赤鬼と獏 三
2025.04.17 タイトル修正
2025.04.19 さらにタイトル修正
異形の赤鬼を倒したとて、此れで終わりとは成らず。消えつつある呻き声の元へ静かに足を向ける。
「無事か?」
無事である筈もない。滑稽な言葉を吐きつつ、赤黒い血溜まりに身を伏せた刺青の傍らへ膝を落とす。
一縷の望みを抱えて上着を破き、傷口を覗き見れば、露わになるのは腹まで届かんばかりに抉られた酷い刀傷。ひと目で手の施し様が無いと分かった。
だとしても。段平を捨て、手拭いで患部を抑える。流れ出でる赤い濁流を止めるには程遠い。忽ちに白い布が朱色へと染まるが、傷口から溢れる流れは止まらない。
「痛いよぉ……」
刺青が涙を波ゞと溜め、紫色の唇を震わせた。耳元で聞き取れぬ微かな声。冷たい肌から吹き出す汗が更に身体の熱を奪っていった。
「なんでぇ、こんな目にぃ……何もぉ……してねぇだろぉ…………」
言葉を返す暇すらない。余りに大きい傷口を強く押さえ付けるが、既に手拭いは役に立たず。手や指を生暖かい鮮血が纏わりつく。
眼前で命が消えつつあるのは十分に理解できた。だとしても、賽の河原へ向かう前にして貰いたい事があるのだ。
「あの赤鬼は何者か?」
今際の際へ旅立つ刺青を押し留める。此奴から有益な話を何ひとつ聞かされていない。せめて、赤鬼に関する手掛かりくらいは遺してくれねば困る。
「何故、根城を襲われた?命を奪われるほどの大事、貴様等は何を仕出かしたのだ」
声は届いたのか。何処とも知らぬ虚ろを掴むように、酷く震える腕がゆっくりと上がり、青白い指先を伸ばす。
「誰かぁ、助けてぇよぉ……お願いだからぁ……ねぇ…………ママぁ…………」
気付けば、警報も雨も止んでいた。
静まり返った薄暗闇の中、物言わなくなった骸から視線を外す。
勝手我儘に生き晒し、誰の役にも立たず我儘なまま死んだ。天から授かりし命を全うしたなどと言えぬ、横暴な生き様。
せめて逝く前に手掛かりを遺してくれたのなら。
疑問が疑問のまま残ってしまった。結局、胸の痞えを取る報せを遂に聞き取れず。
いや。痞えを取る方法は、まだある。
崩れ落ちた赤鬼に再び視線を送る。何しろ、この騒ぎを起こした張本人。知らぬとは言わぬだろうし、言わせぬ。
深く落した故、四半刻は目を覚ますことはない。手応え通りのまま、当の本人は動く気配など微塵も無かった。
弛緩しきった上体を辛うじて支える様に、その太い手を床につけたまま微動だにもしない。
床に手を付けた?
いや、倒れたときは支えることもなく横倒しとなった筈。
違和感に気付くより早く、機械に息吹を与える電子の単音が耳に飛び込んだ。
赤鬼の口から放たれた音ではない。もっと奥底にある、巨躯に埋もれたの中心から鳴る音。
と、目覚ましの電鈴が断続的に鳴り始める。応じるように剛腕に浮かぶ鋼筋が膨れ上がって地を押し返し、のそりと上半身が床から離れた。少し爛れた赤黒い頭を上げ、黒く窪んだ両眼から再び赤き点が灯る。
口の中が渇き、唾を吞んだ。
よもや、こう短い間に立ち上がるとは。何もかもの常識を覆す様に、形容する言葉が見つからぬ。人の形であるものの、其の範疇で語れる相手ではない。
だが、だとしても。
「どうした?顔が黒いぞ」
如何な化物でも、焼かれた顔面を治すには時が足りぬ様だ。
全身にこび付いた返り血よりも赤黒く燃えた頭部はそのまま。深い眼窩の奥にある赤光も幾分か陰りを見せる。
それでもなお、荒々しい鼻息を撒き散らして深く隆起する顔の筋。憤怒に支配された表情を突き出し、両肩を揺らす。
だから何だ。満たされぬ思いを抱くのは同じ。再び刃を交えたいのなら、願ったり叶ったり、だ。
形見となった段平を左手で拾い上げ、棟を噛む。右手に朱く濡れた手拭い、左手を空けたまま唯一の兵具を咥えた奇妙な構え。
対する赤鬼も再び肩を持ち上げ、節の無い腕を波打たせる。どういう絡繰りかは分からぬが、知ってしまえば戸惑うこともない。
いや、油断は禁物。腕の接ぎ目を無視し自在に伸ばしたのだ。腕が増えたとて、何ら不思議ではない。
まぁ、良い。算段は相成った。
ヲン・アニチ・マリシエイ・ソワカ
真名を唱え、摩利支天の加護を授かれば、赤鬼も巨躯を弾ませ差し迫った。腕に飼う二匹の怪蛇が牙を剥く。
応じて、此方は身体の向きを相手に合わせ踵を浮かせる。空いた左手を隠し物入れに突っ込み、中身を怪物の足元へ放り投げる。
赤鬼の赤点が揺らいだ。
先の経験で疑心が生じたか、足先も鈍る。残念、投げたのは只の塵芥。それでも蛇飼いの鬼を警戒させるには事足りた。
一瞬だけ視線を外れたのを見計らい、身を屈めて二匹の間隙を縫う。遅れて鋼の鎌牙が襲いかかるが、狙いは甘い。刃に込められた殺気を不可視の網に絡め捕って躱せば、既に相手の懐の内。
機先を奪い、赤鬼は慌てる。二匹の大蛇を再び巨腕に戻し、手首の鎌刃で両脇を固めた。背を取られるのを嫌った守りの構え。
読み違えたな。其処は本命に非ず。
正対したまま地を蹴れば、赤鬼の顔面へ右手の一閃。狙い違わず、鮮血を吸った深紅の手拭いが岩壁の如き顔に張り付く。
其方に命を奪われた者の血で染まった布だ。恨みも存分に籠ってるであろう。
赤光が手拭いの奥でぼやける。視界を奪われ、苦し紛れに踊り狂う二対の凶刃を紙一重で搔い潜り、赤鬼の左手へと回る。目の前には大樹の幹を思わせる太き脚。口元に含んだ段平を右手に持ち替え、其の膝裏へと突き立てる。
くぉぉぉぉっ!
咆哮が轟いた。怒りを滲ませた、熱き呼気が空気を震わせる。
膝の腱を絶ち、骨と骨の間にある軟骨さえ砕かんとする一撃。惜しくも硬き骨に阻まれ貫くのは能わぬが、動きを封じるには十分。捩じり引き抜けば、穿った刺創から濁った色の体液が湧き零れる。
乾坤一擲の一撃は堪えたようだ。重い音を立てて赤鬼の片膝が崩れる。頭の高さが揃った。目の前に姿を現した太い首元へ段平の厚い刃を当てる。
「其処までだ」
如何な化物とはいえ、首元の経脈を掻き切れば平然とは焦られぬだろう。脅しではないと示す為、段平を握った手元を僅少動かす。厚い刃に伝って赤くない粘液が流れ、切っ先から垂れた。
赤鬼も馬鹿ではないようだ。相手は肩を震わし憎悪を含んだ剣幕を向けるも、片膝をついた姿勢からぴくりとも動かぬ。まるで生きた彫像、いや動く岩塊だ。
「何を意図して徒に人を殺める?幾ら斬り捨てたか知らぬが、流石に目に余る」
物言いが癇に障ったか、亀裂と見えた眉間の皺が削れ、更に深い罅が入る。口の端を歪めるのは痛みか、それとも悔しさからか。
「何故に黙る?其の口は只の飾りか?それとも答えられぬ何かがあるのか?」
だんまりを決め込んだ手負いの鬼に対し、段平を握る右手の小指を軽く動かす。切っ先から落ちる雫が段々と速くなり、やがて線へ変わる。
「何処まで手に掛ける肚であった?淡緑だけを相手にする積もりだったか、それとも建屋に居た者は誰彼構わず、か?」
生殺を握られているにも関わらず、動じぬままに沈黙を貫くの赤鬼。図体通り、肝が据わっている。
とは申せ、此方も命を張っているのだ。勝負に降りる訳にはいかない。
「逃げた者は如何にする気であったか?答えよ。さもなくば――」
容赦はせぬ、と言い切る事はできなかった。
丹田より周囲に巡らした不可視の網に何かが触った。急いで目を向ければ、赤鬼が背にする薄闇の向こう、上り階段の途中に人の影。
はっきりと見えるのは膝から下だけだが、薄灰色のくたびれた背広から男だと認められる。だが、視線を上げるにつれ影が打ち集い、首から上は輪郭さえも覗えぬ。
「いやいや、大変申し訳ございません」
言葉は残るが話した声音は忘れてしまいそうな、掴み所のない声であった。
「本件につきましては、全て弊社の不手際。深くお詫び申し上げます」
男の声音は明朗なれど、余りにも特徴が無かった。
ともすれば、闇の向こうから届く肉声は外耳に奪われ、鼓膜に届く頃には言葉だけが残る。何も残す気のない、思い出すのも難しい響き。
姿もそうだ。目に留められるのは足元を飾る黒い革靴の他、手元の白い手袋だけ。正体は夜闇の中に溶け、顔形の境目すら不明にした。影の濃淡を見て立ち位置を決めたのか?いや、影が好んで寄り集まったか。
「何者?」
赤鬼の助太刀に対し、左手を隠し物入れへと伸ばす。と、声の主は慌てて掌を向けた。
「自己紹介が遅れ、大変失礼致しました。ワタクシ、獏と申します」
胸の辺りなのか。影に隠れた男は左の手袋を上にあげ、手の甲を見せる。
獏。割れた禁裏がひとつとなり乍らも戦乱へと向かう頃、中国より伝来した空想上の生物。象の鼻、犀の目、牛の尾に虎の四足を持つ、悪夢を喰らう妖怪。
「どうも情報伝達に誤りがあったようでして。弊社としましては、これ以上の対立など望んでおりません。つきましては、円満な解決を図りたく」
つらつらと機械的に言葉を繋ぐ、太古より伝えられし物怪の名を告げる男声。
「どの口が言う」
勝手に襲い掛かり、戦況が悪ければ勝手に止める。相手の都合ばかり良い言い分に、目を細めて口角を上げてやる。
「で、万事解決した後は?用済みとばかりに背から襲われるのは敵わん」
「いえいえ。そのように進めますと、弊社の信頼失墜に繋がりかねません」
少し慌てた口調で白い手袋が薄闇の上でひらひらと舞う。
「弊社としましては、対立は回避すべきと考えております。こら、その物騒な物を仕舞いなさい」
半ば夜影に隠れた男が命令すれば、手前で腰を落とした赤鬼は明白に委縮し、両腕から生やす鎌刃を身の内に引っ込めた。刃を交わし合った相手とは思えぬ、何とも従順な姿。赤鬼の妙な仕掛けより、獏という男に素直に従う聞き分けの良さが気になった。
「上手く躾けられてるな」
妖鬼を手懐ける手腕を揶揄してみた。が、相手は乗って来ず。
「部外者である赤目様に危害が及んでしまいました問題、明らかに弊社の落ち度になります。ご迷惑をおかけしました事、重ねてお詫び申し上げます」
基督の祈りよろしく胸の前で手を組む。頭を下げるのを手で表現したのか。だが、疑念は其処ではない。
「何故、名を知っている?」
名乗った覚えはないのに姓を呼ばれた。全く、次から次へと疑問を挟ませてくれる。言葉の端から気疎さが漏れたとて、仕方ないだろう。
獏を示す手袋が何処からともなく汗拭きを取り出すと、手首と共に影の中へと消えた。歯切れ悪い回答からも、受け入れぬ姿勢が見て取れる。
「このご時世でございますから。対応を誤りましたら、軽微な過失でも批判を招きかねません」
「謝罪は不要。問いに答えよ」
見当違いの言い分に、語気が粗くささくれ立つ。通り一遍の、弁解にも満たぬ芝居掛かった所作。しかも演じるのが大根役者となれば、信を置けるはずもない。
「襲った動機は?淡緑の輩だけでなく、別の用で来訪した者さえ問答無用で刃を向けたのだ。さぞ後ろめたい理由があると揣摩するが、違うか?」
一気に捲し立てると、返ってきたのは沈黙だった。
月に掛かる薄雲が通り過ぎたか、窓から漏れる夜光が俄かに強まる。赤鬼が期待を込め、もぞりと肩を動かした。
「申し訳ございません。守秘義務の観点から、詳細についてご説明致しかねます」
影の向こうから絞り出される声に、初めて心情が乗る。陳謝の皮を被った、明らかな拒絶。
納得いかぬ言い分を聞き届ければ、次なる手とばかりに右手の指先に力を込める。切れ味の鈍い刀身が厚い皮膚の中へと沈む感触が指伝いに分かった。
「此奴の命と引き換えだとしても?」
「ええ」
即答。獏はにべもなく言い切る。命より話せぬ報せとは中々。忍びでは非ぬというのに、忍びめいた拝察をする。
「左様か」
赤鬼の首元から段平を離す。人質にならぬのなら使い道などない。
然れど、開放したのにも関わらず手負いの邪鬼は微動だにせず。勝負は終わってない、と荒々しく睨みつけたまま。
「来なさい」
獏が命を下して、ようやっと片足を引き釣りながら足元へと移動した。追い打ちを掛ける必要などない。
「ありがとうございます」
「勘違いするな」
感謝の念を捧げる獏に向け、切っ先を合わせる。
別に仏心を出した積もりなどない。戦う相手は、ひと纏めにした方が良いと思ったまで。
「何もかも話せぬと言うなら、代わりの物を差し出せ。出来ぬと申すならば、もう一戦」
赤鬼だけでなく、新たに獏も相手となる。手負いも含むとは言え、分が悪いのは明白。ともすれば命を落とすかも知れぬ。
それも良かろう。仮に力が及ばぬとて、目的の幾許かは果たせる。躊躇う謂れなど何処にあろうか。
だが慌てたように、獏の手袋が左右に゙振られる。
「いえいえ。先に申しました通り、弊社は対立する意向などございません」
闇に浮かんだ白い手が忙しなく宙の上で踊り跳ねる。ともすれば三文芝居にも見える、滑稽な動き。
「赤目様のご意向に沿えるよう努めますので、解決に向けた条件をご提示いただけますでしょうか?」
「ならば、二度と関わらぬと誓え」
力を籠め、大きく言い放つ。
「家族や友人を含め、今後の手出しは一切許さぬ。この先は交わること無き他人。良いか?」
「承知いたしました。弊社は今後、赤目様と接触する事はございません。また、本件に関わるアフターケアも十二分にさせて頂きます」
一転して明るい口調となり、左手の甲に右手を添えた。礼のつもりか?
「今回の件に関する全ての出来事は、赤目様のも含め記録を消去させて頂きます。そのため、今夜の件も含めまして一切の証拠は残りません」
「其れは 其方らの都合では?」
「そうでしょうか?最初から貴社との接点は無い方が、双方にとって有益なご提案かと存じますが」
闇から言葉だけが届き、自然と顔の半分を手で覆う。
つまり、此処で起きた一連の出来事を闇に葬るが故、口外するべからず。黙っている限り、此れ以上の手は出さぬ。
獏の言い分はこういう事か。
「良かろう。話に乗ってやる」
元より断れる筈もない。向こうが差し出した条件は飲めるものであったし、相手は先に言い分を飲んだ。此れで首は横に振れぬ。
「では、無事に成約とのことで。誠にありがとうございます」
恭しく手が下がったのは一礼の積もりだろう。結局、顔を影から出さぬまま。彼の声音すら、既に耳から消えていた。残ったのは遣り取りした言葉だけ。
「約定、違うな」
念押しの言葉を如何様に受け取ったのか?獏は何も返さず、靴の先を闇の先へと向ける。
「それでは、弊社はここで失礼致します」
白い手袋が消え、続いて窓明かりに照らされた足元も影の中へと消えた。ぎこちない動きで赤鬼が続く。
奇妙としか言えぬ。天地がひっくり返らぬ限り、上階に出口があるはずもなし。ならば、何処へ向かったのか?
「待てっ!」
慌てて追いかけたものの、踊り場に至る頃には影も形も消えていた。
やられた。
漠然と広がる薄闇を前に、考えが足りなかった頭に手がいく。丹田に気を込め、不可視の触覚で探っても隠れた人の気配すらも無し。獏はともかく、強かに膝裏を斬り裂いた赤鬼も、だ。
「くっ!」
喉まで出掛かった悪態を飲み込み、薄く浅い呼吸を繰り返して頭を冷やす。
身に降り掛かってきた火の粉は全て振り払った。淡緑は烏有に帰し、死を振りまいた元凶にも二度と会わぬと約束させた。
なのに釈然としない。
分かっている。相手を見くびった浅慮への怒りだと。
淡緑を横柄な烏合の衆と決めつけ、碌な下調べもせず乗り込んだ過ち。
赤鬼の力量を測り切れず、幾度も危機に陥った過ち。
ひとつ間違えれば、今、こうして息をしていない。
自然と手が髪を掻き毟り、唇を噛み締めた。
何が神忍の孫だ。何が今世の名人だ。何も知らぬ、自惚れた餓鬼なだけではないか。
「!?」
異臭が煤の衣を纏って鼻腔を擽る。紙、木、鉄、建材、そして人。他にも嗅ぎ慣れぬ焼けた匂いが嗅覚に届く。肌を舐める熱気から火の手が上がったのだと容易に飲み込めた。
どうやら、悔しがってばかりも居られぬようだ。
誰が付け火をしたか、などは愚問だろう。獏とやらは一切を消し去る気でいるらしい。階上から忽然と消える男だ。直ぐに階下に回り焼き討ちにするなど、造作もないだろう。
此処までやって、最後に焼き殺されるなど死ぬに死に切れん。踵を返して死闘を繰り広げた渡り廊下に戻れば、明かり取りの窓へと手を伸ばす。
が、力を込めても窓は開かず。手入れを怠った為か、窓枠が歪んでいた模様。仕方なく、残っていた手拭いを手に巻き、硝子を叩き割る。
ふと、物言わぬ刺青と目があった。
赤鬼との切り結んだ勢いで押されたか、横倒しとなり鮮血の沼へ沈んだ哀れな骸。虚ろな瞳は助けを求めたまま、時を止める。
悪人であろうとも、弔いの言葉ひとつも送るべきだろう。が、時間もなく、仏門に帰依した過去もない。故に念仏のひとつも唱えてやれぬ。
せめてもの手向けとして南無とだけ呟き、窓の外へと視線を戻す。
瞬く間に黒煙が顔を襲った。焦げ付く匂いに噎せ返りつつ下を見れば、階下から沸き立つ旋風に煽られ、細く立ち上る炎の舌が見える。
異様に火の回りが早い。此の辺りも顔を見せぬまま立ち去った男の仕業だろう。
いやはや、約定を結んだ相手を即座に焼き殺そうとは。些かの怒りを込めて窓枠に足を掛けると、勢いを殺さぬまま野外へと身を躍らせた。
この作品はフィクションです。登場する人物や団体、事件はすべて著者の想像によるものであり、現実のものとは一切関係ありません。実在の人物や団体、場所、出来事との類似がある場合でも、それは単なる偶然であり、意図的なものではありません。