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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
五 夜をこめて 鳥の空音は
40/54

名人の正体 二

 松平の運気は悪いのか、鉄格子の鍵穴に収まる相方(あいかた)を見付けられず。残りふたつ。

「チィッ!」

 結局、白蛇は最後の賭けにも負けた。乱暴に舌打ちする姿を、鍵束の奏でる高音が(あざ)笑う。

「待ってろっ。今から教育してやるからよっ」

 だが、()れでも諦めず。白い顔に浮かぶ黒目が獲物を下から(あお)ぎ見る。中々の執念。噛み付けば離さぬ、蛇の(ごと)き粘着質な闘志は一体、何処(どこ)から湧き出すのか。

 (しか)れども。扉は彼の手で扉を開く事は最後まで出来ず。

 不慮の事故に備え、気付かれず腰を落とす。と、突如として重い音が白き空間を駆け巡った。

 素手で鉄を殴る、低く鈍い衝突音。一度ならず、何度も。警告するかの様な重い衝撃が途切れなく続く。

「あぁ、クソッ!」

 何かを察した顔で、松平は鍵を回す手を止めた。白い顔は天を仰ぎ、細く長い指が(ひたい)に乗る。

「気付くのが早ぇよ。もう少し、手加減しろってんだっ」

 力無く毒突く白蛇の姿に、牢の中で小さく首を傾げてしまう。

 何処(どこ)か妙。異変を前に、刑事は不思議と落ち着いていた。直前の悟った顔と言い、(いず)れこうなると予想していたか。

 では、彼は何を予見していたのか?探るべく、不可視の触覚を音の鳴る方向へと伸ばす。距離は近い。金属の壁を叩き続ける音に怒声が重なった。

「松……部っ!コ……開け…………いっ!」

「マ……!何や……んだっ!予備の鍵……持っ…………がってっ!」

「誰……!バール……って来いっ!早……!」

 澄ました五感が扉の向こうにある声を拾う。些音聞金(さおとききがね)を通さぬが故、所々が(こぼ)れ落ちる。が、眼前の白蛇が抜け駆けしたのは間違い無い。

「度が過ぎたようだな」

「んっ?何がだっ、小僧っ」

「お仲間から随分な仕打ち。色々、策を(ろう)したのが災いとなったようだの」

「は?ソレが何だったってっ?」

 白蛇の口元が薄く開いた。(あざけ)り混じりの赤い舌が覗く。

「いい子ちゃんぶって事件が解決できると思うか?こんなもん、大事の前の小事、ってヤツだ」

 さも当然の様に。平然と言い切る刑事の輪郭を冷めた目でなぞる。

()れが正義の味方の言葉か?いち市民としては、(うす)ら寒い話なのだが」

「幻滅したか?なら、勝手に隅っこで泣いてろ」

 松平は床に唾を吐き、煙草を口元に寄せた。鉄扉を叩く音が響く中、ゆるりと紫煙が漂う。

「大体な、小僧。正義ってのは法が決めるコトだ。オマエ()のちっちゃい脳ミソで考えられる、ちっぽけな正義感とは違うんだよ」

「法は万人の元に平等で()()き。其方(そなた)の玩具ではあるまい」

「理想論を振りかざしても、何も変わらねぇよ。オレは権力から法の執行を任されている。ソレが現実だ」

 煙草の根本を()む松平の顔に、薄っすらと異相が浮かぶ。自らの権勢に酔い()れる凶相から、淡緑や間宮と同じ匂いを()ぐ。

 指先が冷たく感じ、胃の()が不快に(ねじ)れた。

 彼は、欲望に忠実なのだ。

 間宮は名声、淡緑は享楽。そして眼前の刑事は職務という願望に囚われている。法の執行官という皮で、欲望を包みこんでいるに過ぎない。

 (ゆえ)に、出来るのだ。覚悟した上での暴挙、暴論を。正道を進む代償だと、微塵も疑っていない。

「……取り返しのつかぬ事になるぞ」

「忠告、ありがとな。小僧」

 煙草を指先で(つま)む彼の黒目が、(わず)かに細まる。相手を小馬鹿にした、何処(どこ)か狂った眼差し。

「だがな。物事ってのは、後戻り出来なくなってからが本番なのさ。尻の青いガキが、知ったような口を()くんじゃねぇ」

 (うそぶ)く松平の背を叩音が襲う。素手で殴る低い音から、金属同士が衝突し(こす)り合う、硬く高い音律に。

「バカ野郎っ。署内を壊すつもりかよ」

 何を考えてるんだ?と、首の後ろに手を当て、音のする方向へ足を向ける。壁と鉄格子に囲まれた中、錠口に突き刺した鍵を残した(まま)

 素早く指を袖の奥に仕舞い、鉄格子の狭い隙間から伸ばした。布地(ぬのじ)越しに鍵先を摘んで指を回せば、鍵穴から軽い音が鳴る。

 焦るな。ゆっくりと鉄格子の扉を押し、開いた隙間から顔を出す。丁度、奥では硬い音と共に扉が開いた。雪崩込む数人の制服と、ふたりの背広。

「……上杉警部に部長、ついでに署長もですかい。一体、なんの用で?」

 白蛇は新たな来訪者達に半ば囲まれていた。にも関わらず平然と、楽しがる様に鼻で笑う。

「おっ、おっ、おっ!」

 猫背の向こう側に立つ、恰幅の良い男の指が震えた。仕立ての良い背広で着飾った、口髭を蓄えた男。

「オマエぇっ!何やってるのか分かってんのかっ!」

 喉の奥が詰まった呻きを続けたかと思えば、途端に雷鳴が轟く。

「ナニって、休憩ですよ。ずっと働き詰めでしたからね」

「そっ、そっ!そんなワケがあるかっ!」

 再びの大喝。途切れず唾を飛ばす勢いに、周囲の人間が引く。

松平(マツ)っ!勝手に捜査するなって、何度言ったら分かるんだっ!大体オマエはっ……」

「まぁまぁ、そんなに血圧を上げなさんな。それより、もうすぐ犯人(ホシ)が白状しますから。コレで部長の点数も爆上がりっすよ」

「いや、松平(マツ)。今回ばかりは暴走し過ぎだ」

 顔を真っ赤に染める口髭に代わり、灰色の背広が会話を引き継ぐ。肌が浅黒い、妙に(やつ)れた中年の男性。

「は?だから何だってんだ、上杉(スギ)

 白蛇は朝黒に向けて大きく肩を(すく)めて見せた。今更とも言いた()に、口をへの字に曲げる。

「市民をダメにする麻薬を撲滅させるにゃ、多少のムリは必要だろ?まぁ見てろ、もう少しでゲロさせるからよ」

「ああ、そのコトだがな……。松平(マツ)

 上杉(スギ)と呼ばれた浅黒の刑事は口ごもり、白蛇から視線を外した。腰に手を当て、溜息と共に言葉を継ぐ。

「……少年は釈放だ」

 不意の宣告に、松平の顔色が変わった。




「はぁ?ナニ言ってんだ?」

 細い片眉を跳ね上げ、白蛇は素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。同僚を呑み込まんと、薄い口が大きく開く。

「小僧は殺人犯だぞ?シャバに出せるワケねぇだろうがっ!」

「ソレだがな……。落ち着いて聞いてくれ」

 浅黒の刑事は肩を落とした。激しい剣幕で詰め寄る同僚を見据え、ゆっくりと(こと)の葉を(つむ)ぐ。

松平(マツ)が化研に送ったサンプルについて、速報が送られてきた。……人間のモノじゃ無い、だとさ」

「え?……いやいや、おかしいだろっ?!」

 少しの間を置いて、松平の白い顔が更に青白く染まる。骨格から歪んだかの(よう)に、蛇に似た輪郭を驚きで引き()らせる。

「昨夜、依頼したばっかなんだぞ!そんな早く出るワケ……」

「出たんだよ。さっき、早便で届いた」

 いつも、こうなら良いのにな。と、灰色の背広を着た男は薄く笑う。

「とにかく、だ。少年を殺人罪で起訴しても却下されるのがオチ。なんせ、ヒトじゃねぇんだからな」

 固まる白蛇の撫で肩に、浅黒の手が静かに置かれた。熊手の様に大きな(てのひら)

「ふっ……、ざけんなっ!」

 が、松平は慰めの手を振り払う。勢いに任せ、正対する相手の襟元を絞り上げる。

「他の罪状もあるだろうがっ!『GB』にも関わってんだろっ!ソッチでっ」

松平(マツ)の気持ちは分かってる」

 乱暴に食って掛かる白蛇に対し、浅黒は黙って視線を合わせる。

「だがな。『GB』の件だって、鳥居の話じゃ関わりが薄そうじゃねぇか。コレ以上の勾留(こうりゅう)はムリ筋だ」

「そのムリを押し通すのが警察の仕事だっ!そうだろっ、上杉(スギ)!」

「……分かってくれっ、松平(マツ)

 首元を締め上げる手に、自らの掌を重ねた。特段、力を入れる訳でも無く、ただ添える様に。

「これ以上は(かば)いきれねぇ……」

「…………そうかいっ」

 かなりの間を置き、松平は力無く呟いた。同じ階級の男から手を離し、背を向ける。()の背が寂し過ぎたのだろう。灰色の背広が肩に腕を回した。

「さて」

 最後まで後ろで控えていた、白毛に覆われた男性が初めて声を発した。集まった中でもひと(きわ)大きく、輪郭すら隠す髪や髭は相当に白い。雪男を思わせる風貌。

「部長。そろそろ宜しいですかな?」

 問い掛けに、大人しくしていた口髭が頷く。白髭は丁寧に礼を返し、左右の警官に合図を送る。

「さ、皆さん。少年を釈放して下さい。丁重にお願いしますよ」




 地下室から助け出され後、事情聴取として(さら)に別室で質問の嵐に合う。

 深夜にあの廃墟で何をしていたのか?から始まり、間宮の事、淡緑(たんりょく)の事、そして水提灯(みずちょうちん)の事。

「……分かりました。誘拐事件として各方面に手配します。ご安心を」

 永見について話が及べば、聞き取りしていた中年警官の額から汗が流れる。

 (なに)せ、昨日の今日。警官達にも赤鬼の残滓(ざんし)が残っているのだろう。彼方此方(あちこち)に視線を泳がせ、そそくさと席を立った。ひとりで一室を占拠するのも心苦しく、一緒に部屋を出る。

 とは言え、行き場は無し。廊下を(せわ)しく行き()う警官達の邪魔にならぬ様、(はし)に所在無く置かれた長椅子の上へ身を預ける。

「ご苦労さまです」

 誰に掛けられた言葉なのか。声の出元に視線を向ければ、白髭が朗らかに歩み寄った。窓から差し込む赤い日差しに、白髭の髭が淡い赤色染まる。

()れは?」

「君の所持品です。解放された時、渡しそびれてしまったのでね」

 差し出された紙袋を開けば、忍び道具の(いく)つかに、廃墟で投げ捨てた端末。電源を入れれば、不死鳥の偶像が画面に浮かんだ。

「ご丁寧に、有難(ありがと)御座(ござ)います。助けて頂けるだけで無く、此処(ここ)まで」

 慣れない今言葉で礼を言えば、白髭も小さく頷く。

「いえいえ。ワタシも貴方のお姉さんに、随分とお世話になっていますから」

「姉?」

 寝耳に水。瞬きを忘れた顔を向けると、白い眉の奥から優しげな瞳が覗く。

「もしや、姉も何か仕出(しで)かした?」

「ふぉっふぉっふぉっ」

 問いには答えず、愉快そうに口髭を揺らす。

「聞きたいのでしたら直接、お聞きすれば?丁度、いらっしゃったようですし」

 朗らかな視線で合図を送られる。間を置かず、背後から松葉杖を突く音。

 振り返ると、危うい姿勢で駆け寄る女性の姿が視界に飛び込んだ。緩やかな()りの上に険しい皺を作り、足音高く床を蹴りつける。

「姉上?」

 間違えようも無い。姉、(あお)が嵐を呼ぶ怒気を(まと)い、眼前へと迫る。

(しのぶ)っ!」

 姉の口から(ほとばし)る、背筋を凍らせる一喝。不自由な足元にも関わらず、一足一刀の間合から手にした杖を大上段に振り上げる。

「なにしてんのよっ!このバカ弟っ!」

 轟音を立て振り下ろされた。頭骨の頂点にある急所、天道を砕かん(ばか)りの一撃。脳天から激痛が走り、目から火花が散る。

「なっ、何を……」

 足裏に力を込め、気が遠くなる重い衝撃に何とか耐える。打たれた頂点を両手で押さえると、からん、と軽い音が足元で転がった。姉が手にしていた杖だ。

「ホント、心配したんだからっ……」

 もう一度、姉に見る。細い腕が震えていた。鼻を(すす)り、戦慄(わなな)く声は次第に嗚咽へと変わる。

「……姉上、御免」

 大粒の涙で化粧の崩れた姉の顔。思わず、小さく丸まった身体を抱き寄せる。

 最近、子女を泣かせて(ばか)り。重ね合わせた温かい胸の中で、瘡蓋(かさぶた)を剥がすのが早過ぎた傷口の(ごと)き痛みを覚えた。




()れで姉上。仕事は?」

「ソレどころじゃ無いわよっ!」

 長椅子の隣に腰掛け、大声を張り上げる姉。手にした拭布(ハンカチ)で勢い良く鼻を()む。

「いきなり忍からSOSが送られてくるしっ!ビックリしてたら、今度は警察から連絡っ!しかも逮捕って!」

 早口に吐き出すと、軽く()せ返った。咳き込んだ背中をゆっくり撫でる。

「ありがと。で、ぜんぜん意味が分からないからさっ。思わず仲間に電話しちゃった」

「仲間、とは?」

「ココの警察署長。忍も試合場(スタジアム)で会った事あるでしょ?白いヒゲのおじいさん。……って、なんて顔してんのよ?」

 ()れは、するであろう。怪訝そうに覗き込む姉に、つい閉口してしまう。全く、何処(どこ)まで顔が広いのか。

「まぁ、その人のお陰でカワイイ弟の状況が分かったワケ。いい?今度会ったら、忍もお礼を言いなさい」

 先に教えて欲しかった。胸中に浮かぶ言葉を飲み込む。

 睨んでくる姉には悪いが、先程まで話していたのだ。ちら、と先程まで居た場所に視線を送るも、既に白髭の姿は無し。取り()えず、見えぬ背に向け黙礼する。

「そんなコトよりっ!」

 視線を外した隙に、姉の身体が密着してきた。寄せてくる顔に暑苦しさを覚え、思わず身を引いてしまう。

「なんで一言、お姉ちゃんに相談しなかったのっ?!そんなに頼り無いっ?」

「頼り無い、と言う訳ではなく……」

 歯切れが悪くなるのは致し方ない事。だが、姉は何か勘違いしたのか。(いま)だ揺れる瞳に力が込もる。

「ならっ、姉弟(しまい)の間に隠しゴトはナシッ!さっ、包み隠さず話しなさいっ!」

 真剣な眼差しに、つい掌で顔を隠す。

 包み隠さず、と言うのは無理な注文。

 不可思議な事柄が多過ぎる。淡緑が毒から水提灯まで、悪夢めいた奇譚(きたん)が続くのだ。素直に信じてくれるとは思えぬ。

 が、何も知らぬ姉は目(ざと)い視線で、今か(今か)と待ち構える。絶対たる姉の威光を前に、気弱い弟は(あがな)う術無し。

「実は――」

 (はら)を決め、ゆっくりと唇を()じ開ける。慎重に、物語の辻褄を合わせ(なが)ら。

 淡緑に襲われた。仕返ししたら、今度は謎の二人組。しつこい襲撃を追えば、間宮と繋がっていた。奴はどうも、永見の身柄を誰かに渡したらしい。

 何も間違ってない。ただ、所々が抜け落ちているだけ。

「そういうコトね。忍の焦る理由が分かったわ」

 両腕を組み、何度も頷く姉。だが、

「だ・け・どっ!だったら尚更(なおさら)、早く大人に言うべきでしょうっ!何でもかんでも、自分で解説しようとしないっ!」

「そうは申せど」

 上からの物言いに、つい口を尖らせてしまう。

何時(いつ)帰ってくるか、分からなかったであろう?話の仕様(しよう)が無かったのだ」

「忍ねぇっ……、なんのために端末渡したと思ってるのっ!」

 姉の鉄拳が再び振り下ろされ、同じ箇所に衝撃が走る。流石に()の場で(うずくま)るしか無い。

「で、この話は警察にも?」

 頭蓋に衝撃が駆け回る中、何とか頷く。

「そ。なら任せるしかないわね」

 姉は物思いに(ふけ)る様に天を仰ぎ、目を閉じる。ようやっと痛みが引いた頃に開き、武器に用いた松葉杖を持ち直す。

「さて。ココに長居するのも何だし、さっさと残ったヤボ用を片付けて帰りましょ」

野暮(やぼ)用?」

「忍の釈放手続きがまだなのよ。ホント、警察って役所仕事よねぇ」

 長椅子から立ち上った姉は大きく伸びをする。すとん、と力を抜くと、重そうな自分の肩を交互に()んだ。

 ならば、同じく腰を離そうとすれば、鼻先に杖の先端が迫る。

「忍はイイわよ」

 と、姉の言葉が続く。

「ずっと尋問を受けて疲れているでしょ?顔色悪いし、戻ってくるまで休んでなさいっ。分かった?」

 有無を言わせぬ確認。首肯すれば、尋ねた顔に笑顔が戻る。

「スグ戻るからぁ。絶対に待ってなさいよぉっ!」

 と、去り(ぎわ)にも念押し。姉の懸念ほど疲弊はしていない。が、問答無用の愛情には従うしかない。

 大人しく待つしか選択肢は残ってない様だ。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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