第四話 信じるぜ
ヴァードとソルマーが待っていてくれた場所はなんと城の屋上であった。円錐の屋根の上にはさすがに乗れないが、その下は地上と十メートルぐらい幅があり、正方形のような平面の場所である。地上からここを見つけるにはかなり遠くに行かなければならない。後ろは森と背中合わせになっているので見つけられそうになったら森に逃げ込めば良いのだ。
地上ではお祭り騒ぎである。門から外に逃げた男が突然いなくなったのだから無理も無い。周りをくまなく探しても屋根にいるとは思うまい。まったくいい場所を探したものだ。
「何でお前、あんなことができるんだ?」
ヴァードがソルマーに問いかけた。一息つくとソルマーは語りだした。
「まずね、魔力ってのがあるのよ。魔力は誰もが持っているものなんだけど、普通の人はごくわずかだから魔法は使えない。だけど訓練をすることで魔力を増加することはできる。私の父さんが魔法使いだったから教えてもらって私は魔法を使えるのよ。その魔力で火を出したりするんだけど、物理の法則には従わなければならないからそれなりに体力は消耗する。―まあこんなところかしら」
ルイズとヴァードは口をあけたまま遠くを見つめていた。ソルマーが二人の顔の前で手を振っても気づかなかったから、呼びかけてみたらやっとソルマーの顔を見た。
間違いない。ソルマーは自分たちに心を開きかけている。ルイズは考えた。今日出会ったばかりの他人に魔法の話をしてそれを飲み込めるものなどまずいないだろう。だが、あえてこの話をするということは
こちらを信用している証である。ここはソルマーを傷つけないように接するのが良い。ただ【信じる】というだけではない。さてどうしたものか。
「信じるぜ」
ヴァード。おお、お前はなんということをしてくれた。いや、ここから上手く話をつなげなければならない。
「俺もルイズもこんな体だからな。鳥人間に破壊の兵器。魔法使いだってこの世の中居たっておかしくない」
ソルマーは少し笑顔を浮かべた。今まで自分が魔法使いだということを信じてくれるものが一人もいなかったのだろう。いや、いたとしても化け物扱いをされていたのだろう。
「じゃ、じゃあ何で怪盗なんかしてたんだ?」
ルイズが言った。数秒後にまずい、ということがわかった。ソルマーがまともな人生を送っていないことがわかっているのに、こんなことを聞いたら過去の傷がぶりかしてくるかもしれないのに―
「数年前に母さんが死んだとき、父さんはいなくなった。だから兄さんと一緒に暮らしていたんだけど自分が有名になれば父さんも戻ってくるんじゃないかって思ったのよ。ほら、怪盗なんてそうそういないでしょう。当然兄さんには反対されたけど、それでもまた父さんに会いたかった」
ルイズは一考。怪盗になったとて父親の居場所までそのことが伝わるのかは定かではない。だとしたら来るのを待つより行く方がよっぽど増しだ。ならば、
「お前、俺たちの仲間にならないか?」
ソルマーは驚いた顔でこちらを見つめた。
「俺たちは各地を転々とするいわば旅人だからな。まあ軍につかまらないように移動するわけだが。その途中にお前の父さんも見つかるんじゃないのか。もちろんお前の兄貴が良いって言ってくれたら、だけどな」
ヴァードがこちらを向いた。その顔はルイズの判断に困惑しているようである。こちらは仲間が増えることはかまわない。だが、その仲間の兄が軍人というのは受け入れがたい。危険度も増す。ヴァードの目はそれを語っていた。
「行くわよ!当然!」
鼓膜が破れるかと思った。とても大きな声だった。
「そうよ!私が見つければいいのよ!父さんを!」
「お前、兄は」「兄さんに言ってもどうせ聞いてくれはしないわよ。頭が固いからね」
ルイズとヴァードは顔を見合わせた。仲間が増えた。これはうれしい限りだ。
「よし、行くぞ!」
三人は立ち上がった。そのとき、
「止まれ・・・」
あの新人兵であった。真剣なまなざしでこちらを向いている。銃で構えながら。
こちらも構えた。ルイズは右手を差し出し、ヴァードは木刀を取り出し、ソルマーは杖を相手に向ける。敵との距離はおよそ10メートルほど。敵は五人。
「俺たちを殺すか?」
低い声でルイズがたずねる。新人兵の足は震えていた。これはチャンスかもしれない。ソルマーがそれに答えてくれた。
「煙よ!」
杖から煙が放たれた。それはあの五人にかぶさるようにおおった。今がチャンスとばかりにヴァードが鳥になった。ルイズとソルマーをつかみそのまま空へ勢いよく羽ばたいていった。
撃つこと可能であった。だが、恐怖で新人兵は撃てなかった。そしてルイズたちはこの町を飛び立った。仲間を一人増やして。