表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
四 わびぬれば 今はた同じ
25/54

逃げる者、彷徨う者、探す者、悔いる者 二

2025.07.21 最後の文面を改訂。

「ドコだぁっ、出てこおぉいっ!赤目(あかめ)ぇっ!」

 人垣の奥から騒ぎ立てる、怒気を(はら)んだ荒々しい声。下男(げなん)を罵倒するが如く連呼する家名に、蜂谷と二人して顔を見合わせる。

 赤目。(クラス)どころか、学舎中でもふたつと無い(うじな)。人違いだと(しら)を切るのは難しい。

 ()む無し。肩で小さく息を落としてから数歩。推移に固唾(かたず)を飲む門徒の境界線に(いた)せば、気付いた者がすかさず隙間を空ける。

「あ赤目?」

 小さい(おび)えを隠さぬ蜂谷の呼びかけには、(とぼ)けるしか無い。

()(まま)、通せん坊されても困ろう?」

 事実、昇降口の前で難儀(なんぎ)する同胞の数は増えていく。放っておけぬし、名指(なざ)しされた以上、知らぬ(ぞん)ぜぬで通すのは無理(すじ)

 悩ましき頭痛の種が脈打つのを指で押さえ、足を前へと引き()る。前を(ふさ)ぐ制服の波が細波(さざなみ)の動揺を見せて左右へと引き、道を()んだ。途切れた先で待ち受けていたのは巻き毛の男子。少々、残念な胡座(あぐら)鼻には見覚えがある。確か間宮(まみや)の取り巻きの中にいた男。

「赤目っ!テメェっ!」

 巻き毛は鼻息荒く大股で()り付くと、胸倉を荒々しく(つか)んだ。前(えり)幾重(いくえ)もの深い(しわ)が走り、形が崩れる。

「どうした?そんなに(つば)を飛ばして」

 急に締め上げられる暴挙に面食(めんく)らいつつ、首元を握る手に両手を添える。話の道筋を飛ばして詰め寄られても困るだけ。

「落ち着け。何が()った?」

「落ち着いてられっか!」

 相手を(なだ)めようと投げかけた言葉は、どうも火に油を注いだらしい。首元を締め上げる手に、(さら)なる力が入る。

「大体、テメェはっ!ハジメっから気に食わなかったんだよっ!」

 巻き毛の言い分に、つい溜息(ためいき)を漏らしてしまった。どう思おうと勝手だが、他人に迷惑を掛けてまで伝える事か。

「そういう話なら、校舎の(すみ)で存分に聞いてやる。良いな?此処(ここ)(たむろ)うは邪魔(きわ)まり無い」

「うるせぇ!永見を差し向けたのっ、テメェの入れ知恵だろっ!」

 思いがけぬ名に身体が反応した。

 一歩前に踏み込んで互いを密着すれば、巻き毛の手首を内へと曲げてやる。腕ごと巻き込む形を作り折り固めれば、指先に伝える力は(にぶ)る。

 其れで十分。添えた両手を押し下げれば、巻き毛の弱った手首が首元から外れた。

「なっ!」

 優位と信じ切っていた体勢が崩れ、巻き毛は一旦離れんと力任せに足掻(あが)く。逃がすと思うか?動きに合わせ、手首を外側に(ひね)る。(あわ)れ、相手の五体はくるりと横回り。

「っ痛てぇ!」

 受け身も取れず、肩から地面に打ち付けられる巻き毛。(にぶ)い音の衝撃に、顔中の(しわ)が胡座鼻に集まる。いや、まだ終わらぬぞ。

「永見が、何と?」

 相手の腕から手を離さず、(ねじ)った手首を引き伸ばす。人体の摂理を知り尽くした故、力を使わず(すじ)を痛めるなど容易(ようい)

「あがっ!痛いっ!痛いぃっ!」

 甲高い絶叫と共に巻き毛の頬は引き()り、眼球が飛び出さんばかりに見開(みひら)かれる。大仰(おおぎょう)な。拷問にしては極々(ごくごく)、軽い方ぞ。

「答えよ」

「わっ!分かったからっ!離してっ!」

()ず、答えてからだ。何があった?」

 簡単に(わざ)を解くなど思われても困る。軽く脅してやれば、音を上げた巻き毛は(さえず)りを始めた。

「なっ、永見っ!がっ、間宮っ、さんをっ!なっ、殴ってっ!」

「殴る?間宮を?」

 不穏な名に心臓の鼓動が跳ねた。

「永見と間宮が何故(なにゆえ)、顔を合わせる?ちょっかいを出したのか?」

「ちっ、違うっ!まっ、間宮さんのっ、前にぃっ!突然っ!」

()れで?」

「いっ、言いあっ!争ったらっ!急ぅ、にっ!殴りっ、かかってっ!」

 悲鳴へと(さま)変わりし始めた自白(じはく)から、巻き毛の限界が近いと分かる。質問は出来て、あとひとつ。

「で、永見は?間宮を殴って、()の先は?」

「にっ、逃げたっ!逃げっ、やがったっ!」

 (おの)ずから漏れた息は落胆か、其れとも安堵か。ともあれ、状況は把握できた。少なくとも、永見は逃げ(おお)せた(よう)だ。

「ぎゃぁ――っ!」

 魂を吐き出す、肺腑を(えぐ)る悲鳴が灰色の空に(つんざ)く。いちいち過剰な反応。腕の(しび)れは残るが、壊すに(いた)らず。時が元通りに戻すだろう。

「あ、あ赤目?」

 固い地面でのた打つ巻き毛を捨て置くと、何処か遠慮がちな、歯の噛み合わぬ蜂谷の声。

 振り返れば白い顔だけではない、周りを囲む生徒が一様に、逃げ場を失った小動物の顔を向ける。(おび)えと不安が入り混じった視線に、思わず後悔を宿(やど)した顔色を手で隠す。

 確かに自重すべきだったかもしれん。まっとうな神経の持ち主ならば、早朝から見るに()えられぬ惨事。が、衆目へ陳謝する前に大事な用事が出来た。背負った鞄の位置を直すと、校舎に背を向け歩き出す。

「蜂谷、後は頼む」

「えっ?がっ、が学校は?」

「上手く()()してくれ」

 先ずは、永見から話を聞く。怒っているか泣いているのか分からぬが、間宮を叩くほどの喧嘩をしたのだ。(なぐさ)めの言葉を掛ける相手が必要だし、何があったのか尋ねなければならぬ。

「世話を掛ける」

 思えば、蜂谷には尻拭いをして貰って(ばか)り。申し訳なく思うも、今は時間が惜しい。遠くから届く教師の声が近付く前に一目散。猛風を引き連れ校門を飛び出す。

 入れ違いとなる生徒が、不思議そうに首を(かしげ)げていた。




 永見と間宮の間で起きた()め事が何時に有ったかは分からぬ。とは言え女子(おなご)の足。まだ遠く離れていないと信じ、近辺を(しらみ)潰しに探し回る。

 が、運に見放されたか。不可視の触覚を広げてみても、感じるのは目当ての少女とかけ離れた中年の輪郭。恐らくは生活指導の教諭だろう。謹慎()けの身の上でまた捕まれば、どんな説教が待っているか。

 いや、邪魔はせんだつ先達(せんだつ)だけに(あら)ず。

「あっ、赤目っ!」

 同じ制服姿が視界に飛び込むと、相手は溝鼠(どぶねずみ)を見るかの(ごと)く眉間に谷を刻む。中には理由も言わずに殴り掛かる者まで居た。どれもが間宮の取り巻きの中で見かけた連中。網を掛けても数が多ければ、鉢合わせするのも(いな)めない。

 時に周囲を見渡し、時には逃れて四半刻(三十分)。歩道や脇道、近所の小売店(コンビニ)からも永見の面影は消えていた。

 (まった)くの見当(はず)れ。(くじ)かれた思惑に、髪を()いて誤魔化すしか無い。(すで)に学び舎の近辺には居ないのだろう。

 となれば、残る手はひとつ。御河童頭がひょっこり現れそうな場所を狙うしか無い。

 では、何処に?未来の足跡について頭を巡らす処で、はたと気が付いた。

 永見が何処(どこ)へ足を向けるか、心当たりすら思い至らぬ事に。

「いや(いや)

 うら(がわ)いた(うす)ら笑いを、頭を強く振って追い払う。足が(もつ)れて壁に手を突いたのは意図では無い。

 斯様(かよう)に、阿呆(あほう)な事があろうか。

 東の都に辿(たど)り着いてからひと月半。最も長く一緒にいたのだ。あの毎日が上辺(うわべ)だけの出来事だと言いたいのか。

 だが。いや、真逆(まさか)

 荒くなる呼吸を(しず)め、目を閉じた。暗闇の中で永見の輪郭を描き、思いつく限りの血肉を()き集める。

 名前は?永見(ながみ)椿(つばき)。性別は?女性。年齢は?恐らく同じ。誕生日は?知らぬ。

 友人は?赤目(しのぶ)以外、知らぬ。普段の過ごし方は?赤目を振り回して(たの)しむ。良く買う雑貨は?知らぬ。

 お気に入りの歌は?知らぬ。一番の思い出は?知らぬ。好きな場所、知らぬっ。好きな色、知らぬっ!

「――っ!」

 ()も言えぬ熱き悔恨(ぶこん)が喉の奥からせり上がった。口内は泥水の味で満たされ、(もよお)()き気が呼吸を(さまた)げる。

 何と、(おろ)か。

 友と呼ぶ者に、好意を示した相手に何と言う仕打(しう)ち。非道と(そし)られても反論出来(でき)ぬ無関心さに、(あき)れを通り越して怒りが湧く。其れで良くぞ、平気な顔して隣を歩けたものだ。

 彼女に対し、どんな言葉を(つむ)げば良いのか。釈明の言葉も見つからず、浅薄なる脳漿(のうしょう)に手を伸ばす。(むし)り取らんと掴んだ掌は髑髏(しゃれこうべ)に阻まれた。願い叶わず、其の場にへたり込むしか無い。

 其の(まま)幾許(いくばく)。嗚咽のひとつも漏らせば、少しは楽になっただろうか。だが、慙愧(ざんき)の念はひと筋も頬を伝わらず。この期に(およ)んで、涙も上手(うま)く流せぬのが酷く(うと)ましかった。

 嗚呼(ああ)、間宮が(うらや)ましい。

 あの美丈夫は知っているのだ。出会う前の永見を。(わらべ)の頃からの変遷を。他人では振り返る事も出来ない彼女の微細について、小さく形の良いだけの頭に収まっているのだ。

 何とも忌々(いまいま)しい。薄っぺらい美顔を地獄の釜で煮(つぶ)してやろうかと、どす黒い欲求が胸の奥から湧く。(ただ)、十数年ばかり一緒であっただけで、記憶の濃度に(はか)り知れぬ差が生まれた。その事実が、義理の二文字を貫くべし、と教え込まれた脳内を焼き殺す。

 狂ったのかも知れぬ。(ゆえ)に妄想と現実との境目が見えなくなる。

 もしや、今も永見と間宮は。

 矢も盾も(たま)らず駆け出した。()てなど無い。ただ、過去の記憶を手繰(たぐ)り、共に過ごした場所を血眼(ちなまこ)になって探す。三人で出掛けた繁華街。約束した遊戯場の周辺。黄昏(たそが)れた空中回廊の上。

 何処(どこ)も忌まわしい記憶と重なる断片。だが、僅かな懐旧(かいきゅう)を頼りにするしかない。

 (たま)らなく(くや)しい。だが、其れでも。


  わびぬれば 今はた同じ 難波(なには)なる 身をつくしても ()はむとぞ思ふ




 永見の姿は何処(どこ)にも無かった。

 鉛色に沈む雲の塊が空を覆う下、欄干(らんかん)に力なく(もた)れる。眼下には無機質に動き回る人の群れ。誰もが颯爽(さっそう)に、淡々に、感情ひとつも表に出さず混ざり合っては散っていく。其処(そこ)に切り揃えた黒髪の幻影も、(かす)かに香る甘い(ぬく)もりも見つからず。

 当然だろう。(わず)かひと月半、短い逢瀬(おうせ)の繰り返しで全てを知った()もりの愚か者なのだ。

 ふと、校庭を走らされた時、蜂谷と()わした会話を思い出す。

 永見と間宮、ふたりの関係を知って頭に浮かんだ一節。恋人の仲に(とど)めを刺ささんとする()しき忍者。ひょっとしたら、成敗される時期が来たのかもしれん。

 いかん。()て付いた暗闇へと落ちる感覚に、頭を振って繋ぎ止める。

 蜂谷は別の結末があると言っていた。過去の愚行は変えられぬが、先の道は(いま)だ白紙。虫酸(むしず)の走る美仮面に先を越されたとて、韋駄天を飛ばし差を埋めれば良い。

 其の(ため)にも()ず、永見に謝ろう。(しっか)りと向き合わなかった不徳を詫び、最初からやり直すのだ。

 彼女はどんな顔をするだろうか?想像もできず、会わねばならぬ理由が深まる。いや、彼女が顔を合わせ(づら)いと言うならば、声だけでも良い。

 難儀なのは重々承知。(ゆえ)に考える。今(まで)の探索に見落としが無いか、取れる手立てが残されているか、と。

 あった。

 脳裏を走る電流に任せ、背嚢(バックパック)からひと回り大きい端末を取り出す。授業に(もち)いるMix-Sceneの黒い端末。

 此処(ここ)には永見が寄越(よこ)してくれた連絡先が、記録として残っている。折り返せばきっと、彼女と繋がるはずだ。

 焦燥(しょうそう)に駆られた指先が画面の上を滑る。起動し、新規の連絡を無視して履歴を(さかのぼ)った。何回目かの操作で永見の名が画面一杯に埋め尽くされると、震える爪先(つめさき)が不意に硬直する。

 ()(まま)、永見がすんなりと出てくれるだろうか?言伝(ことづて)の記録すら教師に覗かれるのを嫌っていた彼女。少しでも躊躇(ためら)わせる原因は(のぞ)きたい。

「ヒノスケ、この端末から永見の連絡先を拾えるか?」

 左手に握った端末が大きく震えた。画面に不死鳥の偶像(マスコット)が映し出され、大きく太い羽を一本立てる。了承の合図。文句も(こぼ)さず言い付けを遂行する()の鳥を、よくも手に掛けようと考えたものだ。

 少し(ばか)の謝意を心の中で送れば、不死鳥は然程(さほど)の間を置かず、ふたつの羽で輪を描いた。完了の(しるし)と共に授業用の端末を放り投げ、残った端末を両手で掴む。

「ヒノスケ、永見に電話をっ」

 再び端末が短く振動し、呼び出し音が鳴った。だが、無機質に繰り返される電子音は、一向に止む気配を見せない。

「もう一度」

 二度目、先程より長く待ってみたが、切り替わる音はついぞ聞こえず。三度目を試してみるも、変化は無い。

「頼む」

 何時(いつ)からか、祈りの言葉を唱えていた。五度目、応答無し。七度目、同上。

「頼む、出てくれ」

 十一度目。結局、何も変わらず。

 ついに膝から崩れた。

この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ