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記録5 不適合者、則ち化け物

 それから数日間、ノワールと共に新しい手がかりを求めて旅を続けた。

 街はすっかり荒れ果てていたが、時折、生き残りの人々がひっそりと身を寄せ合っている姿を見ることもあった。


「ねぇ、ノワール」


 私たちは次の目的地へ向かう途中の廃墟の広場にいた。

 私は歩きながら、ふと疑問に思ったことを口にした。


「あなたは、どうしてこんなことをしているの? 化け物と戦ったり、私みたいな人を助けたりしてさ」


 ノワールは少しだけ考え込むような表情を浮かべ、やがて肩をすくめた。


「俺には守りたいものがあるからだよ」


「守りたいもの……?」


 彼の答えは曖昧だったが、その声にはどこか確固たる意志が感じられた。

 私はさらに尋ねた。


「それって、誰かのこと?」


 ノワールは少しだけ笑い、私を横目で見た。


「そうかもな。けど、それだけじゃない。俺にとって、この世界そのものが守る価値のあるものなんだ」


 その言葉に私は少し驚いた。

 ただの「何でも屋」だと言っていた彼が、こんな大きな理想を持っているなんて思いもしなかった。


「……それって、なんだかすごいね」


「すごくなんかないさ。ただの自己満足みたいなもんだ」


 そう言いながらも、ノワールの瞳には揺るぎない決意が見えた。

 私はその姿に、不思議と自分も負けていられないような気持ちになった。


***


 やがて、私たちはある古い塔に辿り着いた。

 そこは以前、父が記録を残したという場所だった。


「ここに父の手がかりが……?」


 塔の入り口に立つ私に、ノワールが頷く。


「可能性は高い。ただし、簡単には辿り着けないだろうな」


「どういう意味?」


 私が尋ねた瞬間、塔の中から不気味な咆哮が響いた。


「……なるほどね。化け物がいるってことか。……あの化け物って何なの?」


「時間が止まった世界に適合出来なかった不適合者の記憶の母体、それがあの化け物の正体だ」


 ノワールは冷静に腰のナイフを取り出し、構えた。


「行くぞ。俺が前に立つから、お前は後ろについてこい」


 私は息を呑み、彼の後を追う。

 塔の中は薄暗く、何かが這い回るような音が響いていた。


「……ノワール、これって危ないんじゃ……」


「危なくない冒険なんてないさ」


 彼の軽口に少しだけ安心したものの、すぐに目の前の現実が私を現実に引き戻した。


 廊下の奥から巨大な化け物が現れたのだ。

 それは私たちを見つけると、狂ったように吠えながら突進してくる。


「下がってろ!」


 ノワールが叫び、化け物に向かって駆け出す。

 私はその場に立ち尽くし、ただ彼の背中を見つめることしかできなかった。


 ノワールは手早く例の黒い手袋を装着し、化け物に向けて手を伸ばす。

 瞬間、手袋から放たれた紅い炎が化け物を包み込んだ。


 轟音と共に、化け物は跡形もなく消え去った。


「これで終わり……か?」


 ノワールが息を整えながら呟いたその時、背後から別の咆哮が聞こえた。


「まだいるみたいね……!」


 私たちは身構えながらさらに奥へと進む。

 そこには一際巨大な扉があり、その奥からさらに強力な気配が感じられた。


「おそらく、この先に父の残した記録があるんだわ」


「そうだろうな。だが、準備が必要だ」


 ノワールは私を見つめ、静かに言った。


「ここで引き返すこともできる。お前が決めろ」


 その言葉に私は一瞬ためらったが、やがて力強く頷いた。


「私は行く。父の記録を見つけたい。そして……この世界を元に戻す手がかりを掴みたい」


 ノワールは満足そうに微笑み、扉に手をかけた。


「よし、なら行こう。何でも屋として最後まで付き合ってやるさ」


 扉がゆっくりと開かれ、その向こうにはさらなる試練が待ち受けていた――。


 扉の向こうに広がるのは、異様な光景だった。

 崩れた石造りの床、赤黒く染まった空間、そして中央に鎮座する巨大な影――。


「……これがボス、って感じね」


 私は呟き、目の前の化け物を見据えた。

 その姿は人型を保ちながらも異形だった。六本の腕、うねるように動く尾、全身を覆う硬そうな黒い鱗。

 何よりもその瞳。深淵を覗き込むような漆黒の目が私たちを睨んでいる。


「気を抜くな。今までの奴らとは桁が違う」


 ノワールは私の前に立ち、黒い手袋を再び装着した。

 その瞬間、手袋の模様が微かに光を放ち、空気が変わる。


 化け物が咆哮を上げた。

 空間全体が揺れるようなその声に、私は思わず耳を塞ぐ。


「後ろに下がれ!」


 ノワールが叫ぶと同時に、化け物の六本の腕が一斉に動き出し、床を砕きながら襲いかかる。

 ノワールはその攻撃を見事にかわし、反撃の炎を放つ。


 黒い炎が化け物の体に当たるも、鱗が全てを弾き返してしまう。


「くそ、効かないか!」


 ノワールが舌打ちするのを聞きながら、私は震えそうになる膝を必死で押さえた。

 何か……何かできることはないのか?


 ふと、目の前の化け物の動きに違和感を覚えた。

 その六本の腕が同時に動いているようで、どこかぎこちない。


「あの腕! 動きがバラバラになってる……!」


 私は思わず声を上げた。


「バラバラ?」


 ノワールが振り返る。


「うん、それぞれの腕に意識があるみたいで、動きが揃ってないの!」


「つまり、どれか一つが本体ってことか」


 ノワールは鋭い視線を化け物に向け直すと、再び攻撃を仕掛けた。

 しかし化け物も負けじと反撃し、二人の間で激しい攻防が繰り広げられる。


 その時、私の視界にあるものが映った。

 化け物の背中、六本の腕の根元に奇妙な光る模様が浮かび上がっている。


「あそこだ!」


 私は叫びながらノワールに指を差した。


「背中の模様が本体かもしれない!」


「よし、信じるぞ!」


 ノワールは一気に動き出した。

 化け物の注意を引きつけながら、巧みに背後へと回り込む。


 そして――。


「これで終わりだ!」


 ノワールは手袋を光らせ、強烈な一撃を背中の模様に叩き込んだ。

 轟音と共に、化け物の咆哮が途絶えた。


 その巨体がゆっくりと崩れ落ち、やがて静寂が訪れる。


 「……やったの?」


 私は恐る恐る口を開いた。

 ノワールは深いため息をつきながら、振り返って微笑んだ。


「どうやらな。だが、気を抜くなよ」


 彼の言葉に頷きながら、私は倒れた化け物の残骸へと歩み寄った。

 そこには一つの奇妙な装置が埋め込まれていた。


「これが……父の手がかり?」


 私は装置を慎重に拾い上げる。

 その瞬間、装置が微かに光り、私たちの周囲に映像が浮かび上がった。


「これは……父の研究データ?」


 映像の中には父の姿があり、彼は何かを語りかけているようだった。


「急いで持ち帰ろう。ここに長居は無用だ」


 ノワールが促し、私は頷く。

 こうして私たちは新たな手がかりを手にし、再び荒廃した世界へと足を踏み出した。


 次に待ち受ける運命も、きっと簡単ではないだろう。

 それでも、私はもう一人じゃない。

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