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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
五 夜をこめて 鳥の空音は
33/53

偽りに満ちた夜 一

2025.10.11 ニュースの場面を追加。

 玄関を開ければ室内灯が出迎えた。

 留守を守るMix-Sceneが気を利かせてくれたのだろう。酷使した靴を脱ぎ、暖色に彩られた短い廊下を抜ける。

 空気には匂いも音も無い。照明の下、しん、と静まり返った居室が広がる。朝、整頓した儘の台所に、何も置かれていない食卓。抽象化(デフォルメ)された不死鳥の偶像(アイコン)受像機(テレビ)の中で動き回る。

 察するに、姉は()だ仕事中なのだろう。

「ヒノスケ。姉からの連絡は?」

 問いかけると、不死鳥(ヒノスケ)大仰(おおぎょう)に頷いた。大きな羽で器用に折り曲げ、看板を掲げる。

 

 『伝言が あります。再生しますか?』


「頼む」

 丸い頭が羽で大きな輪を作ると、画面が切り替わった。砂嵐に浮かぶ『音声』の文字。

(しのぶ)。メッセージを聞いてるってコトは、しっかり帰ってきたワケね?』

 生気が欠け、幾分(いくぶん)か硬い。だが、聞こえてきたのは確かに姉の声。

『ホントは直接、話したいけど。ちょっと仕事でトラブっちゃって、今日は帰れそうもないの。

 いい?お姉ちゃんが居ないからって、(さみ)しがらないでね』

「寂しがった時など()ったか?」

 何も初めての話では(あら)ず。帰れない、との連絡がある(たび)、留守を預かってきた。今更、(ひと)りで夜を過ごすのに不安を感じようか。

『あっ、そう(そう)っ!』

 再生される記録が、思い出したかのように声音(こわね)を上げる。

『帰ったら学校をサボったコト、詳しく聞かせてもらうからっ!今のウチに言い(ワケ)、考えておきなさいっ!』

 冗談めかしていたが、奥に隠れた怒りは見逃さず。帰宅早々、大きな雷が落ちるに違いない。(うず)く目の辺りを指で(つま)み、頭を軽く振る。


 『以上です 繰り返し 再生しますか?』


「いや、良い」

 Mix-Scene(ヒノスケ)に返事し、居間の床に荷物を下ろす。(くつろ)ぐ空間として、姉が寝椅子(ソファー)を置くか思案する殺風景な空間。いちいち埋める必要は無い、と制していたものの、こう空虚であるならば成程(なるほど)、姉の意見は正しい(よう)だ。

「ヒノスケ。最新の出来事(ニュース)を順次、流してくれ」

 意を受けた偶像(アイコン)が画面の隅へ引っ込み、暗転する。()(さま)、別の映像が流れた。赤色の警告灯を走らせた夜景を背に、背広の男性が真剣な面持ちで話し出す。記憶にある場所。赤鬼を見た目抜き通りだ。

『ハイ。こちら、連続殺人事件の現場です。夜になっても現場は騒然としています』

 画面が切り替わり、明るい中で慌ただしく動く群像が再現される。昼間の映像、ならば録画であろう。

 悲報を鮮明に伝えたいのか、朗々と語る口調に力が入る。

『今日、二時頃。こちらの繁華街で拳銃を持った男が次々と通行人に向けて発砲、(あた)りは一時、騒然となりました。

 この事件で、死傷者は三十名にも(のぼ)るようです。

 犯人は直後に逃走を(こころ)みた際、警官との銃撃戦となり死亡。現在、警察は身元の確認を進めています』

 場面が転じ、片方だけの高踵靴(ハイヒール)が画面一杯に広がった。先端に血(のり)が付着した、新品の黒い靴、所在無げに道の上で佇む。

有難(ありがと)う」

 Mix-Sceneに礼を述べ、映像を閉じる。口元から漏れたのは、落胆だろう。

錯綜(さくそう)しているな」

 率直な感想。

 虚実が入り混じり、犯人が(ひと)りだけと誤認させたいかの報道。誰かが横槍を入れたか、印象操作の跡が見え隠れしていた。

 ならば、()の意図は何か?

「阿呆らしい」

 我に返り、無駄な読みを仕掛けた頭を小突(こづ)く。

 知って如何(いか)にする?死者が出た事件、手(なぐさ)みにするには少々、(はばか)られる。

 気を(まぎ)らわしたかった。

 間宮はどう動くか。淡緑の残党が彼の(もと)へ集まるならば厄介。下手に数が増えれば、又候(またぞろ)騒ぎを起こすに違いない。

 永見の件もある。間宮の(そば)に居るのは確実。理解に苦しむが、彼女が望んた事。其れが(あやま)ちだと気()かせる必要がある。

 出来るなら、今でも外に飛び出したい。靴を履き、御河童(おかっぱ)頭の痕跡を探し回りたかった。

 だが、太田女史の言葉が(かせ)となる。考えもせず動く(なか)れ。(もっと)もな正論に返す言葉は無い。

「どうしたものか……」

 手持ち無沙汰となった手を半面に当て、自室へ引き上げる。隅に押し込んだ長(ひつ)が目についた。

 古里(こり)から持ち出した忍び道具に、()の地で手に入れた品々。姉が購入した家具で占められた居室で唯一、私物と呼べる物が収められている。開ければ、詰め込んだ中身が整然と並ぶ。

 其の中に、薄汚れた革袋を被った段平(だんびら)がひと振り。亡き刺青(いれずみ)の形見。手に取り、革袋を引き抜く。(にぶ)い輝きが刃先を(つた)う。

「酷いな」

 酸化した血痕が刀身に黒い斑点を付け、白い(あぶら)汚れが縦横に走る。極小であるが、茶色い(さび)も浮いていた。前の持ち主が手入れを怠ったのは明らか。

「綺麗にするか」

 段平を片手に台所へと向かう。深鍋に水を満たし、砥石を沈める。用意したのはみっつ。荒砥(あらと)中砥(なかと)仕上(しあ)()。十分に水を吸わせ、(しばら)く待つ。

 やがて水面から気泡が消えた。良き頃合(ころあ)い。

 砥石を鍋から引き上げ、濡らした手拭(てぬぐ)いの上に置いた。段平の刃を当て押し出す(ごと)、小気味良い音が鳴る。

 研ぎ始めは引っ掛かりが酷かった。が、繰り返す(うち)に動きが良くなる。

 ()(まま)、複雑に絡み合った世界を(ほど)く心持ちで、汚れた刃を砥石に滑らせた。ざらり、とした砂粒を感じる指先に、ねっとりとした泥濘(でいねい)が付き(まと)う。

 こび付いた不浄が()ぎ落とされる。錆が消え、刃文(はもん)が白く蘇る。

 感覚が研ぎ()まされる。

 今、存在を許されるのは砥石と段平、そして研師(とぎし)のみ。除外された世界は固唾(かたず)を呑み、見守るしか無い。

「こんなものか」

 だからであろう。最後の砥石で仕上げんとする最中。近付けず、(はじ)き出された気配が揺らぐ。

 何時(いつ)の間に忍び込んだのか、万邦の領域から訪れたのは。四対の姿無き視線であった。




 四方を囲う(よう)に、四人の視線が研師に集中する。初見と変わらず、影も踏ませぬ(おぼろ)げなる気配。

 対し、狙われた獲物は微動だにせず。仕上げ前の段平から手を離し、(えり)(ただ)す。

 

  ホゥ……。

 

 (しゃが)れた声には、感嘆が含まれていた。

『落ち着いているな』

 老父の声が耳元で囁く。重い扉を開けるに似た、低く重たい摩擦音を(ともな)う声。

「敵意が無かった、からの」

 (まこと)

 先と同じ、視線に一切の害心も感じられず。(かん)に徹する八つの眼が、執拗に皮膚を舐め回すのみ。

 (ゆえ)に、ひと欠片(かけら)の悪意も無ければ、自ら事を構える必要も無い。

『何と豪胆。いや、此れは愚鈍か』

「で、如何(いか)用か?」

 腹底へ響く(あざけ)りに、言葉を重ねて断ち切る。

「御覧の通り、手が離せぬ。火急の用で無ければ、御放念(ほうねん)願おう」

 

  ウッ……ウゥッ……。


嗚呼(ああ)、なんて他人行儀』

 淑女の(すす)り泣く音が割って入った。

『貴方と私達の仲なのにに、連れない返事。何故、其処まで無碍(むげ)にするのです』

 枯れた花葉(かよう)が風に揺れる、喉を引き()らせた嗚咽混じりの声。

「知らぬ」

 まるで顔馴染みかの異論を突き放す。顔を見せぬ相手に知り合いなど居ない。


  グゥ……、ムゥ……

 

『知らぬ、とは()なる物言い』

 腹底で(くすぶ)る、瞋恚(しんい)を含んだ壮年(そうねん)(うな)り声が飛んだ。猛犬を思わせる、低い響く声。

『都合が悪いと見るや、何処まで愚鈍と成り得るか。見下げ果てた奴』

「異を申すは、其方(そなた)らぞ」

 骨まで噛み千切(ちぎ)るかの如き軋み声先へと目を()る。が、(まなこ)に映るは備え付けの飾り棚。

「姿を見せずに愚痴(ぐち)()れるは余程、卑劣。其方が四人組なのか、それとも(ひと)りかは知らぬ。が、良い加減、顔を見せたらどうだ?」

 だとしても。壁の更に奥へ言葉をかける。

 一度ならず二度、気配を察せず詰め寄られた。其れが正しいならば、並み外れた体術の持ち主、と言えよう。

 だが、太田女史が語った通り。斯様(かよう)な腕達者が四人も居ようか?

 (いな)爺様(じいさま)と並び立つ名人を揃えるなど不可能。

 ならば――思い着く先は、幻術。

 麻や芥子(ケシ)の実、曼陀羅華(マンダラゲ)を砕いた粉末を撒き、前後不覚にした相手を惑わす(しの)びの(わざ)。伝承では意図した記憶を植え付けられた、という。

 ()れど、()れも昔の話。材料の入手が難しいが(ため)、使い手は絶えた、と聞く。

 (むし)ろ、蝦蟇蛙ガマガエルの背で巻物を(くわ)えた、荒唐無稽な創作の方がが馴染みがある。

「どうした?()()に及んで怖気付(おじけづ)(たま)でも無かろう。()(とも)、人目を(はばか)る程の醜貌(しゅうぼう)か?」

 だが、『GB(グリーンボーイ)』の様に新たな毒も生まれる昨今。化学に(さと)い忍びが、無味無臭の幻術を生み出しても可怪(おか)しくは無い。


  キャ……クスッ……

 

『笑っちゃうね。今までで一番、愉快な話だよ』

 さも楽しそうに、幼子の甲高い嬌笑(きょうしょう)が響く。

『僕達の正体に気付いているのに、知らない素振りなんて。そうでないと困るんだろうけど、滑稽で可笑(おか)しいよ』

「何を言うておる?」

 軽やかに鳴り響く鈴の音に、思わず唇の端が下方へ歪む。

「正体を知っているならば、態々(わざわざ)問いたりせぬ」

『故に愚鈍、と言うておるのです』

 淑女の嗚咽が返した。

『左様。知らぬのが都合の良い故に、押し黙る。()れが異相が浮かぶ理由よ』

 壮年の地を這う声が続く。

「異相は、其方(そなた)らが呼び寄せたのであろう?」

『ほら、自分でも理解してるじゃないか』

 反論を唱えれば、童の哄笑(こうしょう)が応じる。

『どうしてさ?何で僕達が異相を呼んだって分かるの?』

 素朴な質問に答えを見付けられず、口元を手で(ふさ)いだ。軽い動揺の間も構わず、無邪気な喜声の飛沫が部屋中を駆け巡る。

『答えられない?其処(そこ)まで裏切れるなんて、逆に驚きだね』

「何も裏切ってはおらぬ」

 眉唾な断定を否定する。室内灯が揺れる中、然程(さほど)広くない室内に居るのは承知の上。其の奥に隠れる姿無き者を睨みつける。


  ハァ……

 

此処(ここ)まで言葉を重ねても、(しら)を切り通すとは』

 老夫の深い諦息(ていそく)。失意を含んだ重い微風が床を()でる。

『まぁ良い。好きなだけ足掻(あが)くが良い』

 枯れた声を合図に、視線が遠ざかった。地肌に眼光の跡を残し、居室に(ひそ)む影が薄まる。

「待てっ!」

 再び一方的な退散。丹田に気を込め、不可視の触覚を周囲に飛ばす。逃げる達人に対抗すべく、強く練り上げた探糸の網。最も鋭い知覚を用い、不明の者を追う。

 だが、其れでも。

 壁の向こうへ知覚を浸透させようとも、名人の影に触れる事すら(あた)わず。

「ヒノスケっ!侵入者の跡を追えるか?!」

 ならば。黒き天板に住まう同居人へ命じる。

 が、不死鳥の偶像は羽を顎に当て思案顔。困った様に眉を(ひそ)め、ゆっくりと看板を掲げる。


 『(しのぶ)さんの帰宅後 訪問者は いらっしゃいません』


「――っ!」

 込み上げる口惜(くちお)しさが頭蓋の中を駆け巡った。鏡を見れば、顔が無様に歪んでたであろう。誰も居ないにも関わらず、半顔を手で隠す。

 相手が一枚、上手だった。

 気配を探る網を擦り抜け、逃げ落ちられた。()れだけに(あら)ず。Mix-Sceneという機械の目も(あざむ)いたのだ。忍びの(わざ)も、今世の絡繰(からくり)も通じず。中々に厄介な相手である。

 

 『警戒モード に 移行しますか?』


「いや、良い」

 気を利かせたMix-Scene(ヒノスケ)の提案に、手を横に振る。今更、用心を重ねたとて後の祭り。

「一体、何者ぞ」

 ついぞ、口を()く。

 際限知らずの力量、(ほぞ)を噛むしかない。体術、幻術、現代の知識。(あら)ゆる事柄で上をいかれた。其の差が何処まであるか、見上げても霞んでしまう。

 ふと、足元に転がる段平へと目が()った。

 目立つ汚れは消えたものの、刃返りが残る、研ぎ掛けの小刀。見た目では分からぬ仕上げ前の刃が室内灯を受け、蘇った振りをした刃先を(あや)しく光らせる。

其処(そこ)まで似なくても良かろう?」

 生き写しにも見え、冷笑するしか無かった。




 招かれざる客の応対で、乗った(きょう)も削がれた。再び奮い立たせるも、研ぎ始めた時の専心は戻らず。

此処(ここ)まで、か」

 出来(でき)に満足せぬが、研ぎ過ぎても寿命を削るのみ。刃に残った研泥(とどろ)を洗い流し、手拭(てぬぐ)いで丁寧に水気を切る。

 革袋に収め長櫃へ(かた)し終える頃には、時計の針は()の刻に迫る勢い。

 ようやっと、一日が終えようとしていた。

「長かったな」

 つい、独りごちる。

 朝から彼方此方(あちらこちら)へと走り回り、その(たび)に感情を揺さぶられた。赤鬼との遭遇、大黒(だいこく)からの逃走。大田女史の正体にも少々、驚かされた。

 だが、一番は。永見から受けた告白。

 自然と肩が落ち、手が額に触れる。尾を引く思いが胸中を渦巻き、呼吸が浅くなる。

 他人(ひと)の本心は分からぬもの。あれほど好いた、と口にした彼女は結局、別の男の(もと)へ去った。

「何を、している……」

 知らず、思考が巻き戻ってしまう。駄目だ。頭を強く振る。

 少し手が空けば、此の有様(ありさま)。堂々巡りして何になる?時宜(じぎ)を待つ我慢も出来ぬのか。

「全く……」

 此れで神忍の孫だとは、笑うに(わら)えぬ。

 だが、どうしても。

 永見を間宮から引き離したい。美貌を武器に衆人を(たばか)る奸物に、彼女を任せられぬ。其れが友である者の、せめてもの務め。

「……さて」

 腰に引っ掛けた袋から端末を取り出す。

 就寝には少し早い。其の前に蜂谷(はちや)へ確認するのも良いだろう。間宮の居場所など知らぬであろうが、手掛かりは持っているかもしれぬ。

 と、(てのひら)で端末が一瞬、震えた。

「ん?」

 連絡先を知る者は僅か。間違いでも何かが届く(はず)も無し。なのに、画面には通知を示す案内が表示される。

 (いぶか)しみ(なが)ら、画面を見る。

 短い伝言が届いていた。送り元は永見椿。

 

  助けて。


 彼女からの伝言は、至極(しごく)短かった。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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