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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
五 夜をこめて 鳥の空音は
35/54

乱戦 一

 闇を切り取る青白い(あか)りが瓦礫の丘を照らす。白く浮かび上がる間宮の顔は愉悦に満ちていた。

 ()の前で壁となって立ちはだかる、緑の怪異に化けた取り巻きが五匹。身の丈は先と戦った者より、ひと回り小さい。

 が、醜悪さは変わらず。衣服であった切れ端を緑色の巨体に張り付かせ、悪意の()もった視線で突き刺した。

「ビビってねぇな。ホンモノだぞ?」

 脇に控えた黒眼鏡が唇の端を歪め、舌打ち。怪物の群れに混じり、片手で短筒(拳銃)を構える。向けた銃口の先は言わずもがな。

「いや、驚いている」

 嘘。現代では所持すら許されぬ。が、取り締まりが緩いのか、大黒も持ち得た。淡緑の一味が隠し持っても可怪(おか)しく無い。

 其れに、古里(こり)では見慣れた武器。

 煙幕の種に、付け火の効果を上げる友。忍びと火器の関係は、切っても切れぬ。万川集海(まんせんしゅうかい)でも火薬については巻をふたつに分け、詳しく説明される程だ。

 其の流れを受け、種子島(火縄銃)の扱いが広まるのも自明の理。先を競う(よう)に腕を磨いた、という。伊賀にも音羽の城戸(きど)という鉄砲使いの名が残る。

「テメェ、場馴れしてるな?」

 何故か悔しそうに。照準は動かさぬ(まま)、黒き凶箱を両手に持ち変える。

「さて?」

 問いかけには肩を(すく)める事で応じた。場馴れしているかは知らぬが、三途の川は何度も垣間見た。

「其れより、貴様は(ひと)りか?仲間は見当たらない様だが」

「ああ?!だから何だってんだっ!」

「いや。つい先日、似た格好の奴らに会ってな」

 嘘。見え透いているが、見下した笑みを崩せれば儲けもの。

「可哀想に。其方(そなた)の元へは戻りたく無い、と喚いていたぞ。乱暴なだけだ、とな」

「うっせぇっ!」

 炸裂音が闇を引き裂いた。銃口に咲く火花と共に弾き出される凶弾。目で追えぬ速さの瞬きは足元で跳ね、舞台から消えた。

「多目っ!身体には当てるなっ!」

 瓦礫を積み上げた丘の上で間宮が叫ぶ。目を見開き、口元が震える顔には焦りが浮かんだ。本気で肝を冷やしたのだろう。

 にしても。当てるな、とは。ならば何故に凶器を持たせたのか。

「当ててねぇよっ!」

 矛盾する命令に黒眼鏡は牙を()く。暴力の欲求を全身に(たぎ)らせつつ、最後の一線を辛うじて踏み留まる。切っ掛けひとつで瓦解する、危うい均衡。

 獣と同じ有り(さま)に、飼い主は御しきれぬと踏んだか。間宮は顔を伏せ、頭を横に振る。再び美貌を見せた時には、表面上は冷静さを取り戻していた。

「そういうコトだ、赤目。命が惜しかったら、黙って従うコトだ」

 落ち着き払った声で、他人事の様に言い放つ。

 何処(どこ)までが台本で、何から先が即興なのか。だが今の所、間宮の描く筋書きから遠く離れていないのだろう。

「そのまま。ゆっくりと手を上げてもらおうか。おいっ!」

 線の細い顎を(しゃく)ると、怪異が左右から現れ、肩を押さえる。千切れた袖から伸びた緑の巨腕が手首を掴み、ひったくられた。意思とは無縁に、両手が虚無を撫でる。

「ふぅん、端末も持ってたか。田舎者にしては贅沢だね」

 怪異が乱暴に引き抜いたせいか。上着の(すそ)(めく)れ、腰に付けた革袋が(あらわ)になる。

「まあいい。コッチに放るんだ」

「慎重だな」

 上から目線の声に、皮肉を込めて返す。が、相手は一向に揺らぐ気配は無い。

「当たり前だろう?僕はいつでも慎重なのさ」

 緑の手が手首から離れ、革袋へと伸びる。気を利かせるな。(すんで)の所で振り払い、革袋から端末を取り出した。誰からも取られぬ様、強く握り込む。

()れが欲しいのか?」

 勿体振ると、美丈夫は端正な眉先を歪ませる。

「いいから、早く渡すんだ」

 (くら)い虚空を掴む様に、間宮の白く細い手が伸びる。が、距離は絶望的に遠い。

「そうか」

 其れでも相手が御所望なのだ。手の内でひと回しした後、素直に放り投げる。

 心配性の姉より頂いた、見守り機能付きの子供向け端末を。



 

「えっ?」

 手から離れる寸前、端末から伸びる輪を指に引っ掛ける。短い細紐が即座に張り詰め、端末から外れた。

 刹那、電子音が静寂を撃ち抜く。

「なっ!」

 突如として端末ががなり立てる防犯(ブザー)。鼓膜を破らんとする重奏の音階に、捕食者の余裕と暴力性を引き剥がした。動揺が廃墟の中で交錯し、集中した視線が一瞬、(ゆる)む。

 此の好機、逃がさず。

 身を(かが)め、呆然と立ち尽くす怪異の手を振り払う。至近で気を抜いたのは悪手。右手の怪異へ目掛け、釣鐘(ちょうしょう)――(すなわ)ち睾丸を蹴り上げる。

「ぐひゅっ!」

 潰された蛙の奇声。代償を払った緑の巨体が綺麗な()の字に折れ、膝を着いた。下腹から芯に響く激痛では暫く動けまい。

「てっ、テメェっ!」

 左の怪異が大岩となった左拳を振り抜く。流れに逆らわず、柳の如く受け流す。怪異の巨体が大きく振れた。鼻先を(かす)めた剛腕を奪う。驚く(いとま)も与えず相手の肘と手首を固め、関節を捻った。

「あ痛ぁっ!」

「大袈裟な」

 完全に腕を曲げ()めると、怪異の歪んだ口から苦悶の悲鳴。

 放った言葉に偽りは無し。腕を潰すのではなく、動きを奪う関節技。()の程度の痛みで悲鳴を上げるようでは、荒事は無理。

「間宮よ。王手と言ったが、詰めが甘い」

 哀れな怪異を盾にし、後ろから瓦礫を見上げる。

()れでは精々、詰めろ、だ」

 歩を金銀と見誤れば、盤上の勝負など出来るはずも無い。案の定、間宮の美貌に(ひび)が走る。目元、鼻頭、眉間と。彼の被る仮面一杯に。

「邪魔だっ、どけっ!」

 味方を人質に取られ、右往左往する怪異に業を煮やしたか。戸惑う緑の壁を押し退()け、黒眼鏡が前に出る。唯一の大駒の手が突き出すのは、無機質な素材に覆われた、丸い絶望の穴。

 本気か?いや、本気だ。

「多目っ!撃つなっ!」

「うっせぇっ!」

 間宮の制止も甲斐なく、淡緑の頭目は引き金を引く。鼓膜を揺さぶる一発。狙い通り、射線上に居た怪異の胸元を(えぐ)った。

 声を上げる間も無かった。緑の巨漢は一瞬、全身を強張(こわば)らせる。と、腕の中からするりと抜け、床へ崩れてゆく。

「うわぁあっ!」「きゃああぁっ!」

 恐怖に引き()った金切り声。化物へ変化(へんげ)しようと本質は素人。剥き出しの恐怖に触れ、浮足立つ。

「動くんじゃねぇっ!」

 多目の咆哮は誰に向かってか。

 悲鳴の間隙(かんげき)を縫い、多目は照準を合わせようと藻掻(もがく)く。無理な相談。返答の代わりに、隠し物入れ(ポケット)から引き抜いた焙烙玉(ほうろくだま)を投げつけた。瞬く間に黒眼鏡の顔が白煙の中へと埋もれる。

「うおっ!」

 視界を奪った淡緑の頭目を目掛け、一気に間合いを奪う。悪足掻(あが)きと(ばか)りに再び銃声。今度は大きく右に逸れた。余韻を残した夜陰を踏み込み、伸び切った手首を蹴り飛ばす。

「赤目っ!」

 後手を踏んだと気付いた間宮が叫んだ。彼の絞り出した声を背に受け、宙を跳ねる。独楽(コマ)の様に闇空で回る短筒(拳銃)を掴んだ。

 怪異の群れが動き始めるのに合わせ着地し、先に次の動作へ入る。残った焙烙玉のひとつを残し、全てを間に割り込ませた。

 再び舞い上がる迷煙。視界を奪う灰色の(とばり)(まぎ)れ飛び退き、大きな筐体の後ろへと身を隠す。()(まま)、影から影へ。怪異が元の場所を探す頃には、別の場所に身を潜ませた。

「クソっ!ドコへ消えたあっ!」

 多目が行き場のない激情を遊戯(ゲーム)筐体に叩きつける。軋む音を立て、巨体がゆっくりと傾く。床に激突した瞬間、激しい轟音に揺れ、(まばゆ)い火花が(ほとばし)った。




「皆んなっ、落ち着けっ!」

 間宮の美声が薄闇の中を駆け巡った。主の声で、緑色の妖鬼に広がる動揺の波が引く。

「まず、二人は入口を(ふさ)ごう。そうすれば袋のネズミだ。」

 隠れた場所から覗き込む。間宮は瓦礫の丘を()りて一団と合流した。身振り手振りを(まじ)え、次々と号令が飛ぶ。

「残りは手分けして、周囲を探すんだ。大丈夫。僕たちが負けるはずは無い」

「けど、間宮さんっ」

 (うずくま)り、濡れた目で美貌に訴えかける一匹の怪異。()の腕の中で、銃弾を受けた緑の化物がぐったりとしていた。息が浅く、肌の色も戻っている。

「松田を早く病院に。このままじゃ死んじゃうっ!」

 震える声は誰が受け取るのでも無く、重苦しい沈黙に溶けて消える。間宮は美しい(かお)憐憫(れんびん)の色を浮かべるも、ゆっくりと顔を背けた。

「使えねぇカスだろ?放っておけ」

 引き継いだのは多目。苦々しく床に唾を吐き捨てる。

「死人がひとり出たくれぇでピーピー(わめ)くんじゃねよ。揃いも揃って、役立たずのクズが」

「なっ!」

 緑の化物が、獰猛(どうもう)(うな)り声を上げた。黒眼鏡を見上げる目に憎悪の炎が宿る。

「なんて言いぐさだよっ!」

「あぁ?気に入らねぇかっ?!」

 多目が鼻を鳴らす。彼の踵が床を強く踏み、逆の足が離れた。

「オラァッ!」

 繰り出した蹴りは猛烈だった。

 唸りを上げた爪先が、死にかけた怪物の顎を捉える。衝撃で看病する怪物の手から離れた。

 床に落ちても容赦は無い。淡緑の頭目は無慈悲な足裏を何度も振り下ろす。硬いものが砕ける音に合わせ、怪異の顔から濁った粘液が飛び散る。

「やめろぉっ!」

 黒眼鏡の止まらぬ凶行に、(たま)らず緑の怪物が強引に振り払う。

 が、遅かった。助けられるべき対象の瞳は宙を凝視して動かず。生命の息吹は微塵も無い。

「松田ぁっ!」

 床を這い、亡骸に(すが)る人の成れの果て。

「どうして……なんで……」

「あ?!」

 酷く億劫(おっくう)な面持ちで、多目は泣き崩れる影を見下ろす。

「ゴミの処分に理由が必要かよっ!」

「なっ……、ふざけんなぁっ!」

 怒声が()き出した。怪異は肩を震わせて立ち上がり、犯人である男の胸倉(むなぐら)を乱暴に持ち上げる。

「あぁんっ?ヤるんかゴミ?!」

 多目も負けじと顎を上げ、化物を()め付ける。眉根の(しわ)を深く刻む顔を至近まで寄せた。

「ふたりともっ、()めるんだっ!」

 間宮がふたりの間に割って入る。緑の怪異と淡緑の頭目、荒ぶるふたりを交互に見据える。

「頭を冷やして考えてくれ。なにも松田が悪いんじゃない」

 諭す(よう)な、静かな声だった。

「多目だって、あの状況で最善を尽くした。なら、誰が悪いのか?決まっている、赤目だ」

 間を置き、ひと呼吸。長い睫毛が閉じ、再び開くと、怪物たちの間にある戸惑(とまど)いの空気が消えた。廃墟の温度が上がり、薄闇に陽炎が浮かぶ。

「いいかい?赤目が僕たちの指示に従っていれば、すべて円満に終わる予定だった。

 だけど、彼は変に抵抗したせいで、制御できない混乱が生まれたんだよ。

 不幸だった、なんて言葉では片付けられない。その上、松田の命も……。()んな、悔しくないか?」

 美丈夫が問いかける。怪物の誰しもが、黙って頷いた。黒眼鏡だけが不貞(ふて)腐れた顔で無視を決め込む。

「そうだろう?コレで、僕たちは赤目を捕まえる理由が、もうひとつ出来た」

 周囲を見渡し、美貌が大きく頷く。

()んなで松田の(かたき)を討とう」

 直後、大きな(とき)の声。画面から漏れた光が照らす薄暗い空間へ、緑の化物が散った。瞳に復讐の炎を湛えて。

 ()の姿を、黒眼鏡は馬鹿にした目で追っていた。




「濡れ(ぎぬ)を着せるな」

 一部始終を覗き見て溜め息が漏れる。色々と文句はあるが、乗り込むのは鴨が(ねぎ)を背負って現れるのと同じ。

 代わりに、新しく手に入れた玩具を確認する。

 鉄ではない素材で覆われた、四角い短筒(拳銃)。飛び出た撃鉄は無く、安全器(セーフティー)も見当たらない。

 数少ない(ボタン)を押せば、弾倉が飛び出た。中に詰まった弾は五発。

「少ないな」

 ひとり分、足りない。(あや)める気は無いが、牽制が必要な場合も考えられる。そう考えると、流石に心許(こころもと)無い。

「……仕方ない」

 弾倉から銃弾をひとつ引き抜きつつ、耳を(そばだ)てる。

 間宮と多目が言い争っていた。が、乱暴過ぎて人間の言葉から(ほど)遠い。どうにか「赤目」という言葉だけが聞き取れるのみ。

 ご執心な事、と呆れるしか無い。死人を出してまで追う原動力は、一体何なのか?

 間宮が言葉にしていた『あの人』が関わるのは明らかだろう。先の口振(くちぶ)りからして、他にも何か知っている(はず)

 で、あれば。獏や大黒、鷲鼻にも心当たりがあるかもしれん。上手く聞き出せたならば、身に(かか)る災厄の連鎖を終わらせられるかもしれぬ。

 だが、どうやって?

「懇願してみるか」

 指で(もてあそ)んだ薬莢から弾頭を外した。壁も登れる(まで)に鍛えた指。道具が無くても、真鍮の弾丸に細工するのは容易(たやす)い。

「さて、上手くか?」

 思惑通り行くかは神のみぞ知る。ひとつ(のぞ)いて元に戻すと、巻き毛の怪物と目が合った。

「いたぞぉ!」

 蛮性を表に出した醜顔を歪ませ、大声を張り上げる。大声で(わめ)くな。私怨を隠さぬ鼻先に銃口を突きつけた。

「いっ!」

 緑色の顔を青く染め、硬直する。撃たずして()の効果。足を進めるだけで、相手も同じだけ後退(あとじさ)る。

「さて。皆、大人しくして貰おうか」

 両手を上げ、引き下がる怪物を銃の先で誘導する。廃墟の中央、娯楽の残滓が照らす空間は視界が開けていた。周囲に散った怪異からの、遺恨に満ちた目と唸り声が、暗闇を深くする。

「先程は言いたい放題だったの。其処(そこ)まで憎まれる事など、した記憶は無いのだが」

 (おおよ)そ歓迎されているとは言い(がた)い状況。剣呑な雰囲気につい、苦笑してしまう。

「間宮。何か言う事があるだろう?」

 人質を押し返すと、向かい合った色男に微笑みかける。

「何をだい?」

 白々(しらじら)しくも(とぼ)ける間宮。どれだけ(つら)の皮が厚いのか。涼し気な仮面から(ほころ)びなど見(いだ)せず。

「勝手に殺人者へ仕立て上げた事への謝罪。他に何がある?」

 ならば。離れた場所で横たわる骸に視線を投げる。

「松田とやらを撃ったのは、其処(そこ)に居る黒眼鏡であろう?」

 空いた手で狙いを付け、多目を指差す。淡緑の猛獣は無言で睨み返した。

(とど)めを刺したのも同じく。()れで悪いのは赤目だ、などと言うは(ひど)い言い()かり。違うか?」

 偽善者を真似て、気取った動きで周囲に尋ねる。相手は間宮の取り巻き。同意を求める気など始めから無い。

 ()れは布石。茶番を進める為に、相手の神経を逆撫(さかな)でする必要がある。

「うるせぇっ!」

 食い付いた。巻き毛の怪異が吠え立て、緑の巨体を揺らした。硬質な筋肉を波打たせ、鉛と同じ拳を振り上げる。

「このぉ、田舎モンのクソチビがぁっ!」

 形振(なりふ)り構わぬ一撃を躱すと、足裏から衝撃が伝わった。床板が割れ、舞った埃が照明の中で踊る。

「黙っていればツケ上がりやがってぇっ!」

 なおも飛び掛かる巻き毛。拳闘から力比べと変わる。組み合う間合いでは短筒は用無し。(おの)ずと手から離れた。

「馬鹿力が」

 悲鳴を上げる両腕に、つい愚痴を(こぼ)す。

 相手の血走った目は足元で跳ねる必殺の凶器など気にもせず。組み伏せようと、()らん限り力を込めてくる。其処に駆け引きも(しの)びの技も無い。

「多目っ!」

 突然、間宮の絶叫が響く。焦燥を(まと)う、短い悲鳴だった。

「死ねぇっ!」

 背中から襲いかかる影。身体ごと突っ込む黒眼鏡の気配に、全身の力を抜くしか無い。一瞬にして巻き毛の剛力に押し潰され、(あお)向けとなって倒れ伏す。

 顔上で、黒眼鏡の白刃が巻き毛の額を突き刺す(さま)を見(なが)ら。

「あっ……」

 生暖かい血滴が頬に当たった。巻き毛は寄り目で(ひたい)から生えた柄を見る。()の顔には驚愕と絶望が入り混じる、悲しき顔だった。

「ウソ……だろ?」

 最後の言葉を呟き、ゆっくり後ろへ退(しりぞ)く。腰が落ち、支える力を失った脚が(もつ)れた。上体が大きく揺れ、巻き毛の妖体は音を立てて崩れ落ちる。

「ちぃっ!」

 大きく舌打ちする黒眼鏡。()の目に理性の欠片すら無い。本能が命じる(まま)、床に転がる黒い塊へ手を伸ばす。

 いや、()れは其方(そなた)が使うものではない。

 多目の手を払い、短筒から遠ざける。返す刀で淡緑の襟元を握った。

 寝技勝負。身上で暴れるのも構わず、頭と胴体を繋ぐ血脈を断つ。

「ぐっ……!」

 寸時に力を失い、淡緑は上から覆い被さった。股間から漏れた尿を気にする間も無い。押し退()け、次の相手が居ないか周囲を探る。

 丁度、床を滑る短筒が、間宮の足元で止まった。

「赤目。コレで形勢逆転だ」

 不意に訪れた幸運に、口元を歪める優男。優雅な手付きで無慈悲の凶器を拾い上げ、忍び崩れに穿孔を定めた。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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