表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

記録7 不穏な予感

 ノワールの本拠地に向かうため、私たちは街の中を進んでいった。


 ここはノータリア王国。時が止まった世界の中で、唯一時間が流れている場所。街には人の姿があり、賑わいこそないものの、止まっている世界とは違う活気が感じられる。


「ねえ、ノワ。なんでこの国だけ動いてるの?」


「この国には特別な『核』があるからな。外の世界とは異なる理で守られている」


「『核』?」


「詳しくは知らないが、それがある限り、この国は時の影響を受けない」


 ノワールはそう言いながら、通りの露店で果物を買って、一つ私に渡してくれた。少し硬そうなオレンジ色の果実だ。


「これ、美味しいの?」


「食ってみろ」


 そう言われてかじってみると、甘酸っぱさと共に、少しだけスパイスのような刺激を感じた。


「うん、美味しい!」


「それならよかった」


 ノワールは軽く笑い、再び歩き出した。


 しばらく進むと、人の気配が少なくなっていく。路地を抜け、坂を下り、小さな運河のそばを歩く。川面には街の灯りが揺らめいていて、とても綺麗だった。


「この先だ」


 ノワールが指差したのは、一見するとただの古びた建物。壁は所々ひび割れ、窓の一部は閉じられていた。


「ここが……?」


「ああ。俺の本拠地、ノータリア何でも屋だ」


 何でも屋。その言葉に少しだけ安心感を覚える。どんな依頼でも受け付けるという彼の言葉が、今は頼もしく感じられた。


 ノワールが扉を開くと、中は意外にも整理されていた。木の机に椅子、壁には地図や書類が並び、奥にはカウンターのようなものがある。少し埃っぽいけど、居心地は悪くない。


「さて、とりあえず休め。旅の疲れもあるだろうし、今後のことは明日考えよう」


「うん……ありがとう、ノワ」


 少し休もうと椅子に腰を掛けようとしたその時だった。


「おぉ、ノワール、帰って来てたのか」


 外へと繋がる扉とは違う、奥まった部屋へと続く扉が静かに開かれた。

 そこから現れたのは、一人の女性だった。


 彼女の髪は燃え盛る炎のような深紅の色をしており、まるで揺らめく焔をそのまま束ねたかのように高い位置で結われている。髪の合間から覗く額は広く、理知的な雰囲気を漂わせていた。

 深緑の瞳は鋭くもどこか落ち着いた印象を与え、目尻がわずかに吊り上がっていることで、ただの穏やかな女性ではないことを示していた。


 彼女の肌は日差しを受けたような健康的な色をしており、引き締まった体躯には無駄な脂肪が一切感じられない。露出の少ない戦闘服に包まれた体は、しなやかでありながらも鍛え抜かれた強さを感じさせる。

 背筋はぴんと伸び、まるで一本の槍のように凛としていた。


 年齢は二十代半ばといったところだろうか。

 華やかさを備えつつも、どこか場数を踏んだ戦士のような風格を感じさせる。


「お前が遺跡に向かったって聞いてたから、心配してたんだ。無事で何よりだな」


 彼女はノワールへと歩み寄ると、ふっと笑みを浮かべた。

 しかし、その笑顔はどこか試すような色を帯びており、ただの再会を喜ぶものではないように見える。


「……まあな。お前に心配されるほどヤワじゃない」


 ノワールは気だるげに肩をすくめながらも、その目には緊張感が宿っていた。


「ふふっ、そういうところは相変わらずだな。で、そちらの少女は?」


 彼女の視線がこちらに向けられる。

 鋭い眼光に射貫かれた気がして、思わず背筋が伸びた。


「アステラだ。ちょっとした事情があって、俺が世話をしてる」


「……なるほどね」


 女性は顎に指を添えながら、じっと私を見つめる。

 まるで本当に値踏みされているような感覚に陥り、思わず唾を飲み込んだ。


「初めまして、私はリアーナ。ノータリア王国の騎士団長を務めている。君がノワールと一緒にここまで来たってことは、相応の覚悟があるんだろうね?」


「え、えっと……」


 覚悟?

 私は何をすればいいのだろうか。


 そう思った矢先、リアーナが腰の剣に手をかけた。


「じゃあ、手合わせでもしようか。どれほどの力を持っているのか、見せてもらおうかな?」


 その言葉が響いた瞬間、場の空気が一気に張り詰めた。


「おい、リアーナ」


 ノワールが制止しようとするが、リアーナはまるで聞く耳を持たない。

 彼女の深緑の瞳が爛々と輝き、まるで獲物を見つけた獣のようだった。


「遠慮はいらないよ。さあ、かかってきな」


「リアーナ!」


 ノワールは彼女の腕を力強く押さえつけ、その目で警告を発した。


「いやぁ、すまない。ちょっと早とちりが過ぎたみたいだな」


 リアーナは、腰に掛けていた剣の柄に手をかけたまま、冷静にその場を取り繕うように剣をゆっくりと下ろした。その動きは無駄のない、習慣的なもので、まるで刃を納めることが一つの儀式のようだった。


「アステラはアレクシウスの娘だ」


「なるほど……。アレクシウスとは誰だ?」


 リアーナは首を傾げ、眉をひそめながらその名を反芻した。彼女の目には疑問の色が浮かび、まるで何かを探るようにノワールを見つめている。


「はぁぁぁぁぁぁー」


 ノワールは両手で頭を押さえ、肩を落として深いため息を吐いた。その息はまるで重荷を抱えているかのようで、どこか疲れた印象を与える。


「言っただろ、今回の事件の科学者だ、って」


「ああ、そういえばそうであった」


 リアーナは思い出したように軽く頷き、その後、少し照れくさそうに笑った。彼女の中では、すでに別のことが頭を占めていたのだろう。


「国王からの手紙があってな。なんでも今から王城に来て欲しいと。そこのアステラと一緒にだ」


 それを聞いた私は不穏な予感がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ