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斯くて忍びは棄たれたり  作者: 青砥編佳
三 人に知られで くるよしもがな
12/32

昼下がりの詞戦 一

 午前最後となる授業の終わりを()げる鐘の音。鳴り終わるまでの(いとま)すら惜しむかの(ごと)く、気の合う仲間同士で(つど)い合い座を囲む。

 自然、思い(思い)()り出す取り()めのない会話が重なり合い、教室は騒々しい活気に満ちる。勉学に(はげ)む者にとっては(つか)の間の休息、心(おど)らせる団欒の時間。

 だと言うのに、この男と来たら。

 (はす)向かいに座る蜂谷は袋に詰まった寒天(かんてん)出来(でき)(そこ)ないを口の中へ流し込めば、返す刀で遊戯具(ゲーム機)を取り出す。皆が持つ端末よりも厚く大きい。彼が度々(たびたび)口にする専用機という物か。

「相変わらずやの」

「フヒッ。し食事に時間を取られるのは、ムダ」

 (あき)れ声も気にせず、()(まま)手の中に収まった画面へ視線を落とした。両の指それぞれが別の生き物のように(あわ)ただしく動き出す。()の指(さば)きは正に電光石火。(みずか)ら天職と(しょう)するだけの事はある。

「た大会も、近い。じ時間は、有効に使わないと」

 ()れはまた、彼らしくも無い大きな言葉。つい、立ち去ろうとした足が止まる。

「ほう。何の大会だ?」

「か格ゲーの、アジア大会。そソコで優勝すれば、せ世界大会に行ける」

 意外な言葉に目を開いた。日ノ本を飛び出し、四海の向こうを相手にするか。さぞ腕自慢が集まるのだろう。

 だが、大法螺(ぼら)を吹いた、などと(わら)うには気にはなれぬ。画面で踊る偶像(キャラ)を追う目は真剣そのもの。本気で亜細亜(アジア)の猛者を蹴散(けち)らす気だ。普段の死んだ目とは違う眼光に、気(おく)れや迷いはない。

「ならば、あの飯だけで足りるか?腹が減っては(いくさ)は出来ぬ、と申すが」

 手にした弁当箱を(かか)げる。中身は手製の握り(めし)がみっつ。ひとつ減ったとて困りはしない。

「フヒッ。あ味のしない御飯(ごはん)は、ノーサンキュー」

 一瞥(いちべつ)すら向ける事も無く断られた。弁当の包は行き場を失い、宙に浮いてしまう。

「左様か」

 所在を失くしたままにする訳にもいかず、肩と一緒に軽く落とす。

 ()れ以上は蜂谷の邪魔。そそくさと場を離れる事にする。

「き、今日も、奥さんのトコロ?」

 視線を手元の画面から()らさぬまま、白い肌の男が呼び止める。以外にも周囲を見ているな。

 が、言葉の選び(よう)よ。

 消せども(消せども)(いま)だに噂される(しの)びの真偽。手を(こま)いているというのに、更に手を(わず)わされるのは勘弁(かんべん)。生まれたばかりの頭痛の種に、つい頭を押さえてしまう。

「別に(ちぎり)は結んでおらぬぞ。よもや根も葉もない噂など、流して()るまいな?」

 睨みつけては見たものの、当の本人は(きた)たるべき大会とやらに傾注して微動だにせぬ。(まった)く、都合の良い耳だ。

「軽い口は結んでおけ」

 溜息を残し、握り飯の包みを持って教室を出る。果たして脅迫、いや忠告がどこまで通じるか。またぞろ、頭痛の種が増えそうだ。

 (うなず)く蟀谷を横目に見つつ、喧騒に覆われた廊下へ歩を進める。()(ちが)う誰もが明るく笑い、楽しそうに(はしゃ)ぎながら歩き、走り、時に肩を寄せ合った。

 業腹(ごうはら)に満ちた示威(しい)的な目に怯える必要もない。(いわ)れなき暴力が消えた。(すべ)ては元通り、とはいかぬが、前と同じ落ち着きを取り戻しつつある。

 あの陰惨な夜が明けてから数日。淡緑の姿は街角から姿を消した。

 奴等(やつら)の根城が焼け落ち、巻き込まれたのだ。近年、(るい)を見ない数の犠牲者が出た、とMix-Sceneを介し瞬く間に拡散され、ちょっとした騒動となる(ほど)に。あまり喜ばしい報せ(情報)ではないが、悪意から開放された安堵は隠し(よう)がない。

 その騒ぎの中で、制服姿の高校生が()たという噂は出てこなかった。

 思い返しても、(いま)だ夢と錯覚する。両碗を蛇となって襲う赤鬼に、正体も分からぬ神出鬼没の男。御伽噺(おとぎばなし)から飛び出でた異形なる相手と刃を(まじ)えたなど、誰が信じられよう。

 だが、残念ながら身に降りかかった事実。姉と共に住まう一室に押し込めた段平(だんびら)が証拠となる。

 結局、奴らの目的は(つい)ぞ知る事は出来なかった。

 何もかも分からず仕舞(じまい)。彼らが何者か、何故(なにゆえ)に淡緑の一味を(みなごろし)にしたのか。残忍な行いの痕跡すら消せる力を持ちながら、()の夜に結んだ約定を律義に守るのか、も。

 いかん。立ち止まり、深い思考の沼へと沈む頭を手で引き()り上げる。約定通りならば、二度と顔を合わせぬ間柄。何を企もうとも預かり知らぬ。

 其れよりも見ろ、目的の教室を通り過ぎてしまったではないか。

 何時迄(いつまで)も永見を待たせるわけには行かぬ。(そば)で色々な表情を見せてくれる、御転婆な姫様。機嫌を損ねる前に顔を見せてやらねば。

「永見さん?さぁ、さっきまで居たんだけど」

 教室の入口で談笑していた簾髪(すだれがみ)の女子が教室内を見流(みなが)し答える。しまった。我慢できず迎えに行ったか。

 いや、教室が離れているとは言えども通る道程(みちのり)は一本だけ。ならば途中で出会うはず。

「あれ?さっき間宮くんと一緒に出ていかなかった?」

 と、一緒に井戸端を開いていた巻き髪の女子が割って入った。

 出てきた名に思わず教室内を覗けば、御河童(おかっぱ)の丸顔も伊達男も姿が見当たらぬ。二人だけでない。間宮の取り巻きも。

「で、何処(いずこ)へ?」

「えーっ、そこまで知らないよぉ」

 何が楽しいのか、可笑(おか)しそうに笑う女子二人組。

 嫌な予感しか無い。用が済んだ教室を離れ、彼女を探す。(いな)、探すのは間宮を含んだ一団。

 だが一体、何処へ消えた?

 屋上は鍵が掛かって立入禁止。図書室や視聴覚室は永見が嫌がる。ごった返す食堂は論外だろう。後は中庭だが、少々手狭(てぜま)である。あの数で押しかければ、周囲の邪魔にしかならない。

 今まで得た報せ(情報)手繰(たぐ)り、考えよ。

 永見は級友の中で孤立、その元凶である元彼氏と一緒である。穏やかではない顔合わせ(ゆえ)、衆目に気づかれたくは無い(はず)。取り巻きの数も考えれば、広く人気(ひとけ)の無い場所が良い。

 心当たりがあった。永見と授業を抜け出して語り合った秘密の場所。狭いながらも、()めれば取り巻き含めて収まるはず。

 ふたつの校舎を繋ぐ為に(こしら)えられた渡り廊下から眼下を見やる。

 居た。

 男女に取り囲まれ校舎の隅へと向かう一団。その中心に永見と、(そば)で付き添う長身は間宮だ。校舎の端まではあと少し。(かど)を折り曲がれば(たちま)ち視界から消えてしまう。

 ええい、ままよっ!

 手前の窓を開け放ち、五体を宙に(おど)らす。地面とは三間と少し(約六メートル)麻木(あさぎ)より少し高い程度ならば、修行でも何度も跳んできた。

 万物の法則に従って勢い良く足から地に着けば、膝、腰、上体へと受け身を取るように転げて衝撃を逃す。()(まま)くるりと一回転。落ちた力を前へと進む力へ変え、健脚を()り出す。

「永見っ!」

 (またた)く間に彼女達との差が詰まる。突如(とつじょ)沸いた(ごう)風に、誰も(かれ)もが何事かと振り返った。無論、間宮とその腰人着(こしぎんちゃく)も。

「しぃ君っ⁉」

 普段から大きな目を更に見開く御河童の子女。()の場に現れるとは露にも思ってなかったのだろう。口元に手を置いて身を固める。

 其の彼女へ(いた)る道を遮る(よう)に、大きな何かが立ち(はだ)かった。背が高く、頼り甲斐の有る(おも)持ちを持つ美丈夫。行く手を(はば)まれては足を止めるしかない。

「やあ、赤目」

 間宮透(まみやとおる)が白い歯を見せ、爽やかな笑顔を向けた。




「だいぶ急いでいるようだけど、僕に用かな?」

 間宮が少し困った様に首を(かし)げる。些細な仕草でさえ魅入(みい)らせんとする俊傑。

其方(そなた)に用など無い」

 何を白々しい。落ち着き払った美形を鋭く睨む。

「用があるのは永見だけ。 其方らこそ、永見を連れ出して如何にするか?」

「そう言われても」

 涼やかな彼の眉根が寄る。困ったように視線を取り巻きに向ければ、巻き毛の男が軽く首肯した。

「悪いけど、僕たちも椿(つばき)に用があってね。その後でも良いかい?」

「ならば相席(あいせき)させて貰おう。(たい)して時間が掛からぬなら問題なかろう?」

 挑発気味に(こと)の葉を向ける。間宮が目を鋭く細めた。(かん)(さわ)ったか?ならばお互い様だ。

「し、しぃ君っ!大丈夫だからっ!」

 慌てた永見が間に割って入ろうとするものの、間宮は目も向けずに押し返す。

「ほら、椿もこう言ってる。嫌がっている相手の話に入り込もうなんて、どうかと思うけど?」

「いや、尚更(なおさら)聞きたくなった」

 一歩も引かず()を通す。

「永見との関係、其方(そなた)も耳にしているだろう?同じ様に 其方と永見との仲を聞いている。(あま)り良ろしくない仲だそうだな」

 美丈夫の顔色が変わった。形の整った薄い唇の端が下がる。構うものか。

「で?だからと言って――」

「彼女を泣かせる訳にはいかぬ、からの」

 良く通る声音を(さえぎ)り、低い調子で意をぶつける。永見が涙する言葉を吐いた相手。取り巻きを含めた一団の中で彼女を一人には出来ぬ。

「君には関係ない」

 が、帰ってきたのは強い拒絶。間宮の眉間に(しわ)が刻まれ、強い口調で突き放された。

 此れが合図。周囲は害意で満ち、悪意が膨らむ。(やま)しき思いが陽炎(かげろう)の刃となって切っ先を向けた。誰に?一人しか()らぬ。

「そうだよっ!お前には関係ないだろ!」

「何様のつもりよ!偉そうにっ」

 (せき)を切って周囲の追従者が非難を始める。都合(つごう)悪い流れを断ち切るかの(ごと)く浴びせ掛かる罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐。このまま押し切る気か。

 甘く見るな。

()らば、(すみ)に隠れて如何(いか)にする気だっ!」

 丹田に力を込めて発した声が空気を震わし、有象無象(うぞうむぞう)悪罵(あくば)を消し飛ばす。

 (うち)で練り上げた気に言葉を乗せ、遠くの者へと運ぶ鳴鯨(めいげい)の術。が、狙いを(しぼ)らずに使えば周囲に(とどろ)かすなど造作でもない。

其処(そこ)まで他人(ひと)に聞かれては困る話なのか!?一人の女子(おなご)を相手に寄って(たか)って!」

 更に押し込めば、誰もが唇を噛み押し黙った。言い返す言葉も無く、握った拳を小刻みに震わせる。振るうには人目が多かった。

 騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり、(しか)めた顔で間宮の一団に視線の(やり)を投げつける。今まで浴びたこと無いであろう、非難が込められた冷たき視線。さぞ(こた)える事だろう。

 だが――

「赤目、少し勘違いしていないか?」

 美麗な頭目が口を開く。引き連れた仲間が一様に(うつむ)く中、涼しげに口元を柔らかく(ほころ)ばせ、(おど)けるように肩を竦める。

「別に悪い企みなんてしてない。確かに、赤目も多少は関係はあるかも知れない。けど、余計な事を言う資格はないね」

「どういう意味だ?」

「僕たちは別れちゃいない、ってコトだよ」

 突然、(たかわ)らで固まる永見を引き寄せ、其の肩を抱く。(かつ)て恋仲であったのを見せつけるように。

「キャッ!」

 彼女の口から短い悲鳴が漏れる。が、身を震わせる姿は間宮の懐に収まり、(たくま)しい腕の中で隠された。

「永見っ!」

「おっと」

 奪い返そうとするものの、美丈夫は()いた手を前へ(かざ)す。先手を取られた。今度は此方(こちら)歯噛(はが)みする番となる。

「モチロン、君たちの噂は聞いているよ」

 余裕を取り戻した間宮が爽やかに髪を()き上げる。気障(きざ)な仕草。似合うのが尚更、腹を立たせる。

「だとしても、だ。僕は椿に別れようなんて言ってないし、椿だって同じ。僕達の間でちょっとした勘(ちが)いがあっただけさ」

 よくも斯様(かよう)な言葉を抜かせるものだ。抱き寄せられた永見は身を(ちぢ)こませたまま、誰にも目を合わせようとはしない。此れで齟齬(そご)があるなど、下手な滑稽(ばなし)にも劣る。

 二の句を告げずにいると気を良くしたか、流々とした講釈が続く。

「分かったかい?これからするのは、仲直りするための話し合いなんだ。恋人同士の語らいに邪魔するなんて、ちょっと野暮じゃないか?」

 片目を瞑り、勝ち誇った顔を向ける間宮。何を今更。簡単に(うなず)くとでも思ったか。

「永見」

 話の通じぬ相手に見切りをつけ、顔を伏せたままの子女に声を掛ける。

「間宮が下らぬ事を吐いているが、永見は如何(いか)に思う?忌憚(きたん)なく申せ」

「なっ!」

「問答無用っ!」

 恐らく美丈夫の絵図面(えずめん)には無かったのだろう。鼻白(はなしろ)む間宮に対し、強い言葉で先を封じる。

「幸い、此処(ここ)に二人が揃っている。折角(せっかく)の機会、皆の前で白黒判然(はっきり)させようでは無いか。のう?」

 最後は野次馬として囲った生徒へ向けた言葉。

 途端、周囲から(けたた)ましい歓声が上がった。

「おぉっ!赤目っ、勝負に出たっ!」

「告白タイムっ?告白タイムっ!」

「安心しろっ!骨は拾ってやるっ!」

 野次馬達は面白がり、(はや)し立てる。当然の反応。何しろ色恋沙汰(いろこいざた)は大の好物。(かか)催し(イベント)が降って沸けば、盛り上がらぬ(はず)が無い。

 軽く頷くと視線を二人に戻し、何も語らぬ永見へ語りかける。

「遠慮はいらぬぞ。何を言おうとも、受け入れよう」

 とは申せ、あの日の話を信じれば答えは分かり切った事。少し目を離した(すき)に心変わりがあれば別だが、其時(そのとき)は其時。男としての魅力が無かったと肩を落とすだけ、だ。

「よせっ、赤目っ!そんな話じゃないっ!?」

 この期に及んで大きく手を振り、騒ぎを収めようと試みる間宮。()が悪いと自分でも分かっているのだろう。取り巻き達も必死に火消しを(はか)る。

 が、ひと(たび)火の付いた群衆が大人しくなるはずもない。

「椿っ!あんなヤツの言葉なんか聞くなっ!」

「怖がる必要はない」

 割って入ろうとする邪魔な声に構わず語りかける。耳に届くよう、低く通る力強い声で。

「思うが(まま)、口にすれば良い。なに、 其方の身を(あや)ぶめる者が()らば、全力で守る」

 真。三禁の戒めとて顔馴染(なじみ)まで(とが)めやせぬだろう。(まし)してや(えにし)で繋がった友が怯えているのに、手を貸さぬ道理はない。もし、()れが元で地獄に墜ちるならば、さぞ居心地が良いに場所であろう。

 果たして、永見が顔を上げ此方(こちら)を見た。小さく結んだ桃色の唇は震え、大きな瞳が濡れ揺れる。軽く頷いてやると、恐る(恐る)口を開いた。


この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。

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