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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
五 夜をこめて 鳥の空音は
32/54

学び舎で 二

 思い返せば、いち生徒に漏らして良い話では無い。

 間宮を逃がした者がいる。外に漏れれば(とが)めを受けるであろう背信行為。なのに、仔細(しさい)を明け透けに語り倒した。

「何を企む?」

 正体を明かしたのも含め、身構える理由には十分。今(まで)、相対した不可思議も数々ある。彼女もいち枚()んでいるのか。耳を傾ける必要がある。

「そんなに肩肘を張らないでよ」

 だが当の本人、太田女史は何食わぬ顔で笑い飛ばした。

「大体ねぇ、アタシゃ満足に修行も積んでないオバサンよ。神忍(しんにん)のお孫さんに(かな)うワケないじゃない」

 事の重さを把握できないのか。それとも緊張を(たの)しむのか。上機嫌な笑みを崩さず、手首を利かせて(てのひら)を振る。

「それよりもさ、建設的に会話する方が有意義じゃない?つって、アタシも手持ちは少ないけど」

「どういう意味だ?」

(しの)びの情報交換よ。知ってるでしょ?」

 屈託ない問いかけに、黙って頷く。

 如何(いか)なる陣営に雇われていようと、忍び同士ならば互いに報せ(情報)を交わすのが(ならわし)其処(そこ)に欺瞞や駆け引きは無用。戦乱の世より伝わる仕来(しきた)りは、誰よりも早く知見を得る一助となった。

「既に帰農(きのう)した身ぞ」

 だが、今は。時代が、身分が違う。

「だからって、村八分にする理由もないし」

 ()して気にするでもなく、女教師は菓子受けの煎餅へ手を伸ばす。

「それに、アタシも故郷へ報告する必要があるんだもん。だから手伝ってくれると助かるの。持ちつ持たれつ、ってね」

「故郷?報告?」

 不意打ちされた単語の数々に、思わず眉根(まゆね)が寄る。

「監視をしていたのか?」

「ええ。と言っても、対象はアンタじゃないけど、ね。(あお)ちゃん、アンタの姉さんから聞いてない?」

 当然、との(てい)で煎餅を砕いた。大きく動く口元から小気味良い音が鳴る。

「……聞いておらぬ」

「あ……、そーゆーこと」

 あっという間に咀嚼(そしゃく)し終えると、太田女史は(ひたい)に指先を当てる。

「もう(あお)ちゃん。ちょっと過保護じゃない?」

「姉も絡んでいるのか?」

「あったり前田の遼一(りょういち)さん。(あお)ちゃんは要注意人物だもん」

 詰め寄ると、簡単に口を割った。

「ま、そりゃそうよね。若気の(いた)りとはいえ、あんなデッカイ騒ぎを起こしたんだし。そんな()を鈴も着けず、外へ放り出すと思った?」

 女教師から向けられる思わせ振りな視線に、奥歯を噛みしめる。(わらべ)であった頃には想像も出来ぬ、きな臭い懐疑の目。成程(なるほど)、古狸(ども)がやりそうな事だ。

()れで、先生は姉の尻尾(しっぽ)を追い、()の地へ?」

「うんにゃ。そん(とき)ゃ、もうコッチへ来てたし。見聞を広めるってゆう方便で、ね」

 年季の入ったくノ一は再び煎餅を手に取る。一口(かじ)ると、米菓は真っ二つに割れた。

「だから、お役目の話が来たときビックリしたモンよ。昔話とおんなじだ、って」

「で、失敗(しくじ)った。と」

 話の流れ、姉と太田女史から感じ取れる力量の差。修行も(まま)ならぬ忍びに、姉と互する力を持ち得るとは思えず。

「言うわねぇ」

 本人は頬を引き()らせる。苦々しい表情は、何も湯呑みの中身を飲み干したからでは無いのだろう。

「ま、間違って無いさね。手負いとは言え、相手は神忍のお孫さん。感()かれずに見張るなんてムリ、ってスグ諦めたわ」

 空の湯呑みを机に置き、吐息をひとつ。後ろ手を組み、背(もた)れに重い身を預ける。

「でも、ねぇ。お役目がある限り、ずっとコッチに居続けられるでしょ?

 なんで、(あお)ちゃんに正体をバラしてさ、ふたりで善後策を考えたわ。

 結果、差し(さわ)りない内容を送る、ってコトにしたの」

「其れは、裏切りでは?」

 軽い口調にしては、何とも重い内容。古里(こり)に知られれば、如何(いか)なる戒めが待っていようか。

「どうかしら?アッチも目を通しているんだか、怪しいモンよ」

 だが、女(しの)びは何も()も悟ったかの(よう)に肩を落とす。

「田舎の爺さん達はさ。不穏な動きさえ無ければ良いワケよ。実際、姐さんに叛意(はんい)なんて無いんだし」

 何処か詰まらなさそうに、重そうな身体が椅子に深く沈み込む。鈍色(にぶいろ)の細い脚が、きぃ、と鳴った。

「ま、ソンナコンナで早や八年。旦那もコッチで捕まえられたし、子供にも恵まれた。順風満帆な人生を送れるのも、(あお)ちゃんのお陰よ。感謝しかないわ」

(しの)びの話は、身内に?」

「言うワケ無いでしょ。言ったトコロで、バカにされるのがオチだし」

 問いに、やや草臥(くたび)れた声が応えた。

「アタシの正体はね、旦那や息子にゃ内緒のまま、墓場まで持っていく秘密なの。ちょっと寂しいけど、仕方ないさね」

 名を深く隠すべき。(さと)の掟を前に、一瞬だけ目を伏せる。

「さてっ!」

 太田女史が一拍、大きく手を合わせた。ぱんっ、と威勢の良い音が響く。

「アタシの秘密をバラしたんだもの。見返りを期待してもイイわよね?」




 (いや)しい熱の籠もる視線が投げかけられた。伊賀のくノ一ではない。親切ではあるが下世話でもある体育教師の顔。

「で、永見さんとの恋の行方は?さっきの様子だと、旗色は悪そうだけど」

 ふた言目から色恋へ話を結びつけたがる、馴染みある姿に妙な安心感を得た。

 彼女の無遠慮さが、(かえ)って心地(ここち)良い。其れは、出来た(ばか)りの傷口を覆う包帯の様でもあった。

「さっき間宮の話が出たし、ひょっとして恋敵に宣戦布告?だとしたら、あんまり良い時期じゃないけど――」

 構わず話を続ける女教師に対し、顎に手を添え思念する。()て、どの話で応じる()きか。

 (いま)だ、永見が間宮を思う仔細(しさい)を話すか。

 それとも、化物に襲われた顛末を伝えるか。女教師が何処(どこ)までの報せ(情報)を持ち得るか、という試金石にもなる。

 (いな)

 同郷の(しの)びと話が出来る折角(せっかく)の機会。ならば、気配を見せぬ達人四人組について尋ねるべきだろう。あの名人達からは、同じ匂いを感じるが(ゆえ)に。

「永見が何故(なにゆえ)、間宮を好くのか。全く理解できぬ」

 だが、口からついた言葉は全く(もっ)て別の事柄(ことがら)。思いもしない口元に指が行く。

「あら?」

 女教師が目を丸くする。

(あお)ちゃんから聞いた話より、随分(ずいぶん)ご執心じゃない。こりゃ、恋の花が咲いちゃったか?」

「間宮は悪党ぞ」

 抑え切れなかった。項垂(うなだ)れた頭を起こす様、強く横へ振る。

「なのに、奴を好む理由が分からぬ。あ奴の何処(どこ)に惹かれるのか」

「あー……。ねぇ」

 年重ねた教師は頭を掻き、首を傾げる。

「ま、幼馴染だって聞くし。ふたりにしか分からない(きずな)があるのかも、さね」

 だとすれば。其れは余りにも危険な結び付き。

 『GB』と云う、(まが)しき毒を扱う淡緑の一味。其の影から(かお)を覗かせる間宮。本来ならば、距離を置くべき相手である。

 なのに、永見は。彼女は悪しき本性を知った上で、奴の元へ向かった。

 自らが動けば、あの(かた)り屋を救えるのだ、と信じて。

「不味いな」

 何故(なぜ)あの時、永見の背を追わなかったのか。

 いや、後悔は後。再び永見を探す必要がある。間違った道へ突き進む彼女を止める為に。

「おーい、赤目ぇ。聞いてるぅ?」

 不意に名を呼ばれた。先程よりも低い、太田女史が投げかけた声である。

「今、ナニを考えてた?思い詰めた顔してたけど」

 思いが色に出ていた、か。だが、友の危機を前に悠長はしていられぬ。

「永見が危ない。早く探さないと」

「ちょっ、ちょっと!待ちなさいなっ!」

 待てようか。(おもむ)ろに立ち上がり、(きびす)を返す。腕を強く引かれ、立ち止まるしかなかった。振り返れば、身体を伸ばし手首を掴む太田女史の姿。

「先生?」

「いいからっ!ストップッ!」

 歯を食い縛る女教師に、眉を(ひそ)める。怪力の一点を鍛えたかの剛腕振り。忍びの(わざ)を使えば振り払えるものの、流石に荒々しい。

「で、永見さんが危ないって、どーゆー意味?先生に詳しく話してみなさいな」

 少し(ばか)り立ち止まった隙を突き、教師の口が開く。生徒の危機を感じ取ったのだろう。戸惑いの中に真摯な眼差しが垣間見える。

「彼女は間宮の元へ向かっている」

 何故か、確信が持てた。

 公園で別れた後、彼女が向かった先を知る(すべ)は無い。にも(かか)わらず、自信を持って答えられる。彼女は、あの詐欺師の(そば)に居る、と。

「早く引き離さねば。でないと、取り返しが付かぬ」

「だからぁっ!冷静になりなさいって!」

 女教師に強く腕を引っ張られた。望外の、桁違いな膂力(りょりょく)(あなが)(いとま)も与えられず。

「頭を冷やしなさいなっ。間宮がドコに居るかも分からないでしょ?!」

 机の端を蹴飛ばし、菓子受けがひっくり返る。構わず、太田女史は自身の肢体をぶつけてきた。

 襲い掛かる重圧に、堪らず元居た椅子へ押し付けられる。()れでは(わざ)を用いる余地も無い。

「先生っ!」

「いーから深呼吸っ!ハイっ!吸ってぇっ――」

 視界を埋める丸い顔が大きく息を吸い始める。有無を言わせぬ態度。向かい合う両の眼が、合わせろと強く訴える。

 参った。金剛力士の如き力で四肢を封じられては、応じるしか手は無い。

「――吐いてぇ……。どう?少しは落ち着いた?」

 太田女史の口から漏れる、(やつ)れた声。

「永見さんが心配なのは分かるけど、ちょっと取り乱し過ぎ。マトモな判断、自分で出来てると思ってる?」

 唇を噛み締めるのは、悔しさからか。

 光明も見えぬ水底へと沈むかの(ごと)き窒息感。(つか)める藁も無く、粘り付く重い水を掻き分けても息が継げぬ。取り乱す、というのが此の鬱屈(うっくつ)を意味するならば、太田女史の(げん)は正しいのだろう。

「……くそっ」

 喉から絞り出した声は、少し(かす)れていた。

「こりゃ、重症だわ」

 諦観めいた声が女教師の口から漏れる。

(あお)ちゃんの話だと初恋らしいけど。思い詰め(かた)が、ねぇ。こりゃ、苦労するハズだわ」

 手首から束縛の力が外れた。先達は密着した身体を離すと、大きく伸びをする。

「ま、長い人生。こんなコトもあるさね。赤目、今日はもう帰りなさいな」

 自らの肩を揉み(なが)ら、冷たい通告。

「コレ以上の会話は無理さね。ま、一回しっかりと熟睡すれば、頭もスッキリするでしょ」

()れどっ!」

「ハイハイ、されどもサンドロもナシ。そんな情けない姿、(いわお)様も望んじゃいないわよ」

 爺様(じいさま)の名を出され、返す言葉を失う。

 太田女史は正しい。爺様が健在ならば、(かつ)を入れかねぬ無様を晒している。自分で()いた種である故、殊更に恥ずかしい。

 だが、そうであっても。

「頼む。少し、話を聞いてくれ(たま)え」

 胸中をどう言葉に変えれば、太田女史に伝わるのか?もどかしい気持ちだけで、口を動かす。

「此の前、暴漢達が襲ってきた事があったであろう?淡緑の(そろ)いを着た一味を」

「あー。あの、しちメンドかった時の話ね。アレがナニ?」

「間宮は、奴らと手を組んでいた」

 一か八か。ぶっきらぼうな返しに言葉を続ける。

「あの男は、全てを知った上で学友を襲わせたのだ。何が目的かは知らぬが、良からぬ事を企んでいるに違いない」

「……ふーん」

 だが、返ってきたのは想定よりも薄い反応。

「其れだけ、か?」

「そりゃあ、ねぇ」

 眼前の女教師は視線を逸らし、頭を掻く。

「色眼鏡を掛けた赤目の言い分を全部、信じるなんて出来ないさね」

 無常にも。太田女史は肩を(すく)めた。




 体育教師用の小さな職員室。狭して広くない室内に重い空気が立ち込める。

「ま、赤目がソコまで間宮を嫌っているのは分かったわ」

 鬱陶(うっとう)しく四肢に張り付く気配を嫌ったか、教師が先に口を開く。

「かと言ってね。立場上、片方を大っぴらに贔屓(ひいき)も出来ないし。アドバイスくらいしか出来ないさね」

「間宮に肩入れする教師は多いぞ」

「教育観の違いさね」

 大きい嘆息が部屋中に満ちた。

「コレでも結構、応援している方よ。分かって頂戴な」

 歯(がゆ)そうな愛想笑い。彼女の出来る精一杯なのだろう。無理強いは出来ない。

「何か分かれば、また教えてくれまいか?」

 次回に繋がる約定(やくじょう)を結ぶ。此処(ここ)が落とし所だろう。提案に、太田女史も頷く。

「あー、ソレくらいなら。ま、期待されるのはちょっち――」

『太田先生――』

 突然、壁に張り付く拡声器(スピーカー)が会話を途切らせた。

『――至急、職員室まで』

 割れた音でも分かる、静かな怒りが滲み出る、くぐもった声。

「あっちゃぁ。長居しすぎたぁ」

 呼ばれた本人は顔に手を当て、天を仰ぐ。

「だからって、校内放送まで使う必要あるかいな?もう、メンドい」

「先生?」

「しゃーない。(あお)ちゃんには連絡を入れておくから。いい?今日は素直に帰って、ゆっくり休みなさいよ」

 観念したのか、女教師は力無い足取りで出口へと向かう。擦れ違い(ざま)、肩を叩かれた。

「ひとつ(よろ)しいか?」

「んー?まだ何かあるのぉ?」

「此れが最後」

 げんなりとした顔に、気になった相手の話を問う。

「先生の他に、監視する者は?」

 赤鬼との邂逅(かいこう)、大黒との対峙。其の何方(どちら)も四人組は姿を現さず。

 用事がない。となれば其れ(まで)だが、ならば監視が無用となった理由は?(いささ)か、不自然に感じる。

「例えば、爺様と腕を並べる名人が四人」

 ならば、同業に尋ねるに限る。

 あれほどの腕達者。ひと(かど)の名を馳せていたとて可怪(おか)しくは無い。

「うんにゃ。アタシは知らないわね」

 ()れど、予想に反しつれない返事。(あき)れ切った口の端が(いびつ)に歪む。

「大体ね。今の世の中、(いわお)様と同類の(しの)びがゴロゴロ居るワケないでしょ?知っているのだって、ひとりくらいしか分からないわよ」

「其れは、何者?」

「何者ってアンタ。神忍のお孫さん以外、考えられる?ま、もう帰農しちゃったけどさ」

「……左様か」

『太田先生。大至急、職員室まで』

「ハイハイ。何度も言わなくたって、分かってまーすよーぉだっ!」

 女教師は拡声器(スピーカー)に向かって舌を突き出した。

「んじゃ、もうオーケー?どうも時間がなさそうだからさ。お開きってコトで」

 返答も聞かず、太い背中が(せわ)しく部屋を出て行く。残されたのは、所在を失った生徒が(ひと)り。

「全く」

 とは言え、やるべき事柄は無し。溜息を残し、校舎を後にする。




 何時(いつ)の間にか陽も落ちていた。

 月齢も寝待月(ねまちつき)を過ぎた頃合い。細く垂れる(はず)の黄色い影は、厚い雲の向こうに姿を隠した。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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