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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
五 夜をこめて 鳥の空音は
36/54

乱戦 二

 距離にして二間(四メートル)。灯影の滲む青白い微光を浴び、硬く冷たい銃口が眉間を狙う。優男は引き金に指を掛けた。生殺を握った宣言に他ならない。

「捕まえるだけ、では?」

 間宮への軽口は、嘲笑の吐息に弾かれた。異相に溢れる、西洋の悪魔に似た笑みが口の端を広げる。

「ああ。本当は五体無事なのが良いのだけど」

 美貌が愉悦に溺れ、目を細める。瞳の奥から、生命への敬意はひと欠片も感じられず。純粋な迄に残忍なる眼光。

「最悪、頭は不要なんだ。残念だったね、希望通りにならなくて」

 間宮は視線を僅かに動かす。一転、眉を跳ね上げ、(かたわ)らで(すす)り泣く怪異の群れを睨んだ。

「おいっ、お前らっ!」

 刃の(よう)な声に、緑色の群れがびくりと震える。

「泣いてないで、コイツを(ひざまず)かせろっ。早くっ!」

 軟派男の高圧的な命令に、ニ匹の怪物が目を(こす)(なが)ら応じた。のろのろと緩慢な動きで寄り、左右の肩を掴む。哀れみ誘う姿に、抵抗する気も起きず。素直に縄となり、膝を折る。

「薄情よの」

 ちら、と。(ひと)り残った怪異へ横目を送る。横たわる亡骸の前でしゃがみ込む緑の体躯。丸めた背を震わし、嗚咽を繰り返す声が無常にも響く。

「仲間の死を嘆くより、己の欲を優先か。死んだ奴も浮かばれまい」

 少し(ばか)り非難を込めて見上げる。だが、間宮はせせら笑うだけ。

「いいや。尊い犠牲あればこそ、僕たちの大望が叶うんだ」

 仲間の骸を一瞥もせず、爽やかな声音で言い放つ。

「彼の勇敢な死を無駄にしない。これは、僕から送る最高の手向(たむ)けさ」

 狂った言い訳だった。

 自らが放った傲慢に気付く素振りもない。整った顔立ちの裏に隠れた自尊心は、誰も(ぎょ)せぬ程まで膨れ上がった。

「左様か」

 美丈夫に向けた目は失望か、()(とも)、憐憫か。

 だが、相手は気にも留めず。颯爽と片手で自分の端末を取り出した。数回の操作で(こと)足りたらしく、()ぐに懐へしまい込む。

「コレで『あの人』にも連絡がいった。お喜びになられてたよ」

 間宮が気取った動きで片目を(つむ)った。

「ひょっとしたら、急いで駆けつけてくれるかもね」

「それは(それは)

 掌に滲む汗を悟られぬ様、ゆっくりと握り込む。胸の内が震えたのは武者震いか。

「ならば。一言、挨拶せねば、の」

「ソレは不要だよ。第一、会う頃には話す口も残ってないし」

「なんの。何故(なにゆえ)其処(そこ)まで熱を上げるのか。直接、伺いたい(ゆえ)

 (まこと)

 連れなく(そで)を振られたとて、引き下がる気は毛頭無し。茶化す口振りは変えず、さらに詰め寄る。

「一体、何者だ?白い手袋の紳士か、鷲鼻(わしばな)か。意外な所で教師、とか?」

 間宮の表情が凍った。端正な眉が跳ね、鼻梁が深い皺で崩れる。

 顔色を曇らせば、手加減すると?相手の都合には構わず、(なめ)らかに舌を回す。

「『GB』との関係は?其方(そなた)と繋がりが有るならば、多少は関わっているのだろう?(かどわ)かしたいのも、あの毒のせいか?」

「オマエが知る必要はないっ!」

 唇を波立たせ、激しく舌打ちする間宮。不快の炎が隠しきれずに表出した。伸ばした腕に力が入り、再び銃口が睨みを利かせる。

「もういいかい?あんまり『あの人』を待たすワケにはいかないんでね」

 長い脚を揺すり、やや早口に言い放つ。()れ以上は厳しいか。

「ならば、永見は何処(いずこ)に」

 最後にひとつ。最も知りたい事柄を()じ込む。

 だが、間宮は吹き出した。玩具を手に入れた童の顔で、可笑(おか)しそうに目尻を下げる。

「さぁ?ね」

 先程までの苛立ちは何処へやら。彼は楽し()に肩を竦めた。

「もう僕には必要ないし。だから、『あの人』に渡したよ。欲しがっていたからね」

 かっ、と体温が上がった。

 血潮(ちしお)が、筋肉が、細胞のひとつ残らずが高笑いする男を(かたき)と認める。見下した微笑を浮かべた、あの首根を刈り取りたい衝動に駆られた。

(かす)め取られるのを嫌なのでは?」

 語尾が震える。辛うじて、理性の鎖が飛び掛かるのを押し留めた。我慢だ。握った拳に爪が食い込む。

「ああ、イヤさ。でも『あの人』なら話は別だよ。ペイした分、見返りも大きいから」

「酷い男よ」

 吐く息すら湯気が立った。全身を巡る灼熱の激情を丹田(たんでん)に集める。義憤を燃料として貯めるのだ。

 ()れに、細工は終わっている。

「少し長話になってしまったね」

 他人の気も知らず、間宮は北叟(ほくそ)笑む。

「じゃあ、サヨナラ。あとは僕たちに任せて」

 引き金に引っ掛けた指が動いた。押し込む寸前、顔を伏せ目を強く閉じる。

 間宮の目には往生際が悪いと見えたであろう。だが、必要な事。次に(きた)る未来の、とばっちりは受けたく無い。

「キミに会えて、正直、ムカついてたよ」

 彼の握った拳銃の排莢口から、赤白(しゃくびゃく)した閃光が漏れた。一気に銃身の腹が内側から裂ける。

 刹那、鼓膜を破る破裂音が轟いた。

 美丈夫の細い手首を巻き込んだ爆発。柔らかい肉と硬い樹脂と鉄の欠片、そして皮膚を灼く熱風を周囲に撒き散らす。驚愕へと変わった間宮の顔は、忽ち赤い炎と黒煙に包まれた。

 


 

 頭部だけでなく、上半身の全てを腔発(こうはつ)の爆炎に巻き込まれる間宮。甲高い破壊音に続く悲鳴は鋭く尖る。

「ぎゃあぁぁっ!」

 両手で顔を抑え、大きく(もだ)えた。が、片方の手は半ば失い、残った部分も黒く焼け(ただ)れる。

 ()れでは隠せる物も隠せない。大きく空いた風穴から、縦横に切り裂いた赤黒い傷口が覗く。美貌の面影は無い。醜く歪んだ顔の上を濃い緑の体液が流れた。

 上手くいった、と胸の内で唱える。

 外した弾頭の代わりに焙烙玉(ほうろくだま)を詰めた。過剰に火薬を足した空砲が破裂すれば、熱が銃身に残るのは必然。燃え切れなかった火種だって残る。

 ()(まま)、次弾を装填しようとすればどうなるか。

 薬室が扉を開けた瞬間、残った熱気と火の粉が弾倉へ移る。弾丸とて火薬の塊、(ついで)に空砲へ詰め切れなかった火薬も流し込んだのだ。詰まった弾丸への延焼は免れず、短筒(拳銃)は内部から爆散するしかない。

「ううっ……熱いっ、痛いっ!」

 よろよろと千鳥足を踏み、間宮の傷付いた身体が光の当たる場所から遠ざかる。靴底が床を(こす)る音を最後に、醜悪へ姿を変えた男は闇の中へと消えた。

「まっ、間宮さんっ!」

 二匹の怪異が反応するのと同時。左右の(いまし)めが緩むのを見逃さず、逆に身体から離れた手首を掴む。

「なっ!」

 駆け寄ろうとした二匹が動きを止めた。構わず、絞り上げる。立ち上がる力も手伝い、怪異どもは手首を軸に前回り。

「ぐわっ!」

 (したた)かに背中から床へ。怪異は仲良く、叩きつけられた痛みに襲われ呻き声を上げる。失策。其の口中に焙烙玉を投げ込む。

 爆音が鳴った。

 怪異は白目を剝き、開いた歯と歯の間から白煙が上がる。口内を焼かれては悶絶するしかあるまい。

「間宮っ、待てっ!」

 喉と口を押さえ床を転げ回る怪異を捨て置き、丹田で練り込んだ気を解き放つ。不可視の触覚を照明の届かぬ漆黒の先へと広げ、間宮の跡を追いかける。

 其処(そこ)か。

 広間の奥。小さな扉の向こうに血の匂いを探り当てた。扉が閉まる重い音に肌が震える。

 全く以て用意周到。だが、逃がす訳にはいかぬ。

 徐々に消えてゆく気配を目掛け、床を蹴る。忍びの修行で鍛えた脚を回し、閉じかけた隙間へ手を伸ばす。

 届かなかったのは、背中を襲った殺気のせいだ。


 キシャアアァッ!


 絶叫、にしては知慮に欠けた原初の雄叫び。不可視の網が絡め取った影は肉食獣を思わせた。

 速く、早い。(よど)み切った修羅の意思が繰り出す疾風に、半身(はんみ)を反転してやり過ごす。飛翔体は闇と光の狭間(はざま)に四足で着地した。

 目を凝らし確認する間でもない。淡緑の頭目、多目である。


 コッノォ!クソッチビャァッ!


 最早(もはや)、発音すらも怪しい。黒眼鏡は失われ、血走った目を(さら)け出す。暗夜に爛々と輝く、深緑に濁った双眼。

 驚きは無い。何故、という疑問も。ただ、僅かな哀れみが胸の間を疾走る。

 ついに、人非人(人でなし)と成り果てたか。


 コロォシィテェ、ャアァルァッ!


 垂らした涎が寂光の照り返しを受けた。汚い(あか)りを携え、二本足の獣は人が持ちうる肌の色では無い、薄汚れた緑の腕を闇雲に振るう。

 腰の回転を乗せた拳、いや鈎爪が頬を掠めた。皮膚の裂ける感触が走り、出来たばかりの傷口から血が(したた)る。

「くっ!」

 息継ぎも無い爪牙の乱舞。(さば)くだけでも、相当の集中を必要とした。自然と扉から離れる。

 無常にも、扉の閉まる地響きが暗色に響き、施錠音が続いた。

 いや、まだ間に合う。


 カァッゴォショォォッ!


 獣臭さと床埃を巻き上げ、深緑の塊が地を蹴る。鋭く長い凶牙が(きら)めき、首筋を(えぐ)らんとする鈎爪が襟布を裂いた。

 魔獣は勢いを殺さず、交錯した衝撃が骨身を揺さぶる。低く鈍い音が鳴り、打ち合った額の薄皮の裂ける感触。

「っ!」

 目から火花が散った。脳が揺さぶられ、一瞬、視界が赤黒く染まる。

 いや、気絶している暇は無い。素早い相手と組み合ったのだ。絶好の好機を逃がすな。


  ヲン・アニチ・マリシエイ・ソワカ


 感覚だけを頼りに、黒眼鏡であったものの足裏を渾身の力で踏み込む。摩利支天(マリシテン)の加護を受け、更に鋭く冴えた五感。(たが)(はず)は無し。


 イッグゥッウェッデェッ!

 

 絶叫を上げ獣が()()った。後ろに下がる動きも、ぎこちなく片足を引き()る。足裏から伝わる感触でも、骨を砕いたと分かった。

 (ひる)んだ黒眼鏡へ一歩、踏み込む。緩慢に遠ざかる緑獣を逃さず、右腕に両手を巻き付ける。片手は手首、もう一方は肘。

 遠慮は要らない。獣の上体をくの字に曲げ、体重を肘に乗せた。骨が軋み、悲鳴を上げる。構わず折る。関節を、(あら)ぬ方向へ。


 グギャァァッ!


 次は左腕。悲鳴を上げる猛獣の足を払い、床へ転げ落ちた左腕に(またが)る。腰を落とし、緑色の手首を首元引き寄せた。内側の筋が千切れ、皮膚伝いに軟骨が()り潰れる音。


 グルゥオャアァッ!

 

 罪人は床にのたうち回る。

 片足と両腕。続け(ざま)に破壊されては、誰かを襲う事も身を護るも出来ぬであろう。抵抗する(すべ)を失った黒眼鏡の襟首を掴み、絞め落とす。

 より強く、より深く。冥府の(ほとり)へ送る覚悟で、持てる力の全てを緑の血管が浮く首根に注ぎ込む。

 もう、悲鳴は起きない。

 口から泡を吹き、力無く寝そべる淡緑の成れの果てを見下ろし、手を離す。

 いずれ、足の傷は時間と共に癒える。が、肘は二度と戻らぬ。()の先、生きる事に苦労するのは必然。

 なに。罪に対する天罰と思えば安いものだろう。




「ふぅ……」

 ひと息、肺に溜まった空気を入れ替えた。他に動く物はないか、実体無き知覚で周囲を探る。

 壊れた黒眼鏡と、口を焼かれた怪異二匹の他、動く気配は感じず。撃ち殺された(むくろ)、額に刃を突き立てられた亡骸(なきがら)

 そして、新たに鮮血の匂いを溢れさせる(かばね)。巻き毛の怪物と折り重なり、伏していた。首元が半ば切り裂かれたのは黒眼鏡の仕業だろう。

「……南無」

 短い(とむら)いの言葉を投げ、片手で拝む。僅かな静寂の後、暗闇の壁に埋もれた扉の前に立った。

 間宮が逃げ込んだ、(くだん)の扉だ。

 (てのひら)を当て、五感を集中。摩利支天の加護も借り、触覚を細い糸に()り直す。隙間から通して扉の先を覗けば、奥でせり上がるのを感じた。

「階段か」

 鉄扉には取っ手(ドアノブ)は無い。僅かにせり出した押し板を押す。重い戸板は沈黙を貫いた。

 鍵穴は?扉の表面を(まさぐ)るも、影も形もなかった。見つかったのは壁の脇に括り付けられた、四角い板。

 今時の、認証札(カードキー)を用いる電子錠。

「――っ!」

 喉の奥が震えた。衝動のまま叩きつけた拳では、扉には傷ひとつ付かず。ごうん、と腹の底に響く重低音が返るだけ。

 何処(どこ)までも周到なのだ。逃げ道すら他の者には使わせぬよう、細工するとは。開ける手段が無い今、先に進む事は(あた)わず。

 だからとて、おめおめ引き下がれるか。

 思案せよ。間宮は深手。逃げるとて、()の足は遅い。奴は()の建物から離れるであろう。外に出れば五感の網で捉えられる。

 素早く振り返り、別の(のぼ)り階段を目指す。今は時間が惜しい。逃げ失せる前に、間宮から報せ(情報)を引き出す必要がある。

 閃光が瞬いた。

 低い唸りに合わせ、天井から白色光が降り注ぐ。息()く間も無く漆黒は追い払われ、周囲は灯火に覆われた。照明の眩さに視覚が潰れる。咄嗟に腕で目を庇う。

「な……にっ?」

 仮()めとは言え、昼夜が逆転した。詳細を掴もうと、見えざる触覚を四方八方に放つ。真逆、勝手に点く筈も無し。なにか理由があるに違いない。

 疑念は、入口の階段から届いた(ざわ)つきで確信へと変わった。別の、建物内部から通じる階段からも人の気配。二手に別れた一団が同時に、(しら)んだ廃墟に向かってくる。

「っ!」

 まだ新手(あらて)が居たとは。近くの瓦礫に素早く身を潜め、息を殺す。闇に(まぎ)れられぬから、と突っ立った儘では愚の骨頂。

 喧騒が大きくなり、やがて扉を蹴破った。群青の制服が雪崩(なだれ)込むと三々五々。小さな集団となって白灯に照らされた空間の奥へと広がる。

「警察だっ、動くなっ!」

 重そうに構える透明な盾の後ろで、警官が叫んだ。


この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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