さな回転音が(つる)を巻き上げ、弓が(しな)った。

「だがな。ムカつくが、野狗子(やくし)が許してくれねぇ」

 だが、大黒は絶対的優位を()の手で手放す。照準から目を離し、連弩の切っ先を()ろした。

「今はココで勘弁してやる。ありがたく思うんだな」

「それは(それは)。尻にでも敷かれたか?」

「ケッ!」

 安い挑発には乗らず。大黒は恨めしそうに唾を吐き、険しい視線を放り投げる。背後、羽音を率いた唸りに向けて。

「カスどもっ、攻撃すんじゃねぇぞっ!」

 大声を張り上げれば、『おたまじゃくし』を乗せた鉄鳥は四方を囲んだ(まま)、示し合わせて中空に静止する。親に叱られた子供の(ごと)く、一斉に殺気を潜めた。

(なつ)いているな。其方(そなた)の隠し子か?」

「うるせぇ!」

 大黒は苛立ちを隠さず、連弩を乱暴に肩へと(かつ)ぎ直す。

「とにかくっ、大人しく付いて来てもらうぞっ。招待状は受け取ったんだろ?」

「招待状?」

 記憶の無い響きに首を(かし)げる。と、大黒は眉間に大きく皺を寄せ、激しく毒つき始めた。

「あのマヌケ野郎っ!だからオレはムリだって言ったんだっ!」

 詰る言葉が止まらぬ。癇癪(かんしゃく)を抑え切れず、手()りを乱暴に蹴りつける。

()の間抜けとは、鷲鼻(わしばな)の事か?」

 疑問を口にすれば、大黒は押し黙った。(しばら)く目を白黒した後、痛快に笑い飛ばす。

「鷲鼻、かっ!あのブサイクにゃあ、ピッタリな名前だなっ!」

 脂ぎった肌が探照灯の残光を弾き、闇夜に不快な(つや)を放つ。

「とにかく、結果オーライだ。無能なバカ野郎のせいで少し予定は狂ったが、なんも問題ねぇ」

 大黒の調子の良い軽口に、自然と(かかと)を上げ、膝を軽く曲げる。臨戦態勢。

「仲間が死んだというのに。よくも嬉しそうに笑えるな」

「は?ナニを言ってんだ?」

 嘲笑の質が変わった。信じられぬ、という正気を疑う一瞥が、冷風に混ざり頬を突き刺す。

「アイツが死ぬワケ、ねぇだろ?いったいダレが――」

(ばく)だ」

「ナニぃっ!」

 短く名前を教えれば、大黒は顔を引き()らせ、目を見開く。

「なんでテメェが獏のコトをっ?!」

 唇が戦慄(わなな)き、顔を真っ赤に染める。銃床(ストック)を肩に押し当て、先端を乱暴に突き付ける。

「妙な縁があってな。だが、()の場に居合わせたのは偶々(たまたま)

 動揺を隠せぬ大黒を前に、()えて一拍。大黒の反応をじっくりと(うかが)う。

「可哀想に。命()いの最中、獏に踏み潰されたぞ」

「クソッタレェッ!」

 (まこと)を伝えれば、大黒は吠えた。

 怒りに任せ、引き金に掛けた指が動く。立つ位置を()らし、放たれた凶矢の軌道から逃れた。刹那まで頭があった空間を貫き、背後で金属同士が噛み合う(にぶ)い音。

 直後、霧雨(きりさめ)の様な音が背中を濡らす。瘴気を(はら)んだ真夜中の湿気に、柑橘の匂いが(ただよ)い始めた。

「いきなり何を」

「うるせぇっ、獏の手先めっ!」

 (はなは)だしい思い込みが、会話を切り捨てた。

「こうなりゃぁっ、ハナシは別だぁっ!」

 (せき)が決壊する。絶叫が頼り無い鉄橋を震わせた。(いき)り立つ大黒に合わせ、大人しかった自立機が呼応する。一段と(うな)りを上げる耳(ざわ)りな羽音。


 クワゥ……ァアァ……ッ!


 『おたまじゃくし』が総出で不協和音を奏で始めた。不吉な合唱を背に受けつつ、足裏へ全身の力を送る。

 鉄管を踏み込み、大きく跳躍。殺意を宿した機械と妖気の鼻先に、足を突き出して迎え撃つ。

 足裏で、柔らかいものが潰れた。

 怪異の口から漏れる濁った音。眼球が腐った果実の様に圧壊し、厚皮から(けが)らわしい飛沫が霧散する。

 此処(ここ)で終わりにさせぬ。

 蹴り潰した自立機が落下するより早く、鉄の躯体(くたい)を足場に強く蹴り下げる。作用と反作用。物理の(ことわり)を強引に()き伏せ、身をより高く闇の彼方(かなた)へ。

 上空から待ち受ける別の自立機。『おたまじゃくし』の口が大きく開く。


 ギャアッ!


 吠える怪異を横目で捉えた。白い歯の並ぶ口が迫る。

 噛み付かれる寸前、手鉤の爪を『おたまじゃくし』の目玉に突き立てた。掌底の要領で押し付ければ、茶色い怪異を容易(たやす)く裂き、鉄の胴体を破壊する。

  ――いや、まだっ!

 (なか)ば鉄(くず)となった機械を掴む。慣性を力尽くで()じ伏せ、空中で半回転。手にした残骸を建屋へ投げつける。

 大黒の居る、螺旋階段に向けて。

「ぬぉっ!」

 肥満の男が驚きつつ、矢を放った。風を切る太い杭が、怪異と鉄塊を貫く。

 漆黒が一瞬、反転する。

 機械の、貫いてはならぬ箇所を貫いたか。自立機が、闇夜に白い世界を焼き付けた。

 (わず)かに生まれた隙に鉄管を踏み直すと、勢いを殺さず前へ向かって蹴る。

 相手の反応が全て遅れた。

 五間(十メートル)の間がみる(みる)埋まる。残るは鉄管と螺旋階段を(へだ)てる隙間だけ。

「クソがぁっ!」

 慌てた大黒が引き金を引くも、矢は放たれず。弦を巻き上げる、駆動装置の音が止まらず。

 失策は見逃さない。鉄柵目掛け、全身を発条(バネ)へと変える。

 足が離れる寸前、背後の空気が瞬時に沸騰した。

 鼓膜を(つんざ)く炸裂音と、圧縮された大気が背中を熱く押す。(いく)つか、破片が背中を刺すのを感じた。

  ――痛っ!

 背負い鞄が防いでくれたとはいえ、五臓六腑を揺さぶる衝撃までは(かば)い切れず。背を()く感触と共に宙へと投げ出される。(あらが)えぬ(まま)、配管から身体が引き剥がされる浮遊感。

「ぬおっ!」

 片腕を上げ、身を守る大黒。目を(そむ)ける()ぐ目の前で、鉄柵に胸板から叩きつけられた。




「がっ!」

 肺を激しく押し付けられ、口から汚い嗚咽が漏れる。背中を走る激痛と、前から襲われた衝撃。一瞬、視界が暗転する。

 姿勢を崩し、鉄柵の反動で(はじ)き出された。跳ねた身体が螺旋階段から離れていく。

 重力が、足元から奈落へ引きずり込む。

  ――なんのっ!

 咄嗟(とっさ)に腕を伸ばした。左手が床板に引っ掛かる。渾身の気を送り、最後に残った指一本で食らいつく。

 (すべ)ての体重が、たったひとつの関節に食い込み骨が(きし)んだ。宙に浮いた足が虚空を()き、深淵が口を開く。

「ザマァねぇなっ!クソガキィッ!」

 巨大な影が覆い被さった。頭上から降り注がれる、粘着質な声。

「形勢逆転ってヤツだ。残念だったなあっ!」

 大黒が醜い愉悦を浮かべ、見下ろしてきた。ねっとりとした視線が、鉄柵の外で揺れる我が身を(なぶ)る。

「死ねば……、身体は手に入らぬぞ……」

 意識が途切れそうになる(ほど)の痛みを(こら)えつつ、肺の残()を絞り出した。額に脂汗が滲む最中、()れでも揚げ足を奪い取る。

「……良いのか?」

「うるせぇ!」

 顔を真っ赤に()で上げ、泥と油に(まみ)れた革靴の裏を高く振り上げる。狙われたのは、残された指。

「こうすりゃ落ちんだろぉが!ええっ!?」

 ――みしり。

 踏み付けられた爪先が悲鳴を上げた。言葉にならぬ激痛が脳髄を焼き、肺腑から声にならぬ(うめ)きが押し出される。

「ヤツのカタキ……ってな!覚悟しろやっ!」

 大黒の足首が重みを増した。卑下(ひげ)た笑みを張り付かせて身を乗り出し、手にした連弩を突き出す。(やじり)が狙うのは、無様にぶら下がる男の眉間。

 待っていた瞬間。

 骨を砕かんとする苦悶を意識から追い出し、踏み付けられた(くさび)を起点に夜の(とばり)を蹴る。指一本を引き換えにした、決死の横回り。腱が焼き付く熱に耐え、勢い良く天地を逆様(さかさま)にする。

「ぬがぁっ!?」

 間の抜けた大黒の顔が急所を晒した。()の横(つら)を、逆立ちから繰り出した蹴りが深々と(えぐ)る。予期せぬ抵抗に肥満体は姿勢を崩し、階段を支える鉄柱まで吹き飛ばされる。

 指に掛かった重石(おもし)から解放される。

「せいやっ!」

 裂帛(れっぱく)の気合いと共に、鉄柵の隙間に足を()じ込んだ。足場を得て上半身を引き上げれば、螺旋階段の(うち)へ身を躍らせる。

「このぉガキゃあっ!」

 大黒は意地汚く握り締めた連弩を、殺意に任せて振り上げる。だが、遅い。狙いを付ける前に、構えた矛先を蹴り上げる。

 ()(すべ)も無く、乾いた音を立て階段を転げ落ちる凶器。

「なっ!」

 贅肉(ぜいにく)に囲まれた目が自らの獲物を追いかけた。その隙を見逃す道理()し。大黒の、丸々と肥えた手首を捕まえる。

「ナニぃっ!」

 肉付きの良い口から放たれる、裏返った声。手の内に隠した手鉤の爪が、柔らかい肉に食い込む。

「ぎゃあっ!」

 鉄爪が繰り出す呪縛の痛みに、大黒は暴れた。腕を引こうと足掻(あが)き、傷口を広げる。黒く濁った血が迸り、鉄床を汚す。

 離しはしない。腰を引く大黒の重心を奪い、片手で腕を(から)める。懐へ滑り込み、太った身体を腰に乗せた。

 柔道で言う、一本背負い。――(しま)いだ。


 ゴォッ……ガァアッ!

 

 周囲で羽撃(はばた)く『おたまじゃくし』が(ざわ)めき立った。後の祭り。背中の重みが消え、生温かい風圧が通り過ぎる。

「うがあぁあぁぁっ!」

 放物線を描く大黒は、簡単に鉄柵を乗り越えた。引力に呑まれ、夜の深部へ消えていく。

 数瞬の間を置いて、一際(ひときわ)大きな衝突音が峡谷の底から響き渡った。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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